12話・現れし魔女
時外絵空は成功少女の正体を確信した。
黒宮聖子は失敗少女の正体を確信する。
そして、失敗少女である絵空に成功少女である黒宮が挑んで来た。
二人の魔法少女の決戦場所は夜の建設現場である。週末の高層ビル建設現場内には人気も無く、多少の物音がする程度では近くの住民や通行人にも聞こえない場所だ。
その建設現場の屋上に白い魔法少女と黒い魔法少女がいる――。
片方は他人の失敗を無かった事にする失敗少女。
片方は他人の成功を奪い去る成功少女。
失敗少女は赤い瞳で真っ黒な成功少女を見つめている。成功少女は青い瞳で真っ白な失敗少女を見つめている。その二人のこれからを見守るように赤い髪の王子は屋上の入口で佇んでいた。茶色のセミロングヘアに付いている王冠型の髪飾りと、王子の首元にある王冠ネックレスを見た成功少女は口元を笑わせた。黒く長い髪が闇夜以上に妖しくなびいている。
「……ようこそ失敗少女敗北のパーティーへ。今日はこの成功少女である私が唯一無二になる為のバースデイなの。だから、せいぜい楽しんで頂戴。失敗少女……いや、時外絵空」
「そっちも気付いていたの。確かに私は時外絵空よ。成功少女……いえ、黒宮聖子」
「そっちも気付いていたのね。でも、まさか失敗少女がクラスの害である時外絵空だったとは。確かに「失敗」という言葉を突き詰めると、貴女にたどり着くわ。夏休み明けの変化を辿れば、失敗少女は自ずとわかる」
「変わったのはお互い様よ。私は夏休みで変化したけど、黒宮さんはサクセスガールのサイトで成功体験を投稿する事で成功した。変化は私だけじゃないよ。小学生時代から変わったんだから、ダイエットが成功してから黒宮さんは……」
「過去はいいの。そちらが何故、私が成功少女とわかったか聞かせてくれるかしら? 後ろの王子が答えてくれてもいいのよ?」
フフフと成功少女は挑発するが王子は乗らない。ピリピリとした緊張感はあるが、まだ戦いにはなっていない。王子は二人の少女の話をただ聞いている。絵空は周囲の警戒を怠らずに成功少女に話した。
「この前の雑居ビルの戦いの後に快晴中学校のバッジが落ちていたの。だから成功少女は快晴中学校の生徒と思った。そして、中学校では全ての部活動が対戦相手に敗北するという事件が起きている。つまり、「サクセスゲット」されていると感じたの」
「ま、あれだけサクセスゲットをスポーツ系の部活動の生徒から奪っていれば全敗にもなるわね。知った事じゃないけど」
快晴中学校で起きてる事件で、成功少女は生徒だと確信した絵空はその答えを黒宮聖子と導き出した。その答えは正解だったが、それはこれから始まる戦いの引き金でもあった。
「さぁ、パーティーの始まりよ。今日は観客もたくさんいるの。失敗少女の敗北を見届ける観客がねぇ」
「観客? ――!?」
すると、成功少女の左右からゾンビのような人間達が現れた。集団はヨダレを垂らして呻き声を上げて歩いて来る。理性を失っている人間ばかりでまともな会話が出来ないのは明白だ。王子は眉を潜め、絵空は言う。
「サクセスゲットされた暴走人間……人間は人形じゃないよ?」
「全ての人間は私の奴隷。それは貴女も同じよ失敗少女!」
その言葉を合図にしたように暴走人間が襲いかかる。先端に王冠が付いた白い失敗ステッキを取り出した絵空は瞬時に五人を倒した。白い光が流れるような動きを見せ、三十人ほどの暴走人間を退治した。意識を失う暴走人間達を、王子は魔法で建設現場の外の入口に避難させた。パチパチパチと成功少女は手を叩いて笑う。
「もう暴走人間程度じゃ勝てないか。なら、私が相手になるわ失敗少女」
「ここからがパーティーという事ね。私はここで成功少女である貴女を絵空事にする。今までの成功少女としての活動は、全て失敗なんだからね!」
「他人の成功を奪い去る事のどこが失敗なのよ。他人の甘い汁を吸う私こそが成功そのものなの!」
冷たい風が吹く夜空に互いのステッキの火花が散る。建設現場の屋上での戦いなど王子以外の観客も無く、ただ二人の魔法少女の決着まで続くロンドのようである。
「小学生時代から成功少女だったなら、サクセスガールで一位になれたのも魔女と契約したからなの!?」
「確かに成功少女になっていたのは、魔女から授かった力のおかげよ。だけど初めはダイエット体験をサクセスガールのサイトで投稿しただけ。そこから一気に人気が出て、私は魔女を知ったわ。そして、この力を手に入れたの!」
「それが魔女に利用されてるとわからないの?」
「魔女と私は相互協力よ。存在しない存在と存在する人間は持ちつ持たれつという事。お互い、成功したい目的があるから利害は一致しているわ」
「その利害の一致は今だけだよ」
魔女と契約してから、黒宮は魔女の相談を受けながらサクセスガールにサクセスゲットした魔力を送っていた。現世に魔女を復活させる為に。絵本の中の存在であった魔女は現世に転生したい欲があるのであった。それを実現する為に、人間の肥大化した欲をサクセスガールの奥にいる魔女は食っている。自分自身の魔力の為に。そして、現在の成功少女は強くなり過ぎて自分を見失っている。
「はあああーーっ!」
「やあああーーっ!」
やや失敗少女のパワーに押された成功少女は、地面に魔法を放ち距離を取った。
「……私は魔女を現在に復活させる。そして、魔女の力を利用して私はこの世界を「成功少女」として支配するの。もう私の野望は止められないわよ」
「魔女の力を利用するなんて出来るの? それに私達はいつまでも少女じゃいられない。少女は永遠に続かないよ」
「黙りなさい! 失敗少女が!」
左手から繰り出される成功ステッキの乱れ打ちを絵空は防いだ。ギリギリの攻防ではあるが、暴走人間と戦った経験から肉弾戦は絵空の方が強かった。戦闘経験という差が、二人の魔法少女の差として現れていた。それを冷静に王子は観察している。
「このままなら僕の失敗少女が勝つ。このままならね……」
スピードは成功少女が上だが、パワーで押される為に成功少女の方が疲労が溜まっていた。そして、距離を取れないので必殺技を使うチャンスを掴めないでいる成功少女はイライラで顔が歪んでいる。
「このっ! 魔力量は私の方が上なのに、そのパワーは何!? この山猿がぁ!」
「山猿結構。人の甘い汁だけをすすろうと楽してたから、実戦になると弱さが出たんだよ。私は失敗少女として、成功少女の歪んだ成功を絵空事にするわ!」
失敗ステッキの突きを受けて成功少女は地面にダウンする。しまった! という顔の成功少女は自分の敗北を覚悟する。そして、失敗少女は必殺技の構えに出た――。
それを見た王子は思う。
(これで成功少女は敗北する。魔女は成功少女からもう十分な魔力を供給されていたのか? それとも……?)
「……」
しかし、勝利を目前とした失敗少女はそのまま止まっていた。
首筋に冷や汗が流れ、失敗ステッキを持つ手が震えている。建設現場の屋上に異様な魔力が立ち込めていた。どこからか、地獄の底からのような甘美な囁きが空間にこだました。
「……あらあらぁ? 苦戦してるじゃないの。私の成功の礎になる成功少女わぁ……ダメよぉ。全てに成功しないとねぇ……クフフフ」
『……!?』
夜空がゲートのように開いて行き、その異空間から五芒星が描かれた黒い魔女服を着た紫色の髪の女が現れた。その肌は白磁のように白く、胸は豊かで見るものを魅了する色気がある。紫色の長い髪の先端は蛇の頭のようになっていて、メデューサを感じせる妖艶な美女だ。
失敗少女も成功少女もそのメデューサのような女の圧倒的な魔力に呆然としている。そして、ただ一人動じていない赤髪の王子風の少年は呟いた。
「とうとう姿を現したね。魔女」
王子と魔女の絵本のもう一人の主人公である「魔女」が現れた。




