11話・互いの正体を知る少女
成功少女との戦いから一夜が明けた。
昨日の雑居ビルでの戦いの最中に現れたカメラマンらしき男は、自分が狙われたショックで気絶して倒れてしまった。王子は絵空を連れて帰る前に救急車を呼んでから逃げた。同時に、そのカメラに映し出されたデータは消去している。
今は絵空の部屋で昨日の出来事を話している。一晩寝ただけで激しい消耗からも回復している絵空は、机のイスに座りモリモリとあんこの串団子を食べていた。ベッドの上に座る王子は絵空の質問を聞いている。
「サクセスガールのサイトで魔女が魔力を集めているなら、サクセスガールを攻撃する事は出来ないの?」
「サクセスガールのサイトを攻撃しても、第二第三のサクセスガールが生まれる。サイトへの攻撃はしない方がいい。コチラの行動がバレる可能性もある。失敗少女のマスターである僕がハッキングされたら、君は失敗少女ではいられなくなる」
「そっか。やっぱり成功少女を倒すしかないようだね。私がやられたら王子もアウトだし。あれ? そうしたら新しい失敗少女は生まれるのかな?」
「僕は特異点だ。ネット社会から隔絶され、唯一の失敗少女と繋がる存在。だから君以外とのアクセスはしないよ。新しい失敗少女は君なんだ。これからも頼んだよ僕の失敗少女」
「……うん。任せといて」
そっと王子は絵空を背後から抱き締める。二人は少しの間お互いの体温を感じていた。
絵空はサクセスガールへの対応はしない事にした。魔女もサイトを使って魔力を集めているのがバレる事を覚悟でやっている。それをわかっている王子はあえて魔女を泳がせた。お互いの作り上げた「少女」が対峙した以上、決着の時はそう遠くの話ではないからである。
※
それから半月あまりが過ぎた。
この期間で変化した事は多くは無い。
テニス部の武田は調子こそ落としているが、学校には来ていて普通に振舞っていた。黒宮との接触は無いが王子とのイザコザに対する後腐れも無いようである。特に何かをするような事も無いので、王子も武田には深夜の出来事以降は普通に接していた。
この半月は成功少女探しに躍起になっている。成功少女との戦いで落とした快晴中学校のバッジをヒントに成功少女である人物を探そうとしている。中学校の屋上にいる絵空と王子は溜息をついていた。
「……この半月のバッジの購入者リストを見たけど、特に成功少女らしい人はいないね。流石に百人以上を超える人間達をピックアップして探すのは厳しい」
「バッジなんてみんな同じのを付けてるしね。自分が買った以外でも、先輩から貰ったとかあるからバッジを買う人間を追っても正確にたどり着くとは限らないよ。もうバッジを頼りにするのはやめよう。異常な成功者を探した方が早いかも知れない」
「そうだね。この学校内に成功少女がいるとすれば、大きな成功体験のある人間ほど危険だ。注意をしないとならないよ」
屋上の柵から見える中庭には、カップルの生徒やわいわい騒いでいる生徒がいた。そこの一角で野球部のキャプテンとサクセスガールでランキング1位の黒宮は話している。
最近、黒宮は権力があるような生徒などとの会話が目立っていた。以前はそこまで自分から他人に話しかけていなかったが、今は他者に積極性が出ている。
そして、芸能活動も忙しくなっていてグラビアの撮影やネットのバラエティ番組などに出演していた。芸能活動の為のアピールとわかっていても、人気者から積極的に話しかけられるのは悪い気はしないものだ。その光景を屋上から見る絵空は、
「黒宮さんも怪しいけど、証拠が無い。それに芸能活動をしてるから追跡するのも難しいと思う。成功少女は一年以上人に姿を見せていない人間だし、追跡しても証拠は出さないと思う」
「となると、成功少女が大々的にサクセスゲットをするのを待つしかないね。この始まりを見逃さないようにしよう」
「今は待つのが大事ね。……でも王子。何故、テニス部の武田君にキツイ事を言ったの?」
「知っていたのかい? まさか、武田君が自分からそんな話をするなんてね。以外だよ」
茶色いセミロングの髪を揺らし絵空は首を振った。王子の首元にある王冠ネックレスを見ながらいう。
「武田君は仲良くしてくれるけど、前より遠く接してくるからね。二人の間に流れる空気も前と違うし。私も人の微かな変化はわかるよ。人より失敗して来てるからね」
「なら正直に言おう。彼は君を陥れようとしていた。そして、彼からは魔女の匂いがする。魔女の魔力の匂いがね」
「武田君から魔女の匂いが……? 武田君が成功少女の可能性は?」
「変身すれば見た目は変わる。そこで性別までは変わらないから、成功少女の元は女のはずだよ。そこは信じていい」
「なら……」
「警戒だけはしないといけない。彼の成功をどうにかしようという輩がいるようだから」
中庭で野球部のキャプテンと話す黒宮は、サッカー部や他の部活動の連中とも話していた。赤い髪をかきあげる王子は少し暗くなる空を見上げる。
「魔女がこの世界に具現化するには、多くの魔力が必要だ。だからこそ、成功少女に集めさせているんだろう。このペースだと、成功少女が新しい魔女になる可能性もある」
「それは失敗少女が食い止めるよ!」
成功少女を探る絵空と王子は屋上で話を続けている。中庭から屋上を見上げる黒宮は真っ黒な瞳で二人を観察していた。
※
その後、半月近くの間絵空は失敗少女として悪魔コモンが暴走した暴走人間などの相手をしていた。暴走人間が現れるという事は成功少女が他人の成功を奪ったという事である。
そうして、快晴中学校でも一つの事件が起きていた――。
この週の様々なスポーツ系の部活の対抗試合は全て敗北していた。それは快晴中学校全体で起こった事で、成功していた人間が同時に失敗する事件でもあった。
それを知る絵空と王子は中庭の花壇を歩きながら話している。二人の顔はいつになく暗い顔だった。
「成功少女もこの一月でかなり暗躍しているね。それも明らかに快晴市の活動で、しかも快晴中学校近辺。私の失敗少女としての活動区域と被るわ。そして、私は特に違和感のある女を知っている。成功少女と同じ成功という意味のサクセスガールで一位の女を」
「やはり成功少女は彼女か。今回の部活動全敗事件で確信するしかないね。これは意図的に起きた事件だから」
「どう考えても彼女の周りの人間だけが、成功から失敗に転落してるの。スポーツ系の部活動だけが全敗とかあり得ないよ。まるで、彼女に全ての成功が奪われているのと同じ……」
絵空の思い描く少女と王子の思い描く少女は同じだ。絵空は薄々気付いていたけど、気付きたく無かった自分もいた。そして、その黒髪ロングの黒タイツスタイルの、純黒少女とも言える才色兼備の少女の名を言葉に出す。
「つまり成功少女とは……」
同時刻の屋上では、一人の黒い少女が美しい黒く長い髪を風になびかせながら立っていた。芸能人のような美しい顔にスタイル。中学生とは思えない容姿で男を惑わせる少女だ。その少女は屋上の柵に手を触れて中庭を見た。
「あの二人が王冠のアクセサリーをしていて変だと思った。王子君は転校生にも関わらず、時外絵空とお揃いのアクセサリーをしている。そして、夏休み明けからの絵空の変化……」
触れる柵が掴まれ、ミシミシと音が出る。
「つまり、失敗少女とは……」
中庭と屋上からお互いを見つめた二人の少女は、同じタイミングでお互いの名を呟いていた。
「黒宮聖子――」
「時外絵空――」




