1話・時外絵空は王子と魔女の絵本に憧れて自殺する
中学一年の少女、時外絵空は手に持っている「王子と魔女」の絵本の通りに、自殺しようとしていた――。
その「王子と魔女」の内容では、王子と魔女はかつて交際していた。
「……王子は王になるべくして、全てに成功する男でした。魔女は新しい魔法を生み出そうとしていたが、全て失敗しています。二人は身分は違いますが、仲の良い恋人同士でした。時が経つに連れ王子は次々と現れる新しい試練にもがき出し、魔女は今の魔法より素晴らしい魔法を生み出せず苦悩したのです。やがて、心が疲弊して全てに成功しても喜べ無い王子は病み、失敗ばかりで苦しい魔女は自殺してしまいます。そして、王子は来世に賭けて後追い自殺をしました。そうして、二人は来世で幸せになったのです」
絵空の青い瞳は夜の闇に浮かぶ満月を見上げていた。茶色のセミロングの髪が風に揺れ、真下には大きな川が流れている。今、絵空は普段なら車が行き来する大きな陸橋の手すりの上に立っていた。海面までは60メートル程あるであろう。落ちれば高い確率で死ぬ高さである。
「成功すれば周囲の人間は変わり、誰かに利用される事になる。失敗すれば誰にも使われる事も無く、あるのは目の前の闇だけ。それをこの絵本は教えてくれたの。王子と魔女は来世で幸せになれた……そう、来世で幸せに……」
すると、一発の花火が少し先の夜空に打ち上げられ、満月に彩りを添えるように弾けて広がった。絵空の青い瞳にその光景が映る。今日は七月の終わりの花火大会の日だ。
花火大会の時間帯は人々は花火に夢中になっているので、絵空のいる陸橋には誰もいなかった。ここは、花火が左右の山で隠れてしまい、ほとんど見えないのでオススメスポットでは無い。
花火大会の人々と、絵空の世界はある意味断然された世界とも言えた――。
「私はこの「王子と魔女」の絵本の通りに、来世にはいい事があると信じて死ぬの。死んだらテニス部一年エースの武田君と一緒になれるって信じて……っ!?」
落ちたら死亡の可能性がある陸橋の手すりに立っている浮遊感からか、絵空は急に頭痛がした。すると、その頭の中に誰かが強制的に割り込んで来た。それは、赤い髪の王子様だった。
「頭の中に赤髪の王子系イケメンが出てきた……って誰?」
知らない王子系イケメンに焦るが、知らない人物なので忘れる事にした。花火大会の花火は大きな音を夜空に散らして咲いている。この時間内に、自殺を終わらせないと陸橋にも帰宅する車などが溢れてしまう。
「……」
視線の先を見つめると、左右の山から隠れて見えない花火がやけにクリアに見えた。本来ならほとんど欠けて見てるはずの花火がハッキリと見えた。
「自殺するから花火も私に優しくしてくれるのかな? こんな景色を見ると、ネットばかり信じて全て失敗して来た自分がバカに思える。世界は残酷だけど、刹那的にはとても美しいのね……」
絵空はネットだけを信じて生きていた少女だった。小学生時代はネットの知識を披露して周囲より進んだ女の子を演じていたが、中学時代から上手くいかなくなった。
思春期とは自分が目覚める時。
故に、ネットに頼っていて自分の無い絵空は大衆が喜ぶ中間的なネットの意見ばかりで、相手の心に深くトゲを刺すような白か黒かの意見が無い。思春期とは、自分の心にトゲを指す悪意すら求めている時期でもある。
何かあると、自分で考える前にすぐにネット検索する事に不信感を持たれ、絵空は段々と中学校で孤立した。
だが、その様子を悟ったテニス部一年生エースでもある、イケメンの武田は絵空に声をかけた。その善意は、他の女子にとっては悪意になり、絵空は表面上優しくされるという針のむしろ状態を味わった。
大勢でいても孤立している。
大勢の中にいても自分の意見を言えない。
大勢でいるのは誰かを出し抜けなくする為。
絵空は顔は美少女だが、クラスのカーストでは最下位だ。その最下位が華やかグループの男に手を出すのは許されない。
「……今思えば、私は少し浮いていた存在だから声をかけられただけだったのか。それを勘違いして、私はネットの意見も見てからいけると思い武田君に告白してしまった。それから、女の子達からの執拗な嫌がらせが始まった。直接的じゃないから武田君も気付かないよね……」
相変わらず夜空に狂い咲く花火は絵空の青い瞳にハッキリと写っていた。人生最後の景色にしては十分過ぎるというように微笑む。
「これで世界から「ガイちゃん」がいなくなる。時外の外を「害」という意味にしたのは、すぐに気付かなかったけどね。全てネットに書いてある事を信じて行動する「失敗少女」の私の人生も、この花火を見ておしまいね……」
そうして、絵空は中一の夏休みが始まってから自殺を考えていた。それは、今行われる。
「……もう、失敗したくない」
人々が花火が見れる場所で一箇所に集まっている時刻。絵空は人気の無い大きな陸橋から川に飛び込んだ。最後に王冠のような花火を見てから――。




