第86話 トゥルナ
「話?」
ナーサが訝しげな顔で問う。
「とりあえず、人気の無いところに」
それぞれが、複雑な表情でトゥルナの後に続く。
冒険者達の溜まり場、いわゆるギルドとやらの入口を出て近場の酒場に入る。
「おーい、ただトゥルナが飲みたいだけなんじゃないのかい?あんたあんまり酒強くないんだからね?」
人数分の軽い軽食を注文し、四人がけのテーブルに腰掛ける。
ナーサの茶々入れに反応する者は一人もいない。彼女が空気を読めない、というのもあるのだが、ヘデラもトコルも彼女から発せられる鈍重とした空気に圧迫され、尋ねることが出来なかった。
「…話って言うのは」
下手な路地裏にでも入ろうものなら、逆に怪しまれる。周りのガヤが居て、ある程度であれば話し声も掻き消されるこの環境こそ最適だったのだ。
「吸血鬼って言うのは、ティアーシャとその娘の事なの」
「「「…。は?」」」
突然切り出した、意味不明な言葉に全員が口を揃えて疑問符を投げかける。
「む、娘え?でも、ティアーシャは故郷に帰ってるって」
「…それについても謝らないと、ね。ずっと居たのよ、この街に。お腹に子供を宿してね」
「…」
全員が唖然とした表情になる。普段冷静沈着なヘデラも、この度は拳一つ入りそうなくらいの口をポカンと開け放心している。
「…どういう事だ、説明してくれよ。トゥルナ」
「一回しか言わないからね」
そうしてトゥルナは一呼吸挟んで、三人に向けて語り始めた。ティアーシャが吸血鬼であること、それについて口止めを受けていた事、彼女がある日子供を宿したこと、今もこの街で子育てに専念していたこと。
全てを語り終えた後、全員の動揺は静かに消え、真剣な眼差しでトゥルナの事を見ていた。
「今まで、黙っててごめん。ティアーシャから口止めされてたの」
「…そっか」
そう呟いたのは、トコルだった。
彼女は、血縁による差別というものをこの中で誰よりも知っている。
人間と小人族のハーフ。たったそれだけで街からは迫害を受け、孤立させられていた。
自分だったら、どうだろう。彼女は考えた。
人間相手に人間と小人族のハーフであると告げることに、大した抵抗はない。大半の者が受け入れてくれるから。
けれど、もし仮にそれが仲のいい小人族だったら。そんなことはしないと分かっていても、血縁を拒絶された時に負う傷は大きい。自分だって、それはひた隠して生きていくだろう。
「なんだ、そんな事かい」
「「「え?」」」
今度はナーサを除いた三人が声を合わせる。
「娘が産まれてるなら、早く言ってくれれば良かったのに。花の一束くらい投げ込んでやったのに」
ナーサらしい言葉である。本当に彼女なら窓の外から華を放り投げかねないだろう。
そんな想像をそれぞれが脳裏で具現化し、思わず吹き出した。
「はははっ、そうだね。トゥルナ、もちろんティアーシャの元には連れていってくれるんだよね?」
「え、ええ。多分構わないとは思うけど…」
「なら、なんか持ってこうよ!それぞれで色々と買ってさ」
トコルの和気あいあいとした空気に、全員が凝り固まった顔をほぐされる。
「そう、だね」
ああ、初めから恐れる必要なんて無かったんだ。彼女らは、いつだってこう受け入れてくれる。
「ありがと」
「ん、なんか言ったか?」
「…なんでも」
トゥルナの視界は、うっすらと滲んでいた。
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「ティアーシャ」
「…皆」
「…お母さん?この人達は?」
せこせことティアーシャの背後に隠れるティール。そんな彼女に向けてトコルが笑みを浮かべて手を振った。
「皆、私は…っ」
「言わなくていいよ、皆知ってるから」
「っ、」
ティアーシャはトゥルナの顔を見る。すると彼女は少しバツの悪そうな表情を浮かべて言った。
「私が言った。そして、皆受け入れてくれたよ」
「子供がいたのなら、言ってくれれば良かったじゃないかい。ほら、こいつは皆から」
ナーサがその巨体の背後から取り出した、多種多様な花の花束を手渡した。
「…ありがとう」
ティアーシャは、優しくその花束を受け取りナーサの顔を持ち上げる。
「久しぶりだね」
「ええ、久しぶり」
数年前に出会った時と、同じ顔、同じ表情。
「でも祝いの花束にクロユリを混ぜるのはどうかと思うよ。どうせこれ入れたのナーサでしょ」
「ええっ、なんで分かったのさ。…花は詳しくないから、綺麗だと思った花を引っこ抜いてきて入れたのに…」
どっ、と部屋が笑いに包まれる。
「だーから言ったのに、クロユリなんか入れちゃダメだって」
「良いのよトコル、花の縁起なんて関係ないわ。そこに篭ってる気持ちの方が大切だもよ」
「だってさ!」
「なんでナーサはドヤ顔してるのさ!ティアーシャが寛容だったから良かったものの…」
ガハハ笑いするナーサを見て、ティアーシャの胸の内に温かみのある光が灯った。
「ん?ティアーシャ、その子が?」
ヘデラがティアーシャの背後を指さす。
「ええ、そう」
ティアーシャは空いた片手で、自分の後ろに隠れるその子を前へ押した。
「ほら、自己紹介」
「ティ、ティールです」
恥ずかしそうに俯いて、その小さな手でティアーシャの手をしっかりと掴み、名乗るティール。
「ティールちゃんって言うんだ!私はトコル、よろしくね?」
ティールと、頭数個分ほどしか身長の変わらぬトコルが前に出て笑みを浮かべ手を差し出す。
「トコルちゃん?…初めまして」
「トコル…ちゃんっ…ぶほっ」
種族故の低身長からか、歳の近い子供と思われた様でトコルは若干顔を引き攣らせているし、ナーサは吹き出した。ヘデラも口元をヒクつかせながら震えている。
「ティール、トコルはお母さんと同じくらいの年齢なんだよ?」
「えっ、そうなの?背の高い人はお歳が高いって教えてもらったから…」
「うごっ…」
ティールの無垢な言葉がトコルの胸に突き刺さる。これで何も悪意を持っていないというのだから仕方ない。
「よろしくお願いします…?トコル、さん?」
「う、うん。よろしくね?ティールちゃん」
差し出された小さな手を、人より小ぶりな荒れに荒れた手が包み込んだ。
「私は…、ヘデラ。よろしく」
トコルと入れ替わるようにしてヘデラが中腰となりティールに手を向ける。
「髪…綺麗…」
「え?…あなたとあなたのお母さんのも綺麗よ」
彼女の紅玉色の髪を見て、ティールが呟く。
ヘデラは薄ら微笑み、ティールの髪の毛をそっと撫でる。
「よ、よろしくお願いします」
「…ええ、よろしくね」
手をきゅっと握ると、続いてナーサが絶壁のように小さなティールの前に立ちはだかる。
トコルと同じ、少し後方に引いたヘデラは自分の髪を撫でて口元を緩めていた。実はそれなりに嬉しかったらしい。
尻目でそれを見るトコルは口をニヤニヤさせて、しばらくはこれで弄れそう、などと考えていたのだが。
「あたしはナーサ、よろしく頼むよ。ティール」
「…巨人族…?」
「…」
「おふっ…」
先程の仕返しと言わんばかりにトコルが吹き出し、ナーサも白目を向いて固まった。
確かに二メートル近い彼女の体躯を小さな少女が見れば、巨人族に見間違えるのも無理は無いのだが。
「きょ、じん…ぞくっ…」
「ティアーシャぁ!!!!!」
これには母親であるティアーシャも、訂正させる以前に笑いのツボに入ってしまった様で腹を抱えて顔を真っ赤にして悶えている。
「だめっ…苦し…っ」
「…そこは親としてキチンと訂正させて欲しいねえ…」
「まあ私から見ても巨人族だし、いいんじゃない?それで」
「ああ?やかましいねえ全く。…よろしく頼むよ、ティール」
ティールの顔ほどもある大きな手で、ティールの手を優しく握って握手する。
「よろしく、ね。巨人族のおばさん」
「おばっ…」
再びナーサが白目をひん向き、今度はヘデラまでが声を上げて笑った。
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「で、どうするんだい。結局は」
あれからしばらくして、緊張が解けて気が緩んだのか。ティールは崩れるようにして寝てしまった。
そんな彼女を寝室へ運ば、軽く毛布をかけてやってからティアーシャは五人分の椅子の置かれた長机に向かった。
「…何があっても、あの子だけは死なせる訳にはいかない。なんとかして、あの子だけでも連れ出せないかしら」
ティアーシャは顎に手を当てて、唇を噛み締めた。
「警戒が薄い今なら、脱出は出来るだろうさ。ただ、それはあんたも同じだ、ティアーシャ」
「…そりゃそうよ。ティールを、孤独な目には合わせたくない」
事実、吸血鬼が現れたという完全な証拠がない今ならばこの街を抜け出すことは出来るだろう。しかし、張り紙が出されてからの脱出は些かリスクが過ぎるし、疑われかねない。
「ティールとは、別行動の方がいいかもしれないね。この人数に子供を連れて街を出るのは、流石に目立ち過ぎる」
「じゃあどうやって」
「私がやる」
トゥルナが椅子を跳ね、立ち上がった。
「私なら、一般人に見えないことも無い。トコルも小さいし、ヘデラも種族が違うし、なんならナーサ、あなたは巨体過ぎるわ」
至って真剣な表情でつらつらと話すトゥルナに対し、トコルとナーサの顔は若干引きつっていた。
「まあ、悪くないかもね。トゥルナがティールを連れて街を出て、別方向から脱出した私達は、その後合流する」
「森を抜けて『コルミヤ』まで行けば、まだそこには張り紙は出されていないと思う」
「そうだね、森の中で合流してそのままコルミヤに入ろう。それはいいかも知れない」
「決まり、かな」
それぞれが席を立とうとした時。
「待って」
ティアーシャの一声で、ぴたりと皆の体が固まる。
「トゥルナが危険すぎる。もしバレたらトゥルナも…」
彼女の言うことは正論である。もし吸血鬼であるティールを連れてトゥルナが街を出るとして、その過程で捕まってしまえばトゥルナもろとも刑をくらうことになりかねない。
「…それは」
ナーサらも、そこは考慮していなかった様で苦そうな表情に変わる。
「大丈夫、ティアーシャ」
そんな中、トゥルナがおもむろに口を開いた。
「ティールを見捨てるぐらいなら死んでやるわ。私は医者よ?客の命が第一、ってね」
ま、そうやすやすとは死なないけど。と付け足してトゥルナは席を立った。
「…でも」
「トゥルナを信じようよ、ティアーシャ。トゥルナはティールちゃんを見捨てるような奴じゃないよ」
「…私も、そう思う」
「…うん」
完全には、納得の行かぬ顔だった。実際、自分の友人を危険に晒しているのだ。それも致し方あるまい。
「であれば、行動は早い方がいいんじゃないのかい?三日以内には準備を整えて街を出ようじゃないか」
ナーサの言葉に、全員が無言で頷く。糸のように張り詰める空気。
仲間と、その娘を救い出す戦いが、火蓋を切ったのだ。
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それから、準備は手早く熟された。
ティアーシャ達家族は、二階部分の住居スペースを整理。三人で暮らしていた痕跡を残さぬように物を片付け、交錯する。結局、ルンティアは店にしばらくの間は残るとの事。同時に動けば、教会に疑いの目で睨まれかねない。
ある程度落ち着いたところで、誰かが彼を回収しに行くことになった。
冒険者組一行は、彼らの手伝いや荷物の買い足し。主に日持ちの効く食料品は必須と言えるだろう。
「ごめんね、ティールちゃん。すぐ終わるからね」
「うん、大丈夫だよ」
トゥルナは、ティールの白銀の髪を自身と同じ黒色に変化させる。実際には、魔力の膜を貼って光の錯覚を起こして別の色に見えるようにしているだけなのだが。
これで親子に見えないことも無い。
『魔力による色覚錯覚、ですか。凄いですね、それが出来る程の魔力量を有している人間の方は見た事がありません』
それには『エル』も関心を示している。正確には魔力量が多いのでは無く、一度の魔力消費量を極限まで削った結果なのだが。
「お褒めに預かりまして。ただ傍を離れれば消えちゃうし、魔力も垂れ流しだからあまり良くないのだけどね」
『面白いですね。冒険者など辞めて、国の呪術師にでもなれば給料も弾むでしょうに』
エルは目を細め、薄ら気味の悪い笑みを浮かべて言った。
「どうも堅苦しいのは苦手なのよ。誰かの為に働くのは苦手なの。稼ぐ時に稼ぐ、これが私のモットーだから」
『そうですか』
「エル、あんまり聞かないの!」
『…はい、申し訳ありません』
萎れたつくしのように、ティールの言葉を受けてげんなり垂れるエル。やはり魂を分けているとはいえ、その主導権はティール本人にあるようである。
「よし、とりあえずはこれで良いかな。ティールちゃん、私からあんまり離れないでね?」
「うん、大丈夫」
ティールは自分の黒に染まった髪の毛を弄びながら言った。魔力で錯覚を起こしているとはいえ、実際に黒になっているようにしか見えないのだ。
そんな髪の毛を、いとも楽しそうに弄る彼女を見てトゥルナはそっと微笑んだ。
「お、そっちは終わったみたいだね」
「ええ、ナーサ達は?」
「こちらも、何時でもいいよ」
今までゆったりとしたワンピースに身を包んでいたティアーシャが、数年前に冒険者として着込んでいた服に着替え、腰に短剣を刺し腿にダガーの仕込まれたベルトを巻いて現れた。
「また、これ着る時が来るとはね」
白と、薄い翠色を基調とした動きやすそうなその服は、何度も洗っているとはいえ所々に霞んだ血や泥がこびり付いている。
幾度か短剣の位置を調整し、納得がいったようでそれから手を離した。
「お母さん、かっこいい…」
そんな彼女を見て、トゥルナの脇にいたティールが一歩前に近づく。
「でしょ?ティールが産まれる前は、ずっとこれ着てたのよ」
ティールの目線の高さにしゃがみ、ティアーシャはほほ笑みかける。
「みんなと?」
「うん」
「トコルちゃん達と?」
「そうよ?」
「今と、どっちが楽しかった?」
「っ、」
答えようとして、ティアーシャは言葉に詰まった。
純粋無垢な、けれど本心を、ティールはぶつけた。
「…決まってるじゃない」
眉をひそめ、彼女はティールを抱きしめた。
「あなたといる時間が一番楽しいわ」
「…」
「だから、また一緒に暮らしましょう」
「…うん」
少し、寂しそうな眼差しでティールは小さく頷いた。それを見て、頭をわしわしと撫で頬に軽くキスをする。
「じゃあ、ティアーシャ。行こうか」
「ええ」
「お母さん、約束だよ!」
「…約束、ね」
ティアーシャはティールを抱く腕を解き、踵を返して仲間の元へ言ってしまった。
ティールの放った一言を、口の中で噛み締めるようにしてティアーシャは呟き扉の奥へと消えていった。
「私達も、行くよ」
「うん…」
腰に手を当て見守るルンティアと、アイコンタクトを取りトゥルナは店から外に出る。
ティアーシャ達は集合予定地の森と逆の方向の門から街を出た。怪しまれぬよう、別々の方向から移動する策である。
よって二人は、森に最も近い門から出る訳なのだが。
街と言ってもかなり規模が大きい。普段使われることの無い門まで行くまで軽く見積って数キロはある。その間、目を付けられるぬよう慎重に行動する必要がある。
ティールは深くローブを被って、頭にフードをかけ手を繋いで人々の間を縫って進んでいく。目立たぬように、という意味もあるがまだ日光に対して耐性を持たぬティールを守るためのローブでもある。
トゥルナは医者として、身に白衣を纏っている。もちろん、冒険者としてでは無いので弓も矢筒も持っていない。白衣の下に隠した短剣と小刀程度した武装はしていない。
「お、トゥルナさん。急患かい?…ん?その子は?」
なるべく人通りの少ないところを進んでいるとは言え、人はいる。それにトゥルナは街の中でトップの冒険者のチームの一員だ。それなりに名も知れている。
「あ、ああ。娘です」
「娘さんいたのかい!お母さんに良く似て可愛らしいねえ」
しゃがんでフードの下を覗き込もうとしてくる男。
トゥルナはバレぬように手で押してティールを自分の背後へ移動させる。男から見たら、その子が人見知りで母親の背後に隠れているようにしか見えないだろう。
「すみません、人見知りで…」
「いや!なに気にしてないよ!そりゃ知らないおじさんに話しかけられたら怖いよね」
男性は苦笑を浮かべつつ、小さく手を振りながら踵を返して去っていった。トゥルナも、申し訳なさそうな顔を作りながら背後に隠れるティールに手を伸ばし、催促して再び歩き始めた。
「いくよ、ティール」
手を握りしめ、人の波を抜けて進んでいく。
「とまれ!」
「っ」
突然背後からかけられた大きな声に、思わず体が跳ねる。しかし、それが自分にかけられた声だと知っていても決して振り向かなかった。
「そこの、白衣のお前!そう、お前だ!止まれ!」
尻目に見てみると、短槍を携えた屈強な男が三人、衛兵だろうか。トゥルナを指さしていた。
もはやこうなったら言い逃れはできまい、と彼女は渋々振り返る。
「あの、なにか?娘が病気で今からお医者の所に連れていくところなのですが…」
ここまで言って、トゥルナははっと下唇を噛んだ。
「おや、顔を見てみればトゥルナさんじゃないですか」
男はうやうやしく、おどけて見せた。
「様々な薬に精通していて、この町でも指折りの医学知識をお持ちのあなたが?娘を医者の元に?いやはや不思議な話もあるもんですなぁ」
三人組は腹を抱えて笑った。
「話はそれだけですか。では失礼します」
トゥルナは踵を返して、その場を立ち去ろうとする。
「おっと、逃がしはしませんよ」
「っ…!?」
手首にかかる、強い力。彼女のか細い手首を、大きな手が包み込み握りしめていた。
「うっ…ぐぅ…!?」
あまりの激痛に、ティールとつないでいた手は離れ大きく体勢が崩れてしまう。
「トゥ…お母さん!」
「こんなほっそい腕で、よく白金級の冒険者なんてやっていられるものだ。すぐにでも折れちまいそうだぜ」
「がぁ…っ」
激痛に声が出る。
「やめて!!」
ティールがトゥルナと男の間に割って入る。
「ほら、お嬢ちゃんはあっちに行こうねー」
しかし抵抗むなしく、ティールはフードの襟首を鷲掴みにされ、放り投げられ近くの住居の壁に激突する。
「ティール!!」
「ぎゃっ!」
頭から壁にぶつかり、そのまま崩れる少女。周囲の人間も、男たちの事を恐れて近づいてこない。
「ほらトゥルナ先生、行きますよ」
「は、離しなさい!!!!んっーーー!!んっーー!」
片腕を背中側に回され、片手で口をふさがれ近くにあった地下道の入り口に押し込まれる。
「楽しもうぜ、先生。せいぜい女として、俺を満足させてくれよ」
「あがっ…」
頭に、しびれるような激痛。
全身から力が抜け、自分の意志に反して体が地面に激突する。
「あ…が…」
体を動かそうにしても、痙攣するだけでまともに動かない。声も、うめき声にもならないかすれた音だけが発せられる。
歪み、焦点の合わぬ視界にふと赤く濡れたレンガのようなものが映る。それを見た時、彼女は自分が殺されかけていることを悟った。
「へへ、いい体してるぜ。トゥルナ先生よぉ」
こうなったら、弓でもなんでも持ってくるんだった。霧がかっていく意識の中、彼女はそんなことを思っていた。
最後に見るのは、下半身を晒し、汚い顔を浮かべているこの男?
ちぎられ、はじけ飛んだ衣服?
視界の端で、白銀が揺れた。