第8話 吸血鬼は魔法を知る
「わかった?」
「だいたい。でも、これができれば寒い時の売上がますぜ!」
「「うおおっ!やっちゃえ料理長!あなたならできます!」」
「どわっはっはー!!」
したっぱ料理人におだてられて有頂天になっているルントを尻目に俺は厨房をこっそりと脱け出した。なぜだか疲労感が凄い。
慣れぬ魔法をたくさん使ったからであろうか、それとも吸血鬼なのに日のある中活動していたからであろうか。とにかく、ふかふかの布団が恋しかった。
若干ふらつきながら、ベッドまでたどり着きダイブする。
「はあ…愛しきベッドの感触…。最高かよ」
このもふもふ感。シーツのさらさら感。布団の微かな暖かみ。ここは生きている中で唯一存在する天国なのではないだろうか。先ほどまでの疲れが一気に飛んでいった気がする。
「…ってのはいいとして。なあ【解析者】?」
『ハイ、ドウカシマシタカ?』
「雑魚モンの俺だけど、魔力の量は人間より多いって本当なのか?」
『エエ、モチロンデス。ヨケレバ魔法ノ生イ立チデモオ話シマショウカ?』
「魔法の生い立ち?何か面白そうだな」
『面白イト思イマスヨ?マズ初メニ…』
俺は面白そうと言っただけなのにも関わらず【解析者】はべらべらとそれについて語り始めた。
魔法は約100年ほど前に初めて使われたらしい。あまり、古いものじゃないんだな。
で、魔法を生み出したのは【種族名:エルフ】の【固有名:デヴェロ】と言うやつらしい。やっぱりエルフってのは異世界ではお約束なんだな。
初めは矢が無くても魔法で矢を作り出したりとか、火打ち石無しで火を起こしたりとか。そういう些細な魔法だった。
しかし、潜在的に魔力の保有量が多い【種族名:魔族】や【種族名:吸血鬼】たちが次々と新しい魔法を生み出していった。ちなみに、人間の中でも魔力の保有量が多いやつはごく稀にいるらしい。そいつらのことは【人間】ではなく【魔女】または【魔人】と言うらしい。
でもって、徐々に人間にも魔法は伝えられ始めた。しかし、人間は魔法が使えなかった。魔力の保有量が少ないからな。
そこで、【魔女】や【魔人】たちが協力して人間でも使える、使用する魔力の量の少ない魔法。いわゆる、【初級魔法】ってのを作り出したという。それからは人間も日常的に魔法を使うようになり、魔法を手離せなくなっているということだ。
「なるほど、じゃあ魔法はそこまで古いもんじゃねぇんだな」
『エエ、魔術ハソレ以前カラ使ワレテイマシタガ、魔法ガ開発サレタノハ約100年前デス。ソシテ人間が初級魔法ヲ使ウヨウニナッタノハ約70年前トイワレテイマス』
「ふぅん……ん?待てよ?魔術ってのは」
『【魔術】トイウノハ【魔法】トハ違イマス。魔術ハ壁ヤ床ニ【魔方陣】ナドヲ描イテ使ウモノデス。ソレニ魔術ハ【魔物】ヤ【悪魔】ヲ呼ビダスタメニ使ワレテイマス』
「じゃあそれもやっぱり人間には使えない感じか?」
『ハイ』
なるほど、初級魔法しか人間は使えないというわけだな。じゃあ、魔力の量を手っ取り早く増やすには人間を吸血してもあまり意味がないってこった。
「おっけ、わかった。サンキュ」
『礼ヲイワレルヨウナコトハシテイマセン。コレガ仕事ノヨウナモノナノデスカラ』
「むぐ…」
なんか、そういう風に言われると調子狂うんだよな。
「…えっと、【解析者】?俺のステータスを見せてくれないか?」
『了解シマシタ。表示シマス』
しばらくすると俺の目の前に薄い青色のディスプレイのような物が形成される。この間【コブナントスパイダー】のことを吸血したからなにかしらのステータスアップをしているかもしれない。
名前:ティアーシャ
種族:吸血鬼【バンパイア】
特性:体力…10
魔力…27
攻撃力…6
俊敏…14
技能…1
耐性:『熱耐性Ⅰ』『火耐性-Ⅹ』『光耐性-Ⅹ』『闇耐性Ⅹ』『水耐性-Ⅴ』『月強化』『吸血強化』『夜目』『吸血耐性強化』『空腹耐性Ⅰ』『修復能力Ⅰ』『魅惑』『近接攻撃耐性Ⅲ』『毒耐性Ⅰ』『壁歩き』
「結構強化されてるな」
体力面ではナーサに遠く及ばないが、魔力の量や耐性、スキルの数はちゃくちゃくと増えている。
「次のターゲットはナーサだな」
『ソレハ私モ思ッテイタ所デス』
あの、魔物キラーのナーサの血液を飲めば相当なステータスアップが期待できる。
しかし本人に直接「血をちょうだい」なんて言ったら串刺しにされるに決まっている。
だとしたら寝込みを襲うか…あ、変な意味じゃねぇからな?
『マア、今ハモウ少シ様子ヲ見ルベキデショウ。焦リハ禁物デスヨ』
「だな」
とりあえずナーサのことを吸血するのは保留にしておこう。失敗すればこちらの命が危うい。
『テットリ早ク強クナリタイノデアレバ数多クノ魔法ヲ習得シテハイカガデショウ?』
「たしかにそれが今できそうなことだもんな」
さすがに炎系魔法は止めておくとしよう。つい失敗してここら一体を灰にするかもしれない。
『練習ニ使ウトスレバ【氷属性】ヤ【水属性】、【風属性】ガイイデショウ』
「俺がやらかしてもこの辺りが無事なようにだろ?」
『エエ、ヨクワカッテイルジャナイデスカ』
なんか毒があるんだよな。この言い方。
『アナタガ炎中級魔法【爆炎】ヲ使エバ炎上級魔法【業火】ニナリカネマセンカラ』
「炎上級魔法ねぇ…」
それはロマンで溢れているな…。
『おいティアーシャ!俺と勝負しろ!』
『あ?俺と?勝負しろ?何言ってんだ?』
『雑魚モンのくせして調子こいでんじゃねぇぞ!?あぁ?』
『…。おーおーそーかそーか。俺が雑魚モンと言いたいんだな?…、なら死ね。炎上級魔法【業火】』
『う、うわあああああっ!!』
「ってな感じにならないもんかねぇ」
『何ヲ言ッテイルノデスカ。アナタハソモソモ勝負ヲ挑マレルコトナンテアリマセンシ、アッタトシテモアンナ展開ニナルマエニヤラレテイマスヨ。アナタノすてーたすハごみナノデスカラ』
「ゴミ!!」
【解析者】に罵られるのがここまで心に来ることだなんて…。俺ちょっと悲しくなるぞ?
『マア、アナタガアノヨウナ展開ヲ望ムノデアレバ私モ出来ル限リノ努力ハシマショウ』
「…わかった。じゃあ早速魔法の練習を始めるから手伝ってくれ」
『了解シマシタ』
本当なら魔法の訓練は屋外でやった方がいいのだろう。だが俺は吸血鬼で可愛い(らしい)。人目につくし、日傘をさしての訓練は正直大変そうだ。
『デハマズハ初級魔法カラますたーシテイキマショウ。初級魔法ヲ習得シテオイテ損ハ無イデショウ』
「おっけ」
『最初ハ氷属性初級魔法【凍結】カラ習得シマショウ』
【凍結】はルント達の言ってた魔法だな。冷蔵庫を作る時と、俺がおでんの大根モドキを作る時に料理人に使ってもらった魔法だな。
「使い方は?」
『初級魔法ハ全体的ニ同ジヨウナ感覚デ使エマス。先ホドノ【風刃】トサホド変ワリマセン。手ノ中ニ大気中ノ冷気ヲ集メ解キ放チマス』
「了解了解。まかせとけ」
こちとら、魔法以外才能の無い荒幡ススムさんだぞ?
右手の手のひらを天井に向け、意識を集中させる。大気の冷気を集めるイメージで…イメージで…。
「むぐぐ…」
だんだんと手のひらが冷たくなってくる。魔法が使われているのか、はたまた手に血が巡っていないのか。まあ今吸血鬼だからもともと体温は低いのか。
「はぁっ!」
ぐっと力を込める。すると手の中にあった冷気が徐々になくなり始め部屋全体の気温が下がり始めた。
「…?雪?」
ひらひらと目の前を舞い落ちる小さな白い塊。たしかにそれは雪の結晶のようだった。
『【凍結】ハ何カヲ凍ラセルタメノ魔法デスカラ。オソラク空気中ノ水分ガ凍リ、雪トナッタノデショウ』
「じゃあ成功したってことでいいのか?」
『エエ』
よっしゃ、氷属性の初級魔法は習得できたぞ!…だけど、【風刃】みたいになんか威力的なものは高くはならないのか?
『ソレハ得意、不得意ノ差デショウ。オソラクアナタハ氷属性ノ魔法ガ苦手ナノデショウネ』
「魔法にも得意不得意なんてあるのか…」
まあよく考えてみればそうだよな。ゲームのキャラクターにだって火属性とか水属性とかあるしな。
ってことは逆に炎属性が得意とか?
『一概ニソウトハ言エマセン。氷属性ガ苦手デモ風属性ガ得意ダッタリ、逆ニ氷属性ガ得意デモ土属性ガ得意ダッタリシマスカラ。ソコハ人ヤ種族ニヨル個人差ガアリマス』
「なるほど」
『マア吸血鬼デ炎属性ガ得意トイウノハナイデショウ。すてーたす【光耐性-Ⅹ】ノ状態デ炎魔法ナンテ使ッタラソレコソ自殺行為デスヨ』
「自分に引火したら終わりだもんな」
これも新たな目標になるかもしれない。『炎耐性』を少なくとも負の数ではなく正の数にすること。そうすればクッキングの時の【発火】も気兼ねなく使える。
まあ炎属性魔法が使えるかどうかの問題だけど。
『デハ次ニイキマスカ。次ハ水属性初級魔法【水球】デス。使い方ハ…』
「大気中の水分を集めて凝縮させるんだろ?」
『…?マダ教エテイマセンヨネ?』
「こんなに何回も初級魔法を使って使い方のイメージも湧かないほど俺は馬鹿じゃねぇよ」
どうだ【解析者】。おどろいたか?あぁ?
『驚キマシタ。すてーたすト一緒ニ頭ノ中マデごみダト思ッテイマシタカラ』
「ゴミ…」
【解析者】の言葉の杭が吸血鬼である俺の心臓に深々と突き刺さった。