表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/135

第82話 極寒の地にて



「さっむう…」

「雪降ってますよ…。この季節に。ほんとにここなんでしょうか?」

「そこは()()()()として頑張ってもろて…」

まだ朝も暖かい季節なのにも関わらず、風に乗って叩きつけられる雪が体の熱をどんどんと奪っていった。

「おーい、ソウカあー!寝るなー!」

「…エッグマフィンが一匹…。オムレツが二匹…。ピータンが三匹…。ニラ卵焼きが四匹…。サティポロジアビートルが三万匹…」

「どんな夢見てんだてめぇ…」

流石は蛇、というべきだろうか。寒さの中では活動が鈍くなるようで、彼女は俺の背中の上で寝言を呟きながら寝ているのである。前にも冬場にこうなったことがあったが、この状態になったらテコでも動かないのでどうしようも無いのだ。

「一応、ナーサさんからの情報を元にマッピングを行ってはみましたが…。これだけの寒さの場所に鉄打ちとして名高い小人族(ドワーフ)は住めないでしょう。…近くの少し標高が低い場所に集落があります。そこに移住しているかも知れません。行ってみましょう」

「分かった!…案内頼むぞ…っ」

後ろから楓が支えてくれているとはいえ、流石に人一人抱えて山を登るのは体力を消耗する。目的の人物が居るか不明だが、とりあえずそこで休ませて貰うことにしよう。



---



「ふむ…。お前達見ない顔だな。行商人か?」

エルティナに導かれ、着いた先にあったのはギリギリ村と言えるほどのサイズの集落。周りを木壁で囲っており、同じく木で出来た門には腰ほどまでしかない小人族の男が二人。俺の胸元くらいまでしかない槍を持って立っていた。

「いえ、旅をしている者です。来る途中に雪に会いまして、一晩止めていただけないでしょうか」

「もしかして山を越えてきたのか?あの山の寒さは身に染みただろう…。分かった、入ってもよい。が、諸々の手続きは済ますように。案内しよう」

「わかりました」

エルティナが慣れた手つきで交渉を終わらせ、俺達を子招いて門の下を潜る。俺達も続いて、門番の片方に軽く頭を下げて門を潜る。

「小人族の集落らしく、ちゃんと家もちっこいんだな」

「お兄ちゃん…?善意で泊めてもらえるんだから、贅沢言わないの」

「へいへい」

事実、彼らの家の高さは二メートル程しかなかった。これでも彼らにとっては過ごしやすいのだろうか、俺達は若干窮屈な思いをしそうである。…しかし、気になるのは彼らの家が少し標高が低いとは言えそこそこの寒さであるこの地にあるにも関わらず、定住型では無く地面に穴を掘って上に木枠を組んで草や布を掛けて作る簡易的な物なのだ。まるで遊牧民が良く使う家のような感じを覚える。

道の脇には街灯が立てられており、その中の火が灯りを灯しながら揺れていた。火を囲うガラス窓はススで真っ黒になっている。家は簡素なのに、そこは発展してるのかよ。

「さ、着いたぞ。手続き、と言っても大した物は無いしそもそも旅人が来るような村じゃないからな。主への挨拶を手続き代わりとしてもらう」

「ありがとうございました。門番さん」

「なに、礼には及ばない。これも門番の仕事のうちさ。では」

門番の小人は俺達を一件の家の前に連れ、そのまま踵を返して来た道を戻って行った。

…なんだあの小人…、紳士かっ!

「ここが彼の言う()の家のようです。挨拶させて頂きましょう」

エルティナは家の入口の布を手で押して開け、中に足を踏み入れる。俺達もそれに続く。

家の中は予想通り、古代日本で使われていた様な竪穴式住居によく似ていた。中には薪が炊いてあるようだったが、通気性が高いので一酸化炭素中毒になることは無さそうだ。代わりに中と外の気温がさほど変わらない気がするが…。

「遠方からはるばるようこそ。旅人達」

その中で、藁を編んで作った敷物の上で胡座を組んで、煙管を吹かしている小人が一人。俺達を見据えて口を開いた。

「初めまして。私達は旅をしているものです。私から、エルティナ、ティアーシャ、カエデ、ソウカです。ソウカは体の芯まで冷えてしまったようで、今寝ています」

「それは大変だ。とりあえず、その子を火の傍に。ルイベになられたら困る」

小人が子招くままに、ソウカを薪の傍に寝かせ受け取った湯で温めたタオルで四肢を温めてやる。

「すみません、助かりました」

「なに、困った時はお互い様、とね。それに、我々の所に来る客人なんて滅多にいないのだから、物珍しさも相まって、みな、丁寧に、もてなしてくれるだろうよ」

旅人としての話を色々と聞かせてもらおうか、と小人は笑いながら煙管を吹かした。

「ご友人の目が覚めたら、夕食を、もてなそう。旅人達も、体が冷えている、だろう?体の、中から温まる料理を、振舞おう」

「何から何まで、ありがとうございます」

エルティナが小人の主と話をしている間、楓はソウカの様子を見てくれている。多少寒さが身に染みるとはいえ、火もあるし中々快適な家である。

「…ん?」

ソウカも直に起きるだろうし、少し家の中の観察をしていると一つ、奇妙な物が目に付いた。薪以外で部屋の中に灯りを灯しているランプ。火で灯りを灯す、こちらの世界では一般的なものだろうが…。

「…こいつあ…」

ガラスで作られたそのランプを覗いてみれば、その灯りの火の元となっているのは黒い液体。植物性の油ではこんな色にはならない。…だとすれば、これは。

「おや、旅人よ。その、灯火が、気になるか?」

「…これ、石油か?」

黒く、ベッタリと、ドロドロとしている液体。これはどう見ても石油だろう。

まさかこの世界で石油を使う文化があったなんて…。

「せきゆ、旅人らの言葉では、そう言うのか。我々は、ザナ・ルドドベ(大地の黒い恵)」と呼んでいる」

ザナ・ルドべべ(大地の黒い恵)…」

確かに、石油は古来の生物の化石が長い月日を掛けて地中で作られるものだが。

「火を扱うには、今や、欠かせぬものだよ。地中から、掘り出すには、少し苦労したが、今は、その装置を、造ったから、大した労働では、ない」

「…ふぅん」

だとしたら恐らく、外を照らしていた街頭も石油を燃料としているのだろう。

「…っ」

「あ、ソウカさん起きたよ!」

かれこれしていたら、すうすうと寝息を立てていたソウカが声を上げた。

「お、ソウカ。おはよう」

「…おはよう…。ここは…?」

眠そうに目元を擦りながら、大きく体を伸ばすソウカ。そして辺りを見回して目を丸くしていた。

「近くにあった小人族の家だよ。厚意で泊めてもらえることになった」

「旅人よ、私は、この村の主、だ。今宵は、身を休めて、いきなさい」

「ありがとうございます。…ねえ、ティア。私、もしかしてずっと寝てた?」

主に頭を下げた後、そそくさと俺の元に寄り耳打ちしてくる彼女。

「ああ、雪山に入った辺りからぐっすりとな。完全に冬眠してる蛇だったぞ」

あちゃー、とソウカは頭を抱えて続けた。

「だってこの季節にあそこまで寒いとは思わないじゃない?そこまで標高が高い訳じゃないんだし」

「確かに」

確かに、ほんの少し肌寒くなってきているような気はするが、さほど標高が高くない山であそこまでの雪が吹いているのもおかしいような気もするが。

「さあ、旅人達よ。飯に、しよう。採れたての肉と、山の幸の、鍋だ。こちらにきて、座りなさい」

主が手招きするままに、薪を囲うようにして俺達は腰を下ろす。初めはあぐらをかいていたものの、他三人がきちんと正座をして座るものだから、いたたまれなくなって俺も正座に変える。

「赤の旅人よ、楽にするがいい」

「見てたのかよ…」

気恥しい気持ちを抑えながら、慣れない正座を解いてあぐらに戻す。

「さあ、食べよう」

主が立ち上がり、家の外にいた誰かから鍋と皿を受け取り鍋を薪の上の天井から伸びる鉄の金具に吊るす。

鍋の蓋を開けると、立ち上がる湯気の隙間から中身が見える。透明な汁にきのこや葉野菜が放り込まれた質素な鍋。そして皿に盛られた肉は。

「な、生肉…」

「…ぅ…」

明らかになんの調理も施されていない、血の気が色々と目立つ生肉。元吸血鬼の俺と、半吸血鬼のソウカは抵抗なく食べられるだろうが。人間体として生きている楓、エルティナの二人にはちと厳しい、というか胃に優しくは無いだろう。

「いただきます」

主が鍋に手を出したのを見計らって、俺も肉に手を伸ばす。比喩なく、もちろん手掴みである。

そのまま口に放り投げる。

「うん…うん!美味い!」

新鮮な肉だ。死んでから時間の経った肉特有の臭みが無い。それに、丁寧に狩った動物をその場でしめている。余分な血が中に留まっていない。吸血鬼の身だったら、若干物寂しい気にもなったであろうか、今の俺からしたら丁度いい。

「うん、美味しいわね」

「だろ?」

ソウカもペロリと食べてしまう。まあ、旅をしてる時なんて野宿がざらだったしな。二人ともこういう食事には慣れてるだろう。

「…楓は…」

エルティナと共に肉を目の前に冷や汗を垂らして固まっている。うん、それが普通の反応だ。

「…加熱を推奨します」

エルティナがボソリと小さな声を零したのを俺は聞き逃さない。

そもそも食べ慣れていない人が無理して生肉を食べればお腹を壊す可能性がある。ここは軽く火を通して食べる方がいいだろう。

「主、この二人は生肉を食べ慣れてないんだ。火を通してやってもいいか?」

「ああ、構わない。我々の、文化を、無理に押し付ける、気は無い」

「ありがとう」

俺は『天道』から取り出した小皿を手に取り、その上に肉を数枚置き、炎魔法で軽く焼いてやる。

「ありがとう、お兄ちゃん」

「すみません、わざわざ」

「良いんだよ。逆に楓が生肉を食べ慣れてたら俺がドン引きする」

苦笑しつつ、皿を二人の膝元に置く。

「おお、今のは、魔術、か?」

「ん?ああ、俺達は魔法って言ってるけども。火を起こしたり、水を出したり、便利なもんだよ」

「ほお、」

鍋をつつく主。

一瞬こちらに向けられたその目が、怪しく光ったような気がした。

「んん!お肉美味しい!」

「ですね、柔らかく食べやすいです」

「ほ、ほ、ほ。喜んで、貰えたのなら、良かった。生肉を、食べないとは、知らなんだ。すまないね」

「いえ、美味しいので大丈夫です!」

楓がそう言うと主は急にひっくり返って腹を抱えて笑った。…え、そんなに面白い?

「いや、なに、我々は、外の者と、交流する、事がないから、な。こうして、文化の、近いを、聞くと、面白いのだよ」

「へ、へえ…」

苦笑を浮かべながら、鍋に手をつける。

…何となく察していたが、味付けは無いようだ。数種のきのこと葉野菜を湯で煮ただけの鍋。美味いとは言い難いが…暖かい飯を貰えるだけマシだろう。

うえ、きのこ苦。



---



「念の為、と、思ったけれど。旅人よ、すまない」

十数分後、旅人、と呼ばれた四人はその場で崩れるように眠りに落ちていた。

「毒…ですか…」

「おや、まだ意識が、あるとは」

「解毒できますか、ら…ね」

痺れる手足に鞭を打ち、エルティナは体を支え、主を睨み付ける。

「一体なにが…目的なんですか…」

「それは、紫陽花の旅人、そなたには関係の、ないことだ。知る必要は、ない」

「…な、何をっ」

主は、木製の杖を手に取りおもむろに立ち上がってゆっくりとエルティナの元に歩み寄る。

「旅人たち、よ。旅人たちの、知識にも、興味が、ある。…聞かせて、貰おう」

「…そ、れは」

主が取り出したのは、誰がなんと言おうと注射器。しかもこちらの世界ではない、明らかにティアーシャと楓の生まれ故郷の世界で作られた代物。それをなぜ、持っているのか。

「なに、楽に、するがいい。旅人らは()()()と、同じ匂いがする」

「ぐ、うっ…!?」

身動きの取れないエルティナの手首に、針が突き刺さり中の白濁した液体が打ち込まれる。

「…この、薬は…」

解析者、という立ち位置の元、彼女はその薬がなんであるかを即時に理解した。それと同時に、表の意識が深淵に落ちていった。



---






「う…」

鈍器で頭を殴りつけられているような鈍重な頭痛がする。体もいやに重い。

寝ちまったのか?完全に記憶がすっ飛んでる。

それに…ここは…?

明らかに先程までの竪穴式住居では無い。ゴツゴツとした岩肌の、洞窟、だろうか。少なくとも外ではないことは直感で理解出来た。

「うおっ…どうやら、なんかめんどくさい事に巻き込まれたっぽいな」

とりあえず歩いて出口でも探そうとしたところで腕に痛みと違和感を覚える。そちらの方に目を向けると、太い金属の手錠が後ろに回した手を拘束していて、更に手錠の上からがんじがらめに鉄の鎖が巻き付けてある。

「…こいつあ、外せねえな」

炎魔法の最大火力を出せば、変形させたり溶かしたりすることは出来るだろう。しかし、そのせいで手がお陀仏になることはありありと見えている。吸血鬼だったら出来たんだけどな。今は人間であるがゆえ、無茶は出来ないのだ。

「『魔眼』」

左目に魔力を流し、『魔眼』を発動。暗闇の中をサーモグラフィーのようにして見て、洞窟の中を進んでいく。

「おいおい…なんだよこの魔力量は」

先に進めば進むほど、空気中に混ざる魔力量が多くなっていく。あまりの多さに、洞窟の壁にも付着し『魔眼』越しだとヒカリゴケのように光り輝いている。

「いっぱい食わされたな…」

少し進むと、大きく開けた場所に出た。そこは、加工された石で造られたであろうレンガが床や壁や天井に敷き詰められていて、明らかに人為的に作られた場所だった。

そしてその中心、そこには一匹、いや、一頭と言うべきなのだろうか?岩のようにゴツゴツとした背中に四足歩行の恐竜のような見た目。そして背中の岩の隙間から覗く、真紅色の鉱石。

どうやらこの膨大な魔力量はこいつの影響らしい。近づけば近づくほど、空気が重くなってくる。

『…ぬ。貴様、何者だ』

その巨体に似合う、低く威厳のある声でその生き物は言った。

「そういう時にはまず自分から名乗るものだぜ?」

『まあ、良い。…貴様からは濃い魔力の力を感じる。良い…非常に良い…』

「魔力が濃いだあ?なんだ?取って食おうってかい?」

『ああ、その通りだ』

「へ」

まさか的中するなんて思わず、素っ頓狂な声が出る。と、刹那その巨体がのっそりと動き、巨大な爪の付いた前足を振るう。

「っ!?あ、あぶねえじゃねえか!!殺す気か!アホ!!」

咄嗟にバックステップで回避するも、その鋭利な爪が掠り、服の上からじんわりと血が滲む。

『…何故避ける?』

「避けねえやつはいねえだろ!!スカタン!!」

体勢を整えて面向かう。ふざけやがってこんちくしょう。あと数コマ回避が遅かったら大出血だったぜ。

「にしても…手錠が邪魔だ…」

後ろに手を回してるせいで、身動きがしづらい。

「うぐっ…」

肩を後ろから前に回し、肩関節を外して可動域を広げる。そしてそのまま体の前に持ってきて、関節を元のようにはめる。これでまだ、動きやすくなる。

『肩の関節を意図的に外したのか?…貴様、もしや贄ではないな?』

「に、贄?あぶねっ!!」

棍棒のようにして振り払われた尻尾を空中で体を捻って回避する。

『よもや、この私を侮辱する気か。貴様らは』

「さっきから何ぶつくさ言ってんだよ!うごっ!?」

バックステップで尾の攻撃を避けたところに、鋭い爪が飛んでくる。

手が使えないのもあり、体勢を整える間もなく大きく吹き飛ばされる。

「あが…っ!!」

壁に背中から叩きつけられ、肺の空気が漏れる。

『耐えるとは…。中々の強度だ』

「…ぐぁ…」

壁を支えにして、なんとか立ち上がる。ちくしょう、今のでかなり消耗しちまった…。とりあえず呼吸を整えないと…。

『しかし、今のでかなりのダメージを負ったようだな。次で楽にしてやろう』

「…はあ…はあ…」

振り上げられる前足。迫り来る爪。

刹那、壁を蹴ってこの怪物の腹の下に滑り込む。

『なっ!?』

「おめえらみてえな装甲の硬ぇ奴にはこれが一番聞くって言うのが定石だろーが!」

がら空きになった、その無防備な腹目掛けて渾身の蹴りを放つ。

『うごぁっ!?』

「もう一発入れといてやるぜ!?」

風魔法で体に勢いをつけ、もう一度蹴りを放つ。魔法で勢いの着いた蹴りの威力は凄まじく、その何トンもあろうかという巨大は宙を舞い、数秒後に地面に叩きつけられる。

「はあっ…はあっ…どうよ、人間様舐めたらいけねえぜ?」

それにしても消耗が激しい。もう完全に息が上がっている。前は、こんなこと無かったのに…。

『どうやら、そのようだな』

その巨体の体勢をゆっくりと整えながら、怪物は呟いた。マジかよ、全然ダメージ入ってる気配がねえ。

『その小さな体で私と張り合うことが出来るとは。その強さに免じて、私も本気を出そう。手を出せ』

「…は?」

『手を出せと言っているのだ。錠を外してやろう。貴様とは対等に戦う価値がある』

若干疑りながらも、俺は両手を前に出す。すると怪物は前足を振り上げて俺の手を繋ぐ鎖と手錠を叩き切った。

「…うわお」

『さあ、それで対等だ』

「…だな」

俺は『天道』から短剣を取り出し、鞘を抜く。

すると怪物のゴツゴツとした、牙だらけの口の中が薄紫色に輝き始める。

「…く…」

『出し惜しみはしない!食らうが良い!』

ガコリと口がこちらに向けて開かれたと思うと、そこから猛烈な勢いで電気を纏った熱線が放たれる。

「くっ!」

今から横に避けても間に合わない。咄嗟に大地を蹴り、魔力を流し、石レンガを突き破って現れた土の壁を展開する。

熱線と壁がぶつかり、衝撃が走る。数秒もしないうちに壁に亀裂が入り始め、ボロボロと崩れ始めていく。

「ダメか…っ!『業火』ぁっ!!」

このままでは壁が壊されるのも時間の問題だろう。だとしたら、ここは逆に押すしかない。

土の壁を挟んで、両腕に炎の魔法陣を展開する。そのまま両腕を前に向けて、炎の渦を放つ。

「があっ!?」

『ぬっ…』

土の壁が崩壊し、電気を帯びた熱線と炎の渦が激突する。それと同時にぶつかった地点で爆発が起こり、その勢いで吹き飛ばされる。

『これを防ぐとは、貴様。本当に人間か?』

「今は、な」

頭を打ったのか、額から血の筋が流れてくる。手で軽く拭って、舐める。

『では、これはどうか』

その怪物は石レンガで作られた地面を前足で叩きつける。すると衝撃が発生し、石タイルを持ち上げながらこちらに向かってくる。

やがて俺の足元までそれが到達した時、大きく地面が隆起し、そらに地面が割れそこから土で出来た突起物がいくつも飛び出てくる。

「うぐっ!?」

横に飛び跳ねてギリギリのところで身を躱す。

『かかったな』

「え…っ!!??」

しかし、それは罠だった。あえてその地点に誘導されたのだ。躱した位置には既に怪物が回り込んでいて、巨大な前足が目と鼻ほどの距離までに迫ってきていた。




次の瞬間、世界が真紅色に染まった。





---



「…っ、ここは?」

暗く、ジメジメとした場所。ほんの少し肌寒くて、上から時折水滴が垂れてくる。

蛇である私には、この程度の暗闇なんの問題も無いのだけれども。

「カエデ、カエデ」

隣で横たわっているカエデに向かって声を掛ける。すると、眠そうな声を上げて彼女はおもむろに身を起こした。

「んん…?ソウカさん…?…え、なに?暗…」

「落ち着いて、カエデ。…どうやら私達二人だけみたい。ティアとエルティナはここには居ないわね」

ほんの少しの光を集め、視界を確保する。辺りを見回してみると、鉄で作られたであろう柵が置かれていて、道が塞がれていた。どうやら、ここは牢獄か。

「とりあえず、いい予感はしないわ。ここを出て、二人と合流しましょう」

「わ、わかりました」

私は肉体を蛇に変化させる。そして鉄柵の隙間から体を通し、巻きついて鉄柵を破壊する。

「さ、行くわよ」

「うわ、ちょっと。見えないんですって」

夜目が効かないカエデの手を引き、柵の隙間を縫って外に出る。

「ソウカさん、見えてるんですか?」

「しっ、声が高い。私達は監禁されてたのよ。だとしたら、ティアとエルティナもそうされてた可能性が高いの」

別の牢獄でもあるのかしら。

闇雲にこの身で散策するのもリスクが高い。

腕の数枚の鱗を蛇に変化させ、地面に這わせる。これで周りの探索を行おう。

「とりあえず、私達は脱出しましょう。ティアなら自力で何とかできるはず。情報が掴めたらエルティナを優先に探すわよ」

知識はあれど、経験が不足しているエルティナは一人で脱出するのは厳しいだろう。だとしたら優先すべきは彼女だろう。

「ちっ、この牢獄。自然洞窟をそのまま使ってるのね…」

整備された牢獄、という訳では無いようだ。壁に松明の一本も掛けられていない。本当に人を監禁しておくためだけの場所なのだろう。

「小人族、何か隠してるわね」

恐らく、小人族が関与しているのだろう。なんのために私達を監禁したのか分からないけど、あったら顔面ぶん殴ってやるわ。

「っと、止まって…。見張りがいる」

光が見え、そこに二人分の影が見える。話し声も聞こえる。…何やら談笑しているようである。

「チャンスね。カエデ、ちょっと待ってなさい」

「は、はい」

腰からナイフを抜く…手は宙を通り過ぎた。どうやら身につけていた装備類は回収されたようである。

「っち、やるしかないか」

更に腕の鱗を蛇に変化させ、壁を伝わせて光の元へ向かわせる。

「お、おい。なんだこりゃ…っ……。」

ほんの数秒で制圧が終わる。カエデを子招いてゆっくりと前に進む。

「…っぁ…」

そこには地面に突っ伏している小人族の番人二人。蛇で神経毒をたっぷり流しているので、声を出そうにも息の抜ける音しかしないだろう。

「一人で良いわね、カエデ、少し目瞑ってなさい」

片方の番人の喉を、蛇を使って噛みちぎらせる。それを見たもう一人の番人は顔を真っ青に染めて小刻みに震え始めた。

「さて、あなたも変な動きをしたらこうなるからね?教えて貰おうかしら、何が目的なのか」

「…っぁ…っぅ」

「ええ?何も知らない?」

声はしないが、口の動きで何を言いたいのかは分かる。

「…よっぽど死に急ぎたいのね」

「…っんー!!っぁ…っ!!」

「なら用は無いわね」

その小人の腰に刺さる剣を手に取り、うなじに目掛けて剣を落とす。

生々しい手応えと共に首から上と胴体が分断される。

「うえ、返り血浴びちゃった…。洗うの大変なんだよ…これ。カエデ、目開けていいわよ」

「…っううえっっ!?」

とりあえず用は済んだのでカエデに目を開けさせた。

のは間違ってたみたい。この惨状を見るや否や嘔吐物を撒き散らし始めた。

…そういえば生首が落ちてるなんて見たこと無いものね…。そりゃそんなリアクションにもなるわ。

「おっ…ぅぇぇぇ…」

「あまり吐くと水分が減るわよ。程々にしときなさい」

「うえっ…おうぅ…」

あら、もう吐きやんだ。初めてにしては随分と立ち直りが早いのね。

「昔、父を、お兄ちゃんが殺したのを見てますから…。初めてじゃないんです」

「…。そういえばそうだったわね」

そういえばティアから聞いたんだった。彼女がカエデの実の父を手にかけている。しかし、カエデの白濁した片目は、その父親の罪の重さが現れている。

「さ、先に進むわよ。私達に着いてくるくらいなら、命を奪う覚悟も、ね」

「は、はい」

厳しいことを言っている自覚はある。あの世界で育った彼女にとって、その手で命を奪うという経験は数少ないだろう。魚や動物ならまだしも、人に酷似した生き物を殺した経験はあるわけが無いのだ。

けれど、そこは鬼にならねばならないのだ。誰でもない、彼女本人の為に。

いくらカエデがこちらの世界の住人で無いにしろ、この世界では躊躇った瞬間に死が待っているのだ。やるかやられるか、その覚悟が無ければこの旅には着いて来れない。

いくらシスコンのティアでも、同じことを言っていただろう。いや、妹を愛しているからこそ言っているだろう。

「これは…地図かしら」

返り血に染る机の上の一枚の羊皮紙。

それにはいくつかの線が書かれており、所々にバツな印が記されていた。

「今いる場所にバツが二つ。なるほど、これはそこにいる兵士の数ね。…これが手に入ったのはデカいわ」

これさえあれば、最短で出口に行く道を探しそして最低限の殺傷で済む。ここでこれが手に入ったのは棚からぼたもちだろう。

「行くわよ、カエデ」

「はい」

カエデは、小人族の持っていた短剣を腰につけていた。

…なんだ、出来るじゃない。

私達は闇に満ちる洞窟の中を一歩一歩確実に進んで行った。



---




…何があったのでしょう。

腕に何かを刺されてからの記憶がありません。しかし、何か重大な事だったような…、何か、黒い…。

「く…」

頭痛が酷いです。頭が割れるようです。

上手く体も動かせません。

「迷惑おかけします…」

私は、動けないまま

皆さんの到着を待つことしか出来ないのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ