第79話 エルティナ/トゥルナ
「違いますね。そこは内分の公式を応用して、AG:GFを1-s,sと置きます」
「ほおほお」
「そうしたらBG:GDをBG=kGDと置いて連立方程式として計算します」
「…難し」
「初めは取っ付きにくいですが、やり方さえ覚えて導入して行けば案外なんとかなる問題ですよ。ゆっくり反復練習していきましょう」
「はーい」
お姉ちゃん、ことエルティナさんは私の隣でそっと微笑んだ。薄紫色の髪の毛がふわっと靡き、一瞬目を取られる。
夏休みの真っ最中である私は、必死に向こうの世界での課題に追われる日々を送っている。別に自分で言うのもなんだが、地頭は悪いほうじゃないし成績もそこそこ良い。だから他の課題とかは相当早く終わらせられたんだけど…。
「そこ約分出来ますね」
「あっ」
数学。数学だけが出来ない。それが故に、何度歴史上の数学者を呪いかけたものか。
「そしたらKの係数とSの係数を取り出して連立を…」
「…むむ」
なので、博識で勉強の出来るお姉ちゃんに勉強は教わっている。お兄ちゃんの方は、私と同じとことん文系なのでお姉ちゃんに匙を投げていた。
そして、お姉ちゃんの教え方はかなり分かりやすい。というか一対一で勉強を教えてくれている時点で分かりにくいはずがないのだ。学校で問題の解き方を教わっても、細かい疑問点などにいちいち答えてくれる先生など稀である。特にベクトルとか図形の分野は、それぞれの考え方とかを説明しないといけない(らしい)から尚更である。
「お!解けた解けた!」
「おめでとうございます。一度分かってしまえば後は簡単でしょう。明日また解いてみましょう」
「はーい!」
数学嫌いでも、難しい問題が解けた時と言うのは気持ちのいいものである。がんじがらめに絡まっていた鎖を解いた気分というかなんというか。とりあえず解放感があるものである。
「お、二人とも夜遅くまでごくろーさん。はい、差し入れ」
「あ、ありがとう。お兄ちゃん」
「ありがとうございます。ティアーシャ」
盆を持ってきて部屋に入ってきたお兄ちゃん。盆の上から私達にそれぞれ一つずつおにぎりを手渡し、私にはホットミルクを。お姉ちゃんにはコーヒーをくれた。
「どういたしまして。あんまり張り切ってやり過ぎるなよ?程々にな」
「お姉ちゃんの教え方上手だからやり過ちゃうかもね」
「ありがとうございます」
お姉ちゃんはそっと目を逸らしていた。まだ感情のコントロールに慣れきっていないのか、褒められたりすると気恥しそうに目を逸らしてしまう。それが可愛いのだが。
「じゃ。俺は先に寝るから…ほどほどに…な」
「…うん?ありがと…。て、…お兄ちゃん、目…大丈夫?」
「目…?」
盆を持って出ていこうとするお兄ちゃんを引き止める。お兄ちゃんの目、私達と喋る時にもまともに焦点が合っていないし両目均等に開いていない。
「元から片目は見えにくいんだが…う、確かに若干視点が合わない…っていうか…っ」
「お兄ちゃん!!!」
彼女がゆっくりと腰を降ろそうとした時、ふと糸が切れたかのようにして床に体を叩きつけた。
「ティアーシャ!?」
慌ててお姉ちゃんが駆け寄り、お兄ちゃんの額に自分の額を押し当てた。
「…。大丈夫、少し熱があるくらいです。連日私に付き合ってくれていて、普段の生活リズムが崩れていたのが原因でしょう。家事もひたすらにこなしてくれていましたし…。詳しい解析は後ほど行いましょう。とりあえず今は寝室に運んでゆっくり寝かせてあげましょう」
「…うん」
よく見たら、額にびっしりと汗が滲んでいる。苦労を掛けてしまったのだろうか。罪悪感か心の中に生まれる。
お姉ちゃんの代わりに私がお兄ちゃんをお姫様抱っこして、寝室へと向かう。
「…ん?」
目に髪がかからないように、そっと手で髪を撫でると髪の毛のその触った場所がうっすらと色素が抜け始めたのだ。
「…なに、これ」
そしてそこを中心とするようにして、他の場所もゆっくりと色素が抜けていく。しかし、以前のような銀髪にはならず赤と白が混じった、淡いピンク色のような髪色になっていた。
「いや、今は」
今はお兄ちゃんを寝かしつけることが最優先である。たかが髪如きで彼女を引き止めておく訳には行くまい。
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この宝石は、私から皆への贈物。
いつか、皆が離れ離れになった時にこの五つの宝石をそれぞれ合わせてみて。
それが、皆を再び繋げんことを。
私は望んでいる。
私の名を受け継がん者よ。
私の運命を受け継ぎし者よ。
私の血を引き継ぎし者よ。
逆境の地に立とうとも、追い込まれ、死ぬしか選択肢が無くなったとして。
肉を削がれ、体を失ったとしても。
隣に立つものを信じて。身を委ねて。
さすれば、その時。
運命は、変えられる。
ティアーシャ。
私の変えられなかった運命を。この世の摂理を。
どうか乗り越えて。
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「…」
いつの間にか、ぼんやりと天井を眺めていた。
いつから目覚めていたとか、眠りから冷めたのかとか、そういう感覚は無く、ただ単にぼーっと天井を眺めていた。
「…五つの宝石…?」
あれは…夢、なのか?
意識がぼんやりとしている際で夢だったのか、夢じゃないのか、ハッキリと分からない。だが、自分の頭の中で鮮明に、その声が何度も何度も跳ね返っているのだ。
「あれは、先代のティアーシャの…遺言なのか?」
そっと胸に手を当ててみるとチクリとした痛みが走る。
…やはりそうだ。今のはティアーシャの残留思念体。
俺があの寄生魂に直接魂を触れられてから、どうも魂の形成が不安定だったのだ。だから、エルティナとの分解が起きたし俺の吸血鬼としての体裁が上手くなされていない。
俺の魂が不安定になったことにより、思念体として残っていたティアーシャの言葉がうっすらと聞こえたのだろう。その言葉の本意はよく分からないが。
「…にしても」
腹、減ったな。
どれくらい寝てたんだろう。倒れたのは知っている。薄れていく意識の中で、楓が俺を部屋に運んでくれていたのも知っている。
だけどそれ以降の記憶はこれっぽっちも無いのだ。自分がどれくらい寝ていたのか、全く分からない。
「解析者、どれくらい経って…って、そうか。居ないんだっけ」
彼女はエルティナとして生を受けたのだ。しかし、話せば何時でも返答してくれる彼女が居ないというのも幾分か寂しいものである。まあ、彼女は毎日楽しそうに過ごしているし、何時までも頼りきる訳には行かないか。
「…やっべぇ、腹が…」
胃の壁と壁がくっつきそうな位の空腹感。分泌された胃酸が胃壁を傷つけているのがハッキリと分かる。時々それが登ってきて急激な嘔吐感に駆られる。
「なんか…食わねぇと」
胃酸だけ、ベッドにぶちまけてしまう。
俺は枕元に丁寧に置かれた水差しに手を伸ばし、その中の温くなった水を口の中に流し込み胃酸を薄める。その後ベッドから跳ね起き、なんとか壁を伝ってリビングに向かう。
窓から差し込む月明かりから、今が夜であることは何となく理解した。もう楓は寝ているだろうか。
「…うえっ…ぷ」
「…ティアーシャ!大丈夫ですか?お加減は」
「お…エルティナ…」
流しで丁寧にカップを洗っていたエルティナが、手を拭いて慌てて俺の元に駆け寄ってくる。
「楓は?」
「楓さんは寝ました。勉強を終えて、ぐっすりと」
「なら良かった…。とりあえず、なんか食わして…。胃が…キリキリすりゅ…」
「分かりました…!凝ったものは作れませんが、簡単に作ります」
俺は倒れ込むようにして椅子に座れ、腕を枕のようにして吐き気を抑える。無理言ってエルティナに調理させてしまっているのが悔やまれるが、俺がやったらキッチンが胃酸まみれになりかねない。
「簡単にですが、作りました。…あなたの記憶から作った回復料理です。薬草なんて使っていません」
「…エルティナが作ったのか?」
「美味しくは無いですよ」
ちくしょう、俺の向こうの世界での漫画の記憶まで完璧にコピーしてやがるぜ。
エルティナが作ってくれたのは卵がゆだった。昔、楓が風邪引いた時によく作ってやってたっけ。なるほど俺の記憶をコピーしたと言うのは嘘では無いようだ。
「…美味いよ」
ううん、完全再現。
空になった胃袋に染み込んでいくかのように優しい味。
「ありがとう、エルティナ」
「いえ、お易い御用です」
エルティナは満足気な表示で食べ終えた俺の食器を片付けようとする。が、そんな彼女の手を俺は止める。
「あ、後俺やっとくから。いいよ」
「しかし…病み上がりのあなたにさせる訳には…」
「良いんだよ!…というかやらせて、ね?」
「…」
エルティナが訝しげな顔で俺を見る。どうやら何かあると察したらしい。
「でしたら最後に解析だけ。額を出して下さい」
「ん」
俺は前髪をたくし上げながら、彼女の方に頭を突き出す。エルティナのほんの少し冷えた指先が俺の額に当てられる。
「…。解析完了しました。…ティアーシャ、あなたお腹が空いてるから自分で作ろうとしてますね…」
「…流石にお粥食べた後にもっと食わせろとは言えんだろ…」
かああ、と顔が熱くなっていく。別に俺食いしん坊キャラでもなんでもないんだけどなあ。今は異常に腹が減ってるんだよ。
「まあ、それも無理はありませんね。…今、あなたは三大欲求は跳ね上がっているようですし」
「…へ?」
思わず素っ頓狂な声が出て、持っている食器を落としかけた。ナニソレハツミミナンデスケドー?
「吸血鬼として、吸血をすることで満たされていた欲求が、それが出来なくなったことによって跳ね上がっているんです。だから、今のあなたはお腹が空くし、眠気にも襲われているのです」
「あ…そゆことなの」
あれ?三大欲求って睡眠と食事と…あ。
「…まあ、その内残り一つの欲求も跳ね上がってくるでしょうからお気をつけて下さいね?」
エルティナが苦笑しながら、俺のことを見る。おい、笑い事じゃねえっつの。
「…うそぉん」
吸血鬼から人間になってメリットしか無いと思っていたけれども。案外、というかこっちでもデメリットあるじゃねえか…。しかも吸血鬼の時よりも深刻な問題が。
「ま、覚悟はしておいた方が良いですよ?…それでは、私は寝ますね。おやすみなさい」
「お、おおい!?エルティナァ!?」
リビングの扉が閉められ、一人取り残された俺は硬直して言葉を失ってしまう。
「とりあえず…飯食って寝る、か」
嫌な予感はしていたがまさかこんなことになるとは。まあ、今の今は症状が出ていない事だし…。出てきた時に考えることにしよう。考えても無駄だ、無駄。無駄なんだ…。
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「ちっす」
俺は町外れにある、小さな病院を訪れていた。軋む木の扉を押すと、扉に添え付けられた数個の鈴が互いにぶつかり会い、チリンチリンと儚い音を鳴らす。
「今日は診療日じゃな…なんだ、ティアーシャか。髪の色染めたの?全然違うじゃない」
「そんな言い方はねぇだろ…」
薬やら瓶やらがゴタゴタと置き並べてあるカウンターに体重をかけ、煙管を吹かしている黒髪の女性。彼女の名前はトゥルナ。先代ティアーシャやナーサのパーティの一人で弓使い。そして、教会に先代ティアーシャを売った、とされている世界からすれば英雄。パーティの仲間からすれば裏切り者という何とも微妙な立ち位置にいる者である。
まあ、俺としちゃ先代ティアーシャが生きていようが生きていまいが、直接的な関係は無いのであまり気にしてはいないが。
「座りなさい。お茶くらいなら出すわ」
「どーも」
俺は戸を閉め、彼女の対面となるカウンターテーブルに座った。…ここ本当に病院?カフェにしか見えないんだが…。
ぐるりと見渡してみても、それらしい医療器具は無かった。気味の悪い形をした振り子の時計や、得体のしれない形相の仮面が壁に飾ってあって、それも規律が取れておらずバラバラ。カウンターテーブルの他に椅子四つ並べてある丸机が二つ。朱色と白色のテーブルクロスが引かれていて今にもその上にサンドイッチとコーヒーが置かれていそうな雰囲気を醸し出していた。先程彼女が言ったように休診日のようで、客は俺以外誰もいない。時計の音がコチコチと嫌に大きく鳴り響き、それ以外は俺の着ている服の衣擦れの音が微かにする程度だった。木造なだけあって、ほのかに香る木の香り。そこに彼女の吹かしていた煙管のツンと鼻を着くような匂いが混じり、独特な匂いが漂っていた。
「…雰囲気は、悪くねえな」
でも、不思議と居心地は良かった。ここで苦いコーヒーを飲みながら、本でも片手に、窓辺に座って何時間でも潰していたいようなそんな気持ちになる。窓に雨なんかが滴ったら、より味が出るのだろう。
「でしょ?下手に外出なんてするよりも、ここにいた方が落ち着くのよね」
「…まあ、その仮面とかがなけりゃあな。気味悪いぜ」
ティーポットを持って来て、ティーカップにもうもうと湯気の立つ中身を注ぎ始めるトゥルナ。彼女は俺を見て、ほんの少し意味深な笑みを浮かべた。
「はい、お茶」
「どうも」
綺麗な琥珀色の茶の入ったティーカップの取っ手を摘み、そっと口に含む。少し香ばしく、それでいてほんのりと果実のような甘い香りが鼻腔を撫でて降りていった。ほうじ茶の香ばしさと紅茶の甘味を合わせたような、不思議な味。
「変わった茶だな」
「ええ、薬膳茶よ。うち特製の。ありとあらゆる身近な身体的ケアが可能よ」
「へえ…。味も、悪くない」
「あら、割と敬遠する人も多いのに。あなたは行けるクチなのね」
「…いや、客人に他人が敬遠する物を飲ますなよ」
ふふっ、と軽く笑い彼女は俺の対面に座った。
「で?ここに来たってことは何かあったの…。と聞こうかと思ったけど、その体の変化のことよね。なるほどね」
「言うまでもなく、お察しの通りだよ」
彼女は俺の髪の毛を手に取って、軽く撫でる。指先に魔力を流しているようで、魔眼を発動させている左目にはうっすらと手の先が翠色に染まって見えた。
「そう。人間の体になったの」
「髪の毛触っただけでよく分かるな。その通りだよ。…俺の世界で、魂に取り付いて悪さする奴がいてな?俺の魂を餌にして引きずり出したらこのザマだよ」
嘲笑を浮かべ、ため息を着く。
「はあ、相変わらず無茶苦茶な戦い方ね。過ぎたことだから特に何も言わないけど。…それで、魂を餌にしたってことは、それで魂に変化が起きたってこと?」
「と、エルティナは言ってた」
「エルティナ…?」
ああ、そう言えばトゥルナは知る余地もないわな。
「俺と魂を共有してた、解析者だよ。俺が人間になったと同時に分離して現れたんだ」
「へえ…それでエルティナって名付けたの」
「俺じゃなくてナーサだけどな」
さては、また昔の友人の名前でもほっぽり出して付けたんじゃないかと思ったが、トゥルナは顔色すら変えずに綺麗な名前ね、とだけ返したのでほっと安堵の息を付いた。
「ふうん、でも何故私の所に?私別に降霊術とかには詳しくないから、元に戻せ、なんて言われても無理だけど…」
「いや、別の理由だよ。深刻な」
俺は真剣な面構えでトゥルナに目を合わせた。
「なるほど…?吸血鬼だったのが急に人間になってから色々とおかしい、と?」
「異常な眠気に襲われたり、昨日なんて食欲が酷かったな。…エルティナ曰く各欲求が跳ね上がってるだとかなんとか」
「ふむ…人間の血が濃くなって、髪の赤の色素が増したのね…。…はあ、やっぱりそうだったか…」
ことの詳細を話す俺。しかし、何やらトゥルナは別の事に対して考え込んでいる様子だった。
「やっぱりそうだったかって、どういう…」
顎に手を当ててブツブツと何かを呟く、らしくない姿を見せる彼女に問いかける。するとハッと我に返ったように顔を上げ、俺の事を見た。
「いや…、前々からそうかな、なんて思ってはいたのだけれど…。ううん、これは話すべきなのかしら」
「焦らさずに教えてくれよ…」
トゥルナは再び顎に手を当てて俯いてしまった。
「いや、あなたの出生についてのことなのだけれどね?」
「俺の出生っつったって、俺は別の世界から来たってのは知ってるだろ?」
「…いや、案外そうでも無いのよ。ただ単純な話でもないし、今のあなたの生活が崩れる可能性があるわ。話すのはまた今度にしましょう」
「おいおい…」
生活が崩れるって、それほどのことなのかよ…。
「それより、なんだっけ?欲求がどうのこうのだったわね?」
彼女は机の上の既に火の消えた煙管を二、三度ほど吹かしておもむろに咳払いをして話題を変えた。
「…ん。まあそう。現状食欲、睡眠欲の症状が出てるんだ」
もろに話題を逸らされたのは若干気になる所ではあるが、俺が今日ここを訪れた本来の理由とは異なるので深く追求はしない。
「なるほど。それまで吸血で満たされていた分の欲求が他の欲求として現れているのね」
「そゆこと、らしい」
「で?食欲、睡眠欲ときて?最後の一つはどうなのよ」
「…」
彼女は目を細めて俺の事を見てくる。俺は慌てて目を逸らす。それを追求されるのが嫌だったんだよ…。
「それはまだそこまで。ただ、何時になったら発症するか分からないから、それを抑える薬とかないかなあとか」
彼女は抑える薬か、と卓上の薬瓶をガチャガチャと漁り始める。そしてはたとその手を止めて口を開いた。
「無いことには無いわ。ただ、欲求というのはその体が求めていることであって抑制してあまりいいものでは無いのよ」
「…それって…」
「安心なさい、きちんと処方はしてあげるから。ただし、服用のし過ぎは厳禁よ。あまり薬で押さえつけるとその枷が外れた時に暴走しかねないわ」
調合するから待ってなさい、といくつかの小瓶の蓋を取りその中身を紙の上で調合していく。俺はそんな彼女の手元を見ながら、口を動かした。
「…俺の出生、って言ったっけ。そんなにややこしいことなのか?」
「…言わない、って言ったでしょ。あなたがその『天道』とかいうバカげた能力を持っているのなら尚更かなね。…ほら、包んであげたから。これ持ったらさっさと帰りなさい」
「…いつか聞かせてもらうからな?」
俺は茶を飲み干し、薬の入った袋を掴み取り懐から数枚の銀貨を取り出す。
「…」
が、その銀貨を取り出そうとした手は彼女によって止められてしまった。
「…。じゃあ、また」
「ええ、暇な時にでも来なさい」
心に引っ掛かりを感じたまま、俺は踵を返して店の戸を引く。ゆっくりと閉まりゆく扉の隙間から彼女と一瞬目が合った。
あ、と口を開き掛けたがそれは閉じきった扉によって遮られてしまう。パタン、扉越しに聞こえる小さな鈴の音を機として閉ざされていた世界が急に開けたような錯覚に陥った。
「…まあ、目的のもんは手に入ったし。帰るか」
トゥルナが一体何を隠したがっているのか。なぜ隠そうとするのか、さっぱり訳が分からなかった。モヤモヤする気持ちを抑えたまま店を背にしてそっとその場を後にする。
…はて?そう言えば、トゥルナが隠そうとしてたことってなんだっけ…?