第78話 単魂
「は、はああああああああああああ!?」
寝てる間に赤インキでもぶっかけられたか?…いや、それにしてはあまりにも綺麗に染まりすぎている。
「解析者、一体何がどうなって……」
つい、いつもの癖でそう問うた。
しかし、それもまたいつも通り返ってくる声は無かった。
「解析者…どこいっちまったんだ…。おい!解析者!」
俺は鏡に写る自分に向かって声を荒らげる。なんだか心無しか、自分の容姿も若干変わっているような気がしなくもない。
「…あまり大きな声を出さないで下さい…。頭に響くじゃないですか…」
「っ、なんだ。いるのかよ…。居なくなったかと思って心配したじゃねえか…」
俺は耳に入ってきた解析者の声を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。しかし、なんだ、この違和感。
俺と解析者は魂が癒着してしまっているから、普段の会話は魂を通じての会話であって耳に直接聞こえることはない、のだが。
「なあ解析者、なんか変じゃないか?」
「…ええ、大変な事になっていますよ。後ろをご覧になって下さい」
「…?後ろって何を…。っえ゛!?」
やはり楓にも解析者の声は聞こえているようで、同時に振り返る。するとそこには、床に這いつくばってまるでゾンビのようにこちらに迫り来る薄紫色の髪の少女の姿があった。
「お前…アダマス…?いや、もしかして解析者か!?」
アダマス、それは死んだ俺にこの体を与えてくれた神の名であり、俺に『天道』を授けてくれた神の名である。今は『天道』を通してちょくちょく逢いに行く程度の仲にはなっているのだが。
「ええ…、ご名答です。どうやら私とティアーシャ、あなたの魂。完全に分離してしまっているようですね…」
「魂が分離…?それじゃあテンシアは…?」
テンシア、俺が薬によって魂を裏に追いやられていた時に、代わりに表に出ていた別の魂。最近見ていなかったが、俺と解析者の魂が分離してしまったのなら彼女はどうなったのだろうか。
「…それについてはまたの機会に話すとしましょう。…今は、少し手を貸していただけませんか?」
一瞬顔を歪めた解析者。しかし、よろよろと壁に手を当てて這ってくる彼女の頼み事を聞かない訳には行かなかった。
「どうした?なんか体調でも…」
「あ、いえ。質量を持った体を動かすのは初めてでして…。その、上手く歩く事が出来ないんです…」
ほんの少し恥ずかしそうに顔を赤らめる解析者。まあ普段から完璧ちゃんだったからな。自分が何か出来ないことがある事に羞恥心を覚えてしまっているのだろう。
「ほれ、とりあえずナーサ達のところに行こう。…色々と厄介な事になりそうだ…」
深々とため息を着きつつ、解析者に手を差し出し肩に抱えてゆっくりと足を進める。楓も、力の入れ方が分からない解析者の反対側をそっと手で支えてくれている。
…にしても髪の毛以外瓜二つの存在が居るって言うのは…。なんか不思議な感覚だな。向こうの世界だとドッペルゲンガーって奴か。え、大丈夫?俺解析者と目合わせたら消滅するとかないよね?
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「はあ…で、あんたとその『カイ・セキーシャ』とが分離しちまったって訳かい…。…まためんどくさい体してるね、あんた」
「ティアーシャのイントネーションで解析者を呼ぶなよ…。ま、とりあえずそういう事だ。まだ体の動かし方とかが分からないみたいだから、しばらくの間は外に出ない方がいいだろうな」
「ええ、分かっています。ですが、魂の状態の時から動かし方というものは身についていますから、そうそう時間がかからないかと…きゃぅっ!?」
冷静ぶって、椅子に座りながら虎視眈々と話す解析者。と思えば少し体が斜めになり重心がずれ椅子からずり落ちそうになる。
「おっと…。仕方ねぇだろ。今ので解析者は喋れる赤ん坊と同じなんだから意地はるな。俺がサポートしてやるから、ゆっくりでいいから覚えてけ」
咄嗟に肩を抑えて、椅子から落ちないように支えてやる。すると訝しそうな顔をしながらも、小さくありがとうございます、と返答してまた椅子に座った。
「…悔しいですが、今の私は一人では何も出来ない訳ですから…。皆さん、ご迷惑をおかけします」
「何言ってるんだい。迷惑なんてあるもんかい。娘が一人増えたみたいなもんなんだ。賑やかで良いじゃないか、な、あんた」
「ああ、もちろんさ」
「…皆さん」
解析者の顔には、隠しきれない喜びが浮かび上がっていた。そんな彼女の顔を尻目に、俺は話を転換する。
「で、解析者。俺達が分離した理由についての原因は分かってるのか?」
湯のみに注いだ茶をひとすすり。朝から驚き続きですっかり乾ききっていた喉に潤いが蘇る。
「…完全に、という訳ではないのですが…。あまり自信はないのですが、ジュルシーさんから寄生魂の取り外しを行った時、私とあなた。二人の魂に何かしらの不具合が生じてしまい、分離したと思われます」
「不具合?」
「ええ。…ティアーシャ、口を開けてください」
「ん?」
解析者がこちらに向き直ったので、湯呑みを置いて軽く口を開いてみせる。
「ほら、このとおりに」
「んぐ!?お、おひ、かいへきひゃ?」
と、思ったら解析者がおもむろに俺の口に手を突っ込み、ぐいと身を乗り出して覗き込んできた。
「むひははひぇえお?(虫歯はねぇぞ?)」
「…この通り、ティアーシャが吸血鬼としての姿を保てていないのです。ほら、吸血鬼特有の犬歯がないでしょう?」
解析者がそう言うと、俺以外の全員が俺の口の中を覗き込んだ。なんていう羞恥プレイだよこれ。
「ホントだ…。確かに犬歯が明らかに縮んでる…」。
「つまり、先日。ティアーシャ。あなたが明らかに吸血鬼の特有の弱点を克服していたのはこの事が原因のようですね。あの時から、既に吸血鬼から人間になりかけていたのです」
「あ、ああー」
ようやく解析者が口を離してくれた。力加減がわからない分、それなりの力を入れて掴まれていた為、掴まれていた場所が少しヒリつく。
「なるほど、決して水着補正だった訳じゃないのか」
「どういう意味か分かりませんが、恐らくは。つまり今のあなたは人間。魔力量や力、身体能力は人間を遥かに凌駕してはいるでしょうが、これまでよりはかなりその身体スペックは下がっている。と断言してもいでしょう」
「…まじか」
「…まじです」
俺は手を顎に当てて思索する。
…あれ?俺、身体スペックが人間以上で吸血鬼で無いのであれば、別にデメリット無いんじゃねえの?陽の光には当たれるし、水にも入れる。…あれ、ナーフだと思ったら実はバフだったのでは?
「…ふと思ったんだけどさ、別に俺、デメリット無くない…?」
「「「え?」」」
俺と解析者を除く三人が同時に惚けた声を出した。
「確かに…デメリットはないですよね。私もこうして肉体を手に入れた訳ですし。正直吸血鬼よりも人間の方が行動はしやすいです」
「そうなると半吸血鬼化させたソウカがいたたまれないけど、な」
うっ、と喉の奥になにかつっかかるような感覚。どうせソウカの事だから「何そんなことで悩んでんのよ」とでも返してくるのだろうが、俺だけ種族の呪縛から逃れることになるからな。押し付けるだけ押し付けて、俺だけ逃げているような気がして喜ぼうにも喜べないのである。
「とりあえず、俺のことはしばらくの間放っておいていいだろう。今は先に解析者だな、解析者のことを…」
「そのさ、お兄ちゃん」
「ん?」
「解析者、解析者って言ってるけど、なんか変じゃない?ちゃんとそこにいるのに、そんな名前じゃ…」
楓が不思議そうな表情で聞いてきたことに、俺達二人は顔を見合わせて「確かに」と同時に発する。
「数年間こうだったからな…。確かにこの解析者に解析者って呼び続けるのは他人から見ても些か変か…」
「確かに…けれど私なぞに名前など…贅沢なのでは?」
解析者がそう言うと、ナーサがこちらを見て目をまん丸く見開いたかと思えばガハハと豪快に笑いだした。
「名前に贅沢もクソもありやしないよ!名前は全員が全員、平等に持つ価値があるんだからね」
「そ、そうですか…」
解析者は何か口ごもるようにして俯いてしまった。
「で、どうする?ティアーシャ。名前はあんたが付けてやるかい?」
俺は静かに首を振った。
「親はあんただろ?ナーサ。俺から分離した解析者だって、そのはずだ。名付けは任せるよ」
「おお…そうかいそうかい。…じゃあ何にしようかねえ。…エル、エルティナ。エルティナなんてどうだい?」
「…エルティナ」
彼女はそっとその名を噛み締めるようにして、呟いた。
「エルティナ、ですか」
「不満かい?…じゃあ」
「いえ、この名前が。この名前がいいです」
解析者、いや。エルティナが若干震える手をナーサの元に向けた。
「私は、エルティナです。よろしく、お願いします。ナーサさん」
「ああ、これからよろしくね。エルティナ。困った事があったらなんでもお言い」
「…はい。お言葉に甘えさせていただきます」
やんわりと、エルティナの手を取るナーサ。横から見るエルティナの顔は、どこか記憶の縁に引っかかるものがあった。
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「はい、はい、はい。よし、いいぞエルティナ」
「…なんでしょう。凄く屈辱的な気分です」
その後、ルントは店に。ナーサは洞窟に工具を持って行ってしまったので、家に残されたのは俺と楓とエルティナだけになってしまった。と、言うわけでまずは歩けるようになる為に四つん這いで歩くところから始めた。
「いや、別に。普段絶対的に立場が上のエルティナをこうやって扱えるのって優越感があるとがそんなんじゃないから」
「お兄ちゃんってたまにクズを超えたクズな思考をするよね…」
赤ちゃん用のガラガラを持ってこようかと思ったのだが、さすがに楓に哀れみの目で止められた。
「よし、あと少し…。うし、お疲れ様。エルティナ」
「はあ…はあ…。どうも…」
やはり慣れない体を動かすのはかなり体力を使うのだろう。彼女は髪の毛を濡らしながら、近くの壁に寄りかかっていた。
「はい、エルティナさん。お水」
「…ありがとう。楓」
そんな彼女に楓はそっとよく冷えた水を飲ましてやる。もちろん、手を添えて飲む手伝いもしてやる。
「知識、というか体の動かし方は頭では分かってるはずだからな。体が着いてけてないだけだよ。直に歩けるさて」
「そうであると良いのですが…。ティアーシャ、手を貸してください」
「ほい」
一呼吸着いて、息を整えてから彼女は俺が差し出した手を取りゆっくりと足に力を入れる。
「うっ…くっ」
彼女の顔から、苦悶の表情が滲み出る。正直、体を支えてやろうかとも思ったのだが、生まれたばかりの馬が自力で震えるか細い足で何度も何度も立ち上がろうとするのを見守る母馬の気持ちで、ぐっとこらえて最低限の手伝いだけを行う。…きっと、彼女もそれを望んでいるだろうから。
「…よし」
そして、エルティナは。立ち上がる。両膝に均等に力を入れて立っている。
「…」
そして一歩、踏み出す。速すぎず、遅すぎず。力を入れ過ぎず、入れなさ過ぎず。やがて浮いた右足が床に触れ、続いて反対側の足も宙に浮き、地面に着く。
「いいぞ、エルティナ」
「ふう…」
三歩目、四歩目。俺が手を添えているとは言え、支えているわけではない。ほとんど彼女自身の力で一歩一歩確実に歩いている。
「…っ」
「おっと。…大丈夫か?」
「すみません、ありがとうございます」
やがて六歩、進んだところで膝が崩れ倒れそうになる。すぐさま俺は彼女の腰に手を回し、支える。
「凄いよ!エルティナさん!ほら、五メートルくらい進んだよ!」
「…」
少し息を荒らげている彼女は、俺に支えられながら背後を振り返る。そこには確かに彼女が歩いてきた軌跡があったのだ。
「…っふ」
それを見た彼女の口元が、ほんの少しだけ綻んだ。
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やはり弾みというのは、つくと恐ろしいもので一度壁伝いに歩けるようになると補助無しでも家の中であれば自由に動けるようになっていた。まだ階段には少し手間取っているが、それでも十分に行動出来るほどにまでにはなった。
「おーい、二人とも。飯にすんぞー」
「はい、分かりました」
エルティナと俺、そして楓が寝泊まりに使っている部屋は二階にある。俺は昔は一階で寝泊まりしていたが、今はニ階である。
「楓さん、行きましょう」
「うん、ちょっと待ってね…。うう…、はい!行こ!!ご飯!!」
パァン!とペンを机に叩きつけて、楓はエルティナを支えながらゆっくりと階段を降りてくる。
「大丈夫か?エルティナ」
「ええ、なんとか」
一足ずつ降りてくるエルティナに、俺は扉にもたれかかりながら声を掛ける。
「うい、じゃ手洗ってこーい。ナーサとルントは後で食うらしいから、さっさと食っちまおう」
「はーい」「了解しました」
俺は先にリビングに入り、机の上に並べた食器を整え二人のコップに水を注ぐ。俺のコップには茶を注ぐ。この世界の茶には、かなりキツいアルコールが含まれている。子供が飲んだらイチコロもんである。
茶葉を干して煮出してやると、ウイスキーのような酒が抽出できる。流石にそこまで度数は高くはないが。
「あー、またお兄ちゃんお酒入れてるー」
「アルコールの過剰摂取は体の毒ですよ?」
ニコニコしながら酒を注いでいると、手を洗い終えた楓とエルティナが入ってきた。
「いいだろー、別に。大人の嗜みだよ、大人の。それともエルティナも飲むか?」
「…いえ、私は遠慮しておきます。その、あまりいい思い出が無いもので…」
まだ肉体を授かって間もない彼女の事である。酒は流石に早いだろう。酔っ払って階段でズッコケられても困る。
「ほい、冷めちまうぞー。座った座った」
「はーい。今日は何?」
「今日はなー、玄米だろ?こっちで流通してる秋刀魚みたいな見た目の魚を焼いたやつ。それにトマトと木耳と卵を合わせて炒めたヤツ。これは向こうの世界から持ってきたやつな?それとキャベツともやしを温野菜にして、汁物に茄子と油揚げの味噌汁。いやはや、俺が作ると完全に日本食になっちまうな…」
席に着きながら、ワシワシと頭をかいた。どうにもこっちの硬いパンに合うメニューが思い浮かはまないのだ。それに朝に食パンならまだしも、流石に三食カチカチのパンはキツいのである。
事実…、ナーサと暮らしていた数年間。かなり辛いものがあった。それでもまあ、今はこうして向こうの世界から色々と持ってこれるしな。この家の調理場の棚には俺が持ち込んだ味噌やら醤油やら、大豆系調味料で溢れかえっている。ルントもこれを使って客足を増やしているのだから結果オーライだろう。ちなみに、ルントにしょっつるを不意に嗅がせたらひっくり返った。
「確かにこっちの食べ物は好きだけど、なんか外食みたいな感じでずっとって言うのはきついかも…」
「私はこの箸という食器の扱いが苦手でして…。やはりすくう、刺す、切るの役割がきちんと区別されてるナイフやフォーク、スプーンの方が楽ですね。使うのにそれほどの技術が必要ではありませんから。しかし箸というものは使えるようになるまでに相当な慣れが必要です。なぜ食事をとるためだけにそこまでの努力を必要とするのでしょう」
エルティナはぶーたれながらも、不慣れな箸を手に取りいただきます。と呟いて玄米を口に含んだ。
「んまあ、確かにスプーンやらフォークやらに慣れちまったらそう感じるのかもな。ただ俺達は生まれた時からこれ使ってるから。逆に役割事に食器を使い分ける方がめんどくさいんだよ。洗い物も少なくて済むしな」
「そんなものですか…」
そうして三人は黙々と夕飯を頬張り始める。はあ、味噌汁うま。ちなみに俺は赤味噌派である。
「お、三人とも今夕食かい?」
明日の朝飯何にしよう、なんて考えていたらリビングに髪を濡らし、体から湯気を立たせたナーサが入ってきた。どうやら仕事を終えて風呂で一汗流してきたようである。
「ちょいと早く切り上げられてね。まだ飯は残ってるかい?」
「ん、ナーサ。言ってくれれば一緒に準備したのに。ちょっとまってて、すぐに準備するから」
「ああ、焦らないでいいよ。ゆっくりでいいから。…私もちょっとゆっくりするし」
ずい、と彼女はその巨体をキッチンに押し込み食材を冷やす為に置いてある冷蔵庫(とは言っても電気が通じていないので、明治時代とかに使われていた氷で冷やすタイプの冷蔵庫なのだが)から何かをゴソゴソと取りだしていた。
「あ!それ俺のビール!」
「いいじゃないか一本くらい。ほれ、もう開けちまった」
と、言いながら彼女はプシュッと俺の缶ビールの栓を開けた。
「お、おおわぁあぁぁあ!?俺の!!俺の缶ビール!!…わざわざドイツまで行って買ってきた本場モンのやつなのに…」
「そんなしょぼくれないでおくれよ。私が悪いみたいじゃないか」
「貴女を窃盗罪で訴えます!!理由はもちろんお分かりですね!!」
おっと、怒りの余り心の内に秘めたるワ〇ップが出そうになった。いや事実出た。まあ、あと数本あるしまた『天道』で繋げて買いに行けばいい話ではあるんだけどな。一応パスポート無しに入ることになるので、完全なる不法侵入だしなんならそのせいで換金がしにくい。…あれ?通販でよくね?
「ほら、もう一本あるじゃないか。チマチマ飲むよりもこういうのはグッと飲むのが正解だよ」
「それをあんたが言うなって」
俺は悲しみに暮れつつ、缶ビールの栓を抜き喉の奥に流し込んだ。
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「…」
そっと右腕を上げてみる。すると、正面に居る少女も同じようにして左腕を持ち上げる。
「…ぁ」
小さく口を開くと、彼女もまた小さく口を開いた。
「これが…私、ですか。本当に肉体を手に入れたのですね…」
鏡に写る、自分の顔を眺め未だに実感の湧かないその不思議な気持ちをギュッと押さえつける。
「お姉ちゃん?」
楓さんが、心配そうに私の顔を覗き込む。ティアーシャの妹、楓。彼女は私の事をお姉ちゃんと呼び、ティアーシャの事はお兄ちゃんと呼ぶ。こちらからすればずっと前から彼女の事は認知していたので、他人行儀にエルティナと呼ばれても何だか不思議な心持ちになっていたであろうから、この呼び方は有難い。
「いえ。私は、本当に体があるんだと思ってまして。別に肉体を持っていなくても、ティアーシャの中での生活は心地よかったですし、楽しかったです。ティアーシャと感覚共有ができるようになってから、自分の欲求は満たせていたと思いました。…でも、やはり自分で行動して起こる事象をこの身で感じられると言うのは…、やはり感慨深い物がありますね。食べ物も、味がする。褒められれば、ふんわりとした温かみが胸の内に広まって行きます。どこかをぶつければ痛いですし、感情を抑えきれずに泣いてしまうことだって出来ます」
事実、階段で転んだ時なんてこっそり涙ぐんでいました。感情は押さえつけていた筈なのですが、思っていた以上に感情のコントロールというものは難しいものである。
「…なるほど、ま、とりあえず裸で鏡の前にずっと居るのもなんだしお風呂入ろっか…」
「あ…。不覚、忘れていました」
どうにもこうにも、まだ服を身につけるという習慣が自分の中に取り込まれていないことを実感させられる。
服を着ているのも着ていないのも、大して変わらないのでは、とティアーシャに言ったら惚けた顔で「痴女なん?」と突っ込まれたことからして、服を着ないという風習はなかなかに無いのであろう。
たまにはということで挿絵を入れてみました。トーン塗り楽しいっすね…