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第7話 吸血鬼のお料理

しばらく見学してみてわかったことがある。

まず、大きいところはコンロやバーナーなどの機械で火を生み出すことをしないということだろう。と、いうのも火は【発火】で生み出すことができるから必要ないのだという。

火力の調整は自由に効くし、使い方も便利だという。魔法を使うことのできない人にとっては生きづらい社会だというわけか。吸血鬼に生まれてよかったな。


「食材は…」


食材は俺の前世の物に似ている物が多かった。動物の部位ごとの肉。大根、人参、じゃがいも、キャベツ、きのこなどの野菜食材の数々。これならどれが食べられるか、否かくらいはすぐに判別がつきそうだな。


「これは…?」

「ああ、それは保存機っていうんだ。【凍結】で作った氷を中に入れて食材を新鮮に保つんだ」


――【凍結】?


『【凍結】ハ氷初級魔法デス。周囲ノ冷却ヲ一点ニ集中サセル物デス。デスカラ、アラカジメ用意シテオイタ水ニコレヲ使エバ簡単ニ氷ガ作レルトイウワケデス』


――なるほど。やっぱり初級なんだな。


保存機という物は昔の冷蔵庫に似ていた。今のような電気を使って動かす物がなかった時代では上の段に氷を置きその冷気を使っていたということ。

こっちの世界でも考えることは同じなんだな。



そしてこの世界では鉄がとても高価なものだという。一から採掘をするのには多大な費用がかかる。だからといって洞窟や渓谷で採掘をしているともともと戦闘向きではない者たちはモンスターに襲われてお陀仏だという。


だからナーサのような歩く破壊兵器はがっぽりとお金が稼げる。採掘している途中にモンスターが現れたら瞬く間に彼女はそれを殲滅してしまうのだという。

ひえ~、おっそろし。



そんな訳でナーサの旦那であるルントの店では鉄鍋や鉄のフライパンなどが安く手に入るらしい。と、いっても採掘したすべてを調理器具に使うわけにもいかず、必要最低限の物を揃えて後は売っているということ。

そのためお玉や匙など鉄である必要の無いもののほとんどが木製だ。

さらに包丁が数本しかなかった。普通の家庭ならこの程度で足りると思うが厨房を構えるほどのところでこの包丁の数は少ない気がする。なにか理由があるのだろうか…?



「…ここは料理店なのか…?」

「ん?あ~、まあただの料理店っていう訳じゃないな。基本的には冒険者が利用してくれている」


――冒険者?


『ハイ、冒険者トイウモノハ冒険ヲスル人ノコトヲサシマス』


――なもんはわかってるわボケ。


『ソウデスカ、デハ詳シイ情報ヲ。冒険者トハぎるどニ掲示サレテイル用件ヲ受注シ、ソレヲ実行シ報酬ヲ貰ウ役職デス。資格ヤ対シタ費用モカカリマセンノデ気楽ニナレル役職ノ一ツデス』


――ふうん。


「…冒険者ってことは、ここら辺にはギルドが?」「ああ。ここら辺っていうかすぐ隣にな。ギルドの受付さんもよく来る。いや、別に冒険者限定っていう訳じゃないんだぞ?ただ…店に入って行くのが防具とか武器とか身につけたやつばっかりだからここら辺のやつらはそう勘違いしちまってるみたいだけど…」


おかげさまでギルドの依頼の量が少ないときは収入が少ないんだよ、と俺相手に愚痴るルント。

そうかそうか、お前も苦労してんな、頑張れよ。


「ところでなにかわかったか?ティアーシャ」

「…基本、魔法が必要だってことは…」

「だとしたらティアーシャには早いかもな。…そうだ、一回何か料理を作ってみてくれないか?火力の調整とかは俺がやるから」


おい、ちゃっかり馬鹿にしただろ!駄目オヤジ!こちとら初級魔法で地面引っこ抜いたススムさんだぞ?あぁ?


…そんなことより料理っつったか?大学入ってから一人暮らしして自炊してた俺を舐めてんのか?そりゃ就職して時間が無くなってコンビニ廃人になったけどよ…。


「わかった…やってみる」

「おぉそうか!」


まあここで実際に食材に触れて調理してみるのもいい経験になりそうだしな。その食材にあった下ごしらえとかは【解析者】に教えて貰うとしようか。


『私ガ持ッテイル料理ノ知識ハホトンドアリマセンガ…マア、オちからニナレルヨウニ頑張リマス』


――ふぅん、【解析者】っていう名前のくせしてわからないことあんのか。意外意外。


「さ、何を作る?」


ルントはたくさんの食材を俺の目の前にどさっと置いて俺に訪ねてきた。おいおい、俺が中身24歳だからまだしも俺の外観くらいの年齢だったら涙もんやで?


「…そうだな…」


おそらくルントは俺がとても簡単な料理を作ると思っているだろう。で。俺がそんな料理を作った後で自分の自慢料理を見せつけて「ルントすげー」を証明する気なのだろう。

しかし残念だったな、ルントよ。コンビニ廃人になる前に鍛えた俺の力!とくと見せてやるぜ!



よし、なら作るものは決めた。



――【解析者】、風初級魔法はどう使うんだ?


『風初級魔法【風刃】デスカ。先ホド使ッタ【浮遊】ト逆ノコトヲスレバイイノデス。手ノ中ニ空気ヲ溜メルヨウニシテ、ソレヲ鋭イ刃物ノヨウニ変形サセルいめーじデス。マア始メテノ魔法デ地面ヲ引ッコ抜イタアナタナラ容易イ物デショウ』


――なんか嫌味混じってねーか?


まあとりあえずやってみますか。え~っとまずは手の中に空気を溜めるんだったな…。なんか空気のボールみたいなのできたぞ?

で、それで切り裂くように…。



シパパパッ!




――ん?



心地よい音がした、と思うと目の前に用意されていた大根モドキの野菜がきれいに輪切りにされていた。


「…」


これにはルントさんもびっくり。開いた口がさらに広がっております。


「ててててティアーシャ?いいいい今のは!?」


驚きのあまり口がバグるルント。


「…ここの人達が使ってる【風刃】だけど?…」

「…まじで…?」


しばらくすると周りの料理人達がわらわらと群がってきた。どうやら風初級魔法【風刃】は一度に一回しか対象を切ることができないのだという。

そんな訳で俺は尊敬の眼差しで見られているわけだ。えっへん。


「…さて…続き続き…」


【解析者】に調味料の性質や味などを教えてもらいながら調理を進める。火を起こす【発火】を使うとこの家が火事になりそうな予感しかしないので他の料理人達に任せる。

ルントはいじけて厨房の隅っこで地面をかいていた。


「…よし、後はしばらく煮ていれば大丈夫…」

「えへぇ、ティアーシャちゃんの料理かぁ。楽しみだなぁ…グヘヘヘヘ」

「おほっ!髪の一本や二本くらい入ってないかなぁ?」

「ティアーシャちゃんに盛り付けられた物を食べたい…あひゃひゃひゃひゃ」


…、どうも変態に囲まれるというのは気分がよくないな。今までの俺ならば「うわ、お前そっち系だったの?まじか~」。で流せていたのだが、今の俺は女。どうもキモい目で見られていると吐き気が襲ってくる。


「…じゃあ数刻たったらまた来るから。…煮立たせないように注意して…」

「「「はいっ!」」」


いじけているルントを除く、料理人全員がビシイっ!と効果音のつきそうなキレのある敬礼を決めた。

そこまでか?俺というものに対してそこまでするか?


内心、冷や汗が垂れる。ここまでなると俺がどういう姿をしているのか気になるな。いずれ絵師でも探してみるとするか。


俺は少し逃げるようにして厨房を後にした。






「もうできただろ」


先ほど寝ていた部屋でごろごろしながら時間を潰していると、約一時間ほどたっていた。さっきは気づかなかったがここのベッドは妙に寝心地がいいのだ。ついつい時間を忘れてくつろいでしまった。


「…よし…」


俺はコトコトと火にかけてもらっている鍋の蓋を掴んで…


「あちっ」


反射的に手を放した。そうか、取手がプラスチックじゃないことを忘れていた。俺の馬鹿馬鹿。


「はい、鍋つかみ」


そんな哀れな俺を見てすっと鍋つかみ(ただの布)を差し出すルント。お前イケメンかよ。


「…ありがと、よし、しっかりとできてる…」


蓋を開けると湯気と共に立ち上る香り。


「ティアーシャ?これは…なんだ?」

「俺、こんな料理見たことないな…」

「俺も俺も」


今回、俺が作ったもの。それは『おでん』だ。ルント達を驚かせるためにあえて和食を選ばさせてもらった。まあ、使っている調味料や具材の練り物などに違いはあるが【解析者】のおかげで特に苦労はしなかった。

おでんは一回作ってしまえば、最低でその日の夜と次の日の朝には美味しく食べられるし、冷凍保存しておけばかなり持つんだな。

実は大根は冷凍して凍らせておいたものを使うと味の染み込みが断然早い。今回みたいに時間の無い時には凍らせてからやった方がいい。前世だったら無理だったろうけど今は魔法がある。瞬間冷凍は頼んだら一瞬でやって頂けたのだ。


「これは…『おでん』って言う…」

「「「『おでん』?」」」


しめしめ、やっぱりこの世界にはおでんは存在しなかったか。


「…こうやって料理すれば…大人数でいっぺんに食事できる…材料費もそんなにかからないだろうから…」


そう、これも【解析者】のおかげだ。安くて旨いを実現するべく実際にどの食材が安いのかを解析してもらった。便利すぎるぜ、【解析者】。


「…食べる?」

「「「もちろん」」」


やはり息ぴったりだな、こいつら。考えていることも同じなんじゃねぇの?…まさか…クローンか?魔法でクローンが産み出せちゃったりするのか?


『イエ、自分ト同ジ形ヲシタ物ナラ召喚デキマスガ、持ッテセイゼイ五分デス。ソレハ無イデショウ』


――いや、真面目に解析すんなや。冗談だ、冗談。


どうやら【解析者】は冗談か真実かを見分けることができないらしい。全てを真実と捉えてしまうらしい。



「はい、お玉」

「…ありがと」


ルントから渡されたお玉で近くの木製のお椀に盛り付けていく。ふんわりと香る魚の出汁の香り。

この地域では魚を出汁に使わないらしい。出汁には動物の骨や肉などを使うとのこと。しかし、出汁を取らないと言っているのにも関わらずちゃっかりと魚の干物は存在していた。

その中に出汁に使えそうな物がいくつかあったので【解析者】の助けを借りながら出汁をとった。

物は違うが鰹出汁風である。


「では、ティアーシャ作の料理をいただこうか」


料理人、各々立っておでんの入った椀を持ってそれを見つめている。

そりゃまぁ、見たことも聞いたこともない料理を見たらそうなるわな。ましてや、今さっき初めて会ったばっかりの俺が作ったんだからな。


「もぐ…もぐ…」


料理人達は一斉に大根モドキにかぶりついて咀嚼を始める。


「もぐ…もぐ…っ!!!」


そして、全員が目を見開いた。


「「「うめぇぇぇぇぇ!!!」」」


更に響く料理人達の歓声。


「料理長ぉぉぉぉっ!?なななななんなんですかぁ!?これっ!?うますぎるんですけどぉぉぉっ!?」

「本当にこの娘が作ったんですかぁぁ!?」


騒ぐ彼らはルントの方に目を向ける。俺が作ったのはお前ら見てただろうが。


「…これだけの味を…こんな安い材料で…しかも…高度な技術はいらない…。負けた…、俺の負けだ…。…おほん、えっーと、ティアーシャ?」

「…ん?」



「詳しい作り方を教えてください」

「…わかった」


頭を垂れるルントに対して、たかが料理一つで俺はこいつよりも立場が上になったのだということを確信したのだった。

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