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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
第五章 吸血鬼、現実へ
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番外編 その重戦士と吸血鬼は④

重戦士のナーサ、その補助・攻撃に回るティアーシャ、そしてそこに弓使い(アーチャー)であり回復士(メディック)のトゥルナが加わり、歴代最強クラスのパーティが出来上がって早数日が経過した。トゥルナの弓の腕は想像以上であり、百メートル程の距離の標的であれば簡単に射抜いてみせる。矢の種類も使い分けているようで、鉄の鏃で作られた通常矢に加え先に着弾の衝撃で爆発する炸裂矢、鏃に毒を仕込んである毒矢、そして数本、使用用途不明の鏃の着いていない矢が彼女の矢筒に仕込まれていた。

「この鏃の着いてないヤツは何に使うんだい?予備かい?」

ナーサは彼女の矢筒の中から、その矢を引っこ抜き眺め出す。軸となっている木が尖っているわけでもなく、とてもこの矢に殺傷性能があるとは思えなかった。

「ああ、それはですね」

貸して、とトゥルナはその矢をナーサから受け取り弓に矢を番える。

点火(ジャモア)

彼女がそう唱えると、その何も無かった筈の矢の先に炎で作り上げられた鏃が出来上がっていた。

「へえ、魔法の矢か。便利なもんだね」

トゥルナは矢の先の火を消し、それを矢筒に戻した。

「でもそれ、鏃の上から魔法で属性を着けた方が、もう少し威力が上がるんじゃない?その方が便利そうに見えるのだけれど」

いつの間にかナーサの肩に座っていたティアーシャが覗き込んでくる。魔法に卓越している彼女だから分かるのだろう。確かに鏃に魔法を合わせた方が、矢本来の威力に加え様々な属性を纏わせることが可能である。その方が威力も上がるし、何かと役に経つことも多いだろう。

「まあ確かにその通りなんですけどね。色々と使い道があって」

「?」

彼女にして珍しい、含みのある言い方だった。二人は首を傾げるも、特に悪意を感じられなかったのでそれ以上は追求しなかった。

「さ、着きましたよ。今回の依頼場所です」

「ふぁぁぁ、なんか眠くなってきたわ」

「あたしの肩の上で寝るんじゃないよ。剣振った時に首をすっ飛ばしちまうかもしれないからね」

なんやかんやで、お互いのクセの強さで成り立っているこのパーティ。彼女達の快進撃は止まらないのであった。



---




「んんんー、眠」

「あんたそれしか言ってないじゃないか…」

依頼を終え、うーんと背伸びするティアーシャ。ギルドに寄って報酬を受け取った彼女達は軽い疲労感に狩られていた。

「そうだ、温泉にでも入っていきますか?ちょうどそこに」

トゥルナが指さした場所には、建物の裏からもうもうと湯気が立っている大きな宿屋だった。

「ありだね。温泉で疲れを吹っ飛ばしてその後パーッと飲もうじゃないか!」

「飲むのは程々に、して下さいね」

「う…」

酒のこととなると高揚感に苛まれるナーサだったが、トゥルナに肩を叩かれ笑顔のまま固まる。

と、いうのも数日前。ナーサのいうパーッとやっていた時の事である。ナーサが酔いに酔い、暴れだしたのである。人類最強級の重戦士が暴れだしたのだから、それはもう大騒ぎである。テーブルは破壊するわ、食器は投げ飛ばすわ。幸い死者が出ていないから良かったものの、ティアーシャとトゥルナの二人がかりでも酒に酔ったナーサを止めるのには一苦労--最終的にはトゥルナとティアーシャが催眠魔法をかけて無理矢理眠らした--していた。器物破損、営業妨害、など様々な方向から打撃を受け、初日に受け取った麻袋は半分程に萎んでしまっていた。しかも、ナーサが暴れたことを覚えていないのもタチが悪い。

「暴飲暴食は体に良くないんですよ?ティアーシャさんは大丈夫そうですけど、ナーサさんには食制限でもかけようかな」

「ひいいい、食制限だけは勘弁してくれよお!沢山食べないと力が出ないんだってば!」

バチンと両手を合わせ、これまでに無いくらいにペコペコするナーサ。カノッサの屈辱ならぬ、ナーッサの屈辱である。そんな様子の彼女を見て、二人は顔を見合わせて笑った。

「冗談ですよ。お酒に制限をかけるだけですから、安心して下さい」

「なーんだ、それなら…。え、酒には制限かけるのかい…」

つかの間の喜びも叩き壊され、ナーサは膝から崩れ落ちた。


---



「カハァァァァアッ!最っ高だね!温泉で飲む酒は!」

温泉が止まるんじゃないかと思うくらいの大音声で、ナーサが叫んだ。

「ナーサ…うるさいわよ…」

その隣で耳を抑えて悶えるティアーシャ。さらにその隣でゴボゴボと沈んでいくトゥルナ。

「トゥルナー、上がってきなさーい」

ティアーシャが乱暴に彼女の髪を掴んで水面に引き上げる。

「げほっげほっ…どんな声量なんですかなんなんですか…」

恐らく一瞬でも気を失っていたのだろう。トゥルナが口から大量のお湯を吐き出して、ナーサに鋭い眼光を向ける。

「そもそも、風呂場での強いお酒は心臓に良くなくてですね」

「そんな硬いこといってないで、あんたのも飲みねえほら」

「んぐうっ!?」

ナーサに詰め寄り小言を挟もうとするトゥルナの口に強烈な酒の入った瓶をぶち込む。

「ほらほら、飲んだ飲んだ」

「んんっ、わたひ、はおさけ、ダメだっ…て」

口から酒を零しながらも、無理矢理喉の奥に酒を流し込まれる。そして瓶の中が空になる頃には、既にトゥルナは出来上がっていた。

「…な、にするんですかあ、なーひゃさん…」

「カッカッカー!良い顔になったじゃないか!」

それはまるで茹でた蛸の様に。排水溝の中に潜んでいるピエロが持っている風船のように。顔を真っ赤に染めたトゥルナがそこにいた。焦点も定まっておらず、いつもキチッと閉められた口はポカンと開きっぱなしになってしまっている。

「…はあ、どうしてこう酒癖が悪いのかしら…」

ティアーシャは頭を抱え、湯船に顔を沈めた。

「あ、ひぇ。てぃあーひゃひゃん」

「…何て?」

ベロンベロンである。滑舌もろくに回っておらず、呂律も最悪だ。元のトゥルナの面影はどこかに飛んでいってしまった様だ。

「てぃあーひゃん、いいからでゃ、ですねええ」

「ちょ、ちょっとトゥルナ!?」

トゥルナに腕を掴まれ、持っていた酒瓶が湯船に落ちる。そしてそのまま、ぐいと腕を引かれ、息がかかるほどの距離まで二人の顔が近づく。

「おんなのこどうひなら、もんだいないでひゅよね」

「…『催夢』」

「あひょ」

ばちゃーん!と激しい水しぶきを上げ、トゥルナの顔面が水面に叩きつけられた。再びティアーシャは痛む頭を抑えつつ、伸びているトゥルナを肩に担いで湯を上がる。

「ナーサ、トゥルナ寝かせてくるわね。…あなたも程々にしなさいよ」

「あー、わかった。程々にねー」

「程々に、ね?」

ギラリとティアーシャの目が光り、ナーサは萎縮して小さく「はい…」と答えた。



--時は経ち、深夜。



「あの、すみません」

「あ、はい、なにかございますか?」

ティアーシャは眠そうに掃除用具を手に持って、風呂場の入口の前に立っている黒髪を結わえた女性に声をかけた。

「まだお風呂って入れますか?…連れが酔っ払って暴れてちゃんと入れなくて」

「あー、そういえば暴れてましたね…。お客さんから聞きましたよ」

その女性は引きつった笑顔をティアーシャに向ける。それに対してティアーシャも同様の表情を向ける。

「入れないなら大丈夫です。明日の朝にでも入りますし」

彼女の顔を見て、ティアーシャは踵を返して部屋に戻ろうとした。その時背後から声がかけられる、

「いえ、構いませんよ?いくらでも入っていただいて構いません」

「え、良いんですか?」

ティアーシャが首を180度回転させんばかりの勢いで振り返る。女性は掃除用具を壁に立てかけて優しい笑みを浮かべた。

「ただ、私もちょうど入ろうと思ってたんですけど…良いですか?」

「ええ、もちろん」

深夜の温泉に浸かれるなんて、願ってはいたが願ってもいない幸運だった。ティアーシャは彼女の言葉に瞬きをする間もなく即答してみせた。



---




かぽーん。

風呂を聴覚的に表すこの音は、一体どこから聞こえてくるのだろう。湯気がもうもうと立ち上がり、湿度の高い高温の空気が鼻、口を伝って肺に染み渡る。髪を頭の上で結わえ、軽く桶で体を流し、煙が水面を漂う湯船に足をから順に浸ける。

「ふぅ…」

露天風呂では、夜風が顔を冷やし湯が体を温めてくれる。なぜこの温度差がここまで心地よく感じられるのだろうか。

誰かと入る風呂もいいものだけれど、やはり独りでゆっくりと浸かる風呂も格別ね、と思いながら体を首元まで沈める。

全身から疲れという疲れが抜けていくようで、体が溶けてしまいそうである。自然に顔も綻び、体も骨が無くなったんじゃ無いかと思うくらいにはへにょへにょになっていった。

「水への耐性が高くなかったらこうはいかないんでしょうね」

彼女は右手の人差し指の、うっすらと切り傷で赤く染まっている先端を眺めた。

耐性は上げ得ね、と彼女は湯に浮かぶ盆を手に取りそれに乗っている酒瓶を手にして口に当てた。一口、その中身を口に含むと微かな苦味と痺れるような辛味が口内に広がり、飲み込むと胃を中心に何かが沸き起こるような暖かみが生まれた。体の内側からも、外側からも温める、なんという贅沢なのだろうか。

「すみません、お邪魔します」

「いえ。こちらこそ」

酒瓶にうっとりと見蕩れるように見入っていたティアーシャの背後から、ふと声がかけられる。そこにいたのは先程掃除用具を手にしていた女性。彼女はティアーシャの横に並ぶようにしてゆっくりと体を沈めた。

「はああー。仕事上がりのお風呂は効くう…」

そして数秒して彼女もティアーシャと同じような蕩けた表情になる。この早さには即席ラーメンもびっくりである。

「染み渡りますね」

「ええ、しみじみと。体の疲れが全部流れ出ていっているようです。…あ、ありがとうございます」

ティアーシャは別の盆を手元に寄せ、彼女の体のすぐそばに持っていく。

「そしてお酒が合うんですねー。お酒に合うのは酒の肴よりもいいお風呂かもしれないですね」

「っ…」

「?どうかしましたか?」

「…いえ」

彼女が酒を飲む時、ほんの一瞬だが口の中に鋭く長い歯が見えたような気がしたのだが。それは思い違いなのかもしれない。

「あ、そうだ。今更な感じが凄いんですけれども。お名前を聞かせてもらっても良いですか?」

「えっ、あ、ああ。名前ですか」

彼女の口元を眺めていたティアーシャはその声にはっと我に返り目を合わせる。

「私はリーコ。ここの宿の主人です」

「…あ、経営されてる方でしたか…。私はティアーシャです。相方二人と三人で冒険者やってます」

酒に飲まれやすい二人なんですけどね、と皮肉じみた言葉を付け足しておく。

「冒険者さん、なんですか?てっきりどこかのお嬢様かと…」

「…」

リーコはティアーシャに体を寄せ、ぺたぺたとその肉体を触り始める。彼女の体には幾つもの古傷が跡となって残っていて、近くで見るとそれはより鮮明に見えた。その傷跡一つ一つが、彼女が歴戦の戦士であることを物語っていた。

「これ…最近の傷ですか?」

リーコが腹部を指さす。

「ええ、一週間くらい前のやつです」

「…ひえ。大変ですね、冒険者も」

宿屋の主人の方がよっぽど安全で楽ですね、と苦笑を浮かべつつ酒瓶を口に当てた。

「傷は、とても大切な傷ですよ。どれも私の戦いの甘さを教えてくれますけど、この傷はずっとこの先思い出として残していきたいですね」

腹部の傷をそっと撫でる。己の慢心と油断を表し、そして未来永劫良き友として過ごしていくであろう友との出会いの傷。ずっとこの先も、この傷を見る度にあの時の事を思い出していくのだろう。

「あなたにとって傷は、記憶なんですね」

「…ええ」

気がつけば、月が上がっていた。

球体の真ん中をくり抜いたような不思議な形をしている月。月日が経つに連れ、くり抜かれている場所がゆっくりと動き、様々な形に変化する。

悪くいえばドーナッツ型。けれど、そんな神秘的な月を見て、二人は改めて息をこぼした。


---


「…うええ。気持ち悪…」

「あたしも…飲みすぎた、かも」

「ナーサに関しては自業自得でしょうが…」

次の日、起きた二人は案の定二日酔いだった。トゥルナは今にも吐きそうに口元と腹を抑え、ナーサはベッドに仰向けになり頭を抑えている。ティアーシャは深々とため息を付き、ナーサの腹に座った。

「ぐぉっ、ティ、ティアーシャ。今、それは、ヤバ」

「えっ?」

部屋中に虹がかかった、とだけ言っておこう。言葉では言い表せない位の阿鼻叫喚、大惨事がそこにはあった。




結局、その日は到底依頼をこなせるだけの体力が各々あらず(主に二人だけ)、宿を出た後は一日解散となった。二日酔いの状態で依頼などこなそうものなら、私達の評価が下がりかねないわ。と呆れたようにティアーシャは言い、彼女も一日休暇を満喫するのであった。

「いらっしゃーい。あ、なんだティアーシャか」

「なんだって何よ。人を化け物みたいに」

そんな彼女が足を運んだのは街の小さな飲食店。繁盛している訳では無いが、客足が途絶えることはない、そんな店。

店主である赤色の短髪の男はこっち、と指差したカウンターテーブルにティアーシャを座らせ、その手元に温かみを帯びたおしぼりとお冷を置く。

「珍しいね、最近ご無沙汰だったじゃないか」

「ちょっと冒険者をしてたのよ。パーティも頼りになるし、今結構楽しんでるわ」

「…っふ」

笑みを浮かべて店主に話す彼女の姿を見て、彼は口元を抑え軽くにやりと笑った。

「…?何よ、私が他の人と仲良くしてるのがそんなに面白い?」

「いや…。あれだけ人を毛嫌いしてたティアーシャが、信頼出来る人と冒険者してるなんて。変わったなあって」

「…そうね」

その小っ恥ずかしさを隠すようにして彼女はお冷を口に含んだ。

「まあその二人共、酒に潰れて今日の依頼はお休みだけどね」

「…ははは。で?今日は何にする?お前の好きな魚の蒸し物でも作ろうか?」

いい魚が入ったんだよ、と彼は歯の分厚い包丁を手に取って見せた。

「…そうね。じゃあお願いしようかしら」

「あいよ」

包丁とまな板がぶつかる、心地良い音が店の中に響く。彼女は頬杖を着きながら、特に何も考えずにぼんやりと手元に目線を向けている彼の事を見つめていた。

彼の名は、ルンティア。見ての通り、この店の店主をやっている料理人だ。ティアーシャとは交流が深く、長い付き合いのようだ。

「ほい、出来たぞ」

彼は頬杖を着く彼女の手元のテーブルにそっと皿を置く。それでハッと我に返ったようにティアーシャは慌てて自分の手元に目をやった。

「ああ、ありがとう」

「お疲れか?ちょっと位、昼に寝たらどうだ?」

「いや、結局昼に起きている生活に慣れないといけないのだから。もう少し頑張ってみるわ」

一見すれば夜型人間を昼型人間が気にかけているようにしか見えないこの図。けれど、その言葉の意味は深いものがあった。

「いただきます。…んっ…」

ティアーシャは手にフォークのナイフを持って、魚の身を切って口に放り込み、咀嚼する。

「うん、いつもの味」

「もうちょい良い言い方無いのかよ…」

「いつも通りの美味しい、安心する味だって言ってるのよ」

パクパクと魚を口に運んでいくティアーシャを、ずっと眺めているルンティア。次に彼が動くのは、他の客が注文を取った時だった。



「ふう、ご馳走様でした」

「こちらこそ、お粗末様」

ティアーシャの生きてきた世界の文化に、食の終わりと初めに手を合わせる風習はない。これも、ルンティアが彼女に教え、彼女がそれを気に入ってずっと行っている事だった。

「さて、あんまり長居するのも良くないし私はこれで失礼するわね。美味しかったわ、ありがとう」

勘定を置き、踵を返して店から出ていこうとするティアーシャ。

そんな彼女の手を、無意識にルンティアは掴んでいた。

「っ…。ルンティア…?」

「あっ…いや、その…。…今日丁度昼で店を閉じようと思ってたんだけど…さ。どっか行かない…?」

誰がどう見ても、不器用な誘い方であった。けれどそんな彼にティアーシャは軽く微笑んで振り返った。

「ええ、私も今日は空いてるし。久しぶりに二人で遊びましょ」

「…ありがとう。じゃあ昼頃また来てくれるか?昼時の客が落ち着いたら行こう」

彼はおろおろと落ち着かない様子で、ティアーシャの目を見て言った。そんな彼に彼女は。

「分かったわ。また来るわね」

とだけ返して店を出ていった。

「…」

彼女が出ていった後に残るのは、他の客が立てるナイフとフォークの音。そして静寂。

お、デートかデートか?と他の客が囃し立てるその声も今の彼には届くことは無かった。



---



「ふう…終わった…」

最後の客も出ていき、店の片付けも終え、やることを全て終えたルンティア。

彼は二階にある自室に戻り、パパっとそれらしい服に着替えると飛び出すようにして店の外に出た。

「お疲れ様。思ったより早かったね」

「ティア…シャ…?」

「…どうしたの?」

彼が息を飲むのも仕方ない。店先にいたのは、冒険者としてのティアーシャでは無く、絶世の美少女だったのだから。もちろん冒険者としての格好の彼女も、誰もが振り向き、目を疑う程の美少女なのだ。が、服の下に入れ込んだ楔帷子を抜き更に身の細さが際立つ彼女が、お洒落な服を着込んだらそれはもう大変な訳で。

当然、周りを歩く人々の目も釘付けである。なんなら声をかけようかけまいかで葛藤している者もいるくらいである。

「な、なんて言うか…その…」

「?」

「そう、凄く綺麗だよ」

「ふっ、なーんだ。嫌に辛気臭い顔なもんだから、てっきり深刻な内容なのかと思ったわ」

ティアーシャは吹き出し、目元に涙を滲ませて笑った。それに対してルンティアも頭をかきながら笑って返した。

「さ、行きましょ」

「ああ」

少し照れくさいような気もするが、彼は彼女の隣にほんの少しだけ距離を取って立ち、歩き出した。





「うえ……ほんとに吐きそう…。だからお酒はダメなんですって…。…ん?あれ、ティアーシャさんですか?」





---



普段血にまみれた冒険者業を営む彼女に取って、血に濡れない日というのはごく新鮮なものだった。

その日は小さなカフェで雑談をしたり、演劇を見に行ったりしてゆっくりして過ごしていた。いつもの何倍もゆっくりとした一日のはずなのに、時の流れは非常にも早く進み、既に家々の並ぶ地平線には橙色に染まった夕日が顔を沈めていた。

「今日はありがとね、ルンティア。おかげでゆっくり出来たわ」

「こちらこそ、楽しかったよ」

二人は夕日を背景に、面を向かって話していた。しかし、そこで会話は途切れてしまう。何か話を続けまい、としていたルンティアは一瞬彼女から目を逸らす。

しかし、それを理解しているかのように彼女はルンティアとの距離を詰めぎゅっとその体に身を預けた。

「ティッ、ティアーシャ!?」

「…色々と、心配してくれてありがとう。私が唯一悩みを聞いてもらえるのは、貴方しかいないから。…凄く、助けられたわ」

彼女が()()()()()生きるにあたり、息の詰まるような生活を強いられることもある。そんな悩みを唯一共有出来たのが、このルンティアなのだ。



思えば、始まりの出会いはとてもひょんな事だった。まだティアーシャが子供だった頃。彼女の住んでいた吸血鬼の集まった村に迷い込んでしまった同じく子供のルンティア。

当然、身元も知れぬ子供の血など吸血鬼にとっては他に無い最高の食料だ。様々な吸血鬼に追われ、食料にされかけた所を彼女、ティアーシャに救われた。

その理由は善意でもなんでも無く、同年代の子供がいない彼女にとっての遊び相手が欲しかったから、というものだったらしい。

村の吸血鬼を説得し、行く宛ての無い彼を匿ってくれた。ティアーシャと共に遊び、他の吸血鬼と共に暮らし。そこに彼が感じたのは、まるで本物の家族といるような愛情と温かみだった。

誰も、彼の血を狙って襲ったりなどしてこない。時折他の生き物の血を飲まなければならないという、彼らの特徴を除けば人間の村で暮らしているのとさほど変わりはなかったし、むしろこちらの方が環境は良かったのかもしれない。ルンティアの料理人としての腕も、そこでの暮らしで授かったものがほとんどだった。


しかし、そんな平穏はやがて終わりを告げることになった。教会の一派が、村の襲撃を始めたのだ。もちろん易々と殺られるほど吸血鬼はやわでは無い。身体能力なら人間の数倍はあるし、魔法の適正だって遥かに人間を凌駕している。が、相手が悪かった。

教会側には、彼らが普段人間に対して振りまいている慈悲や情けなどの情は一切無く、吸血鬼が先天的に恐怖感を覚える十字架を構え身につけ、日中外に出ることにできない彼らに日の昇る時に襲撃をかけ、大量の水を村に流し。

所謂、虐殺の限りを尽くしに尽くしたのである。

ティアーシャとルンティアと他数人の女子供は逃げ出せたものの、ほとんどの吸血鬼は殺され、嬲られて命を失っていった。

それがきっかけでティアーシャはそれまで静謐に生きていた自分を恨み、憎み、苦しみ。吸血鬼という生まれ持った力を生かして『最強』になることを誓い、旅に出たのであった。


そんな二人も、すっかり大人になり、いつしか二人の友情はお互いを思い合う愛情に変化を遂げていたのである。

互いに、もう家族はいない。信じられるものも、頼れるものも。家族も、友人も、お互いしかいない。



「俺も、君と出会ったあの日から、ずっと、ずっと君に守られてきた…。ありがとう」

少し、彼よりも身長の低い彼女を包み込むようにして、そのか細い体をぎゅっと抱き締めた。

吸血鬼に、体温は無い。血は巡っていれど、その肌の温度は無いに等しい。けれど、彼は感じていた。彼女の体から感じる熱という熱を。




「…え、あれっ…て。ティアーシャ、さん?」




「あ、ごめんね。ずっとこんな公衆の前で」

時間を忘れ、抱きしめあっていたティアーシャが一歩身を引く。

「あ、ああ。こっちこそごめん」

なんだかこそばゆくなって、二人とも目を逸らし頬を染める。

そんな互いの事を見て、二人は苦笑し合う。

「さ、そろそろ暗くなってきた事だし。お開きにしようか」

「うん、そうだね」

そうして二人は歩き出す。

肩と肩を寄せあって、二人で横に並んで。






---








「おはよう、二人とも」

「おはようございます…」

「ふぁぁ…おはよう…」

次の日、ギルドのロビーにて先に待っていたナーサが後から来た二人に声をかける。すると二人とも眠そうな顔をして目元を擦りながら席に着いた。

「…随分と眠そうじゃないかい…。なんだい?夜更かしでもしたかい?」

「ちょっと、ね」

「…。ええ、私もちょっとだけ夜更かししてしまいました」

「ふうん…?まあ良いさ。戦ってる時に寝落ちしなければなんてことは無いさ」

「戦いながら寝れる方が才能だと思うのだけれど」

あ、眠。とティアーシャは腕を枕にして机に突っ伏した。

「…なあーさー、ちょっとだけ寝てるから依頼取ってきて貰えない…?どうせ一時間位かかるでしょう?」

「はいはい。まああたしの依頼を選ぶ目に間違いは無いし、ゆっくりしときな」

ナーサは席を立ち、頭をかきながら依頼の貼ってある板に向かって歩いていく。

彼女が見えなくなった頃、眠そうな声を上げながらうつ伏せるティアーシャに、トゥルナは声を掛けた。

「ティアーシャさん…昨日一緒にいた人って…彼氏さんですか?」

「っ!?うっげほっげほっ!!な、なんて!?」

彼女を襲っていた眠気という眠気が全て吹き飛んだ。

顔を上げ、驚愕した様子でトゥルナに聞き返す。

「いや、昨日一緒にいた人って彼氏ですか?」

なんの躊躇もないトゥルナの純粋な質問に、ティアーシャは顔を真っ赤に染め上げて頭を抱えた。

「あ、あれは彼氏っていうか!」

「でもお洒落してましたよね?…それに夜はんぐっ!?」

「あああああ!!ストップストップ!!それ以上は無し!!」

彼女の口を無理矢理塞ぐような形で、その話題を断ち切る。一方、いまいち自分の状況を理解出来ていない様子のトゥルナはきょとんとした表情で口を塞がれたまま惚けていた。

「彼氏じゃない、って言えば嘘になるんだけど…。それ以上は介入しないで。あくまでこれはプライベートなんだから」

「いえ、別に介入するつもりは無かったんですが…。ティアーシャさんも恋愛感情を抱くんだなって思いまして…」

「そりゃ私だって…、年頃だもの…」

吸血鬼は人間より長生き、なのだがその成長過程に何ら変化は無い。その姿が一番美しい所で成長、もとい老化が停止し、長期による生存を可能にするのだ。

つまり、人間に訪れる思春期などの現象も吸血鬼は共通して同じ頃に起きるのである。

「まあ、ティアーシャさんの反応を見て言わんとする事は分かりました。…彼氏さん、大事にしてあげて下さいね」

トゥルナが物分りのいい人で良かった、…天然だけど。とほっと胸を撫で下ろすティアーシャ。

「言われなくても、大切にするに決まってるわ」

微笑を浮かべ、自分の手を握った。

…これは、()なのだろうか。

自分の手から温もりを感じ、少女はほんの少しの葛藤に苛まれるのであった。












---









ああ、一つ歯車が壊れちゃった。







でも、まだ他のところは回ってる。








この流れは、止まってない。

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