番外編 その重戦士と吸血鬼は③
「二人とも、無事だったか!」
剣を振るいつつ、護衛の一人が声をかけてきた。
「私達は大丈夫なのだけど、あなた達が危なっかしいから助けに来たのよ」
「…。それはありがたい!」
一瞬、言葉に迷ったようだがすぐさま礼をいい、迫り来る敵に意識を戻した。
「おおー、流石は精鋭だねえ」
後ろを追ってきていたナーサが皮肉じみた声色でそう言った。
「ほら、皮肉ってないでさっさと行くわよ。私達の依頼はあくまでも護衛なんだから」
「ういうい、厳しいこった」
なんだかんだ言いつつも、ナーサは馬車を守るようにして大剣をぶん回している。そしてそれに合わせるようにしてティアーシャも素早い動きで山賊達を蹴散らしている。
「ちょっとキリがないわね…。皆さん、少し下がってください!」
そうキリがないと踏んだティアーシャは全員に少しだけ後ろに引くことを提案。
それまでの彼女の強さ、動きを見ていた周りの面々はその言葉に従い数歩分後ろに下がる。
「一気にでかいの叩き込むわよ!『業火』!!」
最前線でティアーシャが地面に手を着いて、魔力を一点に集中させる。
すると、馬車の周りを囲うようにして円形に巨大な火柱が上がる。
「なっ、『業火』っだと!?」
山賊か、それとも護衛の者か。誰かが驚愕の声を上げた。
「うっうわぁぁぁぁぁ」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ」
肉が焼ける音と共に、森の中に山賊の絶叫が木霊する。
ちなみに、この『業火』は人体のみに影響を及ぼすようにティアーシャが調節している。よって森の中の生き物や木々はその影響を全くもって受けないのである。
「っく」
ティアーシャは地面から手を離し、よろめきながら皆のいる数歩後ろまで下がる。
炎属性中級魔法『業火』。魔法が廃れているこの世界で使うことができる人間は歴史上でも僅か数人とされている魔法。自らが望むもののみを焼き、それ以外のものを守る。そんな魔法。もちろんこれだけの範囲となると、それを維持するのにかかる魔力の消費も著しい。
「っと、大丈夫かい?ティアーシャ」
案の定、魔力の急激な使用で足元のおぼつかないティアーシャの肩を、ナーサがしっかりと受け止める。
「え、ええ。何とかね。とりあえず半数ほどは削れたと思うわ」
剣を持つ手に力が入らず、するりと剣が地面に落ちる。
「ああ、後はあたし達に任せておきな。ちゃっちゃと終わらせてしまうから、あんたは馬車の脇にでも座って休んでな」
「え、ええ。そうさせてもらうわ」
思ったよりも魔力の消費が激しかったようで、顔色の悪いティアーシャ。ナーサは彼女の剣を拾い上げ、彼女の腰の鞘にしまい、肩を押して休憩を促した。
よろよろと馬車の方へ向かうティアーシャの後ろ姿に尻目を向けつつ、業火の奥にいるであろう山賊達を待ち構えるナーサと馬車の護衛達。
「ナーサ、…あと三十秒で業火が切れるわ」
「ああ。みんな!あと三十秒だ!気い引き締めな!
」
「「「おうっ」」」
しかし、流石は精鋭達と言うべきか。連携はしっかり取れているし、脱落した者もほとんど見当たらない。
そして、『業火』が切れる。
同時に、待ってましたと言わんばかりの勢いで山賊達が走り、向かってくる。
「うおおおりゃぁぁぁぁっ!!」
最前線に立つはもちろんナーサ。大剣で山賊達を吹き飛ばし、攻撃という攻撃を全てその大剣一本といっぱしの体術で防いでいく。
「俺達も続くぞ!」
「「了解!!」」
そのナーサの少し後方につき、彼女のサポートと攻撃を行う。この適応能力も精鋭達ならではと言うべきか。
「…これなら、大丈夫そうね」
馬車の荷台に寄りかかりながら、ティアーシャは彼らの彼女らの戦いっぷりを眺めていた。
彼女が『業火』で焼き払ったのは、残りの山賊の約半分。このまま戦い続けて疲労が蓄積した所を抜かれるよりも、一撃大きな魔法を放って後を他の面々に任せた方が良い、そう判断したのである。
「ティアーシャさん、でしたっけ。大丈夫ですか?」
そんな中、前線を抜け一人こちらに駆け寄ってきた女性がいた。
「…あなたは?」
長い黒髪を揺らし、駆け寄ってくる女性に対してティアーシャは少し不審げな顔を向けた。
「私はトゥルナ。この班のメディックです」
「私はティアーシャ。そこらへんの冒険者」
彼女は手に持っていた弓を馬車に立てかけ、ティアーシャの額に手を当てた。
「ふむ…。うん、魔力の急激な使用による疲労ですね。しばらく休んでいれば大丈夫です」
「…それくらいは自分でわかっているのだけれど…」
ティアーシャは彼女の手を払い除け、苦笑いを浮かべた。
「あら、そうでしたか…。どうもメディックの性分というか、こういう状態の人を見ると放っておけないというか」
それに対し、トゥルナも苦笑を浮かべる。
「ところで、そんな前線から引いて大丈夫なんですか?」
「あー。まあ、メディックの出番はしばらく無さそうでしたし、案の定矢も無くなってしまってですね…」
彼女は背中に背負う空になった矢筒を見せつける。
「弓は得意なんですけど、どうも片目が悪いせいで近距離の戦闘が苦手でして…。足でまといにならないうちに引いてきましたよ」
ははは、と軽い笑い今度はティアーシャの首筋に手を当てる。
「…っ。…にしても『業火』ですか。私初めて見ましたよ。それでも倒れもしないだなんて、さすがですね」
「さすがに連発はきついけれど、あれくらいならば」
首筋を触られ、やや怪訝そうなティアーシャは軽くそう返して立ち上がる。
「立って大丈夫なんですか?」
「まあ、目眩程度ならどうって事ないわ」
馬車にもたれながらも、彼女はナーサの戦いを遠目から眺めていた。
「『業火』、凄い魔法ですのね」
「っ!」
突如、ティアーシャの体が消える。
と、思いきやただ単に馬車の扉に体を預けていて、それが勢いよく開け放たれたため少し前に踏み出しただけの事だった。
「わたくしも貴重な体験でしたわ。なかなかあんな魔法、近くで見れるものではありませんもの」
「…。あなたが、護衛されてるお嬢様?」
押し出されたティアーシャが、その扉から出て仁王立ちしている少女に目を向ける。
ブロンド色の髪の毛を手で撫で、その少女は鋭い眼光で彼女の事を睨みつけた。
「あら、少々言葉遣いがなっていないんじゃなくって?そういう時は、あなたが私のご主人様ですか?って言うのよ」
「…あ、そうですか…」
カチンと来たのか、ティアーシャの顔が一瞬歪む。けれど、これ以上付き合ってられないと判断し、また元のように馬車にもたれ掛かる。
「私はナーサの戦いを観察するのに忙しいの。そんなお上品な言葉を使ってる暇なんて無いわ」
「…。そう。まあ良いわ。…そうね、もう少し性格が良ければわたくしの護衛に付けてあげたのに」
「許可されても、私はあんたの護衛なんかやらないわよ。私は冒険者として生きるんだから」
ティアーシャはまるで話を聞いておらず、手をヒラヒラさせて流している。そんなら二人をトゥルナはまあまあと宥めてオロオロしている。
「あ、大丈夫よ。気にしなくて。もうあなたは不要な駒って分かったから」
「なら良かった…がふっ…!?」
「っ!?」
トゥルナの顔が青ざめる。ティアーシャの顔が苦悶に満ちる。
そしてその令嬢の顔は、返り血で赤く染っていた。
「残念ねえ。反抗しなければ、『業火』をも使うことができる優秀な駒になったと言うのに」
「あっ…がはっ…」
「ティアーシャさんっ!?」
ティアーシャの口から、血が零れる。
そんな彼女の腹部には、深々と煌びやかな剣が突き刺さっていたのである。
「一体、何をっ!?」
トゥルナは令嬢とティアーシャを突き放し、小刻みに震えて苦悶の顔に満ちた彼女を抱えつつ、腰からナイフを抜いて構えた。
「ああ、大丈夫ですわよ?あなたには手を出すつもりはないですわ。とりあえず、あなただけ、くたばりやがれ下さい」
「なっ…」
その狂気に満ちた目を見て、トゥルナは息が出来なくなった。
「それでは、私はここで失礼すると致しますわ」
おっほっほっと高らかに笑いながら、どこからともなく現れた、先程ティアーシャが気絶させたはずの茶髪の女性に捕まり、護衛達の最前線を抜けていこうとする。
「行かせ、ねえっ!!」
「ティアーシャさんっ!?」
しかし、そんな彼女らの逃亡劇はすぐさま妨害される。
トゥルナの腕に支えられつつも、ティアーシャは己の魔力を元にして作った魔力弾を放ち、茶髪の女をに数発命中させる。
「あがっ!?…ちっ、まだ動けるの?」
「残念ながら、しぶといのよね…」
彼女はロープを手繰るようにして、ゆっくりと立ち上がる。
腹に突き刺さったままの剣が揺れ、その周りの肉を更に傷つけていく。
「ぅっ…」
けれどダメージはかなり深刻なようで、今にも倒れてしまいそうなくらいである。
「あら、随分とキツいんじゃないのかしら!?そんなので戦えるのかしら!?…やってしまいなさい」
「はい」
令嬢に指示された茶髪の女は、己の剣を、立ちながらも蹲ってしまっているティアーシャに向けた。
「さっきは良くもやってくれたわね。…これはお返しよ」
茶髪の女が高々と剣を掲げる。そして、振り下げる。その先にあるのは、ティアーシャの首。
「っ!!!」
しかし、その女の一瞬の慢心、油断。それをティアーシャが見逃すはずもない。
腹に突き刺さっていた剣を力任せに引き抜き、抜刀剣の如くその勢いに乗せて女を斬った。
「…油断は、したらこうなるの。…不意をつかれてお腹刺された私が言えることじゃあないけど」
女の首から下が、バランスを失いゆっくりと地面に倒れる。
それから数秒後に、ボトリと近くの地面に首から上が落ちる。
美しい地面の草々に、真紅色の雨が降り注ぐ。
「…、え?」
少し離れていた所で見ていた令嬢は、何が起きたのか理解出来ていない様子だった。
その惚けた表情のまま、数秒後。先程までの勢い、傲慢さはどこに行ったのかと思うくらい情けない令嬢の悲鳴が聞こえた。
ガクガクと震えて、地面にへたり込む彼女にティアーシャはゆっくりと近寄り耳元でこう言った。
「…あなたも、ああなりたくなかったら大人しく馬車に戻る事ね」
「…あ…ぁ…」
令嬢はまるでゼンマイ仕掛けの人形の様にガタガタと馬車の中に戻って行った。
そんな彼女の後ろ姿を見届けて、ティアーシャは駆け寄ってきたトゥルナに身を預け、倒れ込む。
「…あと一人、でもいたらヤバかったかも…」
脂汗滲む彼女の顔に苦笑が浮かぶ。
「何言ってるんですか。すぐに応急処置をっ」
トゥルナは彼女の傷口部分を覆うように手を被せる。すると彼女の手の内が瑠璃色に輝き始め、やんわりとした温かみを帯びてくる。
何度も何度も言うが、この世界では魔法というものがあまり浸透していない。初級魔法はある程度の人が使えるが、中級魔法以上ともなるとひと握りの人材しかいないだろう。
もちろん、このトゥルナもそのひと握りの中に入っていて、彼女はメディックとして回復魔法に特化している。
治癒中級魔法『回炎』。
そんな彼女が得意とする治癒魔法のうちの一つ。両手を翳した所の、肉・血管・細胞を修復する需要の高い治癒魔法だ。
しかし今回の場合、いくら魔力を注ごうとも何故かティアーシャの血肉が元のように修復される事は無かった。
「っ?どうして?どうして治癒魔法が効かないのっ?」
彼女は焦燥の表情で、ティアーシャの顔色を確認する。あまりにも出血が多すぎるのだろう、彼女はそろそろ限界を迎えそうである。
「仕方ない、か。荒療治をっ」
彼女はティアーシャの着るブラウスのお腹の部分のボタンを外し、トゥルナは苦い顔で、地面を這いつくばっている一匹の小さなスライムを手で捕まえ、それを握り潰す。するとそのスライムの外壁をなす一枚の薄皮が弾け、その内側からドロリとした粘着質の液体が溢れ出す。
「あっ…ぐうっ!?」
それを傷口に押し込み、傷口の表面をそれでコーティングする。
スライムの粘液。それは限りなく純度の高い水から出来ている。オマケにプルプルぶよぷよの感触を保ったままなので、野外での傷口の保護に向いているのだ。
「とりあえず、これで止血は出来るでしょう。後はどこかの町を借りて、輸血を貰いつつ手術で縫合しないと…」
ほうっ、と溜め込んでいた息を吐き出す。これで簡易的な処置は終わり、後は設備の整う場所で適切に処置すればなんとかなるだろう。
「しばらく安静にしていてください。…『催夢』」
「…ええ、ありが、とう」
今度は右手をティアーシャの顔に翳し、桃色に輝く魔力がそこから放たれる。
催眠初級魔法『催夢』。
対処を安らかに眠りに付かせる魔法。自分への効果は無く、至近距離で当て続けなければいけないから戦闘には使えない。
そんな彼女の魔法を受け、コテンと夢に堕ちてしまったティアーシャ。
その寝顔に、冒険者としての顔は無く、ただ腹部の激痛をも忘れて幸せそうに眠る少女としての顔があった。
---
「…」
「気が付きましたか。おはようございます、ティアーシャさん」
いやに重い体を持ち上げながら、ティアーシャは辺りを見回す。
「ここは?」
視線に入ったトゥルナに、反射的に聞く。
「ええ、目的地。と、言いますか」
「…?」
よく見ると、やけに高そうなベッドに寝かされていたようだ。フカフカで、なによりもでかい。それはまるで貴族のベッドのように。
「あの後、山賊の攻撃がハタリと止んだんですよ。だからその隙に馬を起こして、この場所まで来たっていうことです」
「…あのお嬢さんは?」
「ええ、もちろんガッチガチに拘束して尋問をかけさせていただきました。…なんでも、令嬢としての生活に嫌気がさして山賊に連れ出して貰おうとしたとか…」
トゥルナが深くため息を着いた。その令嬢の我儘で、何十人もの山賊が命を失ったというのか…。
「いやー、でもまさかあの子に刺されてるとは思いもしなかったわ。…気を引き締めないとね」
ティアーシャが服を捲り、刺されたお腹を撫でる。そこには等間隔にきっちりと縫合された跡があった。
「…刺された時、疑問に思ったんですよ」
そんなティアーシャを見て、トゥルナはおもむろに、そしてゆっくりと口を動かした。
「どうして『回炎』が意味を成さないのか。この手で縫合してみて分かりました、よ」
「…。そう…」
「あの剣、実戦用じゃなくて観賞用なんですね。もちろん、ちゃんと斬ったりすることは出来ますが…。正規の剣には使わないような材質で作られていたんです。何かと言うと」
「銀、ね」
「ええ、その通りです」
ティアーシャの、瑠璃色の瞳が暗く光った。
「…ティアーシャさん、あなたは…」
「…」
「人間じゃ、無いんですね」
ティアーシャは、トゥルナと目を合わせたまま、何も言わなかった。…いや、言えなかった。
「銀で切られると、傷口の再生能力が著く低下する。…そんな、魔物、ですか」
先に、トゥルナが目を逸らした。残酷な事実を、自ら面向かって伝えるのには、彼女の精神力では事足りなかった。
「はあ、バレちゃった。か」
そんな、重い空気を断ち切るかのようにティアーシャが笑い混じりの声を上げた。
「そうよ、私は人間じゃない。それも、人間によって狩り尽くされた吸血鬼の生き残り。忌み嫌われている吸血鬼の生き残りなのよ」
「…」
「…バレちゃったなら、仕方ないわね。で?どうするの?教会にでも突き出す?」
ぼふっと、仰向けにベッドに倒れ込む。
「…いいえ」
「ふぅん…。どうして?」
「人間として生きようとしているあなたを、何故教会なんかに突き出そうと言うんですか?そういう所に突き出すのは、他者に危害を加える、魔物だけですよ」
トゥルナは優しく微笑んで、ティアーシャの顔を覗き込むようにして続けた。
「あなたは、人間です。吸血鬼の革を被った人間なんですよ」
「…吸血鬼の革を被った、人間…」
他の誰かが聞いたのならば、悪意のある言葉に聞こえるかもしれない。けれど吸血鬼としてではなく、一人間として生きようとしているティアーシャにとって、その言葉は最大級の褒め言葉に当たるものだった。
「…ぷっ、あなた…不思議な人ね」
「あなたほどでは無いですよ」
互いに顔を見合わせ、小さく笑い合う。
吸血鬼として、けれど人間として。どちらの存在としてでも受け入れられたのは、彼女にとってかつて無い体験だった。
「でも、トゥルナ。約束してちょうだい。…私が、吸血鬼である事を他者に離さないで。これだけは守ってもらうわ」
「もちろん、口が裂けても言いませんよ」
「…口が裂けても、ねえ」
「?」
ティアーシャは起き上がり、おもむろに人差し指と中指をトゥルナの額の上に押し付けた。
「…よし。…私はトゥルナ、あなたの事を信用しているわ。誰にも話さないと思っている。…けれど、この先何があるか分からない。と、言う訳であなたの脳に少しばかり細工をさせてもらったわ」
「さ、細工っ!?脳にっ!?」
さすがに怖気付いたのか、彼女は顔を蒼白させて三歩ほど後ろに下がった。
「ええ。…私が吸血鬼だって、私以外の誰かに伝えれば…あなたの頭蓋骨は吹っ飛んで行くでしょうね」
「ず、頭蓋骨が、吹っ飛ぶ…」
言葉のインパクトが大きすぎて、いまいち理解出来ていない様である。
「まあ、いわなければどうってことないわ。けれど…言ったらどうなるか。分かってるわね?」
彼女はにっこりと笑いを浮かべた。けれど、それは本当に笑顔だったのだろうか。
---
「お、ティアーシャ。もう良いのかい?」
「ええ、お陰様で。心配かけたわね」
某日。ギルドの四人がけテーブルにドカッと腰掛け、昼食に貪り着いていたナーサがティアーシャと、その隣を歩くトゥルナに目を向けた。
「はい、これは依頼報酬っと」
ナーサの相席に二人は座ると、ティアーシャが手に持っていた大きめの麻袋をテーブルの上に叩きつけた。
「おお、随分と多いじゃないか。どれどれ…?」
ナーサは麻袋の紐を緩め、まるでゴミ箱を漁る野良犬のように目をキラキラさせながら、その中を覗き込んだ。
「依頼主の貴族の男の人からの謝罪の意味もあるみたいよ?さすがに護衛の対象が、事件の原因だったとは思ってもみなかったみたいで」
私も気づかなかったもの、とティアーシャはナーサの飲みかけの酒を奪い取って飲んでみせた。
「しばらくはお嬢様って言うもんが信用出来なさそうだわ」
「私も結構そんな感じかもしれないですね…」
トゥルナも苦笑しつつ、ナーサの皿の上から肉を一切れ手で掴んで口に放り込む。
「…なんだろう。あたしの分の料理、勝手に食べるのやめって貰ってもいいですかい?」
ナーサは怪訝な顔をするも、麻袋の中身を覗き込むと、すぐさまニッコニコのに戻った。
「これだけあればしばらく依頼は受けずとも良いんだが…。どうする?」
ナーサは麻袋の口をしめ、それをテーブルの上に戻した。
「決まってるじゃない。私達はもっと、もっと冒険者として戦うのよ。私達三人は」
横目でティアーシャとトゥルナが微笑みながら目を合わせた。
そんな二人を見て、ナーサは苦笑しつつも、言った。
「奇遇だね。私も同じこと思ってたよ」
「奇遇でも奇跡でもないわよ。これが当たり前、なのよ」
三人の、高らかな笑い声がギルドハウス全体に響き渡る。
「さ、二人とも。なんか食うかい?今日はあたしの奢りだよ」
「ふうん、じゃ奢りにしたこと後悔させて上げようかしら」
「それじゃあ私も、加勢しようかしらね」
こうして、ナーサ。ティアーシャ。トゥルナの三人のパーティが出来上がり、そのパーティの名は瞬く間に冒険者達の間に最強のパーティとして知れ渡ることになるのだった。
一つ、歯車が新しく加わった。