第74話 吸血鬼の文化祭
あっれれー?おかしいぞぉー?なんでさっきまでガラガラだった模擬店が行列が出来るほどにまで混んでるんですかねえ。
「…即効性ありすぎだろ…。腹痛止めでもこんな即効性ねえぞ…」
「さすがは我が校の生徒!情報の周りが早い!」
隣で楓が腰に手を当ててハッハッハッと高笑いを浮かべている。
「っていうのかいいのかよ、部外者の俺が参加して」
楓のクラスの子が着ているのよりも何故か豪華なフリフリのメイド服を身にまとい、これまたフリフリのカチューシャを着け、給仕に徹する俺。
数年前の俺が見たらなんて言うんだろうな…。ま!可愛い妹の頼みは断れねえしな!ガハハ!
「まあ私のお姉ちゃんなんだし、ねえ?なんか言われたらウィンクでもしてみ?イチコロで許されるから」「なんだこの緩い世界は…」
まあちょこっと左目を輝かせて『魅了』を使えば大抵の事はどうにでもなるだろう。
「すみませーん」
「あ、はーい」
ぎゅうぎゅうに入り乱れる店内で椅子に座る数人の男子集団が手を上げた。俺は楓に一声かけてお盆を持ってそちらに向かう。
「手作りワッフルとオレンジジュースを三つずつお願いします…それと」
「それと?」
男子三人が一斉に懐からカメラを取り出した。
「写真、お願いしまぁぁぁす!」
「しゃぁぁす!」
「そぉぉぉす!」
そして息ぴったりで頭を机に打ちつけんばかりの勢いで下げる。
「写真かあ」
あまり撮られ慣れはしていないが、まあ何とかなるだろう。
「まあ、良いですよ」
「「「うおっしゃぁぁぁぃぁぃぁぁ!!」」」
おうおう荒ぶるな荒ぶるな。
俺は三人にカメラを向けられ、適当に指定されたポーズを取って写真を撮られる。
おう、なんかノリノリだな。今日の俺。
「おー、ティア似合ってるねえ」
「お、ソウカ」
やたらこの世界に適応しきっているソウカが人混みの中からひょこっと顔を出した。
ソウカは最近こっちの世界のあっちこっちを行き来しているようで、元の世界には数週間戻っていないそうだ。
…本人に記憶は無いみたいだけど、彼女も俺と同じこの世界から転生した転生者だということだ。アダマス曰く転生時のショックで記憶が消えてしまったとの事。
本人はそれを聞いても顔色一つ変えずに「なら自分探しの旅でもしようかな?何者だったのか分からない自分を探すのって楽しそうじゃない?」と言っていた。彼女の自分探しがいつ終わるのか、それは定かでは無いが陰ながら応援させてもらうとしよう。
「で、どうなんだ?どっか行ってきたの?」
「んん、まあね。とりあえずぐるっと日本の周りは回ってみたよ」
「…スケールがでけえ」
あー、そう言えばニュースで大蛇の目撃情報が上がってたな。本人無自覚なんだろうけど…。まあ一箇所に留まってる訳でもないんだし、大事に至ることはないだろう…と信じたい。
「で?私も入っていいの?これ」
「もちろん、あ、丁度そこ空いたから座ってくれ」
食事を終えた人の席にソウカを誘導して座らせる。
「ご注文は何にいたしますか?お嬢様」
「…」
「…なんか言ってくれ…。羞恥心で死ぬ」
「いや、ごめん。ちょこっとドキッとした」
「そりゃどうも」
机の上のメニュー表を見てソウカがうーんと頭を悩ます。
「それじゃ、なんかジュースとサンドイッチで貰おうかな」
「かしこまりました、お嬢様」
「…うーん、なんかメイドの真似事してるおっさんみたい」
「…俺だって必死なんだよ…」
随分と辛口な評価を頂いた。ジュースの中にでもタバスコぶち込んだろうか。
まあ流石にそんな事はせず、普通のサンドイッチを持っていく。うん、普通の。
「お待たせ致しました、お嬢様」
「無理しなくてもええんやで」
「やかまし」
ソウカが一言、頂きますと言いサンドイッチを頬張る。
「…ん?何これ、食べたことない味。結構美味しいわよ?」
もぐもぐとサンドイッチを咀嚼するソウカ。
「ふっふっふっ、俺の昔の好物〆鯖のサンドイッチだ!」
「〆鯖…〆鯖ぁ!?あんた文化祭の模擬店のカフェで〆鯖なんて引っ張り出してんじゃないわよ!」
「でも美味いだろ?」
「…うん、美味しい」
ハマグリの酒蒸しの模擬店の冷蔵庫を見せてもらったらおあつらえ向きの〆鯖が見つかったのだ。なんでも先生のおやつらしい。きちんとお礼をして貰ってきた。
…学校におやつで〆鯖持って、ハマグリ焼いてる先生も先生だろ。
「普通の客には出せないからな、特別だよ」
「むしろサンドイッチを頼んで〆鯖挟まってたら普通はビビるわよ。美味しいけど」
まあ紅茶やらコーヒーとの相性は絶望的だろうけどな。
「ま、ゆっくりしてってくれ。なんならソウカも着るか?これ」
「珍しくノリノリじゃない。…私は遠慮しておくわ。一応部外者だし」
「…そっか」
「まあ、楓ちゃんには顔出しに行くけどね」
もっしゃもっしゃとサンドイッチを頬張り続けるソウカ。…気に入ってんじゃねーか。
「すみませーん」
「あ、はーい。…じゃ、ソウカまだ後で」
「ん、頑張ってね」
そうして俺はまたフリフリのメイド服を揺らしながら仕事へと戻るのだった。
…あれ?俺文化祭に遊びに来たんだけどな?良いように働かされてない??
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「…ああ、疲っかれたぁ」
数時間後、俺は裏方の椅子にぐったりともたれかかって死んでいた。
「ん、ティアーシャお疲れさん」
「どもさん」
教室に戻ってきたナーサが裏方用の垂れ幕を超えて声をかけてくる。
「楽しめたか?」
「ああ、未知の物に触れるってのは楽しいねえ。すっかり時間忘れて遊び呆けてたよ」
大人らしくないねえ、と苦笑を浮かべるナーサ。ちなみにルントはうちの模擬店の調理場に篭っていた。俺がそうさせたのではなく、彼本人が自分から望んでそうしていたのだ。…なんでもこっちの世界の調理器具を見て感動したそうな。こりゃルントの店の品数がまた増えそうだな。
「お姉様、今日はありがとうございましたぁぁぁあ」
「お姉様ァ!?」
全く見知らぬ楓のクラスメイトにそう言われ、慌てて椅子から飛び起きる。
「あ、いえ。楓ちゃんがお姉ちゃんって呼んでたからそういう主従関係にあるのかと…」
「普通に姉妹ってことで」
「姉妹なんですか…」
言われてみれば髪色も違うし、目の色も違う。楓との接点は正直見ただけじゃ分からないよな。
「それでお姉様」
「お姉様はやめろって」
「わかりましたお姉様」
「…なに?」
言っても無駄なやつだな、これ。
俺は頭を抱えて続きを聞く。
「私文化祭実行委員でして、少し頼み事があるんですが…」
「頼み事…?」
うーん、なんだろう。嫌な予感しかしない。むしろいい予感がする輩はいるのだろうか…。
はあ、こうなったら神のみぞ知る。ってか…。どうにでもなりやがれこんちくしょう!
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『続きまして、本日は外部からゲストを呼んでいます!!』
体育館中にマイクで拡張された声が響き渡る。集まっている生徒、保護者、地域の人など。訪れている人達がざわめき出す。
『が、本来予定していたゲストが急遽来れなくなってしまったということで!代役を立てました!』
ざわめきが大きくなる。まあ、当然の反応だよな。
『それでは!ゲスト公演の時間です!ゲストはぁぁあ!この方!!』
「っ」
カッと二つのスポットライトが起動し、一瞬目が眩む。も、すぐに笑顔を浮かべて正面を向く。
『私の友達のお姉様!ティアーシャさんだぁぁぁぁ!!』
一瞬、沈黙。
うっ、と息が詰まりそうになった刹那、今までとは比にならないくらいの黄色い歓声が体育館全体を包み込んだ。
まあ、たまにはこういうのも悪くないもんだな。
『あー、あー。どうも!楓の姉のティアーシャです!突然文実の子に引っ張られて出ることになりました!今日はよろしくお願いします!』
手に握ったマイクを伝わって俺の声が拡張され、ホール全体に響き渡る。それに合わせて軽く手を振ってやる。
「「「ドワァァァァァァァァァァァァ」」」
今すぐにでも爆発しそうな盛り上がり方。爆発して体育館が大破しないかどうか心配である。
『ゲストやって下さいって言われた時に何すっかなあって考えて結局歌うことになりましたあ』
「「「ウヲォォォォォォォォ!!!」」」
歓声で空気が震える。人気アイドル達は毎回こんなに緊張感の中パフォーマンスしてるか…。すげえな。
(じゃあ解析者、頼むぞ)
(はい、任せてください)
歌う、と言っても今流行りの曲なんて微塵も知らないので楓に曲を選挙してもらって、歌詞も全部『解析者』に覚えていただいた。いやはや、本当に解析者様様である。
『そいじゃ、始めるよー!』
指を一回、パチンと鳴らす。するとあらなんということでしょう。今まで着ていたジーンズに少し大きめのブラウスが黒を貴重としたゆったりとした衣装に変わる。
「「「ウァァァァァァァァァァァァア!!!!」」」
歓声がどんどん濃くなる。
しかし、もう一度指を鳴らし音楽が奏でられ始めた頃にはその歓声もいつの間にか静寂に変わっていた。
(緊張してますか?)
(うん、まあ。こんなことする機会なかったし。…さて、行くよ)
(ええ、成功させましょう)
体の主導権を半分、解析者に渡しもう半分は自分で操る。
前奏が終わり、ゆっくりと口を開くと自分でも驚く位の美しい声が会場中に響き渡った。会場の面々は、呑まれた。
(でも、これだけじゃ終わらせねえよ)
サビの手前、マイクを持っていない空いている手に氷魔法の塊を作り出し準備しておく。
そしてサビに入った瞬間、観客の真上に向かってその氷魔法を放つ。
氷の弧を描きつつ空に舞ったその魔法は、弧の頂点に達した瞬間に弾け、雪の結晶を作り出しながら観客の元へとふわりふわりと落ちていく。
本当の雪の結晶だから触れれば冷たいが、溶けて水になる前に消滅するから観客が濡れる心配もない。魔法って何でもありだよな。
さて、サビも過ぎそろそろ終盤。一発刺激的な体験をさせてあげますか。
俺は背中から翼を生やし、会場の中を飛び回る。飛び回りつつ、空気中に生成した色とりどりの花弁をばら撒きながら。
ちなみにその花弁も、先程の雪の結晶と同じようにその場に残ることなくしばらくしたら消えるようになっているものだ。
そして最後、歌いながら宙を飛んでステージに戻り、丁度曲が終わり、解析者も歌い終える。
それに合わせて軽く一礼し、マイクを手に持って空いている方の手を振る。
『ありがとうございましたー!』
拍手喝采。鳴り止まない歓声。
はてさて、終わったことだし舞台裏に引くとするか、と思って踵を返した時の事だった。
--ール!アンコール!アンコール!
「…」
会場中のあちらこちらからアンコールを望む声が。
(いけるか?解析者)
(ええ、私は解析者ですから。おまかせください)
(そうだったな)
『アンコールありがとう!それじゃもう一曲行くよ!っ!』
観客の中の、一番出口に近いところにナーサとルントの顔があるのを見つけた。
…うーん、親に見られるのはちょっと小っ恥ずかしいけど、まあいいか。
そうして、再び奏でられる曲に乗り、俺と解析者は再び拍手と声援に呑まれて言った。
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「…ああ」
疲れた…。
「お疲れ様、はい水」
「お、さんきゅ」
俺は現在進行形で裏方の椅子で今にも溶けそうなくらいぐったりとしている。
あの後アンコールが入り「流石に…ね?」と思って文実の子に助けを求める目を向けるも笑顔でサムズアップされ、結局流れに流され追加で三曲も歌わされることになった。
(…疲れる、というのは不思議な感覚ですね…)
(それでもその疲れは俺に来るんだけどね??)
解析者が俺の体を使って歌っていたとはいえ、俺の体が四曲歌った、という事象に変わりはないのでその分の疲労感は全部俺に来るのだ。
「でもあんなに魔法とか見せびらかしちゃっていいの?色々まずいんじゃ…」
楓が水を手渡しながら不安そうな表情を浮かべる。
「ん?ああ、大丈夫。体育館で撮られた写真に俺の姿は写らないようになってるから。それに途中に降らせた雪の結晶に、軽い忘却作用があるから俺が飛んだり魔法を使ったりしていることはハッキリ覚えてないだろうしな」
銀髪の美少女が歌った、ということは覚えていても何の曲を歌ってどうパフォーマンスをしたのか漠然としか覚えていないはずである。
「そこまでするんだったらなんでわざわざ…」
「ん?簡単だよ、美味い料理を食べた時と同じように幸せなひと時を過ごしてもらおうと思ってね」
どれだけ美味い料理を食べても、その味や食感はやがて朧気になり、やがてその料理が『美味い』という結果だけが脳内に残る。
後々にその味を思い出そうとしても大雑把にしか出てこないのは少し悲しい気もするが、それでも食べている時は最高の気分になれるはずだ。
余韻は残らなくとも、その時々で最高の時間を与えたかったんだよ。
「やあ、ティアーシャお疲れさん」
「本気で疲れた…」
肩ポンポンをしつつルントが声をかけてくる。
「なかなか楽しんでたじゃないか、楽しかったよ」
それに続いてナーサも肩バンバンしてくる。痛いっす。
「そうそう、ナーサはあるこーる?みたいなのを一番でっけー声で叫んでたんだよ。周りが言ってるしあたし達もやるよっ!ってね」
「あっ!アンタそれは言わないって」
「へへー、良いだろ別に」
俺の周りでじゃれ合う二人。そんな二人に水を差すように俺から、一言。
「アルコールじゃなくてアンコール、な?アルコールは酒だぞ」
「…ほへ」
過去一に無いくらいナーサの顔がアホ面になった。
昔ふざけてアルコールコールする奴いたけどさ…。まあ見た目は完全外国人だから「ネイティブの人かな?」位で流されそうだけど。…流されねえな。
「ナーサー?おーい、ナーサ?」
「娘の前で…みっともない姿見せちまった、ね」
膝から崩れ落ちるナーサ。大丈夫、間違えたことよりもさっき見せたアホ面の方がよっぽどみっともないから…、うん、気にすんな。
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「それじゃ、俺達はこれで」
「うん、今日はありがとう!」
校門前で俺達三人は楓とお別れする。本当なら四人で帰りたいところだが、楓は自分のクラスの片付けやらあるらしい。と、言うわけで俺達は先に帰ることになった。
「それじゃ、先帰ってるぞー。寄り道すんなよ?ルントの手料理で打ち上げだ!」
「任された!」
「楽しみにしてますね!」
軽く手を振って踵を返して俺達は校門に背を向ける。いやはや、なんとも充実した一日だった。
「ふあぁ…」
と思った矢先、噛み殺しきれないあくびが出る。
「お疲れかい?」
「んん…、それもあるけど普段は夜を主体に活動してるからさ。今みたいな日の入りの時間帯だと俺にとっては明け方なんだよ…」
あくびで滲み出た涙を手で擦って拭う。
「なら、ほら」
しばらく歩いたところで、ナーサが腰を降ろした。
「ん?」
「たまには母親らしいことさせておくれよ。…ずっとそんなことしてられなかったしね」
「…子供じゃねえよ」
恥ずかしいんだよなあ…。…、でもまあ、今日くらい彼女の顔を立ててやるか。
「家の場所はわかんの?」
「ああ、もちろん。だてに洞窟で採掘職をしてないよ」
「なら、お願いするよ」
俺はナーサに家の鍵を渡し、その背中におぶさって瞼を閉じた。すると急に疲れが出てきたのか、ガクッと意識がうやむやになる。
(この感じ…懐かしいな)
俺が今の俺として、この世界で目覚めた時。洞窟の中で動けない俺をおぶって家まで運んでくれたっけ。その時に感じた温もりと今感じている温もりは、同じだった。
そうして、いつの間にか俺は夢に堕ちていた。
---
「寝ちまった、な」
「ああ、よっぽど疲れたんだろうね。今は休ませてあげようか」
幸せそうな寝顔を見て、ナーサは頬を綻ばす。
「この子が自分の命をかけてまで、この世界に戻ろうとした。その訳がこの子の妹を見てわかる気がしたよ」
「…俺も、今なら分かる」
確実でもないわずかな望みに賭けて、心と体をすり減らし、ようやく叶った願い。今、彼女は幸せなのだろう。
「自慢の娘だよ」
「ああ、だな」
ナーサが歩く度に揺れるティアーシャの髪をルントがそっと撫でる。
既に夕日は沈み、空は橙色から深い紺色に染まりつつある。薄暗くも明るい夕方の道のりを、二人と一人は進んでいくのであった。