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第70話 ティアーシャの願い

暗い

あ、違うな。そもそも()()というものその物が存在しない

ふわふわと何も考えずに、ただその空間を浮かんでいる俺

…あれは。

そんな中、唯一光り輝く一閃の光を目にした。

…ふっ

なんとなく、笑いが込み上げてきた。

「行こう…いや、戻ろう」



---



「…カっソウカ…っ」

「う…ん、、?」

海の底から引っ張られて浮上するような感覚。

目を開けるとそこにはアイビーがいた。

「あっ…つぅ…」

立ち上がろうした所でズキリと全身に痛みが駆け巡る。

…そうだ、思い出した。私は無理矢理神石に触れて…。

「うっ…あっ…ああああああああぁぁぁっ!!??」

悲鳴が聞こえる。

「貴様!!何をしたっ!?がああっ!?」

その悲鳴の持ち主は、神石を握り締めたまま、四肢の先から徐々に灰になりつつある己の体を見て悲鳴を上げた。

「くそがっっ!!!」

男は悪態を着いて、再び神石をこちらに向けて攻撃を放とうとする。

が、先程までのように神石を媒体とした魔法が放たれることはなく、むしろ男の灰化が加速した。

「馬鹿っなぁぁ!?」

その痛みに恐怖を露わにする男。

「神石にああなるように願ったの?」

アイビーが怪我をした場所に治癒魔法を掛けながら耳打ちを挟んできた。

「…ううん」

私は首を振った。

「もっといい事を願ったわ」



カツン。




悶えるスディの声以外の音がどこからともなく発せられる。

「魔力を大した量持っていないやつが許容量以上の魔力を、無理やり引き出すからそうなるんだ。魔力だけでなく、己の生命エネルギーまでも魔力に変換した当然の報いだ」

「…え」

スカーナが思わず声を上げた。

その声の持ち主は、長い紫色の髪の毛をたなびかせ、鋭い目付きでスディのことを睨みつけた。

「解説者さん…?」

いや、違う。

容姿は確かに似ているが、完全に一致という訳では無い。片眼鏡を付けていたり、服が完全な別物だったりと違うところは多く見受けられる。

「私の名は、()()()()()()()ソウカの願いを叶えるためにここに召喚された」

彼女…アダマスと目が合う。向こうが少し頷いたのを見て、私も頷き返す。

「ソウカの願い、叶えよう」

アダマスが、両手を水平に、大きく開く。

すると彼女を中心に柔らかな、紫色の光が巻き起こる。その光は、やがて一つの塊になり目を瞑るティアの胸元に吸い込まれていく。

「これで大丈夫だ。しばらくすれば自然に蘇生されるだろう」

アダマスは口端に、柔らかな微笑みを浮かべた。

「…さて、スディとやら。お前にはその石の力は強すぎたようだな」

ゆっくりと、優雅に。コツコツと足音を立てながら灰になりつつあるスディに近寄る。

「ち、近寄るんじゃねえ!!俺は!!俺にはこいつが!!」

「見苦しい、口を慎め」

「んっぐ!?」

アダマスが彼に向かって手をかざす。

それ以降、スディは苦しそうにしながらも声を出すことは無かった。

「神石はヒトを選ぶ。一方的に己の思想を押し付け、欲望のままに大した努力もせず向かう者にその石の力を使う権利はない」

アダマスが手をかざす。するとスディが握り締めていた神石は宙を舞い、彼女の手の中に収まった。

「まあ、機会があればまた転生させてやらないことも無い。それまではゆっくりと、死の世界を彷徨うんだな」

パチリ。彼女が指を鳴らすと、灰のように崩れていたスディの体は一気に崩壊し、跡形もなく塵となって辺りに散っていった。

「行いを悔いれば”生命監督機関”の私が何とかしてやらんこととないしな」

彼女は氷のように冷たく、薔薇の棘のように鋭い視線を灰が舞う地面に向けていた。

「さて、まだやることがあるのでな。…少し急ごうか」

アダマスはゆっくりとこちらに歩み寄り、私と横たわっているティアの額に指を当てた。

「っっ…」

まるで、脳を吸い取られているような。そんな感覚。決して痛い訳ではなく、こそばゆいというか、少し気持ち悪いというか。

まるでその指に飲み込まれるようにして、とろりと意識が吸い取られてしまった。


---


「…カ、ウカ…」

「…ん、んん…」

ぼやける視界いっぱいに銀が揺れる。

徐々に鮮明になっていく意識を呼び覚まし、目を擦ってぼやけを取る。

「大丈夫か?ソウカ」

「…テ、ティア…?」

思わず瞬きをして、二度見した。長い、雪のように美しい白銀の髪、真紅色の瞳、口端から見え隠れする犬歯。…ああ、本物だ。

「…ごめん。心配かけたな」

「…」

私はおもむろに起き上がり、ティアの方を向き直る。

「ほんとにっ…心配かける癖、治しなさいよっ」

ぎゅっと、彼女に抱擁する。普段のティアなら抵抗してくるはずなのだが、今のティアは優しそうな笑みを浮かべてやんわりと抱き返してくれた。

「バカっ…ほんとにバカよっ!ほんとに心配したんだから…っ」

彼女の温もりを感じた瞬間、今まで抑えていた感情が爆発した。悲しみ、怒り、絶望。そんな負の感情が一気にとき解され、目から雫となって流れ落ちた。

「ごめんな」

止まらない嗚咽を零す私の背中を、ゆっくりとさすってくれる。

「そして、ありがとう」

暖かい。おかしいな、吸血鬼に体温は無いはずなのに。

…嗚呼、そうか。これは体の暖かさじゃないんだ。胸の内が、心が暖かいんだ。

「仲つづましくて結構。そろそろ感動の再会十分かな?」

コツコツ、と赤色のカーペットが敷いてある階段を降りゆく音が耳に入ってきた。

「お、アダマス。久しぶり」

ティアが何とも友達の様に話しかけるもんだから、アダマスはバツが悪そうな顔をして苦笑を浮かべていた。

「一応私は神なんだがな。まあいい。変に崇拝されるよりもそっちの方が楽だ」

彼女が階段を降りきると、そのまま椅子に腰掛けテーブルに肘をついてこちらを見据えた。

「まさか神石の力で私を召喚するとは、全くもって予想していなかった。あっぱれあっぱれ」

「…私の願いを叶えるためには、ああするしかないと思ったから」

触れる、ティアの手を握った。ティアはそんな私の顔を見て少し微笑んでから手を握り返してきてくれた。

「まあ、いい。別に私の休憩時間の内の数分が潰れただけだから特になにを言うつもりもない」

別に気にしなくていい、と鋭い眼光を向けながら彼女は片眼鏡をクイッと上げた。

「さて、ティアーシャ。お前の願いを聞こう。何が望みだ?」

「え?…でも俺は神石に触れてなんか」

「ああー、もう。あれは触れているようなものだろう、まどろっこしい。こちらがせっかくその気になったのだから、何も言わずに願いだけ言えばいいのだ」

アダマスは不機嫌そうに卓上の羽根ペンを手に持って何かを羊用紙のようなものに書き始めた。

一方、ティアーシャは顎に手を当てて何やら考え込んでいる様子だった。

「ティア?何を迷ってるの?…妹さんに会いに行くのが目的だったんじゃ…」

「…ああ。けど、俺だけ行ってもソウカ、スカーナ、アイビーは…」

彼女の目からは、迷いの念が取れて見えた。本当は今すぐ妹さんの元へ行きたい。けれど、私達の存在がそれを邪魔しているのだ。

「私達のことはいい、早く妹さんのところに」

私がそう言うと、彼女はゆっくりと首を振った。

「約束したじゃねえか。一緒に、俺の世界に来るって」

ティアはおもむろに立ち上がり、そしておもむろにアダマスに向き直った。

「アダマス、俺の願いは…ッ」



---




ここは?

いつの間にか、ぼんやりと見知らぬ天井を見上げていた。

寝ていたのか、気絶でもしていたのか。自分でも分からない。

「…んっ、くっ」

とりあえず起きて顔でも洗おうと、体を上げようとするも思うように体が動かなかった。

視線で手元を確認すると結束バンドで手首を近くの金属の棒に括り付けられていて動こうにも動けない状態だった。

「お、起きた起きた。意外と早かったねえ」

「っ!?」

聞きなれない声が、耳に入る。

声の元に顔を向けると、そこには深く黒い帽子を被った高身長な男が立っていた。その帽子のせいで上手く顔は見えない。

その姿を見た時、私は今なぜここにいるかの経緯を思い出した。

「警察の人、じゃあなさそうね…。何をするつもり?」

「なにを、ねえ。何かなあ?」

男は不気味にも舌なめずりをし、どこからか小さな果物ナイフを取り出した。その刃物の輝きを目にした時、胸の内のどこかがドキンと脈打った。

「っ…それで私を殺そうっていうの?」

殺されそうなのかもしれないのに、私は至って冷静だった。理由は…分からない。

「殺しはしないよ?だって…俺の実妹だもの」

「えっ」

一瞬、彼か何を言っているのか理解が出来なかった。しかし、その黒い帽子を脱ぎ捨てた途端、今まで細切れになっていた物事がパズルの様にはまっていった。

「…うそ、でしょ」

「俺の大事な、楓」

彼の名は、新橋トオル。

お兄ちゃんを手にかけた、私の実兄だ。



そうか、全てが繋がった。


ずっと私の心の奥底に眠っていた記憶。




私の旧姓は『新橋』




私の両親は、私が小さい頃に離婚をした。その時、母側に着いたのが私。父側に着いたのがこの新橋トオル。そしてお母さんは『荒幡ススム(お兄ちゃん)』のお父さんと再婚をしたのだ。

どうして、気が付かなかったのだろう。

いや、気づいていたのかもしれない。けど、心のどこかでそれを思い出すまいと拒絶し、その記憶の蓋を開けようとしていなかっただけなのかもしれない。


「久しぶりだよねえ。何?ハグでもする?」

「近寄るな!!!」

私は声を荒らげた。焦りを顔に出さまいとしているが、どうにも抑えられそうにない。

「おーおー、怖い怖い。でも、いいのかな?この娘のことは気にしなくて」

「…っ!まさか!」

男は扉を開け、その外からだらんと力の抜けた雪を引きずり入れた。

「雪!!」

その体にはいくつも痣が出来ていて、何度も繰り返し殴られていた事が分かる。

「なんて…事を!!!」

今すぐにも、そのニヤけた顔面をぶん殴りたい。何とかして結束バンドを解こうとするが金属棒がガチャガチャと揺れるだけで一向に拘束が解けそうな気配は無い。

「この娘を殺したら、どうなるかなあ?壊れちゃうかなあ?ねえ、楓」

「そんな!!ことが許されるわけ!!」

この男は、特殊だ。

幼い頃からずっと、誰かが苦しむのを見ることに異常な執着を見せていた。…その為だけに、殺人だなんて…。

いや、違う。

殺す相手が苦しむの見るのが目的なんじゃない。この男の目的は…。

「ほら、もっと苦しんでよ。楓」






私だ。

ただ、私を苦しませたいがだけに。

ただ、己の快楽の為だけに。

お兄ちゃんを、お母さんを、そして今、雪を。

その手にかけようとしている。





「うっ…がァァァァっ!!!!」


とても、正気なんて抑えられなかった。

目からは涙が流れ、喉の奥からは、血が流れ出た。

全身をもみくちゃに動かして、暴れても私を拘束するこの鉄棒は無慈悲にもゆっくりと揺れていた。

「いいねえ、いいねえ。こういうのが見たかったんだ」

「雪を離せ!!!!!」

男は足元に果物ナイフを置き、ぐったりと意識のない雪の首を両手で覆った。

「でもお兄ちゃんは、楓がもっと壊れてぐちゃぐちゃになるところ、見たいな」

「やめっ…やめてぇぇ!!!!」

首を掴まれた雪の体が宙を浮いた。

苦しそうな声を上げる雪が、うっすらとした瞳でこちらを見た。

「雪!!!雪!!!!!」

彼女はこちらを見て、ほんの少しだけ微笑んだ後

「…あ、りがと。おねえちゃ、ん」

と言い、ガクンとその小さな体から力が抜けた。

「あ、ああ…」

頭の中が、真っ白に染まっていく。

何も、守れない自分がとても惨めで、哀れで、悔しかった。

初めて、殺意。という感情が私の中に生まれた。

正義感からの殺意をとうに超え、復讐心から来る殺意というものがふつふつと湧き上がってくるのを実感した。

「いいよいいよ、その顔その顔。その顔が見たかったんだ」

地面に力無く倒れる雪の体をボスンと蹴りあげられる。

「…ぐっがっあぁぁぁっ」

喉の奥から、苦悶に満ちた獣の呻き声に良く似た声が溢れた。こんな拘束引きちぎって、あの男の喉笛を噛みちぎりたい。今まで無念に殺された皆の分の恨みをこの場で晴らしてやりたい。

「あと三日くらいしてから、ゆっくり楽しもうね」

ゾッと男の手が私の顔を撫で、顎を持ち上げる。あ、ああ…。まさか。

男の顔が、口がゆっくりと近づいてくる。



嫌だ。


こんなこと、されるくらいならいっそ殺された方がましだ。


私が、私なんていなければ。皆死ぬことなんてなかった。殺されることなんてなかった。


私は、私は、存在しちゃいけなかったの?


幸せに、人生を過ごす権利は無いの?


「たす、けて…お兄い、ちゃん」


何故、お兄ちゃんに助けを求めたのだろう。

とっくに死んでいるのに。

いや、心のどこかで期待していたのかもしれない。

いつかひょっこり何事も無かったかのように帰ってきて、また一緒に暮らすのだと。





…刹那。







「…助けに来たよ」



そんな声が聞こえた気がした。

幻聴?



いや…違う。




カアッと部屋一面が暖かな紫色の光で包まれる。男も異変に気がついて私から離れ部屋の中を確認する。



「なっ…あっ」



男は絶句した。

声にもならない声を上げていた。


動かなくなった雪が床に手を当ててゆっくりと起き上がる。

そして部屋を充満するその光を体にまとわせ、その光の中から、一歩踏み出す。



「助けに来たよ。楓」



雪のように美しく長い白銀の髪の毛が揺れた。深紅色と瑠璃色の目が優しくこちらを見つめる。


会ったこと、ないのに。初めて、会うのに。

私はどうして涙を流しているのだろう。


そして一言、私は零した。



「…久しぶり。お兄ちゃん」



その言葉を聞いて、()()は満足気な表情を浮かべて



「おう」



とだけ返した。

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