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第68話 吸血鬼、もう一人

「な…」

唖然として、この場にいる皆が固まってしまった。

『来ないなら、こっちから行かせて貰おうか』

パチモンティアーシャは空いている左手をこちらに向け、不敵な笑みを浮かべた。

そして、その構えた手のひらから放たれる、灼熱の炎の渦。

「ちっ、くそっ」

俺は前に出て、『水砲』を放つ。空中でぶつかりあったそれらは触れ合ったと同時に蒸発し、水蒸気となって空に舞った。

「三人とも、他の奴らの相手を頼む」

「え、ええ」

「俺は()と戦ってくる」

地面を蹴って一直線に()に突っ込む。振りかざされた短剣を、体を捻って躱し、さらに距離を詰める。今度はこちらから、すくい上げる様にして剣を振るう。すると()は軽く顔を上げてあっさりと避けてしまった。

「胴がガラ空きだぜっ」

その隙をついて左足を振り上げて蹴りつける。

「くっ」

しかしその足は左手であっさりと掴まれ、防がれてしまう。

『俺はお前で、お前は俺だ。お前のやろうとしてることなんて全部分かってるんだよ』

「そうかよっ!」

『おっと』

体を回し、その回転力で右足を動かし蹴りを放つ。蹴り自体はバックステップで躱されてしまったが、掴まれていた左足が解放されたので良しとしよう。

「らっ!」

こちらも体勢を整えるべく、『風刃』を放って牽制する。

『当たるわけないだろ!』

バサァっと音を立て、()は翼を広げて宙に舞い上がる。それに向かって何度か風刃を放つも空中での機動力の高さからいとも簡単に避けられてしまう。

「『風陣』っ」

ならば、範囲攻撃でどうだろう。竜巻を起こして、()の元にそれを向ける。

『蛇の道は蛇って知ってるか?意味ないっつの!』

目にも止まらぬ速さで後ろに回り込まれ、襟首を鷲掴みにされる。鋭い爪が肌にくい込み、血が滴る。

「『『業火』』」

ここに来て、全く同じ魔法を、これっぽっちも変わらぬタイミングで放つ。

それぞれを中心に大きな火柱が上がり、お互いの肉を火が炙っていく。

「ぐぅっあああっ」

『温いんだよ!こんな炎』

火力が更に上がる。しかし俺はこれ以上火力を上げれば再び魔力切れで動けなくなってしまうだろう。

「離せっ」

なんとか首を絞める手を振りほどき、身を投げるようにして距離を取る。

『互角とは言え、もうバテてんじゃねえか』

「…はあ…はあ…」

膝を着いて息を整える。力の残り具合的にもこのままだと向こうに軍杯が上がりそうだ。セーブしつつ、全力で。その加減はかなりの難易度を誇るのである。

「はっ!」

地を蹴って肉弾戦に持ち込む。短剣同士がぶつかり合い、火花を放つ。

そのまま手首を捻って相手の剣の力を流し、横に一なぎ。切り付ける。

『ぐっ…』

間髪入れずに左手から風刃を放ち、更に剣を突き立てる。

「なっ」

しかし風刃を全身で受け止められ、同時に剣の斬撃を完全に防ぎ切られてしまう。

『便利便利、こんな傷でもすぐに治っちまうんだもん。これは吸血鬼様々だな』

ブラウスの上からじんわりと滲む血を、手ですくって口元に運ぶ。血まみれの犬歯を突き出した、満面の笑みから放たれるその殺気に俺は思わず固唾を飲んだ。

「こうなったら…」

『お?なんか奥の手でも隠してたのか?』

(テンシア、力を借りるぞ?)

『うん、大丈夫だよ』

俺の魂とテンシアの魂の魔力の回路が繋ぎ合わさる。全身から翠色の魔力が溢れ、力もみなぎってくる。

『五分持てばいい所でしょう。その間に決着をつけるしかないですね…。私も協力しましょう』

と、解析者。

()()()が、テンシアや解析者を自分の魂の中に住まわせているかは分からない。しかし、同じことをしてこないあたり、おそらく奴はこの二人の魂を持っていないと見ていいだろう。

「行くぜっ」

己の背後に風魔法を爆発させ、その風に乗って翼を広げて滑空するような形で一気に距離を詰める。

『なっ!?くそっ』

()は悪態を着きながら、身を捩って俺の攻撃を躱した。しかし、バランスを崩したようでかなり大きな隙が生まれた。

「ぐっうぅぅ」

体を無理矢理捻らせ、推進力の働く方向を変える。ミシミシと体が音を立てる。…着いてきてくれ…体っ。

俺は強化された風刃を放ちつつ、()の周りを海の魚に集る鳥の様に、剣で切り裂き続けた。

『くそがっ!【業火】』

「【水龍】!!」

【業火】に飲み込まれる直前で水属性上級魔法【水龍】を発動。自分を包み込む水の柱が炎の柱とぶつかり合う。

『ぬっぐうううっ』

「さっきまでの余裕はどうしたよ!!あぁん!?」

【水龍】で炎をかき消しながら、炎の中に腕を突っ込んで風の魔力を固めたものを発射する。

『がはっ!?』

「おっと、逃げられると思うなよ??」

風の魔力弾を至近距離で直撃し、後ろにすっ飛んでいくと思いきや、風の魔力弾から発生した強烈な風が()の事を包み込み動きを固定する。

「あと、ちょっとだ!テンシア!」

左手の指を鳴らす。刹那、風の魔力弾は膨張を初め、やがて炎の柱をも飲み込み巨大な火を巻き込んだ風の塊となった。

『うっぐおあぁぁぁぁぁっっ!?』

「そのまま、焼けて塵になりやがれ!!」

風を固めて、巨大な槍を作り出す。

「これで、終わりだァァッ」

炎の塊の中に向かって、風の槍を突き刺す。ずぶり、と確かな手応えを感じ、俺は槍から手を離す。

「ッ…ハアッ…ハアッ」

その瞬間、体をとてつもない疲労感と倦怠感が襲う。なんとか膝を立てて息を整える。

「どうにも…こうにも、自分を手にかけるってのはいい気分じゃあないな」

『…』

「…あ?」

何か、声が聞こえた気がする。しかし、その一瞬の隙をついてもう一人の()が炎と風の渦の中から飛び出してきた。

『ティアーシャァァァ!!』

「がっ!?」

服もボロボロで、血に染まり、火傷を体のあちこちに負っているにも関わらず、俺に飛びかかってきて床に押し倒される。

『お前の!お前の血を寄越せ!!』

「うっぐう!?」

両手を頭上で鷲掴みにされ、首筋に長く鋭い牙が突き刺さる。

「がっ…ああっ」

『染みる…染みる!!お前の俺の傷を癒してくれる!!』

全身から血の気が引いていく。けれど体は熱いまま、火照りが止まない。それはなぜか?

「ううっ…ぐううっ」

『へへっ、抵抗する力も入らないだろ?』

吸血鬼同士の吸血には、吸血されている側に急性の魅力状態を陥らせる効果がある。いわゆる、媚薬のような成分が分泌されていくのだ。

「はなっ…せっ」

血が吸われている影響で、視界の全体が薄い青色に染まり始める。焦点が合わなくなり、ガクガクと全身が震え始める。

『だんだん雌の顔になってきやがって…。大丈夫、すぐに終わらしてやるよ』

このまま無抵抗のまま、血を吸われ続ければ俺に生存できる確証はない。

「あっ…ぐ…」

『そのまま、痛みを味わうことなく死にな。その方が楽だろ?』

世界が二重にゆがみ始める。呼吸しているのか、していなのか。自分でも分からない。

(…飛ぶっ)

ここで意識を飛ばしたら、もう戻ってこられないだろう。

暗くなっていく視界の中にある、光に向かって手を伸ばす。

「私だって…ティアーシャの内の一人なんですからね?」

その瞬間、俺ともう一人の俺の間に薄紫色の光が集まり、解析者が実体化をする。

『なっ…!?』

思わず牙を離した隙を見て、解析者が彼女の顎にアッパーを叩き込む。

「タイムリミット…です。後は、頼みますよ?」

解析者の実体化が崩れ、光の粒となって消えていく。しかし、解析者の稼いでくれたこの時間と隙があれば。俺はこいつに勝てる。

もう一人の俺の姿をしっかりと捉え、目と鼻の先にある首筋に己の牙を突き立てる。

『なっなぁっ!?』

「血ィ、返してもらおうか」

俺が吸血を始めたことによって、今度はもう一人の俺の体の力がぐったりと抜ける。その隙を見て、片手で数本の己の髪を抜き、魔力を通してロープに変換して彼女の腕と足をきつく縛る。

『なっ…離せっ!!このっ!!』

「お前が、本当の俺なのか。それとも作り出された偽物の俺なのか。ハッキリとは知らないが…これで、眠っててくれ」

俺は指鉄砲の形をつくり、彼女の喉笛に人差し指をあてがう。そして一息に。

「【雷電】」

『がっあぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!???』

彼女を気絶させた。



---




少し、ほんの数秒だけ意識が飛んでいたのかもしれない。それともボーッとしていただけなのかもしれない。

「…あっ」

そんな夢心地な俺を完全に覚醒させたのは、部屋の中心にある、何も無かった杯の上に現れた黄金色に輝く石だった。

「…これが、神石…」

その美しさに、少し離れた場所から見惚れていた。他の、モンスターと戦ってた他三人もその輝きを感じ、神石をポカンと眺めていた。

「…やったわね!ティア!」

ソウカが戦いながら、尻目にそう言った。

大きな声を出すほどの体力が無かった俺は高々のサムズアップを掲げ、腕で地面を押して立ち上がった。

ふらつきながらも、ゆっくりと神石の方向に歩み寄る。

これが、あれば。楓に会いに行ける。

そんな願望が頭の中をぐるぐると回っていた。




そして、ついに、その石に向かって手を伸ばす。








「……ぁ…?」









けれど、その腕は神石に届く前に動きを止めてしまった。

ズン、と深い衝撃が胸元に響き渡った。

あと少しで届くのに、体がピタリと動かなくなってしまう。

なぜ、どうして。



俺は、自分の体に目をやった。



「………は……?」



まるで、時が止まったかのようだった。

胸から生える、一本の鋭い短剣。そしてその先から滴る己の血液。



「な……な……」




ゆっくりと、後ろを振り返る。

すると眼中に写ったのは、誰でもない、欲望に染まりきった狂気の笑顔を浮かべている()がいた。




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