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第66話 攻略開始

「っ…」

ゲートをくぐって、真っ白だった視界がゆっくりと晴れていく。

「…」

晴れた視界の先にあるのは、薄暗く気味の悪い石造りの遺跡。所々に蒼炎が揺らぐ松明がかけられていて、ある程度の明かりは確保されていた。

「大丈夫か?」

「え、えぇ。大丈夫」

俺はすぐさま腰を落として座り込んでしまっているアイビーに手を差し出した。「大丈夫大丈夫」と、ひらひら手を振って彼女は起き上がる。

「全員無事か?」

「私は大丈夫」「私も大丈夫ですよ」

どうやらアイビーはただ単に尻もちをついただけのようだ。…紛らわしい。

「それじゃあ、解析者」

「了解です」

俺がその名を呼ぶと、ホログラムのように解析者の体が投影される。

「っ!?」「っ」「ひぇっ!?」

もちろん三人ともド肝を抜かれたような顔をしている。そりゃそうだわ。

「皆さん初めまして。ティアーシャの魂の中で彼女のサポートをしています。解析者と申します」

薄紫色の髪の毛を揺らしながら、()()はお辞儀をする。

「ふぁ…信じてなかった訳じゃないけど、さすがに驚くわ」

「それはどうも」

「反応冷たくない…?」

解析者はソウカを軽くいなした後、その場に膝を着いて右手を地面に、左手をこめかみに当てて早速解析を始める。

「…解析進行状況報告、30%--53%--76%--94%--100%。解析完了しました。解析したデータはティアーシャの脳内に転送します。…ティアーシャ、こちらへ」

「ん」

解析者が手を招く方に足を運び、()()に向かって正面に立つ。

()()は一度、俺と視線を合わせた後に右手の人差し指と中指で俺の額にそっと触れる。

「データ転送開始--」

そう解析者が呟くと、俺の頭の中に()()の解析した膨大な量のデータが転送されてくる。

「基本的には視界とリンクさせているので魔眼を使わずともトラップなどの有無は分かると思います。…ただし通常のダンジョンと訳が違いますからくれぐれも過信には気をつけてください」

「わかった」

「では、私はこれで。皆さんも、頑張って下さい」

再びぺこりとお辞儀をすると、解析者は薄紫色の光に包まれ俺の中に吸い込まれるようにして消えていった。

「…結構サバサバなのね」

深く深呼吸を着いた後、アイビーが零した。

「いや、普段は色々弄ってきたりユーモアもあるんだけど…緊張してるのか、真剣なのか。そこん所があんまり読めな『真剣なんですよ』真剣らしいですぅ」

ものすごい勢いで訂正してきやがった。どんだけ緊張してると思われたくなかったんだよ…。

「とりあえずこれで周辺のトラップとかは分かるようになったはず」

続く石造りの道に目を向ける。すると先程までは見えなかった黄色い光が灯っている場所が数カ所存在した。

「…」

俺は一番近くのそれの傍まで歩み寄り、手頃な小石をそこへ向かって放り投げる。

小石がその光の元へ転がった。それと同時に、その小石を中心とする数メートルの地面が消滅し小石は生まれたその穴に静かに飲み込まれていった。

「…これはトラップの規模が違うぞ」

解析者がいなかったら詰んでいたんじゃないか?仮にうっかりでも踏んでしまったら詰み確定だろう。それぞれの身体能力でカバーすることは出来るだろうが、それでも一発即死系トラップでもあれば助かることは出来ないかもしれない。

「…これは、かなり」

それを見ていた三人も、顔が引きつっている。

「一応『神石のあるダンジョン』って噂されてた場所にもトラップはあったけど、どれもこれ程では無かったわ…」

そういえば神石があるって言われている洞窟があったらしいな。ソウカは何回か潜ったことがあるみたいだけど、結局そっちはパチモンってことか。

「そのパチモンの洞窟でも最後まで到達した奴はいないんだろ?…そしたらこのダンジョン、相当やばいかもしれねえなあ」

「簡単、ではないでしょうね」

ソウカは肩を竦めてやれやれとため息をついた。

「解析者、解析したデータを三人にも共有できないか?さすがに一回一回指差し確認するのは骨が折れる」

『そうですね。全員でデータを共有出来るようにします。皆さんの額に触れてください』

俺は一度周囲のトラップの有無を確認して、一人一人の額に触れていく。

『これで大丈夫でしょう』

「この黄色に光ってるのがトラップ?」

早速、少し離れた所にある黄色い光を指さすソウカ。

「まあ、そんなもんかな。トラップというよりかは、()()()って言った方が良いかも。とりあえずはそれに近寄らないようにしておいて」

「わかった」

他二人もしっかりと見えているようだ。いやはや、ほんとに解析者様様ですわ。

「それじゃ、行こうか?」

「ん」

ソウカが前に立ち、俺が後ろに立つ。そして俺達に挟まれるような形でアイビーとスカーナが間に立つ。

「攻略、開始っ」

「「「おー!」」」

そうして俺達は石造りのダンジョンを進んで行くのだった。



---



数多のトラップや仕掛けを回避しつつ進むこと数十分後…。

「こりゃあ…」

「あからさまねえ」

石造りの道を塞ぐような形で、高さ十メートル程はあろう鉄の扉がそびえ立っていた。

『この先に、強い反応がありますね。おそらく、あなたの前の世界での言葉を使うならば()()()的存在となるでしょう』

「中ボス、ねぇ…」

実はここに来る途中の道も、相当に過酷だったのだ。突然抜ける床、降ってくる光の矢、転がる巨大な鉄球。いずれにせよ、解析者の力が無ければ厳しかったであろう。いやはや、ほんとに解析者様々である。どれだけ能力の優れている冒険者であろうと一発即死系トラップにかかればそこでおじゃんだからな。

そんな死の危険と隣合わせの、このダンジョンでの中ボスは相当危ない気がする。嫌な予感しかしないのだが。

「解析者」

『生命反応は確認できませんね。…推測ですが、ゴーレムなどの非生命体のようなものかと』

「うえ…」

これまた面倒くさいやつを…。槌やメイスのような物を使える奴がいれば楽なんだが、生憎そんな都合のいい物を持っている人はいない。

…ナーサが大剣ぶん回したらゴーレムの一体や二体ぶっ飛んでいきそう、いやぶっ飛んでいくんだけどな。

「とりあえず、行くしかないか」

面々と顔を合わせ、お互いの顔を見ながら頷き合う。三人とも準備万端のようである。

「…ぬぐ…っ」

巨大な鉄扉に手をかける。

しかし、その扉は俺の加える力に従う事無く一切動かなかった。

「くそっ…あかっねえぞっ!?」

俺が奮闘する中。

『それ引き戸ですよ…?』

脳内に冷ややかな解析者の声が。

「…は」

まさかな?まあ引き戸だったにしろ、それなりに力は必要だろうし。ウォーミングアップよウォーミングアップ。

いとも簡単に開いた。

「…一人漫才でもやってるの?」

「辛辣!!」

頭を抱え、呆れるアイビー。

お前ら押し戸と引き戸を間違えたくらいでなぁ。

「ま、まあ開いたしいいじゃないですか。間違えは誰にでもありますし」

やめてくれスカーナ。…その良心は傷口に塩を塗り込んでいるのと同様なんだよ。

「バカが出たわね」

うん、むしろそれくらいストレートに言ってくれた方がいい。

タスカリマシタ、ソウカさん。

「さっさと行くぞ!!」

火照る顔をそっぽに向け、俺は引き開けた鉄扉の方に三人を手招きする。

「…解析者、中の解析を」

『ぷっ…わ、分かってますよ』

「お前までェ!」

『ちゃんと解析しますから、安心してください』

嘲笑を浮かべつつ、解析者が解析を行ってくれる。いや、ほんとに、解析者じゃなかったら顔面グーパンしてた。

『このエリア付近の解析を行いました。やはりゴーレムのような物に近いですね。それも五メートルほどある巨大なタイプのようです』

「…対処法は?」

『やはり打撃攻撃などでバラバラにしてしまうのが一番なのでしょうが、それが出来ないのであれば魔法で動きを止める。またはゴーレムのコアを直接叩く、などがいいでしょうか』

「ゴーレムの、コア?」

『ええ、ゴーレムはその体に魔力を通されることで初めて行動が可能となります。長期的に活動するためにはその心臓部となるコアが必要となります。つまりそこを叩けば』

「ゴーレムは倒せる、と」

『ええ』

「…」

俺の短剣でそのコアまで刃は届くのだろうか。そうなれば特にソウカやアイビーの協力は欠かせないかもしれない。

「…行くぞ」

満を持して、扉を引く。

金属が高く耳障りな音を立て、ゆっくりとその道を開ける。

「…木?」

いきなりゴーレムが突進してくるのかと思ったが、そんなことは無かった。それどころか、ドアの向こうにはゴーレムらしき姿すらない。

円柱状のいやに高さ之ある謎の部屋にあるのはただ一つ。部屋の中央部に位置に生えるような形である巨大な大樹。

葉は生えておらず、枯れたような枝が天井に向かって伸びていた。そしてその太い幹は5人がかりで輪を組ん手を繋いでも届かない位に太い人面の木。ウィ〇ピー〇〇ズかよ。

「木、ですか」

「木、ね」

「人面木なんてあるんだな」

俺が一歩、部屋に足を踏み込む。

するとガキン、と何かがハマるような音がした後地面が震え始めた。

「う、おっ!?」

だんだん揺れは強くなり、やがて地面が隆起を始める。

隆起した部分から次々に飛び出てくる木の幹…いや、根か。極太の木の根が飛び出してくる。

「くっ!?」

服を突き破らせ、背中から翼をはやす。地面をけって翼を畝らせ、宙を飛ぶ。

そのまま体を捻って後続して来ていた三人の体を抱えて、根の届かないところまで浮き上がる。

「ぐぅっ」

「ちょっと!大丈夫!?」

さすがに三人抱えたまま飛び続けるのは負荷が大きい。

「ティア!壁の傍に寄りなさい!」

「分かった!」

ソウカが指指す壁によろよろとふらつきながら何とかたどり着く。

「ちょっと重くなるわよ!」

刹那、腕が引きちぎれるかのような負荷がかかる。

「ぐぁっ!?」

思わずそれに引っ張られ、あわや地面に叩きつけられる所で落下はピタリと止まった。

「間に合った間に合った」

「…っ…あぁ、ソウカか」

アイビーとスカーナを抱える俺のシャツの襟を咥え、壁に張り付いているのは蛇化したソウカだった。

「よっと、これならしばらく持つわよ」

俺達はソウカの胴体に腰掛け、根っこがのたうち回る下の様子を眺めていた。

「ソウカがいなかったら結構キツかったかもな…。助かったわ」

「そりゃどうも」

シャーと喉を鳴らすソウカ。

「…こうして見ると蛇が言葉を喋ってるのって結構奇妙ね」

「そもそも獣人以外のこういうちゃんとした形をした生物が言葉を喋ることなんてそうそうありませんからね」

アイビーが苦笑いを浮かべる。

「さて、じゃあこいつをどうするかね」

俺は下で未だ尚、根っこを畝らせている人面木に指を向けた。

「あれってゴーレムなんですか?」

スカーナが首を傾げつつ、問うてきた。

「ああ、そうらしい。だから体内にあるはずのコアを壊さないと、倒せないかもしれない」

しかし、今度は木である。岩は砕くことが出来たが、木となると歯は通りにくい。

「…はっ」

試しに手のひらから火球を放ち、燃やそうと試みるがそれは木の幹の表面を軽く焦がした程度で大した損傷には至らなかった。

「ちょっと、魔力使って大丈夫なの?」

アイビーに肩を掴まれる。

「これくらいなら秒で回復するから大丈夫だよ。…ただ、上位の火属性魔法を使うとなれば今度こそ動けなくなるだろうから…別の手を考えないとな」

「ちょっと私も試してみるわ」

そう言ってアイビーは立ち上がり、背中の矢筒から矢を一本取り出し弓に当てがう。

「…っ」

左手で弓の弧を抑え、右手で矢の羽を持って引き頬に当てて固定する。

点火(ジャモア)

彼女が呟くとどこからが火の帯が現れ、矢の羽以外の場所を包み込んだ。

「はっ」

渦を巻くようにして矢にまとわりつく火ごと、弦を離して解き放つ。絞られていた弦が矢を突き出す。

空を切り、木の幹に突き刺さる弓矢。そしてその矢を火種とし、徐々に徐々に広がり始める。

-グォォォォッ!!!

ゴーレムの鳴き声、なのだろうか。空洞音に近い悲鳴を上げながらゴーレムは数多の根を振り回し、火をもみ消そうとする。

「あぁっ消えるっ」

「いや、消させねぇ!」

俺は翼を開き、ソウカの体の上から飛び立つ。

「ソウカ!二人を包んでおいてくれ!」

「つ、包む?」

「ああ、()()させんなよ」

その皮肉を聞いて彼女は理解したようで、とぐろを巻くようにして二人を包み込む。

「…さて」

俺は暴れるゴーレムの真上で懐から一本の瓶を取り出す。

少し濁った、黄褐色の液体が瓶の中で揺れた。そう、これは。

「…フライドポテトにしてやんよ」

油である。

街で装備を整えている時に偶然目に止まったから買ってしまったのだ。いやはや、瓶に入った油とか、『シーザーッ!!!!!』って言いながら投げつけてやるのが夢だったんだよ。

「さて、と」

俺は蓋となっているコルク栓を抜き、()()にその瓶を放った。

「【風陣】」

そして風中級魔法を展開。

鋭い風が吹き荒れ、瓶を粉々に砕き中の油が飛散される。…決して某最終流法じゃないもん。

霧上になった油はゴーレムの全身に降りかかる。そしてその油がアイビーの放った火矢を着火剤にすれば。

-グォォォォォォォッッッ!!!!!

「木のゴーレムなんてイチコロよ」

その火はあっという間に燃え広がり、ゴーレムの体を包み込んだ。これならそう簡単に消えることはあるまい。

幸いにもこの部屋の天井は相当に高いのですぐに煙で充満することも無いだろう。

「もう大丈夫だぞー」

俺はとぐろを巻き、頭を中にしまっているソウカの背中に飛び乗った。

「終わったの?」

「ああ、とりあえずはな。あとは火が回ってから核を叩くだけだな」

「なら良かった。…っていうかあんたね。油撒き散らすなんて正気なの!?」

「正気」

「…はあ、相変わらずね」

ソウカがとぐろを解き、アイビーとスカーナが顔を出す。

「うはぁ…随分と派手にやりましたね」

「容赦ないというか抜け目ないというか…。出会って間もない割にもうあなたの性格分かってきたわ」

「そりゃどうも」

俺はチラリと木のゴーレムに目を向ける。…もうしばらく燃えれば核も見えてくるだろう。

「もう少し待機だな。暑いだろうからほれ」

俺は二人と一匹を包むようにして冷気の循環する空間を作ってやる。

「あ、涼し」

「俺も暑いし、中に入ろうかね」

翼をしまい、ソウカの体に腰掛けようと彼女の体に足を乗せた。

刹那、その足が強い力で引かれソウカの体から滑り落ちる。

「なっ!?」

「ティアーシャさん!!」

すかさずスカーナが差し出した錫杖に掴まる。

「なっ…まさかっ」

未だ尚引っ張られ続ける足に目をやると、細く長い木の根が足首に絡められていた。

「いつの間にっ!?」

更に引く力が強くなる。

「きゃあっ!?」

「スカーナ!」

バランスを崩したスカーナを、すかさずにアイビーが支える。しかし場所はソウカの体の上。平らな訳ではなく安定しないため、もう長いこと持たないだろう。もしこのまま俺が錫杖に掴まり続けていればスカーナもろとも落ちてしまうだろう。

…だとすれば。

「諦めたわけじゃねぇからな?」

俺は錫杖を掴んでいた手を一息に離す。

「え?」

急に力が抜け、勢い余って壁に激突するスカーナとアイビー。そんな彼女達の様子が炎の壁に飲み込まれる俺の視界に映っていた。

「くぅあっ!?」

熱風。未だ燃え盛るゴーレムの根が俺を引き続ける。

「道づれにしようってか!?」

腰の短剣を抜き、根に向かって切りつける。

が、大した傷は付かず切れる様子は見られない。

「くそっっがぁっ!?」

俺は悪態をつきながら右肩から地面に叩きつけられ、鈍く、嫌な痛みが走る。

根の引く先は燃え盛る本体。このままでは一緒に焼死してしまう。

「【水球】っ」

仕方ないので水魔法を使う。まあ、別に消火しようとか言うわけでは無く自分の体を覆うだけなのですが。

【水球】で体を覆うことによって火によるダメージは防げるだろう。もちろん覆っているだけだから溺れたり窒息することはない。さすがにそこまでアホじゃない。

「さてこっからどうするか…」

まだ足に絡んだ根は解けそうにない。【風刃】で切りつけてみても切れる気配は一向に無いのだ。

「テンシア、力を貸してくれるか?」

(…私?)

「ああ、少し、魔力、借りるぞ」

(う、うん)

まるで電子回路のスイッチの様に、カチッと何かがはまる感覚だった。

テンシアの持つ魔力が俺の体に注がれているのである。その証拠に手元がうっすらと翠色の光をはなちはじめていた。

「…いくぞテンシア。…【風刃】!!」

右手に溢れる魔力を薄く鋭く形を整形し、その刃で再び足首に絡まる根を切りつける。

「いよっしゃ!」

結果は大成功。俺の【風刃】では切れなかった根の蔓が、テンシアの魔力と俺の魔力を融合することにより、いともあっさりと両断することが出来た。

「はあっ!!」

根が切れたのを確認し、急いでバックステップで距離を取る。

そして手に発生させていた【風刃】をゴーレムに投げつけて攻撃する。

-ガァァァァァ!!

燃え盛る木の幹に巨大な切り傷が出来上がる。ゴーレムは体液なのか樹液なのか、よく分からない液体を撒き散らしながら再び暴れ出す。

「いよっ…と。汚ねえ液体飛び散らせやがって」

毒かもしれないので、一応飛来する液体は全部避ける。そこまで速い訳でもないので躱すのはそれほどキツいことではなかった。

「んっ…あれが…核、か?」

水のバリア越しに目を凝らす。燃えて灰になっている木の幹の一部がキラリと黒光りしていたのだ。

『おっしゃる通り、あれが核です。ゴーレムの中枢ですのであれを壊してしまえば機能は停止するでしょう』

「…だな」

俺は懐からダガーナイフを取り出し、それに目掛けて投げつける。

「ダメか」

けれど、それは核に届く前に燃え盛る蔦が伸びてきて止められてしまう。

燃え尽きるのを待ってもいいのだが、そこまで悠長にしてられないのが現実である。実際、これだけ大きな大木が燃え切るのに数時間とは行かないだろう。

「ならっ」

直接突っ込んでこの短剣で核を直接叩くのみ。

「解析者、この短剣で核の破壊出来るか?」

(可能です。破壊し、このゴーレムの機能を停止させることができるでしょう。しかし…)

「しかし?」

解析者は不安そうまな声色で続けた。

(あなたのその右腕で完全な破壊が可能かと言われると、それについての回答は出来かねます)

「…」

俺はだらんと力の抜けた右腕に目をやった。

先程地面に叩きつけられたときに折れたらしい。本来なら吸血鬼特有の高速再生能力でこのくらいならすぐに治るのだが。

(やはり魔力の使いすぎ、でしょうね)

「むぐ」

利き手の右腕が壊れたとなると、必然的に左手に頼らざるを得なくなる。しかしそうなると核を破壊できるかどうか。

「これはまたテンシアの力を借りることになりそうだな…」

『何を考えているのですか?』

「さあね」

俺の口元にはさぞかし不敵な笑みが浮かんでいただろう。誰でも()()()()()にはこういう表情をするものなんじゃあないだろうか。

(テンシア、あと何回ぐらい【風刃】だせそうだ?)

『えっとね、あと…四回くらいかな…。それより多くだと強い風を出せるくらいになっちゃう』

(…。そんだけありゃ充分だ)

俺は翼をはためかせ、地を蹴って、ゴーレムの核の元へ突っ込む。

「【風刃】っ!」

途中、俺を捕まえようと伸びてくる木の根を【風刃】で切り裂きつつ、前に、前に進む。

「【風刃】!」

あと、二回。

距離はあと十メートルもない。

「【風刃】っっ」

あと一回。

五メートル。

「くっ!!」

しかし、相手も本気のようで木の根を網のように組み行く手を阻もうとする。

『前方に障害物!!退避して下さい!!』

「らぁっ!!」

【解析者】の忠告を無視して、前に突っ込む。

『何を考えてるんですか!!』

「行くぞテンシアっ!!!」

俺は根の網にぶつかる寸前で背後に風の塊を爆発させる。

「【風刃】っっ!!!!」

風の力によって一気に加速した俺は最後一回の【風刃】を放ち、根の網を切り裂く。

「らァァァァっ!!!」

そして、その勢いに乗ったまま。左手に短剣を握り締め、紫色とうっすらと緑色の混じる核にそれを突き立てた。

感触は、硬いガラス玉の様だった。加速も相まって、硬い表面を刃が突き抜ける。

--パキッ。

まるで巨大な鏡を割ったかのような光景が辺りに広がる。

その鏡の破片のような何か、が白い光を放ちつつ、ひらひらと花びらのように舞い落ちる。

それの隙間かれ見えるのは、黒い泥のようなものを吐き出しながら灰の如く崩れていく木のゴーレムの姿があった。




「…やってやったぜ」

俺は嘲笑を浮かべつつ、仰向けに地面に倒れていた。

「ティアーシャ!」「ティアーシャさん!!」「ティアッ!」

声のする方向に目を向けると、三人(ソウカは人型に戻っていた)が俺の元に駆けて来ていた。

「ぐあっ!?」

手を支えに立ち上がろうとした時に、肩に激痛が走る。

「ティアーシャさん!?」

崩れ落ちる俺をスカーナが支える。

「大丈夫…右肩に折れてるだけだから…っく」

「診せてください」

スカーナが俺の服の袖を捲る。

「っ…酷い骨折です。それにこれは…っ」

「え?」

スカーナが指さす場所に目をやると、赤く腫れ上がった肉の上に小さな緑色の木の芽が。

「なっ」

『…先程のゴーレムの体液が付着したのでしょう。まさか死に際に種子を植え付けて来るとは…』

解析者は俺の体から飛び出して、スカーナの横に座った。

「うわっ」

「スカーナさん、浄化魔法をお願いします。…この木の芽は今彼女に寄生しています。このまま寄生を続けさせれば養分を吸い尽くして、彼女が干物になります」

「…もうちょいマシな表現ないのかよ」

「浄化魔法は使えますが…相性的なものは大丈夫ですか?」

スカーナが不安そうな顔で解析者に聞く。

「相性は最悪ですね。吸血鬼に浄化魔法なんて殺そうとするのと同じです」

解析者は含みをもたせた笑みを浮かべ続けた。

「それもまあ()()()吸血鬼の話ですが。それでも死ぬほどの苦痛はあるでしょうから、あとはティアーシャ次第ですね」

「うへえ…」

なんならゴーレムと戦ってた方が楽だったんじゃないか…?事後の回復の方が辛そうなんだが、これ。

「…じゃあ、行きますよ」

「あ、ああ」

スカーナが杖を俺の腕に当てて、ぶつぶつと何か術を唱え始めた。

初めのうちは何も起こらなかったが、徐々に杖が黄金色に光出し、杖を当てられている部分がゆっくりと痛み出してきた。

「死なないでくださいねっ」

「っく…あがっ!?」

体の奥底の芯から激痛が走り始める。

極太の注射器を、腕に突き刺され、そこから体内に何かを注入されているような感覚。

「ぐっ…あっがぁあぁぁぁぁ!!」

やがて痛みが許容値を超えたのか。視界がバチバチと白飛びを始める。

「あと少しですからっ!!」

「ぎっ…ぬ…」

「あと少しっ」

「ぐっあああああっ!!!」

プツン、と体の中で何かが切れたような感覚に襲われる。それと同時に全身を襲っていた痛みも引いて言った。

「終わりました…。大丈夫ですか?」

「死ぬ…冗談抜きで死ぬ…」

まだ視点が定まらない。生と死の境を行き来していたんじゃないかと思うくらいに、夢心地な気分だった。

「木の芽の呪いは解けました。これで寄生されて養分を吸われることは無いでしょう」

「…ありがと、解析者…」

「…」

解析者がこちらを向き直って口を開いた。

「っ。…いえ」

しかし、彼女はそう呟いて目を伏せてしまった。そしてそのまま薄紫色の光に包まれながら、俺の体の中に戻って行った。

「…ちなみに、私達も解析者さんと同じ感情よ」

「…え」

解析者が去った後、空気は凍りつくように重く、冷たかった。

「もっと頭を回しなさい」

「っ!?」

パン!っと甲高い音が空間に反響する。頬に乾いた痛みが

「自分だけ死にに行くような事はやめてください」

「自己犠牲がかっこいいと思ってるんじゃないでしょうね」

ふと、見上げるとそこには軽蔑するような目でこちらを見下ろす三人の顔があった。

「あ…」

「過ぎたことはいいとするわ。過去の事をグチグチ言うつもりはないもの。それでも、あなたが死んでしまったら、私達はどうするつもりなの?」

「…」

「みんな、あなたを信じて、あなたの背中を追って、着いてきているのよ。もっと私達を信じて。…一人で全部解決しようとしないで」

「っ」

「わかった?」

「…うん」

わかった、とは言えなかった。

知らず知らずの内に、悪い癖が出てしまっていたようだ。自分の行動が遅いが故に、失ってしまう事が恐ろしいのだ。

それが、さらに連鎖を起こして悪い方へと転がっていく。あの時だって、俺がもっと早く行動していれば、俺が果物ナイフを握ることも、楓が片目を失うことをなかったんじゃないかって、思ってしまうんだ。

ヘタレなのは分かってる。けど、一度失うことを知ってしまえば失うことはおろか、それ以前に手に入れることすら恐ろしくなってしまう。

「ティアーシャさんは、大事にしていたものが無くなってしまうことが怖いんですね?」

「…え」

スカーナが腰を下ろして俺と目線を合わせてきた。

「怖いのは分かります。恐ろしいのも分かります。けど、私達はそう簡単にいなくなるほど、柔じゃないですよ?」

彼女がうっすらと微笑を浮かべる。シスターさながらの柔らかい笑みというか、多分違うけどアルカイックスマイルというか。

俺の心を落ち着かせてくれる、優しい慈愛に満ちた笑みだった。

「…そう、だったな」

「そうですよ」

「…。信じてない訳じゃないんだ。さっきスカーナが言った様に、俺は失うことを恐れてるんだよな」

自嘲気味に鼻で笑う。

「けど、みんなに背中を預けてみるとするよ。…安心して、互いを守り空いつつ、道を進んでいける大切な仲間として」

「何でそんな上から目線なのよ」

「知らね」

クスッと笑いが起こる。

「…分かったのなら、さっさと行くわよ。そんなにご飯無いんだから」

「飯の問題かよ」

ソウカから、差し出された手を握りしめて立ち上がる。

「腹が減っては戦は出来ぬ、ってね」

ケヘヘっと先程の冷たい表情とは打って変わって、明るく無邪気な笑顔を浮かべるソウカ。

…はて、なぜそのことわざを知っているのだろうか。まあいいや。

「…皆を信じるよ。そして、全員で生還だ!!」

「そう、ね」「その通りですね」

「だから、また俺が道を踏み外したら。その時はまた言ってくれ。道を踏み外すような事はしないようにするけどな」

「ええ、任せなさい」

再びソウカの手を握りしめた。そして、アイビーとスカーナとも目を合わせて頷き合った。

「さて、次に進もうか?」

「干し肉摘んでもいい?」

「…ちょっとご飯休憩にでもしようか」

やけに食い意地のはってるソウカを尻目に、このフロアでしばらく休憩をしていくことにした。トラップなどの有無は解析者によって確認しているから大丈夫だろう。


---仲間、ね。


もし、俺が元の世界に帰ることができるとするのなら、一緒に連れて行ってやろうかな。

それとも、ルントの店に招待してやろうか。

(解析者…。ありがとう)

『礼は要りませんよ。あなたを導くのが私の使命でさから。それでも、そのお礼は受け取っておきますね』

解析者の口調は、柔らかかった。

(テンシア、もな)

『私はだいじょーぶだよ』

正直、テンシアには本当に助けられた。

彼女が表に出ていて、男に襲われそうになっていた時、反射的に風魔法を展開していた。

俺も風魔法は比較的得意な方なのだが、テンシアはそれを凌駕するほどずば抜けていて、彼女の魔力を借りて、少ない魔力量で強力な風魔法を展開出来たのだ。

『魂によって、得意な魔法も魔力の特性も変わるんですね。結構面白い発見です』

感心するように解析者が零す。

(解析者でも知らないのかよ)

『そもそも一人分の肉体に魂が三個も入っていること自体おかしいんですからね。前例なんてあるわけないじゃないですか』

(そりゃごもっとも)

脳裏に頬を膨らませている解析者の顔が浮かんだ。()()()可愛いところがあるものである。

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