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第64話 戻ってきたよ

「キュイッ!?」

「よお、久しぶり」

戻ってきた早々に、巨大な蛇頭を見させられる羽目になるなんて。

「苦しいから一回離れようか」

軽くソウカの胴体を押してやると、きつく縛った紐が解けるかのように締め付けは軽くなった。

「この体にダメージは無いとはいえ、これ以上喰らう訳には行かねぇのよ」

丸太のような胴体を乗り越え、()()の拘束は緩くなった。

「解析者!」

『ええ、準備出来ています。あなたの右手首から先をまるまる使いますがよろしいですか?』

「頼む!」

俺は腰から短剣を引き抜き、解析者の言った右手首にそれをあてがい、一息で切り落とす。

「っぐ……」

滝のように溢れる血液。

痛みのあまり声が出そうになるが、何とか唇を噛み締めて耐える。

鞘に剣をしまって左手で切り落とした右手を掴む。

「さて、ソウカ」

俺は地を蹴って彼女の元に駆け寄る。

「キッ」

繰り出される尻尾によるなぎ祓いを体勢を低くして躱す。とぐろを巻いたその体を台にしてよじ登る。そして、口を大きく開けて襲ってきたところに切り落とした手首を喉の奥めがけて突っ込んだ。

「グッギッ!?」

「…っ」

苦悶に満ちた彼女の声が聞こえる。少し罪悪感も芽生えかけたが、今はそんな感情に浸っている余裕はない。

「帰っておいで」

『解毒を開始します』

その一言を、解析者が放った瞬間に蛇の喉奥にある俺の右手首は薄紫色の光を放ち、それを中心とするように彼女の体は同色の光で包まれていった。

『…解毒完了しました。もう大丈夫です』

「…ありがと」

数分後ゆっくりとその光は薄れ、その残光の中に翠色が揺れたのを見た。

「…ソウカ」

それを見て、ほっと頬が緩んだのを感じた。

胸を撫で下ろして彼女の元へ歩み寄る。

「…ぁっ」

しかし、その途中で体から力が抜け視界が揺れた。

腕を切断したことによる出血が原因か、それとも身体的な疲労が原因か。どちらにせよ、大きくバランスを崩して地面に叩きつけられようとしている事実は変わりなかった。

「…っ!」

「っと、大丈夫?テンシア」

だが、硬い大地に叩きつけられることはなく、代わりに柔らかく温かい何かに受け止められた。

「…あんたは?」

編み込まれたブロンド色の髪の毛に長い耳。どう見ても長耳族(エルフ)な少女の顔がそこにはあった。

「あ、あんた?」

俺の無意識の内に出た質問に彼女は困惑した表情を浮かべる。

あー、そういえば一度テンシアを助けに表に出てきた時に見かけたっけ。

「あ、悪い。もう大丈夫」

「え、ああ」

倒れる俺を受け止めてくれた彼女の支えを借りながら、自分の両足でしっかりと地面を踏みしめる。若干ふらつきは残るが腕は既に再生が始まっているし、治るのも時間の問題だろう。

「…ふう」

「…あ、あなた一体何者なの…?テンシアなの…!?」

深呼吸するようにして呼吸を整えていると、再生の始まっている方の腕を指さして彼女は声を荒らげた。

「…テンシアなの、と言われると難しいな」

俺はそんな彼女に向き直る。

「俺はティアーシャ。この体の本来の持ち主さ」

「…本来の、持ち主?」

そんな惚けた顔をしないでくれ…、説明に困る。

「簡単に言えば別人格みたいなものかな?若干差異はあるけど、色々あって俺の人格とテンシアの人格が入れ替わっちまったと思ってくれればいいよ」

「…全然話に着いていけないのだけれど…」

彼女は深々とため息をついて、呆れたように頭を抱えた。

「とりあえず、腰をすえて話し合いましょうか?…そちらお連れさん?」

地面で横たわるソウカを指さして、少女は言った。

「話が分かりそうで助かるよ」

俺は苦笑し、ソウカの元へ歩み寄った。



---




その後、近くの村のカフェに俺達は--運んでいる途中でソウカは目覚めた--連れ込まれ、長耳族の少女に迫られる。

「さ、一から話してちょうだい」

「…まあ焦るなって…。まずは自己紹介と行こうぜ?」

ズズズとコーヒーを一口飲んでから言った。

「俺はティアーシャ。種族は吸血鬼だ」

「きゅっ…!?」

「吸血鬼ですか…?」

長耳族の少女も神官らしい格好をした少女も、目をまん丸にして唖然としている。うんうん、こういう反応。嫌いじゃない。

「おう、正真正銘吸血鬼だ。ほれ、さっきの腕治ってるだろ?」

俺は切り落とした筈の手首をヒラヒラと振って見せた。すると二人は猫じゃらしを目の前に振られた猫のように、その手を視線で追いかけるのだった。

「何よこれ…ふざけた治癒能力じゃない…」

「馬鹿げてるぜ!ですね…」

まだ俺のターンは終わっていない…と言いたい所だがこれ以上俺が吸血鬼である証拠を見せびらかしても何の利益もあるまい。

俺は手を机の上に戻し、肘で隣に座っているソウカの横っ腹をつついた。

「…私はソウカ。種族は」

「蛇女ね」

「蛇女ですね?」

「私よりも早く言わないでよぉ!!!」

二人とも「はいはい分かってます分かってます」っていう目付きをしている。バカ上司に意味わからん事で怒られた時の目付きだ。俺には分かる。

「まぁ…逆に蛇女以外ねぇよなあ」

「う、うぅ」

ソウカが顔を伏せて言葉を詰まらせてしまった。そんな彼女を放置し、俺は二人に話を振る。

「二人は?」

「…あ、ええ、そうだったわね。私はアイビー、見てわかるでしょうけど長耳族よ」

「私はスカーナです。こんな身なりですが、昔にシスターをやっていただけで今は冒険者です」

ほうほう、アイビーにスカーナね。

「…二人とも」

「ん?」

「なんですか?」

俺はゆっくりと口を動かした。

「今回の件、本当に感謝している。ありがとう」

そして、机に着かんばかりに頭を下げた。

「え、ちょっ」

顔を上げなくとも二人が困惑しているのは、その声色から予想が着いた。

「正直、アイビーとスカーナがいなければ俺はこっちに戻ってこられなかったかもしれない…」

実際、テンシアが表から離れ俺と入れ替われたのは、表での経験が少なく魂が定着せずに不安定だったからなのだという。しかし、もうしばらく表にいれば魂はこちらに癒着してしまい裏の俺と入れ替わるのは難しかったのかもしれないということだ。簡単に言えば、塗りたてのペンキと乾いたペンキみたいなものだ。

「…その、戻ってくるとか…こっちとかって…どういうこと?それに、テンシアは一体何者なの?」

こくこくとアイビーの発言に相槌を打つスカーナ。

「それについては、全部今から説明するよ」


-そうして俺は二人にここまでの経緯を説明した。ついでにソウカに何があったかを伝える役割も含めて-


「はあー、何と言うか…信じられないわね。魂の裏?だとか表?だとか」

「逆にすんなり信じられた方が不思議だよ」

「腕を()()()に変換するなんて…なんなんですかそれ」

「でも痛みはちゃんとあるからな?」

苦笑を浮かべつつ、俺は言った。

「それで、テンシアについてなんだが…」

「テンシアについて?」

「なんですか?」

「急に食いついてきたな…」

その話題に触れた時、二人は目付きを変えて身を乗り出してきた。…さっきまで面白くなさそうにしてた癖に…。

俺は一、二度咳払いをして言った。

「おほん、テンシアについては…」

「「…」」

「俺も詳しくないから、分からん」

「「は?」」

「息を揃えてくるな…」

どれだけ期待していたのやら。二人な目付きが期待するキラキラしたものから、苛立ちを感じさせる鋭いものになった。

「だってもう一人のあなたみたいなものでしょ?…知らないって」

「いや、今回のことが起こるまで存在すら認知してなかったんだよ。一応今晩、あいつと話はするつもりなんだけどな」

「…話すってどうやって?」

「魂の中で」

「もう何も言わないでおくわ…」

呆れられた。

「二重人格、という訳ではないんですね?」

「んん、二重人格の定義がわからないから何とも言えないんだけどそれぞれ意思も思考も持っているし。そもそも別々の魂だから違うんじゃないか?」

「ハイ」

また呆れられた。

「…私も、迂闊だったわ…」

そんな横でソウカが口元に手を当てて視線を机の上の何も無い場所に向けていた。

「本当に、怖かった。…あなた達をもし、この手に掛けていたらと思うと…」

「まあ、結局何とかなったんだし結果オーライだろ。お前のせいじゃないから、安心しろ」

彼女の頭に手を乗せ、撫でる。

「でもっ」

「でもじゃなくて、俺が言うんだから大丈夫だよ。お前の意思でやっていた訳じゃないんだから、気にすんな」

撫でているその手は拒絶されることなく、むしろもっと甘えたい、という欲すら感じられた。

「…うん、でも…テンシアには伝えておいて。怖い思いをさせてごめんねって」

「ん、任された」

俺は頭を撫でるのをやめ、彼女に向かってサムズアップした。それを見て彼女も一瞬だけ笑みを浮かべるのだった。

「…本当に仲が良いのね」

「見てて微笑ましいです」

「っ…」

なんだか小恥ずかしくなり、俺は思わずソウカから目を逸らす。

「…えっと、で、大体が今説明した事なんだけど分かったか?」

「まあ、あなた達には私達の常識は通用しないってことくらいは」

「吸血鬼さんと蛇女さんって言うことくらいですかね?」

二人は顔を見合わせて互いに頷きながら言った。

…本当に聞いてたんだろうな?

「うん…理解はされないとは思ってたけど。まあいいや。…ここからはあくまで俺の提案なんだが、聞いてくれるか?」

「提案?」

「そう、提案。…二人ともあの森に入った理由は?」

数秒程、アイビーが悩んだ後に言った。

「…あ、そうだ。神石を探しに来たんだった。とある占い師に、あの森に神石があるって聞いてあそこに行ったんだったわ。…色々とありすぎててっきり忘れていたわ」

「ちなみに言うと、俺らも神石を取りに来てた」

「…同じ占い師にでもはぐらかされたんじゃないの?結局見つからなかったし、ある気配すら無かったわよ」

「いや、あの森に絶対にあるはずなんだ。もちろんそう簡単に見つからぬよう、特別な方法でしか見つけられないようになっているんだけどね」

願いを叶えることが出来る石がホイホイ人の手に渡ってしまえばこの世界は壊れかねないからな。俺は()()()()()を解説者から聞いていて把握出来ている。

「…で、どうだ?神石を取るのを手伝って貰えないか?」

「…条件によるわね」

アイビーの目付きが変わった。商売人…というか金に糸目を付けない目をしている。

「…金は弾むよ?」

「はっ、あんたね…。私達がお金目当てにそんなもの手伝うとでも?」

嘲笑。

「金以外…?」

金以外…何が欲しいのだろうか。名誉?地位?それとも男か!?

「何も、要らないわよ」

「うんうん、私も同じ事言おうとしました。…お金は欲しかったけど」

「いや、流石にリスキーというか。何が起こるか分からないんだぜ?報酬くらい…」

「友達の頼みよ?何をせびるって言うの?」

そう言い放つ彼女の瞳は、凛としていた。鋭く、そして真っ直ぐと未来を見据えるその瞳は、美しかった。

「私は、テンシア…いや、あなたに命を救われていますから。無報酬でも断る筋合いはないですよ」

スカーナも満面の笑みを浮かべた。

…そうか、そういえばスカーナを庇ってソウカに捕まったんだもんな。俺からすれば結果的に好都合だったが、彼女からすれば苦渋の決断だったのだろう。

「…そうか。ならお言葉に甘えさせて貰おうか」

俺はコーヒーを口に運んだ。おかしいな、角砂糖もミルクも入れていないのに、なんだか、ほんのり甘かった。





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