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第63話 はじまりの地

その後スディは早急にこの宿から出禁になり、アイビーのパーティから追放された。更にはこの国の入国を禁じられるほどにまで事態は発展した。とは言え、周りの人々の証言などの彼の愚行の証拠となるものはちゃんと存在していたため、そこまで案外すんなりと行ったのである。

「おはよう、テンシア」

「おはようございます」

宿の人からの配慮で、三人の宿代はタダになった。本来なら両手を上げて万々歳なのだろうが、あんなことがあったら後では喜びたくても喜べなかった。

「おはようございます…お二人共」

普段は明るい空気を作ってくれるスカーナでさえ、口ごもっている様子だった。

「どうする?…もう少し落ち着くまで日数を空けてからあそこに行く?」

「…」

あそこ、とはテンシアが倒れていた三人の出会いの地である。

テンシアは言葉を返すこと無く、俯いてしまった。

「…時間に余裕はありますし、ゆっくりでも」

「…」

しかしテンシアは目を合わせることなく、首を横に振った。

「…行かないと、行けないから」

ぐっと、拳を握り締める。

「私の()のためにも、あそこに行かないといけないからっ」

握った拳が、ガタガタと震える。

「テンシア…」

今、行かなかったら。おそらく彼女はずっと一歩を踏み出すことなく、このまま生きていくのだろう。

そんな自覚が彼女にはあった。

「なら、早い内に行きましょうか」

「っ」

俯いていたテンシアの顔をスカーナが両手で持ち上げる。

「行く行かないは、あなたが決めることですから。自分が何なのか、知りたいというのであれば私達はそんなあなたの意思に従いますよ」

「…」

「…そうね。あなたがしたいようにしなさい」

震える彼女の手に、アイビーが手を重ねる。

「私は…私はっ」

喉の奥から、心の底から言葉を絞り出す。

「私は、私が誰なのか。知りたい」

三人と出会って、初めて発した彼女の願望だった。

「…なら、行きましょう」

「…あなたを探しに、ですね」

「…はいっ!」

二人は勇気付けるように、テンシアの肩を軽く叩いた。



---



「どうやら上手くいったようですね」

聞き慣れた声が聞こえる。

「どうにかな」

場所を認識できないながらに言葉を返す。

「女性にも男性にも襲われるなんて、大変ですね。あなたは」

「うっせ」

徐々に視界がハッキリとしてくる。真っ白な空間、魂の中の空間で俺は立ち尽くしていた。

「どうでした?()()()()()()()()()

椅子と長机が現れ、そこに湯気の立つマグを持つ解析者が座っていた。

「…表の俺はテンシアって呼ばれてるみたいだな。自分で名乗ったのか、名づけられたのかは不明だけど。でも悪いやつじゃ無さそうだった」

俺は椅子を引いて腰掛け、解析者からマグを受け取る。

会った感じ、俺の体の主導権を取って暴れている。といった様子では無かった。

「テンシア、と言うのですか」

「ああ、しかも何やらエルフと神官もどきと一緒にいたぞ」

「…その三人で一体何をしようとしているのか、気になるところですね」

今は彼女達に全てを委ねるしか術は無いのだ。

俺が表に一時的に出られたのはテンシアが心の底から純粋に助けて欲しいと願ったから。次にいつ表に出られるかはわからないのだ。

「けれど、あなたが表に出られると分かったのは大きな収穫ですね」

「だな」

俺は机の上に腕を組んでそれを枕にしてうつ伏せになった。

「お疲れですか?」

「表に出るのって結構体力使うんだな…」

魂だけを表に出している不安定な状態で魔法なんか使ったからだろうか。思った以上に体力と魔力の消耗が激しい。

「ゆっくり休んでください」

「魂だけで寝るって言うのも変な話だけどな」

解析者がくすりと笑った。



---




「確かここら辺のはず」

アイビーとスカーナに腕引かれテンシアは森の中に足を踏み入れていた。

「一応テンシアを保護してすぐに風に乗せて事故のことは伝えておいたからそれなりの処理はされていると思うけど」

「さすがにあの悲惨な状況をもう一度見たいとは思えませんね…うっ」

スカーナが口元を抑えた。その悲惨な状況がフラッシュバックしてきたのだろう。

「あ、あの木見覚えがあるわ」

中腰になるスカーナを尻目にアイビーが一本の木を指さした。その木は横っ腹を抉られるようにして削られていて、その周辺には大量の木片があったり地面に大きな傷があったりしていた。

「…どうやらあそこみたいですね」

胃の中のモノを抑えつけながらスカーナがじりじりと歩を進める。

より近くに寄ると以前のような大量の遺体がある悲惨な状況では無くなっていたが、周辺にこびり付いた血の生臭い匂いは消えていなかったし更には時間が経ったことにより腐臭も発生していた。

「…ずいぶんと雑な処理なこと」

「とりあえずある物は片付けたって感じでしょうか…?」

口と鼻を手で覆いつつ三人は辺りをぐるぐると巡回し始めた。

皮肉にも雑な処理のおかげか、色々な物が残っていて弓だったり剣だったり。壊れかけのボロボロな物もあるが装飾を施された少々値の張りそうな物が多かった。

「…ん?なんですか、これ」

そんな中、スカーナが拾い上げたのは装飾も何も施されていない一振の短剣。辺りに落ちている装飾のついた物とは違う、年季の入った使い込まれた物。落ちているボロボロの剣とは違い刃こぼれはしておらず、良く手入れされていた。

そしてその傍には白色の、色褪せた短剣の鞘のような物が見つかった。

「ピッタリですね」

試しに鞘に短剣を入れようとすると、すっぽりとまるで導かれるようにして綺麗にその中に収まった。

「スカーナ?何か見つけた?」

しげしげと剣を観察する彼女の様子に気が付き、アイビーが駆け寄る。

「はい、やけに他の物と違う剣が落ちていたものですから」

鞘にしまったまま、剣をアイビーに手渡す。

「…ほんとだ」

スカーナからそれを受け取り、鞘から引き抜いて注意深く観察する。

「刃こぼれもしてないし、良く手入れされてるわね」

「全く同じことを思いましたよ」

スカーナが苦笑を浮かべる。

「…なにか見つかりましたか?」

「あ、テンシア。ほら、随分と凄い剣が見つかったのよ」

歩み寄ってきたテンシアにアイビーは鞘に戻した短剣を放る。

「うわっちょっと」

辛うじてその短剣を受け取るテンシア。しかし彼女はその惚けた言葉とは裏腹に、まるで熟練冒険者の如く手馴れた手つきで鞘についたベルトを腰に回し、その剣を腰に刺した。

「刃物を人に投げないで下さいよっ」

頬を膨らませてぷんすか怒りを露わにするテンシア。しかし二人はその彼女の手際に開いた口が塞がらずにいた。

「…お二人とも?どうかしましたか?」

テンシアが首を傾げる。

「…ふっ、どうやらその剣はあなたの物で間違いないようね」

「…そのようですね」

アイビーが苦笑し、スカーナも思わずにやけてしまう。

「まさかこうも簡単に手がかりを見つけられるなんてね」

記憶は無くても体が覚えていた。こう説明するのが一番正しいだろう。おまけにベルトの長さも一致している。

「…?何か分かったんですか?」

「…しかも無自覚なんですよねぇ」

やれやれとスカーナが息を吐く。

「…つまり、テンシアは…冒険者、だったのかしら?それとも剣士とか…」

少なくとも剣士が短剣を主に持つ、ということはしないだろう。剣の年季の入り方からして、かなりの熟練者だというところまでは予想できる。

「…これだけじゃ証拠不十分ですね?」

「…そうね。もう少し探してみましょう」

装飾のされた剣などがこの場に残されていることから、持ち物や手がかりとなり得る物が処理されてしまっていることは考えにくい。

三人は再び別れて捜索を再開する。


「…テンシアが冒険者…。確かにそうすればあの体の傷痕の量には納得できますね」

近場の茂みの中に体を運び、ガサゴソとその中を捜索するスカーナ。

「短剣で冒険者を生業にしているのであれば、結構な腕利きであるのでしょうね……ん?」

茂みの中に突っ込んでいた彼女の手が何かに触れる。

「なんですか、これ」

やけにすべすべした()()。その表面に指を滑らせると所々ゴツゴツと、指が引っかかるところがあった。

「木みたい?」

その正体を確認しようと両手でそれを掴もうとする。刹那。

「ひいっぁっっ!?」

丸太のような物が突如命を吹き込まれたかのようにして動き始め、茂みから飛び出してきた。

「へ、蛇っ!?」

咄嗟に身を庇うようにして突き出した錫杖にその丸太のような体をした蛇の体当たりが命中。直撃は避けれたものの、感電したかのような衝撃が杖を持つ手に流れ数メートルほど吹き飛ばされてしまう。

「が、ああっ!」

地面に背中からぶつかり、肺の空気が盛れる。だが追撃を逃れるべく杖を支えにしてすぐに体制を整える。

「うっ…寝ているところを起こしてしまいました、か?それは、悪いことをしましたねぇ」

ズキリ、右肩に激痛が走る。どうやら打ち所が悪かったようだ。折れてはいないだろうがヒビは入っているだろう。

「へへんっですよへへんっ!このくらい痛くも何ともないですからね!舐めてかかってきたらボコボコにしてやりますよっ」

痛みの無い左手だけで錫杖を掴む。口ではこう言っていても右手は使い物にならなそうだ。

「今夜の晩御飯にしてやりますよ!蛇の食べ方しらないんですけどね!」

一歩強く踏み出して杖を振る。カランカランと装飾がぶつかり合い、やがてそれは杖先を包む光となる。

それを見て、数メートルはあろうその大蛇は真っ直ぐ正面から突っ込んで来た。

「『聖爆』!!!」

光輝く杖先を大蛇に向けてぶつける。するとその先から閃光と爆発が起こる。

「キュイッ!!??」

さすがに杖が爆発するとは思っていなかったのか、大蛇は体を逸らしスカーナとの距離を確保する。

しかし、あくまで怯んだだけであってその分厚い皮には傷一つ入っていない。

「…これで傷すらつかないんですか」

彼女もバックステップで距離を開ける。今の『聖爆』は彼女が使える最大級の魔法。そもそも人間で魔法を使える者はひと握りしかいない中でこれだけの魔法が使えるのはそうそういないだろう。

「…困りましたね」

杖を持つ手で右肩を支える。直接攻撃が無効化されてしまうのであれは、何か策を考えるしかない。

(でも、二人を呼ぶ訳にはっ)

アイビーを呼べば、戦闘能力の乏しいテンシアも共に着いてきてしまうだろう。そうなれば彼女の命までは保証できくなってしまう。

(あくまで、私一人で倒さないと)

杖を握る手に力が入る。

「…行きますよ。『聖水球』!」

再び杖先が輝き、そこから幾つもの水の塊が発射される。

その水の塊は大蛇に当たって弾け、びちゃびちゃと蛇の周りに大きな水溜まりを作っただけだった。

「『聖雷』っ!!!」

しかしそこに杖の柄を触れさせ高圧電流を流し込む。

「ッッッッ!!??」

「水属性に電気が効くってのは常識なんですよね!!!」

蛇の体にまとわりついた水と周りの水溜まりに電気がかかり、その衝撃で暴れ回る。

「…くぅっ」

しかし、こうも休み無しに魔法を連発させれば魔力は尽きる。何かに引っ張られるような感覚と共に意識を失いそうになるのを、歯を食いしばってなんとか拒絶する。

しかしその僅かな隙をついて大蛇は毒々しい牙の覗く大きな口を開けて彼女との距離を詰めたのだった。

「あっ」

喉笛に牙が突き立てれるコンマ数秒のところでそれに気が付き、咄嗟に腰を捻る。体勢を崩し倒れる途中、自分の頭があった場所は蛇の顔に覆われているのが目に入りゾッと寒気がした。

(このままだとっ)

今の一撃を躱せたのはいいが、体勢を崩してしまって魔法も満足に使える状態ではない。

こちらが避けたことに気がついたその頭が追撃に来る。

(だ、だめっ)

まるで凍ってしまったかのように体が動かずにいた。ほんの数秒のことなのだろうが、牙が自分の首の皮にふれるまでの時間が何分にも感じられた。

(ッッ)

ぎゅっと目を瞑った。

瞼の裏にグルグルと色んな光景が広がる。

意気投合したシスターの顔。憎悪に満ちた神父の表情。アイビーとの出会い。テンシアとの出会い。

呑気にも、これが走馬灯なんだ。なんて思ってしまっていた。

(…?)

けれど、いつまで経っても体に痛みは感じられなかった。痛みも感じる間もなく死んでしまったのだろうか、などと思い恐る恐る瞼を持ち上げる。

「スカーナさん!!」

「…ぁ」

一瞬ぼやけたその視界に映ったのは蛇の頭ではなく、白銀の色。

「急いで、離れますよっ!」

肩に手を回され、支えられながら立ち上がる。

「ア、アイビーは?」

少し掠れた声でその場を離れるテンシアにスカーナは問うた。

「その蛇と、戦ってますよっ」

ちらりと視線を後ろに向けると、そこには片手に短剣を握りながら距離を取りつつ弓を射るアイビーの姿があった。

「テンシア!私を!戻して!」

それを見た瞬間、彼女はバタバタと暴れ始めた。

「ちょっ、暴れないでください!」

「…あのままだと、アイビーがっ」

刹那、甲高い金属音が森の中に響き渡った。二人が音のした方向に目を向けると、そこには持っていた短剣を弾かれ大きく体勢を崩している彼女の姿があった。

「アイビーッ!!」

「ッ!」

追撃を入れようする蛇にスカーナの声が届いてしまったのか。蛇は頭をこちらに向け、一気に地面を這って二人の方に急接近をする。

「危ないっ!」

「っ!?」

ターゲットは声を上げたスカーナ。彼女が逃げる、という選択肢を取る前にその体はテンシアによって吹き飛ばされる。

「テンシアッ!?なにをっ!?」

一瞬、時が止まったうだった。

テンシアと目が合ったと思ったら、彼女は満面の笑みを返してきた。

「…スカーナさん、ありがとうございました」

そう、聞こえたような気がした。

スカーナが手を伸ばしても、その手が届くことはない。

そして、彼女の姿は長い、長い鱗の波に飲まれてしまうのだった。



---



「があぁっ!!」

身を呈してスカーナを庇ったおかげで、蛇の胴体になすすべなくとぐろを巻かれ体が動かせなくなってしまう。



「ぁ゛っ!?」

ゴキン。

生々しい鈍い音と共に肩に激痛が走る。

「かはっぁっ」

時間が経てば経つほど締め付ける力はつよくなり、掛かる圧力も増していく。

「で、でも…こんなところでっっがぁぁっ!?」

腕が折れる。

体のあちこちの骨が次々と折れていっている。

「…ぁ」

口から血液が吹き出る。息を吸おうとしても、カヒュカヒュと空気が通り抜けていく、そんな感覚。

(だめ…)

成り行きで助けてしまったが、策などなにも無かった。体が勝手に動いていた。

助かる方法はないか、考える余裕すらも無くなっていた。

徐々に迫り来る蛇の巨大な牙。

ゆっくりと牙が首に当てられ、やがて先端が薄皮を貫いた。

(…結局、記憶。戻らなかったな…)

私が何者か、誰なのかを知るためにここまで来たのに。知れなかった。

せめて、知ってから。全て思い出してから。アイビーとスカーナにお礼を言いたかった。

(私は…私は…)

死にたくない。

色んな事を知りたい。

記憶を取り戻したい。

私は、私は。

「まだ…生きたい…」

そうして、ゆっくりと飲まれるようにして意識が闇の中に引きずられる。

もはや、それに抗う精神力は残っていなかった。




怖い。




『…よく頑張った。後は俺の中でゆっくり休め』



霞む世界で、何かを見た。白銀に揺れる何かを。

消えゆく世界で、何かを聞いた。暖かい何かを。



「うん」



気がつけば、闇は晴れ世界は純白色に染め上げられていた。

恐怖も、絶望も。消え去っていた。



「…ありがとう」



暖かい光に包まれながら、全てを委ねた。

体が軽くなった。




「アイビー達に、よろしくって」





『……!』





聞き取れなかった。けれど、向こうに声は届いているだろう。

純白の虚無の空間で、ゆっくりと安らかに意識を手放した。

-・- ・- ・・・ ・- -・  ・・・・ ・-  -・・ --- ・・- -・ ・- - - ・- -・ -・ -・・ ・- -・- -・- ・

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