第5話 ナーサは化け物でした
「…つまり俺…自分がどんな姿してんのか知る方法ねぇじゃん」
鏡に写らないとなると、後は写真か似顔絵を書いてもらうかだ。しかし、写真に写るのかわからないしそもそもカメラがあるのかどうかも不明だ。似顔絵はやはり正確ではないから作者が変に盛ったり逆に変な顔にしたりする可能性が高い。
「まあ評価はナーサに任せるとするか」
どうせ俺に女物のファッションセンスなんて存在しているはずがない。だとしたら、ナーサに良し悪しを確かめてもらうのがいいだろう。
「っと…意外と難しいな」
外套を脱ぎ、少々手こずりながら下着を着け、真新しいワンピースに腕を通す。
「服も消えんのか」
鏡にはワンピースが浮いて写るのかと思っていたが、どうやら俺が身に付けているもの全てが鏡には写らないらしい。
「頼るべきはナーサだな」
ぐっと力を込めて扉を開ける。そしてその先には興味深々にこちらを見つめているナーサとミリリの姿があった。
「うん、いいじゃないか。よく似合ってる。よし、ミリリ。これを…ミリリ?」
ナーサはまともな反応をしてくれたが、ミリリは口をポカンと開いたまま動かない。そんな彼女にナーサが声をかけると、ようやく我に返ったようで…。
「ほぇ~…っ!!あっはっ!すみましぇん!…フード被ってたから、その、ティアーシャちゃんのお顔は分からなかったんですけど…まさか…こんなに綺麗だとはっぶふぉっ!!」
「ミリリィィ!?大丈夫かぁ!?」
顔を真っ赤に染めていたミリリの小さな鼻から鮮血が迸り、そのまま彼女は後ろから倒れる。
「…え?」
『すきる【魅惑】ノ影響ダト思ワレマス』
――魅惑?
『ハイ、吸血鬼ノ固有すきるデス。美シイ姿ト合ワサルコトニヨッテ効果ハ強クナリマス』
――じゃあナーサに効かないのは?旦那のルントには多少反応があったみたいだけど。
『デハ固有名【ナーサ】ノ解析ヲ行イマス。解析中…解析シマシタ。アナタノ脳内ニ彼女ノすてーたすヲ表示シマス』
名前:ナーサ
種族:【人間】
特性:体力…50
魔力…3
攻撃力…73
俊敏…57
技能…100
耐性・スキル:『鉱物鑑定』『近接攻撃耐性Ⅲ』『近接攻撃力Ⅳ』『移動速度強化Ⅱ』『高速採掘』『状態異常耐性Ⅲ』
うわぁ、やっぱり化け物じゃねぇか、こいつ。なんだよ、攻撃力:73って。ぜってーそこらの魔物ならワンパンだぞ?
『コノ【状態異常耐性Ⅲ】ガ【魅惑】ノ効果ヲ阻害シテイルト思ワレマス』
――まあ、要するに化け物だと。
『イエ、一概ニソウダトハ言イ切レマセン。人間ノ場合、各々ノ職業ヤ暮ラシノ環境ニヨッテすてーたすノ上昇ヤ耐性・すきるノ獲得ガ可能デス』
――じゃあ、ナーサは一体どんな暮らしをしったってんだよ。恐ろしいわ。
『コノ耐性ヤすきるナドカラ推測スルト、恐ラク彼女ハ先程アナタガイタ洞窟ヤ渓谷ノ中ノもんすたートカナリノ戦イノ場ヲ踏ンデイマス。【吸血耐性強化】ガデキナイ人間ガココマデ強イトイウコトハ…、アナタノ言ウ通リ彼女ハ化け物デス』
――【解析者】が化け物と認める人間って…やべえな。
『デスノデ、彼女ノ生キ血ヲ吸エバカナリノすてーたすあっぷガ狙エルデショウ』
――こんな化け物の血を吸うなんて無理に等しいけどな。まあチャンスがあれば狙ってみるか。
『エエ、セイゼイソノ首ガ跳ネ飛バサレナイヨウニ注意シテクダサイ』
――わぁってるよ。
「…あ~、ダメだこりゃ。ティアーシャ、先に帰っていてくれ。私はこれを介抱してから帰るから。道はわかるかい?」
「大丈夫…、ちゃんと覚えてきた」
「そうかい、そうかい。じゃあ家に帰ったらルントにこのことを伝えといてくれ」
「…わかった」
ナーサがミリリを介抱しているのを尻目に俺は新品の服を身に纏ったままフィッティングルームを抜け、店のドアに手をかけた。
「…あぶね、傘、傘」
もう少しで塵になっているところだった。外に出るときに日傘をさすことを習慣にしなくてはな。俺がいつ塵になってもおかしくない。
「吸血鬼も不便だな」
いろんな漫画や小説、アニメなどでたくさんの吸血鬼キャラを見てきているが彼ら彼女たちの辛さがこの期に及んでようやく理解できた気がする。
「道はわかってるし、ちょこっとこの辺りを見て回るか」
日傘をさして、店を出て軽く寄り道することにした。あの様子だとミリリは当分起きなさそうだからな。少し位なら構わないだろう。
辺りを歩き回ってわかったことがある。
確実に地球じゃねぇ。
まぁ、俺が吸血鬼だったり、洞窟にスライムがいたりゴブリンがいたり巨大蜘蛛がいた時点で確定しているような物だが…まあな?隠れ吸血鬼的なのとか、隠れUMA的な感じかもしれないじゃん?
まあそう思ってたんだが…
「まさか魔法があるなんてな…」
今、俺の目の前には指の先から炎を放って火を起こしている者。石を手を触れずに持ち上げて遊んでいる子供やらなんやら。まあ、地球ではあり得ないことを当たり前のようにやってのけている人々の姿があった。
「【解析者】、あれは一体…」
『アレハドチラトモ初歩魔法デス。火ヲ起コシテイルノガ火属性初級魔法【発火】、石ヲ浮カセ動カシテイルノハ重力初級魔法【浮遊】デス』
――重力魔法ってなんかレベルたけぇイメージあるけど、こんなガキが使えるほどのもんなんだな。じゃあ、勇者みたいなやつはもっとすげぇ魔法つかえんのか?
『イエ、人間ニハアマリ魔法ノ適正ハアリマセン。アノ程度ノ魔法ナラ無詠唱デ発動スルコトガデキマスガ、ヤハリ戦闘デ使ウヨウナ高度ナ魔法ハ発動ニ時間モ、タダデサエ少ナイ魔力を大キク消費シマスカラ。戦闘関係ノ仕事デハヤハリ剣ヤ弓ヲ使ッタ方ガ楽ノヨウデス』
――なるほど、人間に魔法は似合わないってか。そういや、あの化け物ナーサのステータスを見たときも彼女の魔力他値は俺より低かったな。
俺が確か20位でナーサが3だったか?
カスステータスの俺なのにナーサよりも魔力値が高いのか。
『ソレハアナタガ吸血鬼ダカラデス。魔法ハ本来、人間ガ使ウタメニ作ラレタノデハアリマセン。潜在的ニ魔力値ノ高イ吸血鬼ヤ魔女トイッタ魔族ガ使ウ爲ニ作ラレマシタカラ』
――じゃあ俺が魔力値高いのも当たり前だな。
にしても、そんなものでも生活に取り入れてる人間ってすげえな。適性ないのに。
『ソレガ人間デスカラ。便利デアレバ多少ノ適性ノ無サナド関係ナイノデス』
――そんなもんかねぇ。
少なくとも前世の俺は違った。皆がスマホ!スマホ!っつって騒いでるなかフューチャーフォン(ガラケー)を使い続けてたし、皆が電車の中で、無料メッセージアプリで会話し、電子書籍とやらを読み漁っている中、黙々と手紙や葉書を書き、本を広げていた。
酔っ払って事故った俺だが、そういう便利さを求めようとはしなかった。
本が読みたいなら本を買えばいい。相手と話したい時は紙に書いて送ればいい。快適さ、便利さを求めたところで、生きていくうえで何の支障もないのだ…。
ってかっこいいこと言いたいんだがな。正直俺はただの機械音痴だった。
スマホは文字打つのに時間かかっし、電子書籍なんてどう見るのかもわからない。無料メッセージアプリなんて皆どうやってやってんだ!?状態だった。
そういう訳で、新しい物嫌いなおじいちゃんと前世ではなっていた俺氏。
しかし、そんな俺が魔法という物に興味を示したのだ。何故か?めっちゃファンタジーじゃん。
――【解析者】、魔法は俺にも使えるんだよな?
『モチロンデス、吸血鬼ノアナタニハ魔法ノ素質ガアリマスカラ。頑張レバスグニ上級魔法ナンテ使エルヨウニナルデショウ』
――おお!あまり先が見えなかった新しい人生に希望が見えてきた!
前世では朝起きて、飯食って、会社行って、働いて、家帰って飯食って、寝る。の生活だった。
しかし!今のこの世界には!魔法というハイパーファンタジーな物がある!
よっしゃ!機会があったら早速習得してやるぜ!
「…何…あの子…」
「さぁ…どこかの貴族の子かしら…」
「でも…貴族の子にしては…高い服を着ていないし…」
「何だあの子…くそ可愛ええ」
「あ、お前…あの子は俺の物だぞ?」
おいおい、止めてくれ。全部きこえてんだ。痛い、痛過ぎるから。
ちょっと町を散歩しただけでここまで視線が集まるって、俺なんなんだよ。
「これは…面倒な…」
うっかりボロを出して吸血鬼だということを悟られないようにしないとな。この世界で吸血鬼と人間がどういう関係にあるのかは知らんが、まぁ…一応吸血をしていることで人に害を与えるのだ。少なくとも共存関係にはあるまい。
「まあ…今日のところは家にっわぶっ!?」
踵を返してナーサの家に帰ろうと思った矢先、顔に軽い衝撃がありその後、細かい何かが目の前を通りすぎた。
「よっしゃ!俺、あの白んぼの頭に当てたぞ!」
「俺だって負けてらんねぇ!おらぁ!」
なるほど、泥団子か。道理で石にしては衝撃が柔らかいと思っていたのだ。
「っく」
そして再び飛来する泥団子。突然の不意討ちにはやはり対抗できない。二つ目のそれを再び顔にくらってしまう。
「うい~!俺も当ててやったぜ!」
声のする方向に目をやると、そこには三人のガキがいた。
一人はデブ、一番身長が高く威張り散らかしていた。
一人はチビ、奇抜なヘアスタイルが目についた。
一人は眼鏡。丸眼鏡をかけたこいつは何もしないで心配そうにこちらを眺めている。
順に『アンジャイ』、『オスネ』、『タノビ』とあだ名をつけてみた。だってこれそっくり何だもん。
「はぁ…」
こういう世界でもやっぱりこういう輩はいんのね。ったく、せっかくの新しい服が汚れたらどうすんだよ。
俺は頬にへばりついている泥を手で落とした。
『大丈夫デスカ?』
――まあ、痛い訳でもないし。目に入らないようにさえ注意しておけば大丈夫だろ。
にしても周りの大人はなんでこいつらを注意しないんだ?まさか子供相手にびびってるわけじゃ…。
「…なるほど」
よくガキらのことを見てみると、『アンジャイ』と『オスネ』の服は周りの人達と違って豪華で高そうな物だった。なるほど、まじで『オスネ』じゃん。