第57話 戦いの後で吸血鬼は
ちょっとやらしい描写あるよん
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「…う」
まるでのりか何かで引っ付いたかのように重くなった瞼を無理やりこじ開ける。
病室。そうとしか言えない部屋の作りだった。
「…すぅ…すぅ…」
「っ…」
ふと、手にほのかな温もりを感じそちらに目を向けると俺の手を握り締め、静かに寝息を立てているソウカの顔があった。血跡が見つからないから、風呂にでも入ったのだろう。…吸血鬼としての初風呂はかなり危険だが大丈夫か…?
ぼんやりと、そんなことを考えながらソウカの方へ手を伸ばす。もし、ソウカがいなかったら俺はあの時元の世界へ戻っていたのだろうか。いや、もしそうかがいなかったとしても俺は『神石』を探しに行っていた気がする。なぜだろう。まぁ、そもそもソウカがいなかったら俺は生きていなかったかもしれないが。それほど、彼女には何回も命を救われている。
「そこまで、俺に執着しなくてもいいのにな…」
ぼそり、本音が漏れた。俺と彼女はただの他人、互いに己の命を賭けてまで俺の元いた世界に戻るという形のぼんやりとした夢物語に、なぜ着いてこられるのだろう。
「…本当に、ありがとう」
彼女に握られている手に、きゅっと力が入った。俺はそのまま手を離さず再び眠りに落ちた。
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爆風の衝撃で、俺の足には皹が入っていた。吸血鬼の自然治癒能力は、肉や臓器への損傷には強いがどうも骨のようなそもそもの修復が難しい部位へは弱いらしい。とは言え、普通の人間の数倍治るのは早く数日したら治るようだが。
「おはようございます」
「おう!おはよう!」
「おはよう。怪我大丈夫かい?」
「ええ、おかげさまで」
そんな訳で松葉杖をついて、簡易テントから休憩場へとなっているルントの店へ顔を出す。
聞いた話によると、幸いにも今回の騒動でこちら側に死者は出なかったらしい。試練の対象は俺だったから俺以外の人が死ぬ、ということは無かったのだろう。とは言え、ほとんどの冒険者がさすがに怪我はしていた。実質、意図的には無いにしろ俺が巻き込んだことには変わりないからな。申し訳なく思っている。
「ティアーシャさん、診療しますよ」
「あ、セルナ、さん」
俺が冒険者組と挨拶をかわしていると、奥の方からセルナがひょっこりと顔を出した。
「…」
セルナは何も言わずにちょいちょいと俺を奥の居間へと案内した。
「…弓使い」
そこにいたのは、少し大きめな白衣に身を包んだ女性、弓使い。俺は松葉杖を頼りに彼女の元へ体を運ぶ。
「…終わらせてきたのね。お疲れ様」
「そりゃどうも」
俺は彼女がぽんぽんと叩いた低めのベッドの上にゆっくりと横になる。
「ん」
「ども」
松葉杖を彼女に渡し、俺は枕に頭をぼふっと乗せた。
「で?どこか痛いところはない?」
「全身くまなく。痛い」
「痛いのね…」
吸血鬼なんだからそのくらいさっさと治しなさい、とため息と共にこぼしトゥルナは俺の服のボタンを一つ一つ丁寧に外していった。
「…セルナならあなたのこと、別に何も思ってないわよ」
「あんた精神科医か?」
「あなたの顔くらい見ればわかるわ」
トゥルナは手早く俺の体の包帯を外し、聴診器を耳に掛けた。
「はい、吸って…吐いて」
「…」
「後ろ向いて」
「ん」
「吸って…吐いて。うん、大丈夫。呼吸の乱れは無いわ。もうこっち向いていいわよ」
彼女は聴診器を耳から外し、首に掛ける。
「多方臓器への損傷は治ってきたみたいね。後は骨さえ修復されればまともに動けるようになるでしょう。まあ、だいぶ治りかけているし激しい運動を避ければすぐに良くなるわ。お風呂も入って大丈夫よ」
「風呂かぁ、ありがてえ」
どうも体がベタベタして気になる。血の匂いも消えないし、大浴場にでもドボンと浸かりたい気分だ。
「銭湯ならここから歩いて十分くらいのところにあるわよ。連れの娘と一緒に入ってきたら?浴槽に血の一滴や二滴混ぜたところで、誰も文句は言わないわ」
「詳しいねぇ」
吸血鬼は水に弱い。全身に激痛が走り、魔力もどんどん失われていく。しかし、それには例外がある。その吸血鬼本人の体液が一滴でも混ざれば、その水は吸血鬼にとって無害そのものになる。他にも吸血鬼の魔力によって作られた水であれば影響は及ぼさないというものある。
「さ、もう包帯はいいわよ。吸血鬼のしぶとさなら骨に皹が入ってても日常生活を送るくらいなら大丈夫よ。その日常生活に戦闘、が入っていなければだけどね」
「そこまでの戦闘狂じゃねーよ」
ふん、と鼻で笑いブラウスのボタンを閉じながらベッドに腰掛ける。
「吸血鬼に詳しいのは、ティアーシャと同じパーティだったからか?」
「…。弓使いと両立させて、パーティ内の医療係もやっていたからね。絶対に怪我して帰ってくるアイツと同じパーティにいたら嫌でも覚えるわよ」
一瞬、躊躇った後彼女は苦笑を交えつつも言った。しかし、俺と目を合わせようとすることは無くずっと手元の、薬や包帯の入れ物を弄んでいた。
「まあ、過ぎた事だし今の俺には関係ないからね」
片手を使ってベッドから立ち上がり、立てかけてあった松葉杖を手に持つ。
日常生活を遅れるといえども、無茶は禁物だからな。下手に動いて傷口を開かせるよりも、安静にしてパッパと傷を治してしまう方が得策だろう。
「風呂には入っても大丈夫なんだよな?」
「ええ、あんまり浸かりすぎないでね」
「…」
もう一度見ても、彼女は目を合わせない。俺がティアーシャの名を持っているからか。それによる彼女の罪悪感なのか。どちらにせよ俺には関係ないがね。
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「ふぃ…」
立ち上る湯気、もうもうと湧き上がる熱気。
「さっぱりするなぁ…」
髪に血がついて乾いてしまい、どうも気持ち悪かったのが解消された。やはり風呂は人間が誇っていい発明だと思う。
湯船に張ったお湯から頭だけ出して、人間様の発明に感動する。もちろん、髪は束ねて入ってる。そのまま入ろうとして怒られた記憶があるんでな。
「あ、ティアーシャさん」
ほー、っとため息をついていると不意に背後から声をかけられた。この透き通るような声の持ち主は…
「セルナ、さん」
俺は振り返らぬようにしてその名を呼んだ。
「お疲れ様でした」
ざぶざぶとお湯を掻き分けて近づいてくる音が聞こえる。
「えっと、その…」
しかし、俺はそんな彼女に対して話を切り出すことが出来なかった。勝手に血を吸った罪悪感、そして自分自身の戦いにこの街の皆を巻き込んでしまったという背徳感。
「…すみません。気持ちを裏切るような真似をして」「そのことを気にしているなら大丈夫ですよ。気にしていませんから」
波の音が止まった。気配を背中で感じれるほどの距離で彼女は足を止めたのだ。
「…ありがとうございました。この街を救っていただいて」
セルナは俺の首筋にゆっくりと手を回す。そんな彼女手を、俺は右腕で掴んでそのまま振り返る。
「礼なんて、やめてください」
「っ」
俺の本音を、彼女の目を見つめながら伝える。この街に来てしまったからこの街の人々を巻き込んでしまったのだ。たとえ、戦いを仕掛けるという引き金を引いたのは神々達だとしても、その弾薬を込めたのはこの俺なのだ。礼なんて言われる筋合いはない。
「参戦した冒険者達も軽い怪我がほとんどで命を落としたものはいません。でも、あなたが決着をつけていなければこの街に住む全員の命が危うかったんですよ?」
「…それ以前に、俺がこの街に来なければ」
そう、口を動かした瞬間だった。
「っ」
「一人で、抱え込まないでください!!」
セルナは俺を正面から抱き締めた。あまりに突然の事で一瞬の戸惑いを覚える。
「あなたが逝ってしまえば悲しむ人がどれだけいると思ってるんですか!!」
ぽたぽたと、肩に水滴が落ちた。天井の水滴ではない、少し切ない雫。
「…そう簡単に死にませんよ」
俺も両腕を彼女の背中にまわし、ぎゅっと抱き締める。
肩に落ちる雫が、増えたような気がした。
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「ただいまっと…」
「あ、お帰りー」
あの後、セルナに別れを告げ俺はナーサ宅へと直行した。特別よる場所も無いし、そんなに遠出できる訳でもないからな。
ルントの店の入口を通って中に入ると、カウンターの方からソウカがひょこっと顔を出した。
「お、ティアーシャお帰り」
「ただいま」
そしてそれに続くようにしてルントもコック姿で顔を見せた。医療テントとして使われていたルントの店だが、怪我人ももうほとんどいなくなり料理屋としての再開の準備を始めているようだ。そしてソウカもそれを手伝っているらしい。
ちなみにまだ店に残っている数人の怪我人はルントの料理の味見の刑に処されていた。ご愁傷さま。
「店の再開のめどは着きそうか?」
「数日営業出来なかった程度で、そこまでの影響は無いかな。今日一日仕込みに費やせば明日からでも再開できそうだよ」
にしてもソウカは肉の下処理が上手くてねぇ、と語り始めたので軽く流して寝室へと向かう。
「ふい…」
松葉杖を立てかけて、仰向けにベッドに飛び込む。風呂に入って久しぶりに温まったからか、ぐっと眠気が襲ってきた。
「もうすぐ忙しくなるし、寝れる時に寝ておくか…ね」
『神石』を取りに行く過程で何が起こるか分からない。吸血鬼はそこまでの睡眠時間を必要としないがやはり寝ないと疲れは溜まってしまうものである。
その前には、ソウカを…。
「ティアーシャ?」
おお、ジャストタイミング。なんで分かったんですかねぇ。
「んんー?」
「もう寝る?」
「いや、ちょうどソウカに話したいことがあってさ」
俺はベッドから置き上がって、少し横にズレて座り彼女も座るようにぽんぽんと自分の横を叩いた。
「ん?」
「いや、一つ言いたくてさ」
ソウカが横に座ったのを確認して、俺は口を動かす。が、上手く声が喉の奥から出てこなかった。
「私に何かしたんでしょ?」
「…ああ」
バレてるよな。そりゃそうか、トゥルナに事情くらいは教えられているのだろう。だが、ソウカは俺から言い出す機会を与えてくれている。
「…ソウカ」
俺は彼女の方を向き、目を合わせた。
「…俺は、お前を吸血鬼にした」
「…」
さほど驚いていない、という様子か。若干瞳が揺らいだようにも見えたが、それが普通の反応だろう。
「それしかなかった…。お前を助けるためには、それしかなかった。…許してくれ」
数秒してソウカ両目を瞑ってうんうんと頷いて口を開いた。
「何を許すっていうの?」
「…っ」
「命の恩人に、謝罪なんて求めないわっ」
そして彼女は俺の手に被せるようにしてその手をぎゅっと握りしめた。
「吸血鬼なんかになろうと関係ない。言ったでしょ?私はあなたにどこまでもついて行くって」
「…そうだったな」
少し視界の縁が滲んだが、それを彼女に悟られないようにして手の甲で拭う。
「お前が仲間で良かったよ」
「それはどうも」
互いに微笑を浮かべ、軽い笑いを浮かべる。
「それで、吸血鬼になっただろ?」
「実感はあまりないけどね」
ソウカが風呂に入れたのは予めトゥルナが手を回していたのだろう。そうでないと吸血鬼になっての初めての風呂という洗礼を受けているはずだからな。
「率直に言うけど、俺の血を吸え」
「…え」
そんな露骨に嫌そうな顔しなくてもいいだろ。あと少し距離を取るな。
「吸血鬼は吸血した相手の能力をコピー出来るんだ。だから今まで色んな相手の能力を取得してきた俺の血を吸えば俺と同じくらいまでには成れる。…吸血鬼ってなりたてだと恐ろしいくらいに不便なんだよな…」
吸血鬼として未熟なソウカだが、俺の血を吸えば幾分かはマシになるだろう。まあ、吸血鬼になったとは言え俺の血を数滴しか飲んでいない訳だから能力も力も純粋な吸血鬼には劣るだろうが。
「なるほど…?つまり疑似的にとは言え、あなたの戦闘経験や戦闘能力を私に写すことができるというのね?」
「そゆこと。やり方は簡単、犬歯で相手の首筋に噛みつく」
吸血鬼、と言えばこの吸血方法だろう。早く、そして相手を苦しませることもない、一番オーソドックスな吸血だ。
「…」
「大丈夫、俺は痛くはないから」
痛くはない。痛くはないのだが、一つ問題がある。
蚊が血を吸う時に痒くなる成分を傷口に仕込むのと同じように、吸血鬼は吸血する時に鎮痛剤のような成分を分泌するのだ。が
「じゃあ、いくよ」
「ん」
ソウカが俺の頭と背中に手をあてて、首筋に犬歯を突き立てた。
「っつ…」
吸うのには慣れていても、吸われるのは初めてなのだ。どうも痛みがないのに、ズブズブと牙が肉にくい込んでいく感触に違和感を覚える。
「あむ…んっ」
「う…」
ソウカが吸血を始めた。初めてというのもあって少しぎこちないが、上手く吸えているようだ。
「あ…」
しかし、そこで『問題』が起きた。
吸血鬼は吸血の際に鎮痛成分を分泌する。が、それには結構な『作用』があるのだ。
(…結構、キツい、な)
吸血している相手を逃さないために、相手を『魅惑』により魅了する。まあ、なんというか、いわゆる媚薬のような作用があるのだ。
(こんなに、キツいんだなっ)
自我を保とうと、唇を噛み締める。ここで『魅惑』に堕ちれば俺が何をしでかすか分からない。大体、その『何』については理解しているのだが。
『【魅惑】により、意識の混濁を確認しました。しかし、命への問題は無いようです。そのまま堕ちても大丈夫でしょう』
「お、ぃ!『解説者』ァァァ!!??」
徐々に頭の中が霧のようなモヤで覆われ、しまいには何も考えられなくなり、まるで糸が切れたかのようにして俺の意識は途切れた。
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「…ん」
水から引き上げられるようにして、意識が俺の体に戻った。変に重い瞼をなんとかしねこじ開ける。
「…寝ちまったのか?」
…寝る前までの記憶がない。確か、ソウカに吸血をさせて…そこから。
「…」
その時の俺はどんな顔をしていただろうか。乱れたベッドのシーツの上、そして俺の隣に嫌に肌色が多い翠色の髪をした少女が寝ているではないか。
「まさか」
まだだ。まだそうと決まった訳では無い。ベッド下に転がる丸まった服、そしてそれの持ち主である俺は当然服を、着ていない。
「…」
『昨晩は、お楽しみ、でしたね?』
「…やっぱり、そゆこと?」
『解析者』が笑みを含んだ声で『そこ』を強調させて来た。吸血の力って、思ったよりやべぇんだな…。
『吸血鬼が吸血鬼の血を吸う際には更に効果が高くなるようですね』
「聞いてねぇよ!!!」
はぁ、とため息をついて床に丸まっている服をテキパキと着る。…後でソウカに会う時なんて言おうか。案外分からない振りをすればバレないのでは…?
とりあえず、ソウカに薄い布団を掛け、服を畳んでその脇に置く。こっそりとシーツをテーブルクロスの要領で引き抜き、ゆっくりと部屋を出る。
「…あらかじめ忠告しといてくれよぉ」
『面白そうでしたので』
零した嘆きにまできっちりと返される俺の気持ちにもなってくれ。
その後、ナーサやルント達からいやにニヤニヤとした視線を送られた。俺自身、意識がなかったんだから仕方ないだろ?ちなみにソウカは顔を合わせるたびに赤面して逃げようとするので逃げられる前に脳天に手刀を叩き込んでおいた。
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「じゃあ、行ってくる」
数日後、骨に受けた損傷も完全に癒え俺達はルントの店先で二人に別れを告げる。
「短い間でしたが、お世話になりました」
それに続いてソウカも頭を垂れる。
「いつでも帰っておいで…って言おうとしたけど、そうはいかなかったね。すまん」
ナーサの顔には親離れをする子供を見つめるような嬉しいような寂しいような曖昧な感情が浮かんでいた。
「そんなことないよ。向こうについたら、こっちの世界に戻ってくる方法を見つけてやるさ」
俺はふっと軽い笑みを浮かべてから言った。
「ここの家がティアーシャとしての家で、あんた達が家族だもんな」
家族と会うためには時空でも世界でもなんでも超えてやるさ、そう付け足した。
「約束だね」
「ちょいちょい」
ナーサの大きな手が俺の頭をわしわしと撫でる。
「本当にいっちまうのかぁ…。さびしくなるなあ」
「何言ってんだい!」
がっくしと、ルントの首が折れた。そんな彼の背中をべシンと叩くナーサ。それ、一般人にやったら背骨が折れかけないから、うかつにやらないほうがいいぞ。
「いてて。…じゃあティアーシャ、お前がまたここに帰ってきたときにでも新しい料理を教えてくれよ。最近行き詰っててさ、なんかこうさっぱりした女性受けしやすいのがいいなぁ」
「結局あんたは料理かい」
ナーサの突っ込みがきれいに刺さる。ルントは照れるようにしてへへへと頭をかいた。
「おう、いいよ。それくらいならお安いもんだよ。大量に教えてやる」
「それまでに俺も新しい料理を考えとくからな。どっちの料理が旨いか、勝負だな」
互いの目を見つめあい、へっと張り合うようにして笑いあう。男同士(片方は元男だが)の友情って奴だろうな。
「ソウカも、ティアーシャを頼んだよ。でも、いざって時には逃げたってかまわない。自分の命が一番大切なんだ。それだけは元冒険者の私から言えることだよ」
「また帰ってきたら三人で料理しような」
「ちょっと、あたしは入っていないのかい?」
「いや、だってナーサに料理させたら食材が勿体ないだろ?」
「なんだい!あたしの料理が食えないって言うのかい!」
再びその場に笑いが起こる。そして、その笑い声が静かになったころ。俺は倒れこむようにして二人に体を預けた。
「じゃあ、また。俺が帰ってくるときまで」
「また会いましょう」
「ああ、必ず帰って来いよ。約束だからな」
「風邪ひくんじゃねーぞ」
俺は、自分の足で立ち上がり一度二人に目を合わせてから踵を返しゆっくりと街の外へと続く門の方向へと足を運ぶ。途中振り返るとそこには俺を見送るナーサとルントの姿があった。
数秒、その姿を目に焼き付けて俺は前を向き直る。投げだそうだなんて思わない。俺の隣にはソウカがいるし、何よりもまたここに帰ってくるから。
「行ってきます」
そう言葉を残し、俺は翼を広げソウカの手を握って空へ飛び立った。
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「いっちまったね」
「ああ」
彼女の姿が、小さくなって消えていくまで離れていくのを眺め二人は空から目を離した。
「あいつが帰ってきたら、盛大に宴会でも開くか!」
「ああ、そうだね。家族水入らずで、盛大にね」
ふっと、口の端に笑みを浮かべナーサは口を開いた。
「行ったきりなんて、やめてくれよ。ティアーシャ」
それが、誰に向けて放たれた言葉なのか。それは、本人すらも理解していないのだろう。




