第56話 吸血鬼の決戦
「ぬ…」
「…」
互いに手を出せないままに数秒が経つ。相手の実力は間違いなく俺より上だ。迂闊に手を出したら殺られる。
ちらり、一瞬ターミシャルから視線を逸らし天を見上げる。まだ月は雲に隠れたままである。
「ちっ…」
短剣を握る手に力が篭った。
短剣は、ソウカから貰った蛇を創り出し、操る能力を使って回収させて貰った。池に今から行ったんでは時間がかかりすぎるんでな。
俺は地を足で固めるようにして蹴りつける。
「…なにか策があるみたいだが?」
「それを言うほどこっちは余裕ねーんだよ」
残り一本のダガーナイフを懐から取り出し、奴に向かって投げつける。案の定、それは奴が発生させる風によって軌道を曲げられるのだが。もちろん、それは囮。ターミシャルの意識がダガーに向いている内に死角に回り込み、短剣を
「っ!!」
突き立てる前に本能が咄嗟に体を逸らした。すると一刻前に体があった場所には巨大な氷柱が現れていた。
「そんな子供だましに惑わされる訳なかろう」
ターミシャルは嘲笑を浮かべる。
「いんや?別に?」
そして俺も嘲笑も浮かべる。
「騙されないのは読んでんのよ」
俺は地面を力強く踏みつける。するとそこから紫色の魔法陣が発生し、一瞬にして俺とターミシャルの二人の四方八方を囲う土の結界が出来上がる。
「ふっ、ははははっ!自ら退路を絶ってどうするっ!」
ターミシャルは動揺もすることなく、俺に向けて氷柱を創り出す。
「っ」
辛うじて最初の数本の氷柱は避けきるも、さすがにこれだけの狭い空間だ。避けれなくなるのも時間の問題で数秒後には俺は再び氷柱に飲み込まれた。
「一体、何がしたいのだ…。殺されに来たのか?」
氷柱まみれになった土の結界の中を悠々と歩き回るターミシャル。
「ふっ…。どうもさん、俺の思った通りにやってくれて」
「…ぬ?」
「『業火』」
刹那、土の結界内が灼熱の炎に覆われる。炎魔法の上級『業火』である。
「悪あがきか?」
「…っ…それはどうかな?」
こちらの身がジリジリと焼けていくのに対し、ターミシャルは未だ尚平然そうな顔をしている。しかし、上級魔法の『業火』だ。周りの氷は溶け始め、段々と湯気になってきているし、俺ですら熱によってダメージを受けている。
「…?」
「へっ…何をしてるのかわからねぇっ顔してんなぁ」
分かるわけがない。分かってたまるものか。魔法と魔法の合わせ技。この世界では、魔法が普及していないこの世界なら、こんなことするやつなんているわけが無い。
「教えてやんよ」
俺とターミシャルの間に、大量の蒸気が立ちこめる。それはお互いの顔が見えないほどに。結界の天井からは水滴が垂れる。
「水蒸気爆発っていうやつをなぁ!!」
「なっ!」
ターミシャルの慌てる声が聞こえた。この密閉空間、これだけの水量と火力があれば、意図的にそれは起こせる。
「『業火』!!!!」
「ぬぉっ!?」
刹那、内から発生した爆発により結界は消滅した。
「うわっ!?」
「な、なんだっ!?」
敵の進軍を押さえ込んでいた冒険者達の足元をもその衝撃は伝わった。バランスを崩す程ではなかったが、気づかないものはいないくらいの衝撃だった。
「っ!?…ティアーシャ…っ!?」
もちろん、その中にはナーサもいる。ナーサは咄嗟に彼女の名を叫んだ。直感か、なにか確信があったのか。
ナーサは呆然と、その場に立ち尽くしていた。
「…いってぇ」
体がぴくりとも動かない。呼吸も浅く、上手くできているのかも分からない。ただ見えるのは雲の晴れた星の溢れる夜空だけ。
上手くいってよかった。水蒸気爆発の起こし方なんて記憶が曖昧だったから出来るかどうかすら分からなかったが、まぁ結果オーライ。良しとしよう。
「…あとは、自然治癒するまでゆっくりするかね」
ターミシャルが死ねば、街への操られた村人達の進行も止まるだろう。その村人達への対処はまた今度考えることにしよう。
『…っ!?』
「どうした?【解析者】」
俺が仰向けに横たわっていると【解析者】が焦った様子を隠せない声を発した。
『近くに敵対反応!!しかもこの反応は!』
「なっ…がぁっ!?」
突如、首に衝撃が走り激しい痛みが走る。
「き、さまぁ!よくも…よくも私に…!こんな真似を…っ!!」
視界に映りこんできたのは全身から血を吹き出した満身創痍にしか見えないターミシャル。
「ぎ、ぐ、ぁぁっ、」
「殺してやる…殺してやる!!」
首を両手で鷲掴みにされ、呼吸が出来なくなる。
「か、ぁ、ぁ…」
抵抗しようにも負ったダメージにより手が、足が、体が動かない。
「二度も、きさまに、殺されるのはごめんだ…!!」
ターミシャルの指の爪が俺の首の皮に食い込む。
「か、ひ…ぁ…」
視界がちかちかと明暗を繰り返し、ぐにゃあと目の前のターミシャルの顔が歪んだ。焦点が合わなくなり、物が二重に重なって見える。
やべ、飛ぶ。
ダガーもさっき投げつけたので最後だ。魔力も魔法を使えるほど残っていない。多大なダメージにより体が動かない。
「ぁ…」
闇と光を繰り返しながら、ゆっくりと意識が途絶えていく。水中で落とした物がゆっくり浮き沈みを繰り返しながら海底へと沈んでいくような不思議な感覚だった。
「…」
そして、底に着きかけたその時。
「…っ!!…!」
誰かの、声が聞こえた。とても親しみのある、声が。
刹那、首を圧迫していた手が外れた。
「がぁっ!はぁっ…!はぁっ…!!」
一気に血が頭に流れ込み、猛烈な吐き気が込み上げてくる。今度はしっかりと意識を繋ぎ止め、息を整える。
「はぁっ…はぁっ…がはっ」
喉の奥から血が溢れてきた。気管に引っかかり咳き込む。
しかし、そこまで深い傷で無ければ自然治癒の力で治るだろう。
「…ったく、危ないんだから…」
息を整えることに意識を向けていたため、その声がすぐに耳に入ってこなかった。だが、視界にすっと入ってきたものを見て、その声が誰の物なのかを理解出来た。
「…どうもさん」
「他にもっとましな感謝の仕方を教わらなかったの?」
彼女は俺に手を差し伸べた。血の気が戻り、動かせるようになってきた腕をその手に向けるとゆっくりと、包み込むようにして俺の腕は握られた。
「…心配かけさせるんじゃないわよ」
「それはこっちのセリフだっての…」
彼女の肩を借り、ゆっくりと立ち上がる。視界の端でゆらりと翠色の髪が揺れた。
「----おかえり。…ただいま」
「----ただいま。…そしておかえり」
互いに顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。二人して体は血まみれだ。第三者が見たらどう思うだろうか。
「さて、そこのくたばってる奴に」
俺はソウカに支えられ、地面に落ちていた短剣を持ち上げた。
「この戦いに」
ソウカが剣を持つ俺の手にその手を重ねた。
「「決着を、つける」」
俺達は仰向けになって倒れているターミシャルの元へ共に足を運び。
「や、やめ、ろ…」
すぐ側で足を止めた。
「やめろぉぉぉぉ!!!」
そして、二人で剣を掲げた。
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「…っ」
いつの間に、寝ていたのだろう。仰向けになって俺は天井を見上げていた。しかし、そこは見慣れなぬ天井。やけに高く、そしてやけに涼しい。
「目覚めたか」
「っ…」
カツカツ、とヒールの音がした。手を使って立ち上がり、ゆっくりと音のする方向へ体を向ける。
「…あんたは」
「覚えていたか」
薄紫色のロングヘアー。ゆったりとしたパジャマにも見える服に赤ぶちの眼鏡。
「…たしか、アダマス。だったか?」
忘れもしない。この俺を転生させた張本人。人として呼ぶのは変な気もするが、本人曰く神らしい。到底神には見えないのだが、俺を転生させたのだし神なのだろう。
「よく覚えていたな、その心がけはいいぞ」
よっこいしょ、とアダマスは背もたれの大きな革製の椅子に腰掛ける。ここはアダマスの部屋、なのだろうか。周りは大量の本と本棚で囲まれ、円柱のような部屋の構造をしている。
「そりゃどうも。んで、どうして俺はここに?」
まさか、また死んだ。なんてことは無いよな?
ある訳のない予感に思わず身の毛がよだつ。
「いや、なに。大したことではない。全く、良くやるなぁ、と褒めてやろうと思っただけだ」
「…?」
「単刀直入に言おう。あの男、ターミシャルを蘇らせたのは我々神の仕業だ」
「っ」
俺は思わずグッと拳を握り締める。通りでおかしいと思ったんだ。死んだはずの男が、ただの人間があれだけの力を持って再び俺の前に立ちはだかったということに疑問しか湧かなかったのだ。
しかし俺という死者を蘇らせたのだから、ターミシャルなんぞ蘇らせるのは意図も容易いのだろう。
「まぁ落ち着け。なにも私がやったのではない」
アダマスは椅子をくるりと回転させ、俺に背を向けた。
「お前のやろうとしていることは、禁忌に触れるのだ」
「…やろうとしていること?禁忌?」
「ああ。こんなことするやつはお前が初めてだからな。力ずくで元いた世界に帰ろうとするやつなんてな」
それは、俺が前世の世界に『神石』を手に入れ戻ろうとしたことか?
「もちろん他の神々の目にその行動は写った。だが、私はお前が【解析者】と呼んでいる者を通じてお前の感情は全て読みとっていたから、神々の行おうとしていた処分に反対した」
『私、を通じて?』
【解析者】がぼそりと呟いた。そもそも、【解析者】は俺がこの世界に転生する際にアダマスから付与された力だ。確かに、それを通じてアダマスが俺を監視することなど容易いだろう。
「つまりあんたは、俺に味方した?」
「…味方した、というのは少し語弊があるな。同情した、というのが正しいのだろうか。少なくとも私が転生させたのだから多少の思い入れはあった」
「ふぅん?」
「しかし、処分の取り止めを他の神々はするつもりはなかった。そこで、私は一つの提案をしたのさ」
アダマスはこちらにくるりと向きかえった。
「試練を与えよう、と」
「…それが、ターミシャルの復活」
「話がわかってやりやすい。そうだ、その試練を達成すればこの件は見逃すと。そして、お前はそれを成し遂げた」
「ターミシャルを殺したことにはなにも言わないのか?」
俺は確かに殺人を、しかも同じ者を二度も殺している。それが、許されるのだろうか。
「お前はチェスのコマが一つ、相手に取られたところでそれを可哀想だと思うのか?取った相手に何か罪を着せたいと思うのか?」
「…」
それはつまり、俺達は所詮神々のコマということ。生きようが死のうが殺そうが殺されようが、関係がない。しかしチェスとして表現したあたり誰がどう死んだ、くらいは把握してるみたいだな。
「話を戻そう。お前は神々が仕掛けた試練を見事乗り越えた。つまり、他の神々はこれからお前に干渉するようなことはないだろう」
「…なるほど?」
俺は肩をちょいと上げて苦笑した。
「で、俺から聞きたいことがあるんだが」
「…なんだ?」
「『神石』を使えば、願いが叶えられるというのは本当か?」
俺は神々が寄越した試練とやらに勝ったわけだ。つまり、俺は元の世界へ帰ることを間接的に認められたこととなる。
ならば、存在も能力もあやふやな『神石』について今ここではっきりさせておくべきだろう。
「『神石』は私がお前の世界に残した試練だ。神石に触れた者は私の前へと召喚される」
アダマスは机の上からおもむろに葉巻を取り上げ、卓上の蝋燭の火をその先端に移した。
「…私はお前を今すぐにでも元の世界へ送ってやってもいいのだが」
ふぅっ、とアダマスは口に含んだ煙を吐き出しニヤリとこちらを見つめた。
「お前には仲間がいるだろう?」
「…ああ」
俺だけならば今、この場で元いた世界に返して貰える。しかし、この世界に取り残された者達はそんな俺をどう思うだろう。
「ならば、『神石』を取って共に石に触れて再びここへ来い。その時に再び話を聞こう」
「…わかった」
パチン、とアダマスが指を鳴らすと視界が端から白い光に包まれていった。
「待っているからな」
アダマスは目を猫のように細め、微笑した。
その笑いの奥には何か、深いものがあるような気がした…
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途中に出てきた水蒸気爆発ですが、詳しい原理をちゃんとは知らないのでかなり曖昧になっています。
ゆるしてちょんまげ




