第53話 吸血鬼の生き血
---数刻前
「か、数がっ!多すぎるっ!!」
予想していた通り、あまりにも人数差がありすぎる。こちらの人数はあまり減っていないといえど、度重なる負傷で前線を下げざるをえない。前線を下げれば弓兵達がカバーしてくれるのだが、矢が尽きるのも時間。前線に出るのが得意ではない弓兵達が前に出れば連携は崩れ、形成は相手側に大きく傾くだろう。
(…けど、ゆっくりと敵の攻めが薄くなってきている…。これはチャンスかもね)
私はこれをチャンスと見た。後ろに下がりっぱなしでは埒が明かない。なんなら、いずれ街を取られてしまう。敵の進行が遅くなった今、逆に前線を上げなくてはならない。
「一か八かの賭けだっ!!」
闘わせていた蛇達を己の元へ引き換えさせ、それを吸収して自分の体を巨大な蛇へと変化させる。
「久しぶり、ね。この体になるのは」
ティアーシャと出会い、闘った時が最後だろうか。それ以降、蛇化を使った覚えはない。
「今度、命を守るため!この力を使わせてもらうわよ!!!」
地面を這うようにして前に進み、数人の敵兵士を囲うようにしてとぐろを巻き、押し潰す。
グキョッメシッ!と、骨の砕けたり、折れたりする音がするせいか、あまり心地のいいものでは無かった。
「…」
そんな感触が肌を伝ってくるのだから、思わず吐き気が込み上げてくる。
(そんな気持ちは、今までしなかったのに)
これまでは、この感触を感じる度に心の底からふつふつと溢れる高揚感に満ち溢れていた。けれど、今は。
「はぁっ!!」
沢山の命を奪ってきたこの体で、今は尊い命を守っている。逆にこの命が尽きれば私の後ろにあるものは砕け、散ってしまう。
「りゃぁ!!」
先程よりも多くの敵を絡め、体で潰し殺す。例え相手が農民だろうとも、こちらを襲ってくるのであれば問答無用で殺す。
「はぁぁぁっ!!」
『…蛇女がこんなにしぶといとは…。計算外だったな…』
「っ!?」
刹那、ビキンと体が凍りついたかのように動作を停止した。
頭の中に流れてきた聞いたこともない声。しかしその声色からは恐ろしいくらいの殺気と憎しみが感じ取れた。
「…あ、あんた誰?」
周囲にそんな悠長に話しかけてくるような奴は見当たらない。血相を変えて襲いかかってくる農民だけだ。
『…お前と直接関わったことはなかったな…。まぁ、いい。知る必要はない。なぜなら』
毛のよだつような寒気がした。やばい。直感がそう訴えた。
『お前はこれから死ぬのだから』
「っ!?」
腹の中央。まずそこから違和感を感じた。
「が、がはっ!?」
刹那、喉の奥から大量の血液が吹き出した時、違和感を感じた所から激痛、とは表せないレベルの痛みが生まれた。
その瞬間、体が後ろに大きく吹き飛び背中から地面に着地する。
全身に痛みという痛みが周り、私は、意識を手放した。
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「らぁぁぁぁっ!!!」
翼を折り畳み滑空しながら短剣でターミシャル目掛けて突っ込む。狙うは奴の喉笛。
『舐めているのか?』
「くぅっ!?」
すると、ターミシャルを中心に衝撃波が発生し俺の体は吹っ飛ばされる。
「『水砲』!!」
吹き飛ばされながらも、空中で短剣を鞘の中にしまい両手を突き出して、手の平から現れた瑠璃色の魔法陣から高圧水流を発生させる。
「『雷電』!!」
続けざまに手を指鉄砲の形に組み、指先から電気の走る弾を撃ち出す。
「『風刃』!!」
腕を横薙ぎに払い、その際に発生した風に魔力を注ぎ風の刃を飛ばす。
ありったけの魔法を、ターミシャルに向かって放った。間合いに入ることが出来ないのであれば、魔法での攻撃が有効、なのだが。
「…んなっ…」
奴の翳した人差し指1本だけで、それらは消滅させられてしまった。
俺の魔法はあくまで近距離での戦闘と合わせて効果をなすものだから個々の威力はそこまで高くない。とは言えど、『吸血強化』で威力は相当増しているはずだ。それを指一本で相殺させてしまうとは。
「…くっ」
一気に魔力を使ってしまったからか。頭から血の気が引き、目眩がした。
「どうやら、一筋縄では行かないって言うことか?」
『…悪あがきはやめた方がいいぞ。素直に負けを認め、その命を差し出せばこの街を襲うのは止めてやろう』
「…。ソウカは?どうなる?」
『…ソウカ?なんだそれは?』
「お前、さっき蛇女っつってただろ?その蛇女の命はどうなるんだ?」
…そう易々とこの命くれてやるつもりは無いが、もしもこの戦いに負けたら、彼女をどうするつもりなのだろう。
『ックハハハハッ!!なら心配せずとも良い』
「なんか、やけに意味深な笑いだな」
ターミシャルは口を大きく開けて、腹を抱えて笑いだした。そして、しばらくして涙目の、半月状に見えたその瞳をこちらに向け。
『あの蛇女は、お前が死ぬ頃には息絶えているだろう』
「…なっ」
それは、『俺がターミシャルと戦い敗れ、その時にソウカは敵の大群に敗れ殺される』という意味なのか?違う。この笑いの裏には何かおぞましい毛のよだつような何かがあるはずだ。
『そんなに死に急ぎたいなら見せてやろう!あの蛇女の死に様をなぁ!』
「…っ!?」
刹那、頭に小突かれたかのような軽い衝撃が走り、脳内に映像が映し出された。
「…?」
そこは、湖。木々に囲まれた巨大な湖だった。
(ここは街のすぐ側にある…)
俺は水に触れることが出来ないから、湖に近寄るのは敬遠していたのだが。翼で飛ぶ練習をしている時に数回ほど見かけた覚えがある。
しかし、それはその時とは明らかに違っていた。湖を囲うようにして松明が立てられ中央には、同じく松明が付けられた小さなボートが浮いている。そのボートには約三人。二人は上裸の男で一人は緑髪の女。女はその場に横たわっている。
(…何だ?)
ゾゾゾ、と嫌な予感がした。女は横たわっていているのでは無い。手足を縛られているのだ。
そしてその緑髪の女には、見覚えがあった。
「…ソウカ…?」
身動きの取れない、ソウカらしき女は男二人に持ち上げられた。
「ソウカ!?」
『これより、処刑を開始する』
「ーっ!!」
その一言で、我に返った。体が勝手に動き、翼を広げ高速で空を飛んだ。
「ソウカァァ!!」
湖が見えた。脳内で見えたのとまるっきり同じ湖だ。
「くっ!!間に合えぇぇぇ!!!」
女は、確かにソウカだ。今、男二人に掲げられ湖の中にほおり投げようとしている。
「うぉぉぉっ!」
届くはずもない手を、伸ばした。あと少し、なのにその距離と時間はとても長く感じた。
咄嗟に短剣を抜き、片方の男目掛けて投げつける。短剣の起動は確かに男を捉え胸に深く突き刺さった。
「くっ!!」
しかし、その時にはソウカは宙に舞っていた。これが所謂ゾーンと言うやつなのか。時がゆっくりと進んでいるようだった。
バッッ!!
激しい水飛沫を上げ、ソウカは湖の水の中へと沈んで行った。
「ソウカァァァ!!」
俺もソウカを追って水の中に頭から突入する。
(くっ!?)
炙られているような痛みが全身を覆う。多少なりとも一年間の間で水耐性を手に入れたとてやはり種族的弱点はそうそう補えないようだ。あまり時間は掛けられない。時間をかけ過ぎればこっちもお陀仏だ。
(掴んだっ…なっ!?)
徐々に沈み行くソウカをぎゅっと掴み浮上を試みる。が、いくら引っ張ってもソウカは浮き上がらず、なんなら俺も一緒に沈んでいく始末だ。
(錘…だと?)
慌ててソウカの体を観察すると、体を拘束している太いロープに巨大な石がいくつも括り付けられているのだ。
(早く、しねえと!!)
鞘から短剣を抜こうとするが、その手は空振ってしまう。短剣はボートの上の男に突き刺さったまんまだ。
急いで懐からダガーナイフを取り出し、ギリギリとロープを切りつける。しかし如何せんダガーナイフではこの太いロープを切るのに時間がかかる。
(荒療治だけど、この際はっ!『水刃』!)
風刃を使う要領で水を腕に纏わせ、ロープをたたっ斬る。勢いよく切ったため、ソウカの体に傷が着いてしまったが状況が状況だしそこまで傷も深くないので大丈夫だろう。
ソウカを縛っていたロープが斬れ、錘と共に水中に沈んでいく。俺はソウカを抱え、いち早く水面を目指した。
「かっ、かはっ!!!」
何とか水面から顔を出し、口から空気を取り込む。
「ソウカ!しっかりしろ!ソウカ!!」
ソウカの体を持ち上げ、湖の岸まで泳ぐ。水でぬかるんだ地面にソウカを寝かせ、顔をぺちぺちと叩いて確認する。
「ソウカ!?ソウカ!?」
反応がない。
「っ…!」
呼吸が止まっている。鼓動も共に。
俺の頭から血が引いていった。
「くよくよしてる場合じゃねぇ!!」
急いで彼女の、血にまみれた服を破き鳩尾の辺りで手を組んで胸筋圧迫をする。
「っ!っ!っ!っ!」
三十回ほど胸筋圧迫をし、気道を確保させながら人工呼吸をする。
すーっとソウカの胸が持ち上がるのを確認して、もう一度大きく吹き込む。
「っ!っ!っ!っ!」
しかしいくら繰り返そうとも、ソウカの体は力無く揺れるだけだった。鼓動も、呼吸も、彼女は行わなかった。
「ソウカ!!目ぇ覚ませ!!いつまでも寝てんじゃあねぇ!!」
吐き気がした。水にずっと触れているからか。いや、きっと自分の甘い心に吐き気がしたのだろう。あの時、急いでソウカの元へ戻っていたら、彼女はこうはならなかったのではないか。
「…」
喪失感。まだ終わっていないと、自分に言い聞かせているのに、彼女の胸で組んだ手は動かなかった。
「ソウカ…」
『…。彼女を生き返らせたいですか?』
「っ!!【解析者】!?な、なにか方法があるのか!?早く、早く教えてくれ!!なんでもする!!」
『…今の方法ではまず彼女は諦めるしかないでしょう。ですが、私があなたに伝えるのは大罪ともなり得る方法です。あなたが、あなたがその大罪を背負っていける覚悟があるのなら、お教えしましょう』
そんなもの、あるに決まってる。
「分かったから!早く!!」
『…』
「早く!!」
『…あなたの血を、吸血鬼の血液を彼女に与えるんです』
「それでいいのか!?ならっ」
『待ってください!!!』
「っ…」
【解析者】の、焦る様な怒るような声に俺ははっと我を思い出した。
『…確かにあなたの血を彼女に与えれば彼女は蘇ります。ですが、彼女はあなたと同じ、吸血鬼の遺伝子を持ちます。それが、なにを意味するのか。あなたならお分かりですか?』
「…っ」
いままで通り生きることが出来なくなる。融通の効かない大変な日々を送ることになる。日中は歩けなくなるし、人からは差別され、敵視される。
…その苦痛を、彼女に分けてしまっていいのだろうか?
「…」
俺がもし、彼女に血を与えれば彼女は地獄のような日々を味わっていくことになる。
…確かに大罪だ、確かに。
「でも、約束したんだ…。お前と一緒に、『神石』を手に入れるってなぁ…」
俺のわがままだ。俺の弱いところだ。
けど、許してくれ。ソウカ。
俺は指を噛み切った。
「俺は」
そこから滴る血液の雫をを彼女の口内に垂らしていく。
「もう、誰も」
「「失いたくない」」
伏線って置くの楽しいけどよくよく忘れる。