第52話 蛇の命
投稿遅れてごめんぴょん、頑張って書いていきます
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ナーサを含む前線組が足並みを揃えたやってくる大群に真正面から立ち向かっていく。
相手は武器、そして技量ともにこちらには劣っている。私達が数人まとめて相手するのはそこまで難しいことでは無いはずだ。しかし、相手には量がある。どれだけ敵が弱かろうと、味方が強かろうと、やはり体力の限界というものはある。
体力が尽きるか、敵が全滅するか。その結果はまだ見えない。
「死ねぇぇぇ!!!!」
「っ!?」
雄叫びを聞き、咄嗟に頭を横にずらすと頬を鋭い何かがかすった。どうやらこちらもゆっくり出来なくなってきたみたいで。
「人を殺す時は静かに、何も叫ばないの方が良いわよ。まあ、もう遅いのだけれど」
「ぎっぐぅぁぁぁぁ!?」
地面に這わせておいた蛇を男に向かわせ、襲わせる。一匹一匹に致命傷となり得るような傷を与える力は無いが、それは数が集まれば話が変わる。
数匹は喉に巻き付き、数匹は体の太い血管の通っている場所を徹底的に噛みつき、数匹は神経毒を注入し。
男は白目を向いて、泡を吹いて前のめりに倒れた。
「やっぱり戦闘面はかなり劣っているのね…。やはり数が」
前線組はいつまで耐えられるのだろうか。…それに、彼女はいまどこに。
「悩んでてもしょうがないか…」
今はやることをやる。最善を尽くす。それしか無いのだ。ティアーシャに頼ってはダメだ。私がやる。やらねばならないのだ。
「行け!」
大量の蛇を地面に這わせ、前線組のサポートに向かわせる。これだけの量だとコントロールするだけでも精神力を消費するだろう。けれど、だからと言ってやらない訳にはいかないのだ。
「…」
無意識の内に、ナーサから渡された短剣の束を握り締めていた。それは、私の生への渇望から来た行動なのか、それとも己の闘争心から来た行動なのか。
「っ!」
それは私もわからない。けれど、私は。この街のために、私を受け入れてくれたティアーシャのために、ナーサのために、そして私のために。戦う。
来り行く敵軍を、双眼で睨みつけた。
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「ったく、キリがないね…」
竹槍やら鉈やら鍬やら、貧弱な装備を構え突っ込んで来る農民のような格好をした敵を大剣で切り飛ばす。一人一人は大した能力は力は無いが、やはり数が多い。敵が尽きるか、体力が尽きるか。未だにどちらに軍配が上がるのかさえも予想できない。
(街一つ占領するのに、こんな無謀なことするかねぇ)
もし占領出来たとて、そこに移住できる民はほとんど居ないだろう。家族、親戚、街の人の死体で溢れかえった街に誰が住み着くというのか。
(なにか…他に目的があるのだろうか)
こんなちっぽけな街を襲撃する理由。それはおそらくこの街にしか無いものを狙っているのだ。しかしそれがなんなのか…。ギルドに繋がる洞窟?そんなもの、ちょいと広い国にでも行けばどこにでもあるだろう。わざわざ住民を犠牲にしてまで奪いに来るとは思えない。
この街にしか無いもの。この街にしか無いもの…。
「っ!?」
いや…まさか。まさかそんなはずあるまい。たかがそれだけの為に、彼らは命を犠牲にしているとでも言うのか?
「…こいつぁ、なんか裏がありそうだ」
弧を描いて飛来した矢を叩き切り、額の汗を拭う。こんな程度で疲れるはずないんだけどな…。
「ソウカっ!あんたはもう少し後ろに引いてなっ!」
「は?」
少し後方で、蛇を操りながら敵を短剣で捌いているソウカに向かって声をかける。当然ながら彼女はあっけに取られた表情を浮かべていた。
「こいつらの狙いは…ガッッ!?」
「ナーサさん!?」
ソウカにそのことを告げようとした刹那、左肩に鋭い痛みが走った。
「…ちくしょう」
そこには矢じりが肩に深々と刺さった矢があった。ほんの一瞬の隙をつかれたのだ。
矢じりが完全にくい込んでいる。無理にひいては出血を招くだけだ。矢の軸を片手で折って地面に捨てる。
「この程度で怯むと思ったかい?」
目の前には迫り来る敵、敵、敵。ソウカにあのことを伝える暇も無さそうだ。
「チッ」
ここは命運にかけるしか無さそうだ。痛む左肩を抑え、片手で大剣を持ち直す。
「かかって来なよ、ヒョロガリが」
少し、昔のことを思い出した。
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「ガァッ!?」
「…四人目」
【解析者】のマーキングにより位置を明らかにされた者たちを片っ端から倒していく。修道着を着ている物もいれば農民に紛れた極一般的な麻の布で出来た服を身に付けているものもいる。【解析者】がいなかったら今頃片っ端から全員倒さなくてはならなかった。【解析者】さまさまだな。
「次の輩は…?」
周囲をぐるっと見回し、【解析者】の立てたマーカーを探す。前線組は耐えれそうな所は後回しにしている。下手に戦いに巻き込まれて行動不能にでもなったらジ・エンドだからな。
『…っ!?近くに強い敵性意識を持つ存在が発生!!今すぐそこを離れてください!!』
「敵性存在?そんなもん…そこら辺にわんさか…っわぶっ!?」
空中で静止していると、突如猛烈な風が発生し思いっきり吹っ飛ばされる。
「ぐぅぁぁっ!?何しやがんだ!」
慌てて後方に魔力を噴出し、ブレーキをかける。咄嗟の判断のおかげでさほど飛ばされずに済んだ。
『…シャ…ティアーシャ…』
「?」
風を警戒し、少し高度を下げていると脳内に直接語りかけられているような不思議な低い声が聞こえた。
「…?【解析者】?変な嫌がらせは止めてくれ」
『…私は何もしていませんよ…?』
「…じゃあ誰が?」
念の為に【解析者】に確認するも、やはり違うと言われた。そもそも【解析者】の声はこんなに低くないもんな。
『…ティアーシャ、ようやく見つけたぞ…。薄汚い吸血鬼風情が…。小汚い蛇女も…』
「…蛇女?ソウカのこと、か?」
汚いって言うなよ。俺もソウカも風呂入ってんだぜ?風呂上がりとか髪の毛サラッサラなんだからな?
『他の世よりやって来た愚物どもが…今宵、我らの力によって消え去るがいい…』
「わぶっ!?」
再び俺の周りに強い風が吹き荒れ、吹き飛ばされる。高度が落ち、森の木々の小枝が肌を切り裂く。
「ぁっ!?」
背中に折れた木が突き刺さり、声にならない悲鳴が口から零れる。
「こんちくしょうがぁっ!!」
すぐさま己の背後に勢いを付けて魔力を放出。落下のスピードを殺し、羽根で再び体勢を整える。
「はぁ…はぁ…」
スピードを殺すのに、結構な魔力を放出してしまった。とは言え、まだ三分の一も消費していないのだが。
いつ終わるか分からぬ戦いを前に、無計画で魔力を消費しちまうのは結構まずいな…。
「てめぇ!どうやらさっきから俺ん頭ん中に喋り掛けてるみたいだけどよぉ!そんなコソコソしてないでさっさっと姿表したらどおだぁ!?」
おかしい。冷や汗が止まらない。己の中で、こいつはやばいと警告が出ている。姿を見せない、ということは必然的にその存在は遠くにあるということだ。その距離から、意図的に今の風を起こせる。それはつまり、相手は強力な魔力、または強力な能力を持っていることとなる。
「…とは言いつつも、逃げる訳にはいかないんだよな…」
逃げられないんじゃあない、逃げないんだ。俺の命の後ろにはナーサ、ルント、ソウカを含む街の皆の命があるんだ。
「なら、ぶつかって砕きに行くしかねぇよな」
再び翼を大きく広げ、空へ舞い上がる。また吹き飛ばされようと関係ない。今の俺は、何度でも立ち向かってやる。
『覚悟はあるようだな…。しかし、その覚悟が、勇気が、いつ碎けるのか。フッ…、待ち遠しいな』
「くっ」
また風が吹き始める。しかし、今度のそれからは俺を吹き飛ばそうという意思を感じられなかった。
その風はまるで渦を巻くようにして吹いていた。風で視界が覆われ、視界が効かなくなるような風だった。
『いいだろう…。その覚悟、見せてもらおう。愚物らしい、そのチンケな覚悟をな』
「なっ…」
思わず俺は息を飲んだ。そして声が出なくなった。風が止み、渦の中心にいた者の姿には、はっきりと見覚えがあったからだ。
「なんで、どうしてお前がここにいる!!」
その男はフッと笑った。その笑いは苦笑でも、微笑でもなく、嘲笑うような笑い、嘲笑だった。
「ターミシャル!!!!」
忘れたくとも忘れない、その極悪な面構え。
なんで、どうして…お前は…俺がッッ!?
「殺したはずだ」
「なっ…」
「そう言いたいんだろ?確かに私は貴様に殺された。吸血鬼としての本能を露わにし、血を吸い尽くされ、殺された」
「…」
「だが、神は、主神はこの私を蘇らせたのだ!!そして神にも劣らぬ強大な力を持ってこの地に戻ってきたのだ!!」
「な、なにを…お前は!この場所に帰って来てはならないんだ!!さっさと、この村人達を引き帰らせて!帰りやがれ!!!」
「帰るさ。お前と、蛇の女を殺したらな!」
ターミシャルは吐き捨てるように言った。その言葉を聞いて俺は、腸が煮えくり返るような気がした。
「なら、力ずくでも出ていってもらおうか。もういっぺん、あの世に行きなぁ!!」
どうしてこいつが生きているのか、俺には理解できない。しかし、また俺の前に立ちはだかるのならこいつを倒さなくてはならない。
俺は懐からダガーナイフを取り出し、彼に向かって投げつけた。
「…ふっ」
「なっ…」
しかし、彼がまるで団扇で扇ぐように手をこちらに向けてゆらりと揺らすと、ダガーナイフは道筋を変え明後日の方向に飛んで言ってしまった。
「その程度では、この私は殺せない!」
彼はおもむろに人差し指をこちらに向けた。
それはただの挑発とも取れたが、俺の直感が何かあると悟りほんの少し、体を横に逸らした。刹那。
「カハッ!?」
右胸に鋭い痛みが走った。その衝撃で体のバランスを崩してしまう。
「な、にがおっごぼぉっ!?」
呼吸を整えようとした時、喉の奥から大量の血液が溢れ出した。
「人って言うのは肺に穴が空くと血が喉の方から飛び出してくるらしいぞ?あぁ、お前は吸血鬼だったな…」
ターミシャルは苦笑を浮かべた。ちくしょう、余裕ぶりやがって…。
何をしたのか知らないが、こんな傷は吸血鬼の俺にはほんの数秒で完治できる。とくに戦闘に差し支えが生じる訳では無い。
「そうやって余裕になってるのも、今のうちじゃあないか?ターミシャル。俺だってあの時とは違うんだ。殺すと思った相手は躊躇いもなく殺せる」
短剣をぎゅっと握り締めた。
「復活しようが関係ない。また、お前を殺せばいい話だからな」
「…。いいだろう」
ターミシャルは再び不気味な笑みを浮かべた。その裏には、何か絶対的な自信がある。そんな確信があった。
「…行くぞターミシャル。『吸血強化』ァ!!」
俺は、青白く細い腕に己の牙を突き刺した。ずっと使っていなかった『吸血強化』。
「初めから、全力で行かせて貰うぜ」
体の芯から、力が溢れて来た。その感覚は、だいたい1年くらい前の出来事の時に、似ていた。