第48話 吸血鬼と教会
「…殺す?我々を?」
俺が剣の切っ先を向けた男はすぐに腹を抱えて笑いだした。
「この数にあなた一人で何が出来るというのですか。寝言は寝てから言いなさい」
「…」
確かに、こいつらの後ろには何人もの武器を持った人間が立っている。だが、所詮は人間。軽く脅せばビビって戦意を喪失するはずだ。
「我々がここにいるのはある者の抹殺です。あなたのような人に構っている余裕は無いんですよ」
男は顔から表情を無くし、淡々と言ってみせた。
「ある者の抹殺…?」
「えぇ。ここの傍に住まうと噂されている吸血鬼ですよ」
「ふぅん。じゃあお前ら運が良かったな」
体の細胞の一部を蛇に変化させて切り離すソウカの能力を使い、何十匹もの蛇を作り出し大地を這わせる。
「俺がその吸血鬼のティアーシャだよ」
男達に大量の蛇が飛びかかる。
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「ソウカー?」
「ナーサさん、どうかなさいましたか?」
とぐろを巻いて休憩していた蛇をつんつんしていたら、背中からナーサに声をかけられた。
「いや、ティアーシャを見てないかい?」
「ティアーシャ…ですか?さっき外に出てきましたけど、そろそろ帰ってくると思いますよ?」
「…。そうかいそうかい。ならいいんだけどね」
ナーサは服の胸元をギュッと握りしめた。
「なんか…胸騒ぎがするんだよ」
その刹那だった。
「がっ!?」
体の内側から、何かが砕けたような痛みが襲ってきた。
「ど、どうしたんだい!?ソウカ!?」
慌てて駆け寄ってくるナーサを片手で止めて、落ち着いて呼吸を整える。
「…ふぅ…」
「…大丈夫かい?」
「え、ええ。なんとか」
実はティアーシャにも、ナーサにも内緒で八匹。感覚を共有させた蛇を放ち街の周辺を警戒させていたのだ。この間みたいに唐突の襲撃が無いとも限らないからね。
しかし、その蛇の内の三匹が殺された。蛇は八方位を囲うように配置していて今殺された蛇は【北】、【北西】、【西】に配置していた。三匹も、そしてほぼ同時に殺されるなんて偶然的に起こりうるようなことじゃない。
「…実は」
このまま一人でこの問題を解決できるとは思わない。もしティアーシャを襲った奴らの仲間なのなら、私が単独で戦っても勝てる確率というのは限りなく低いだろう。
ということで、このことをありのままナーサに伝えた。何回か説明しないといけないものかと思っていたけど予想とは裏腹にナーサは私の言ったことの全てを信じてくれた。
「…そうかい。で、そのソウカの蛇が殺されたのはここからどれくらいの距離なんだ?」
ナーサは顎に手を当てて聞いてきた。
「だいたい普通に歩いて二時間くらいのところです。…ただ、【北】【北西】【西】の蛇がほぼ同時に殺されたことからすると敵はかなりの量でしょうし」
実際、蛇と感覚を共有していたので死ぬ寸前までの蛇達の視界を私は知っている。
「私が見た時、多くの人間が鍬や竹槍を持っていました。…恐らく近くの街からの…」
他の場所に配置してある蛇達の体を動かし、辺りを警戒させていると南に配置てあった蛇の視界に何か白い物がチラチラと写っていた。
「…?っ…!」
気になってそれに向けて軽く蛇を移動させると、その白い物の形がより明確になる。
「…」
「…にしても私達だけじゃちょいと無理だね。ティアーシャが来てくれれば助かるんだけど…どこ行っちまったんだろうね」
「ティアーシャは…来ませんよ」
「…?ソウカ?」
「ティアーシャは南側で同じような奴らと戦ってます…」
「なっ…」
いつ頃から戦い始めたのかは定かではないのだが、ティアーシャも所々に傷を負っていることから今さっき始まったと言うわけでも無いのだろう。
「だから…私達で何とかしないと…」
手のひらに溢れる汗をごまかすようにぎゅっと拳を握り締めた。
私一人で一体何ができるのだろうか…。確かに私の能力で作り出すことの出来る蛇は万能だし、人数不利な時の埋め合わせにだってなる。
しかし、所詮は蛇だし、それなりの数を生み出そうとすればもちろん一匹一匹のサイズ、力が反比例して落ちてしまう。
「ううん、諦めたらそこで試合終了だよ」
頭を振って、弱気になろうとする己の考えを追い払う。
「ナーサさん、早急に策を練りましょう!」
「そうだね、早急に準備するよ」
私達は互いに頷きあった。
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「ひ、ひぃぃぃぃ!!しゅ、主教様!お助け下さい!」
「大丈夫です、あなたを含む私達には神の加護が着いています。あなたが敗れることは決してありません」
随分とへっぴり腰な奴らばっかりだった。まぁ、所詮は寄せ集めの集団だろうから多少は予想はしていたが…。
「お前らどうしてただの農民に竹槍を持たせる?戦闘に慣れてないような者を、なんで集めて戦わせる?」
たかが俺を殺すためだけに、ただそれだけの理由でこれだけ人数が集まるのだろうか?しかも、こいつらは俺にとってなんの関わりもないただの農民だ。
考えられるのは『洗脳』。俺に何かしらの恨みがあり、俺がこの街にいた事を知っていた誰かがこいつらを洗脳した可能性が高い。それならば空から見た時にこいつらが以上な魔力を放っていたことにも説明がつく。
「悪しき者の排除をしたいという皆の意見が一致したのですよ。--火よ、悪しき者の魂を焼き尽くさんばかりの炎の力を我に貸したまえ!」
神父服にを包んだ先頭の男が飛びかかろうとする一匹の蛇をあしらうようにして叩き落とし、手の平で作り出した火球をこちらに向けて放った。
「俺からするとその意見が一致してるようには思えないんだよな」
懐からダガーナイフを取り出してその火球に投げつける。ナイフは火球を真っ二つに切り裂き、そのままそれを放った男の頬を切り裂いた。
「っ...」
「ま、所詮人間のお前らが俺に勝てるわけないんだ...。次は目ん玉狙って投げるから、覚悟しとけよ」
周囲の空気が強ばったのを肌で感じた。相手から感じ取れる恐怖、絶望。そんなマイナスの感情が辺りを取り巻いていた。
「何が悪で、何が正義とか。それをお前らに決める資格なんて無ぇ」
その言葉は、相手に向かっているはずなのに、どこか自分に向かって諭しているような気分になった。