第47話 吸血鬼の葛藤
『悩んでますね?』
--あぁ、そうだよ。
命懸けで『神石』を手に入れたって、俺が元の世界に帰れるという確証は無いし、そもそも『神石』が存在しているのかということも怪しい。
それならばそのようなリスクを侵さずに、新たに授かったこの命を。存分に大切に使った方がいいのでは無いだろうか。
『まぁ、決定権は私にありませんからね。その判断はあなたが決めてください』
--…分かってるよ。
軽く苛立ちを感じ、思い切って翼を広げる。
「分かってんだけどさ…」
脳裏に色々な人の顔が思い浮かんだ。「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と慕ってくる妹の顔。俺を三年もの間、拾って育ててくれた人。いつも美味い料理を作ってやってやったぜ、とキメ顔をする人。なんだかんだで俺のそばにいて、サポートしてくれる翠色の髪の少女。
結局。
俺には何が本当の大切なんだろうな。
---
「雪?」
「…」
「…雪?どうしたの?」
とある夕方の、買い物の帰り道。突然道端で雪がうずくまってしまった。
「にゃー」
「…にゃ、にゃー。にゃー」
「っ!!!!」
何かと思って雪の視線の先に目をやると、そこには小さな子猫が彼女の細く、白い足に顔を擦りつけていた。
そして何よりも、たどたどしい猫語で会話を試みようとしている雪に心を撃ち抜かれた。…か、可愛ええ。
「…猫?」
なるべく普通を装って動揺を悟られないように声をかける。
「…かわいい」
ぼそっと雪がこぼした。ううん、君の方が可愛いから安心して。
「にゃっ」
「あっ」
しかし、雪がその猫の背中を撫でようと手を伸ばしたところで猫はぴゅんっと近くのブロック塀の上に飛び乗ってからどこかへ行ってしまった。
「…行っちゃった」
「行っちゃったね」
私達二人はどこか遠い目をして猫が登ったブロック塀の方を眺めていた。
しかし、私と雪ではそれぞれ違うものを、瞼の裏に浮かべていたのかもしれない。
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「…っ!!」
何回、いや何十回失敗しただろうか。大分慣れてきて空に浮くことができるようになるまでは容易だったが、そこから飛行をコントロールできるようになるまでに多くの時間を費やした。そのお陰で、スピードはそこまで速くはないが自分の飛びたいタイミングで空に浮くことができるようになった。
「…で、できたぞ。できたぞ!【解析者】ぁ!」
『飛行のバランス、速度の調整と、完璧ですね。あとは慣れればかなりの速度で飛ぶことができるようになるでしょう』
「っしゃぁ!」
思わず空中でガッツポーズをする。それでもバランスを崩さないのは練習の賜物だろうか。
「じゃあそろそろ家に…」
練習に夢中になっていたせいか、辺りはいつの間にか闇に包まれていた。俺が吸血鬼じゃなきゃ周りの様子なんて分からなかっただろうな。
「…ん?」
だが、家に戻ろうと空中でその方向に体を向けた時視界の端で何かがチラりと輝いた。
「あそこは…普段誰も入らねぇような森だぞ…?」
強力な魔物がいるにも関わらず、大した見返りもない。そんな入るだけ無駄な森である。そんな森に、一体誰が…。
「…っ!?」
誰かが迷い込んだ可能性を考え向かおうとした時、その輝きが一つから二つへと、二つから三つへと。徐々に数を増やしていった。
やがてそれは数えるのも億劫になるくらいの数となって街の方へ動き出した。
「…」
思わずほとんど見えなくなった左目で魔眼を発動。するとその輝きの周辺からは異常な程の魔力が溢れ出ていた。
「んだよ…あれ…」
普通の人間じゃ、あれだけの魔力を保持していることはまず無い。まず、魔物の群れでも無い限り不可能だ。だが、あれが魔物では無いという証拠が一つだけある。
「…松明か…」
魔物は火を使えない。
「くそっ!」
考えるより先に、体が動いていた。その輝きの元へ、使えるようになったばかりの翼を駆使して向かう。
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「我らの体と魂は、我らが神の物!我らに死など無い!」
「「オオォォォオォォ!!」」
上空から見渡した辺り、この人の群れを作っているのは教会の正装に身を包んだ者たちと、鍬や竹、いいものになれば火縄銃によく類似した古めかしい銃を持っている者もいる。
最前線を教会の正装を着た者が歩んでいることから、教会が何かしらで関わっていることは間違いない。
「…あんまりいい予感はしねぇんだけどな」
こんな時間に、松明を炊いて大人数で街に向かっている時点で怪しさ満点なのだが、逆に言うとそれだけでこの集団を攻撃していい理由にはならない。
リスクしか無いようにも感じるが、取り敢えずは話を聞くために集団の最前線を歩く者の前にふわりと降りたつ。
「なっ!き、貴様は!?」
「あぁ…。教会のやつらが初対面のやつに向かって貴様とか言って大丈夫なのかよ…。まぁ、いいや」
ぐっ、とその場で腰を沈め腰の剣の柄に手をかける。
「お前ら、何の目的でここまでやって来て、そしてどこへ向かっている?…返答によっちゃ」
柄を引き、鞘から短剣を引き抜く。
「ここで全員殺す」
登り始めた月の光に、短剣が青白く輝いていた。