第41話 吸血鬼と過去の記憶
「銀?…それがどうかしたのか?」
『何を言っているのですか!銀製の武器は吸血鬼を殺すのに最も有効な道具なんですよ!?早く抜かないと、体が消滅します!!!』
「はぁっ!?体が消滅っ!?」
慌ててそれを引き抜こうとするも、何かが引っかかって上手く取る事ができない。そこを触ってみると、それには『カエシ』がついていて直接引き抜くことが困難な代物だった。
「くっそ…!」
突然の激痛と大量の出血により、視界が霞む。意識を保っているので精一杯なのだから、当然魔力を操作して飛び続けるのは困難な訳で俺の体は遂に自由落下を開始した。
「がはっ!!」
その勢いを殺すことすらままならず、背中から地面に叩きつけ、肺から空気が漏れる。さらに刺さっている銀製の武器とやらが地面に激突した衝撃で細かく震え、それに触れている肉がグチャグチャとグロテスクな音を立てながら削られていく。
「…あっ!はぁっ!」
何とかして呼吸を整えて銀製の武器を取ろうと試みるが深くくい込んでいる挙句、カエシまで着いているとなればそれを引き抜くことはまあ困難だし、いずれこれを放った物音が動けぬ俺にトドメをさしに来るだろうから時間は有限だというわけじゃない。
「なら…」
前世で、俺が読んだかなり昔の漫画で主人公が肩に刺さった図太いモリを抜くのに使っていた方法をするしかないな。
「まずは足っと…」
カエシは幸いなことに俺の体の前側についている。これが投擲されたことを考えれば当然反対側にはそれは着いていないはず。
「くっ」
懐から手拭いを取り出し、軽く捻ってそれを口に咥える。そして、両手で上がるところまで右腿を持ち上げ銀製の武器の尻尾の部分が真っ先に地面に着くようにして足を勢いよく振り下ろした。
「んっ~~!!??」
すると、先程までとは比べ物にならないくらいの痛みがその場所を襲う。銀製の武器がゴリゴリと腿の肉を抉りつつ、確かに進んでいくのが分かる。だが、進んだのは数センチほど。あと何回、何十回と繰り返し最終的に引き抜くのだ。
俺の意識が尽きるか、敵にトドメを刺されるか、出血で死ぬか。いずれにしても残された時間は少ない。どちらにせよ一刻も早くこれを引き抜かないといけないことには変わりない。
「が…あぁぁぁぁぁぁ!!!」
引き抜こうとする度に、耐え難い痛みが俺のことを襲う。喉からは絶叫と血液が溢れ、額には脂汗が滲む。
「こんなところで…くたばってたまるかぁぁぁぁぁぁ!!」
銀製の道具を両手で握りしめ、残った力を絞り出すようにして引き抜く。
ただ、やはりそう簡単に引き抜けるはずもないのでそれをグリグリとひねりながらさらに力を込める。
「がっぅううう!!らぁぁぁぁぁ!!っぁ!!」
すると不意にそれの重みが手に伝わり、腕が勢いで地面に激突した。引っこ抜くのに失敗したというわけではなく、その手にはしっかりと重みが残っていた。
「ぅ…あっ!はぁっ!はぁっ!」
体を大の字に広げ、ダランと力を抜く。だが、まだ俺の腹には一本、刺さっているのだ。なんとかして腕を動かしてそれを掴むも、もうそれを引き抜くだけの力は残っていなかった。
--奴が落ちたのはここら辺だな?
--えぇ。もちろん
「…きや…がったか…?」
手を腹から地面へと移して、起き上がろうとするもカクンと肘が抜け後頭部を地面に打付ける。
「…がっ…」
頭にその衝撃が響き、一瞬意識が遠くなる。
--あの白銀の髪の少女ではないか?
--ええ…そのようです。
どうやら見つかってしまったようだ。そうなればもう腹に刺さっているものを抜いている時間はない。
「これでも、くらっとけぇ!【浮遊】!!」
声のする方向に向かって、腿から抜いたそれを魔法の力で飛ばす。
--…っと。まだ抵抗する力は残っているようですが。如何しますか?
--そうだな。取り敢えず眠らせておけ。
--承知。
しかし、それは華麗に躱されたようで再びザクザクと確実に一本ずつ足音が近づいてきている。この状況を打破するにはゼロ距離で、そして一撃で倒さなくてはならない。そのために、少しでも警戒心を抱かれぬように気を失ったふりをせねばならない。
必要最低限の動きで、腰に刺してある剣の柄に手をかけた。
ザッと、俺のすぐそばで足音が止まった。どうやらこいつは俺が失明しているのをわかっているようで、できる限り足音を殺し風下から迫ってきているようだが、その程度じゃ自分のいる場所を隠していることにはならない。
布ずれの音がする。…俺の右側の位置。
「らぁ!」
「くっ!?」
剣を逆手に引き抜いて、それを薙ぎ払うようにして切り裂く。正確な位置が分からない今、攻撃範囲の狭い突くよりもこうやって攻撃範囲を広くして切った方が攻撃を当てられる確率は高い。
そして俺の体に生暖かく、鉄臭い液体が振りかかった。
「くっ!くそっ!吸血鬼風情の癖に!がふっ!?」
どうやらかなり傷は深かったようで、声の主がいるであろう方向からは血のシャワーが降り注いでいる。
--っち。使えん奴め。何を手こずっておる!…かくなる上は貴様ごと…
だが、まだ安心している暇は無かった。今俺が切った相手とは別にもう一人。少し距離のある場所にもう一人別の輩がいて、しかもその声のする方向からは急激な魔力の高まりを感じる。
--陽の炎よ、闇を照らす光よ。今、その輝きの力で悪しき者を消しされ--
微かにだが聞こえる詠唱。その内容から火属性中級魔法の【炎火】だということが分かる。
--消え去れ吸血鬼…
見えない目をぎゅっと瞑った。諦めた訳ではなく、自分の思考にダイブし今の状況を打破する方法を見つけるために。
--火属性中級神聖術…
…やべ。なんにも思い浮かばねぇ。
--【炎k】ぁぁぁ!!??
しかし、その熱気はいつまでたっても、俺の元へと届くことは無かった。
「ティアーシャ!無事!?ねぇ…ティアーシ---」
光程度なら感じとれるくらいに回復した視界が影に覆われたのを最後に俺の意識は闇に消えていった。
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「雪たーん!うりうりー!」
「…お姉ちゃん…」
新さんにほっぺたをスリスリされている雪が潤んだ瞳を向けてこちらに助けを求めてきた。
お巡りさんこっちです。ここに幼女を襲おうとしている女性が…あ、その人刑事さんでした。
「…愛されているということは幸せなことだよ?雪」
「…お姉ぇちゃーん」
…。私 はお兄ちゃんの元に来てからは地獄のような日々を送っていたからね。お義母さんから受ける物も『愛』ではなく、哀れみから生まれた『親心』、それも義理のものに近いのだろう。だから私は本当の親から受ける愛情というものをはっきりと知らない。…知っているのは、お兄ちゃんから受け、私がお兄ちゃんに送った『兄妹愛』のみ。
「さて、じゃあいつも楓さんに夕飯を作らせてしまうのは悪いから、今日は私が腕を振るおう!」
雪へのスリスリをやめ、ガバッと立ち上がり腕を天へと向ける新さん。それはもうノリノリである。
「あ、いえ。結構です」
「こらこら~遠慮する必要はな「だって新お姉ちゃんのお料理美味しくないんだもん」グハァッ!!??」
まさかの雪からもダメ押し。ぐわんっと体を仰け反り新さんはわなわなしている。
しかし、雪がここまで言うのも無理はない。前に新さんの手料理を食べた時、雪がぶっ倒れ、私も数日間頭痛が止まなかった。
おまけにどの料理も、普通のお惣菜を作ったんじゃ出るはずのない色が出ていたのだ。例えば紫色とか、ドブ色とか。
…紫色って、ジャ〇アンシチューじゃん。
「そんなに…私の料理…まずい?」
「えっと…」
「うん。まずい」
「グァバ!!」
さらに雪が追い討ちをかける。今度は新さんが四つん這いになって震えている。
…仕事では超エリートなのになぁ。残念過ぎる刑事さんだよ。