第38話 吸血鬼の故郷
「…あっちぃ…」
「そのくらい我慢できないの…?」
翌日、シーカー一家と別れ【コルミヤ】を後にした。そして今、【コルミヤ大森林】を越えるべくその中をソウカと共に歩いているのだが…。
暑い。
ただただ暑い。
木の葉と木の葉の間から降り注ぐ木漏れ日が体を蝕み続けている。まぁ、冒険者生活をして日照耐性が少しばかり上がったので木漏れ日程度で体が灰になることはないのだが…。
そして今、日傘が手元にない。物の見事にシーカー宅に忘れてきてしまったのだ。今から取りに行こうにも、かなりの距離を歩いてきているので時間の無駄になってしまうのだ。
「お前爬虫類だろ?夏に活動的になる蛇なんだからそんなこと言えるわけで…」
「あ・い・に・く!私は蛇になることが出来る女の子なの!爬虫類じゃなくて哺乳類!」
ソウカは顔を真っ赤にして怒り、ぷいっとそっぽを向いてしまった。…じゃあ冬に冬眠もしねぇんだな。
「俺は吸血鬼なんだよ。少なくともお前よりは日光に弱くてだな…」
はぁ…。と大きくため息を着いた。
「…ん。良かったじゃない。雲が出てきたわよ」
「んあ?」
ソウカが指差す方向には巨大な入道雲が。まもなく太陽がそれに包まれそうである。
「なぁソウカ?」
「なに?」
「吸血鬼は水にも弱いって知ってる?」
「ええ。だから?」
「あの雲…。もうすぐ雨が降るぞ…」
サァッ---。頭から血の気が引いていくような感覚に襲われる。慌てて周囲を見回すも、雨宿りが出来そうな場所はない。いくら木々で生い茂っている場所だとしても、結局雨は葉を伝って落ちてくる。つまり、雨が降ってきたらどうしようもないのである。
「…じゃあ、どうするの?」
「…。俺に聞くな。ただ、この近くにある村で雨は凌げそうだ。…まぁ、初めから寄る予定だったんだけど」
軽く苦笑を浮かべ、歩くのを再開する。
「初めから寄る予定だった?」
そんな俺を見て、訝しげな表情をするソウカ。
「あぁ、その村にいるんだよ。…俺の…育て親がな」
「育て、親」
「そ、とりあえず今は走んぞ。早くしないと雨が降ってくる」
俺はソウカと共に大地を力強く蹴った。
---
「けほっ、けほっ」
「ちょっと、本当に大丈夫なの?」
それから十数分後のこと。すでに上空は雨雲で覆われていて、地上は盆をひっくり返したような大雨に襲われていた。
雨を苦手とするティアーシャは、木の葉と木の葉の間を伝ってくる雨に打たれ、かなり弱ってしまっていた。
「大丈夫…、じゃないかも」
「どっちよ!」
今もう既にティアーシャは顔面蒼白。歩く足も頼りなく時々カクンッと膝が抜けてしまっている。
吸血鬼が雨を苦手とする原因として、雨などの水滴が付着したその場所から魔力が放出されてしまうのだ。それを生物の反射能力が、痛みとして変換してしまうのだ。
「全く…仕方ないわね。おぶってあげるから、来なさい!」
「悪い…頼むわ」
ソウカがその場でしゃがみ、その上からティアーシャが倒れるようにして乗る。
(…軽い…)
体格的にはティアーシャの方が体格は大きいのだが、ソウカにとって彼女は思ったよりも軽かったようだ。
「しっかり掴まってなさいよ!振り落とされないように!」
「わかってんよ…」
ソウカはティアーシャの腿の部分を持ち、ティアーシャはソウカの体の前に腕を回して体をしっかりと固定した。
「場所」
「え?」
「場所わかんのか?俺の言ってる村の」
今までティアーシャ先導で歩いていたため、ソウカがティアーシャの言っている村を知っている可能性は乏しい。
しかし、ソウカは首を後ろに向けてこくりと頷いた。
「蛇に聞くわ」
「…。そか」
内心、疑問を覚えたもの質問をする余裕が無かったようでティアーシャは軽く微笑むとソウカに身を任せた。
「あと、これ。持ってなさい」
「ん?」
ソウカは背中の上に乗っているティアーシャに左手を向けた。するとそこから、肉体の一部が切り離されるようにしてアルビノのような色をした蛇が現れた。
「その子は『ノヴァ』。そこそこの治癒能力を持っているから身につけているといいわ。多少のタシにはなるでしょうし」
「そか、ありがと」
ティアーシャはそっと腕を持ち上げ、蛇をそこに誘導させた。ノヴァは彼女の顔を見て『シャー!』と尻尾から音を出すと巻き付くようにしてその腕に移った。
「じゃ、行くわよ」
「…頼む」
ソウカは前を向いたまま頷くと、駆け出した。
---
「皆、よく集まってくれたね」
「そりゃ、ナーサの頼みと聞いたら聞かずにはいられねぇしなぁ」
「その代わり今度奢ってくれよ!」
いくつもの笑い声が建物の中に反響した。
「奢るかどうかは置いといて、早速話題に入らせてもらおうじゃないか。…最近、この町にある者を探しているっていう娘がいてねぇ」
「ある者?誰でぇ、それは」
「吸血鬼だ」
「「はぁ?」」
皆、呆気に取られた様子で頭上に疑問符を浮かべた。
「吸血鬼って、あのティアーシャちゃんか?」
「ルントのところで働いてた?」
「あぁ、そうさ」
ナーサはキュッと胸が締められるような感覚に陥った。今だ、前生きていた世界への帰還方法を探求しているのだろうか?それとも、もう帰ってしまったのか。どちらにせよ、早く彼女と会いたかったのだ。あの少女と。
「どうも嫌な予感がしてならない。もし、吸血鬼のことを聞いてくるやつがいたら、知らないふりをしてあたしのところに来てくれ」
「…でも、ナーサもティアーシャちゃんの居場所は分からねぇんだろ?それなら…」
バァン!
建物全体が揺れた。建物の壁に拳を突きつけているナーサが鋭い目付きで睨みつけた。
「あたしだって、あたしだって早くあの子に会いたいさ!…けれど、あの子にはどうしても成し遂げないといけないことがあるのさ。…子供の夢が叶うように見守ってやるのが親の役目だろ?」
その時のナーサの表情は、元戦士としての顔ではなく、子を持つ母親の表情だった。
---
--同刻。
蛇はもちろん、他の爬虫類ともコミュニケーションをとることの可能なソウカはその能力を使いティアーシャの故郷である村を訪れていた。
「…うわぁ。全く何もない村ね」
案の定、ソウカにはディスられていた。まぁ、それも致し方ないことなのだろう。ソウカの言う通り、この村には何にもない。何にもないのだ。生活に最低限必要なもの。それしかない。娯楽を楽しむ場所はほとんどと言っていいほど存在しない。ゆってしまえばルントの営む料理店くらいだろう。
「…るっせぇ…っけほっ!けほっ!」
ソウカの酷い言いざまに反論するも、激しく咳き込んだせいで途中でとぎれてしまう。
「多分あと少しだから!我慢しなさい!」
「…お前はオカンか…」
ティアーシャは既にぐったりとしていた。雨に濡れた部分から次々に魔力が失われ、本来なら言葉を発することすら出来ないはずなのだ。それが出来るのは冒険者として強くなった証というべきだろうか。
「…なんだっけ?『ナーラ』だっけ?」
「…奈良?なんじゃそりゃ」
「あなたの…育て親だったかしら…?」
「奈良じゃねぇよ。ナーサだ。ナーサ」
「そ。全然違ったわね。…そのナーサとやらの家ならもうこの近くみたいよ」
「っ…」
ナーサの家が近い。そのことを知った途端、ティアーシャの胸の中にどくりと、何か熱いものが灯った。