第35話 吸血鬼と過去の伝説
はるか昔、神々がこの世界を創造して間もないころのこと。
大地の神、天空の神、水流の神、生物の神の四柱はとても不仲だったという。
その原因はその四柱が世界を創造する際に使った神宝【神石】の獲得権だった。
【神石】。瑠璃色に輝く、世界を創り出す際に使われた石。その小さな欠片を砕いて地に撒けば大地は肥え。
それに水を注げば命の源にもなり得る美しい水が出来上がり。
天の灯火にかざせば暖かい光が降り注ぎ。
生命がその石に強く願えば、どんな願いでも叶う。
貪欲な四柱は世界を創造し終えた後、酷くそれを欲しがった。
神とて生きているもの。その石さえあれば、己の願いを、願望を、叶えることが出来る。
物の奪い合いは争いを生む。
やがて四柱達は創造した世界の生物達を巻き込んで戦を始めた。四柱は各々生物達に、『我に協力すれば神石をそなたらに託そう』と嘘をついて。
やがてその争いは神達の世界、天界にも派閥を生み出すようになった。
それを知った天界の一番の権力者、『大神』は四柱に創造した世界への立ち入りを禁じ、神石をその世界の奥底に封印したという。
そうして戦は集結し、平和な世の中が出来上がったーー。
「…なんつうか…、随分と自分勝手な神だな」
伝説とやらを一通り聞いた後、ぽつりと感想をこぼした。伝説よりも昔話に近いようなきがするのだが…。
「…ま、神だって所詮はそんなものってことよ」
「…で?それと俺達を襲ったことと、なんの関係が?」
「…。最近、とある場所に不思議と緑が豊かで、清らかな水が湧く洞窟が見つけられたのよ。そしてその洞窟の内部調査に【神眼】使いが派遣された」
--【解析者】、【神眼】使いって…。【解析者】?
…。反応がない。ただ単に無視している時とは違う。【解析者】のいた空間から何もなくなってしまったかのような感覚だった。
「…。【神眼】使いって?」
【解析者】が答えてくれないので代わりに少女に問う。
「【神眼】はどんなものでも見ることが出来る能力を言うわ。遠くの物が見えるのはもちろん、壁越しのものまでね。【神眼】使いはその能力を持つ人のこと。かなり貴重な能力だから基本は国に保護されていて、新たなダンジョンとか、洞窟が見つかった時に調査するのが主な仕事」
「…」
壁越しに物が見える…だと?それって…、風呂場も覗け…いや、今の俺女だったんだわ。さすがに男の裸は見たくねぇ。
「で、そいつらがその洞窟で見つけたのよ。瑠璃色に輝く石を」
「いや、瑠璃色に輝く石ならいろいろあるだろ?それこそ瑠璃とか」
「いえ、それにしては守りが頑丈すぎるらしいのよ。恐ろしく強い魔物が洞窟内にわんさかいるって」
銀行の警備員かよ。ってか神石を隠した大神さんよぉ。なんでそんなにわかりやすくしちゃったんだよぉ!
「それが世間に知れ渡ってね。『願いを叶える石を我の物にせん!』っていう輩がその洞窟に集まってるのよ。…まぁ、所詮十分の一を攻略する前に魔物にやられてるんだけどね」
「どんだけ難易度高ぇんだよ…」
確かに冒険者の大半を占めるのは銅ランクなわけだけど、あくまで大半であって全部じゃないだろう。金以上はあまり見かけないが銀ランクならそこそこいる。その銀ランクでさえ十分の一が精一杯となると…。
「私も一度は挑戦したのよ。でも、蛇を先に向かわせて弱らせてから倒すなんて方法じゃ駄目だった。…。だから難易度の低いところにくる力の弱い冒険者を食べて、力をつけようとしたのよ。…ま、初っ端あなたみたいな強いやつがやってくるなんて思ってもいなかったんだけどね」
少女は苦笑を浮かべながら再び仰向けになって洞窟の天井を見つめていた。
「冒険者を食べて力を付ける?それじゃあお前は生き物を食べることで強くなるのか?」
「確かにどんな生き物でも食べれば強くはなるわよ。でも、一番人間を食べるのが効率的にいいの」
なるほど、俺の【吸血強化】の劣化版のような能力か。必ず食べないといけない点でかなり面倒そうだ。
「あーぁ、あなたみたいな【人間】を食べれたら私も一気に強くなったと思うのになぁ…」
少女は両腕を真横に広げて首をちらりとこちらに向けた。
…。俺のことは食わせねぇからな。
「俺は【人間】じゃない」
「…へ?」
「俺は【亜人】の部類に入る【吸血鬼】だ」
「吸…血鬼」
少女は唖然とした様子でその言葉を噛み締めるようにして口にした。
「吸血鬼が…どうして人間なんかと仲良くしてるのよ…」
そして放たれた言葉には強い負の感情が募っているようだった。
「別に仲良くしようとしてしてんじゃねぇから。俺は冒険者として依頼を受けてるだけだ」
視界の端に映るのは未だ尚、洞窟の地面で横たわっているカイナ達。
…、いつまで寝てんだよ。
「でも吸血鬼が人間と一緒の場所にいるなんて…おかしい」
「おかしくなんてない。俺は、たとえ吸血鬼で、血をすすらないと生きていけなくても。人間と一緒の場所にいて、一緒の飯食って、一緒に笑っていいと思ってる。吸血鬼も人間も、同じ生き物だろ?確かに吸血鬼は人に害を為すのかもしれない。でも、そんな俺を受け入れてくれる人だっているんだ」
軽く目を瞑ると、瞼の裏に沢山の人の顔が浮かんだ。ナーサ、ルント、ルントの店の常連さん、ウヒョガラ。皆俺が吸血鬼だということを知っている。しかし、彼女らはそれでも俺を遠ざけず、しっかりと面向かってくれた。
「受け入れてくれる人が少ないだけで、必ず一人はいる」
「私に…そんな人はいない」
「いるさ」
「どこに?」
「ここに」
俺は自分の胸を叩いた。
「仮にも情報提供してくれた仲だ。完全に…っていうわけにはいかないけど」
「何を言っているの?私はあなたのことを襲って、あまつさえ殺そうとしたのよ?どうしてそんな私を」
「俺には叶えたい思いがあるんだ。どうしても会わないといけない人がいる。でもそれを成し遂げるためには、その【神石】が必要なんだ。一度、その洞窟に入ったお前に頼みたい。…一緒に、【神石】を…取りに行かないか?」
「蛇に頼ることしか能のない私に?」
「…あぁ。頼むよ」
少女はおずおずと立ち上がり、俺と向かいあった。
「…ソウカ」
「納得してくれたか?」
「違う!私の名前!ソウカっていうの!」
少女、いやソウカは頬を赤く染めてぷいっとそっぽを向いてしまった。
「…ソウカ…だな。覚えた。…俺はティアーシャだ。よろしく」
「…。うん」
一人の蛇女と、一人の吸血鬼の手が、繋がった。
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「お邪魔するぞー」
玄関の方から声が聞こえた。
雪が家に来て、一週間が経とうとしていた頃。今日も超絶残念美人刑事が家にやって来た。
「…なんでスペアキーを持ってんの?」
それを耳にして、深々とため息をついた。確かに超絶残念美人刑事は私の周りの世話を焼いてくれている。しかしそれは超絶残念美人刑事の仕事の範疇であって、つい一週間ほど前までは仕事関係のことでしかやってこなかった。
しかし、ある時から毎日のように。毎日のようにやってくるようになったのだ。雪がうちに来た時から。
そして昨日、超絶残念美人刑事が来ても鍵を開けないようにしたのだ。そしたらその結果である。
この人、事件を捜査するよりも事件を起こす方が向いている気がする。特に銀行強盗をおすすめします。
「楓さん、こんばんは」
「…こんばんは」
「雪たんは?」
私と一言、挨拶を交わすとすぐさま中年変態ロリコンジジイのような気味の悪い笑みを浮かべる。おまけに『たん』までつけてる。
この人を雪に合わせたら毒になる気がする。一度雪に頼んで『積極的な人はきらいー』って言ってもらおうかな。
いや、駄目だ。毒は時に薬へと変わる。毒と薬は表裏一体なのだ。彼女の脳内で、『雪に怒られるという苦行』が『雪に怒られるというご褒美』へと変換されてしまうのだ。
じゃあ一体どうすればこの人を止められるの!?
「雪は今お風呂です」
「わかった」
超絶残念美…新さんは何故かスーツを脱ぎ始めた。
いや、理由は分かっている。ロリコンにとってロリと一緒にお風呂に入るのは一生の夢なのだ。
男なら即通報物なのだが、女だと合法になってしまうのだ。今すぐ法律を改正してロリの入っているお風呂にはロリコンが入ることの出来ないようにして欲しい。
…。なんでロリコンに対して熱く語ってんだろ私。
はっ、もしかして私はロリコンが好きな、いわゆるロリコン好きなのか!?
んなわけあるかぼけ。
「雪は一人でお風呂に入れます。ですから新さんは行かなくて大丈夫です」
「いや、な?何があるか分からないじゃないか。だから私が様子を見て来」
「…行かないでください!」
「…ひどぉい。楓ちゃんひどぉい」
そんなウルウルした瞳で見つめたって無駄だよ。
…美人さんなのになぁ。刑事さんっていうのもあると思うけど、一人くらい彼氏がいてもおかしくないと思うのになぁ。
残念すぎる。
「私に対してそんなことしても意味ありませんよ。男の人に使ってあげてください」
「…男の…人」
新さんは一言呟くと天(天井)を仰ぎ始めた。よし、超絶残念美人刑事に対する効果は抜群のようだ!
「男の人と付き合いたいならまずその性格を改めた方がよいのでは?それに刑事として、ロリコンはやばいような…」
「…そう…だな。私もそろそろロリ好きのこの性格を直した方がいいと思っていたんだ。…。よし!決めた!今日からロリがいても絶対に興味を抱かない!」
「おねーちゃん、お風呂上がったよー」
「抱かない…抱かな…抱か…抱。…雪たぁぁぁぁん、 !」
お風呂場に向かってすっ飛んで行った新さんを見て、私は頭を抱えた。
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「ふぅぁぁぁ…」
翌日、日本国民の大半が愛する日曜日。
昨夜は買い込んできた缶ビールその他で泥酔した新さんを近くの交番まで届けたりといろいろ大変だったのだ。刑事を交番に届けるってかなり貴重な体験した気がする。
欠伸をしながらうんと背伸びする。
「おねーちゃん眠いの?」
すると雪がちょこんと私の顔を覗き込んできた。今雪が着ているのは水色のワンピース。私が小さい頃に着ていた物をお義母さんが送ってくれたのだ。
ただお義母さんには家に雪がいることを伝えていない。友達の妹が劇で使いたいらしいから送って。と伝えたのだ。
普段着るにしては豪華な気もするが、雪の外見のスペックの高さにより何も違和感を感じない。
今日は雪と一緒に隣町で買い物である。足りなくなった食材や生活用品を買い足そうと思う。
「雪は何か欲しいものとかある?」
「欲しいもの?」
「そう。なんでもって言うわけにはいかないけどある程度の物なら買ってあげるよ」
雪は凄い。【私の家】という慣れない家と【私】、そして【超絶残念美人刑事】といった知らない人間がいるのにも拘らず行儀よく生活している。もうこうなると新さんの方が行儀悪な気がしてきたくらいに。
だからと言って雪の自由を私達が束縛するわけにはいくまい。なぜなら私はこの子を預かっているみなのだから。
「欲しいものかぁー。うーん、特に無いよ」
この通り、欲もない。むしろ新さんの方が欲深い気がしてきたくらいに。
「遠慮はしなくていいんだよ?別に…、あ…」
その時、ズボンのポケットに突っ込んでいたスマホが振動した。そこそこの長さからしてどうやら電話のようである。
「ごめん、雪。ここで待ってて」
「うん」
雪が頷いたのを確認して、少しばかり距離をとってからスマホを取り出し画面を確認する。そこには【新さん】と写っていた。
「うわぁ。休日まで来るかぁ」
はぁ、とため息をつきながら画面に現れている緑色の受話器マークをタップし、耳元にスマホを近ずける。
「もしもし新さん?休日くらいは」
しかし、その言葉は新さんの切羽詰まった声によって遮られてしまう。
『楓さん、今すぐ警察に来てくれ!一刻を争うんだ!』
「…え…?」