第33話 吸血鬼と護衛依頼
「綺麗っていわれてもな…」
そんなに急に言われると恥ずかしい。
俺は鏡に写らない吸血鬼の謎スキルの影響によって己の姿を知らないのだ。ナーサのところにいた時もそうだったが、やはり自分の姿を知らないのに周りから「綺麗」だとか「可愛い」とかいわれてもやはり実感がないのだ。
「やーい、振られてやんのー」
俺が顔を背けるとケイトに向かって茶々が飛び交う。
…なんかごめんな。ケイト。
「はい!静かに!…説明の通り、実習は三班に分けて行われる。一日に一班。つまり三日間で実習する。そこまでは分かってるなー?」
「「「はーーーーーーーーい!」」」
その言葉を聞いて生徒達は声を合わせて返事をした。
「おい…カイナ?」
しかしその中に一つ。ドス黒い何かに包まれた声がまじっていた。
「…どうしましたか?ティアーシャさん」
「…どうしたじゃない…自分は一日と聞いたんだけど…」
「あーその事ですかー。いやー、ティアーシャさんに依頼を受けさせる気にさせるにはこうするしかないかなーと。…日程が長くなると断るに決まってるじゃないですか。あ、もう遅いですからね?今断ったら依頼放棄になりますからね?」
「…この…ペテン師がぁぁぁ!!」
食堂の中に悲鳴が響き渡った。
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私は俺。俺は私。あなたは私でお前は俺。
私(俺)達は二つで一つ。
一つの中に二つ。
あなた(お前)がいるから私(俺)は今ここにいて、
今生きている。
今まで何度も危険な目にあった。
何度も何度も死にかけた。
何人もこの手(その手)命を奪った。
しかし、過去のことを気にしても仕方ない。
私(俺)達の未来を、これからを第一に生きていこう。
行こう。
相棒。
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「「今日はよろしくお願いしまーーす」」
「よろしく」
食堂での一騒動を終えて、俺は五人の子供達と面向かっていた。
これが今日担当する生徒である。女子四人、男子一人の軽いハーレム状態だったが、とうの本人達は大して気に止めていないようだ。
まぁ、前世で俺がこいつらと同じくらいの歳の時、学校の体育で着替える時も男女合同で着替えていたしな。このくらいの歳であれば異性に対する興味は薄いのだろう。
今の俺は異性にも同性にも興味はないしな。そもそも俺が今、性別がなんなのかいまいちよく理解していない。
「じゃあ一人ずつ自己紹介を」
カイナが促すと、それを見た少女達はこくんと頷くと俺に向き直った。
「私はレインです。よろしくお願いします」
藍色の髪の毛を後ろで一つにまとめた少女がぺこりと頭を下げた。目はどちらかというと黒色に近い。
「僕はラートです」
今度は黒髪ショートカットの少年。顔もまだ中性的で、日本人らしい。
「私はサーヨよ。よろしく」
次はちょっと無愛想な感じの桃色の髪の毛を耳の上辺りでツインテールにした少女。目付きが鋭いところを除けばシーカーに近いかもしれない。
まぁ、俺としてはあんまりベタつかれても困るからこのくらいが態度としては丁度いいかな。
「トルク…」
今度は陰キャ感溢れる紫色の髪の毛の少女。髪が腰ほどまであり、前髪も長く目も隠れている。
「ウチはテリー。よろしゅう」
「っぃ」
「?」
そして最後に来てしまった関西弁キャラ。ウヒョガラと会って以来関西弁を聞くと背筋が凍る思いがする。
「ん?あ、ごめん。なんでもない」
「そなんか、まあ別に気にしてへんし、ええよ」
テリーは翡翠色の髪の毛をお団子にしている。頭の真上というよりかは少し横にズレているが。
「改めて、自分はティアーシャ。…まぁ、そこにいる白髪ペテン教師に見事に騙されて、三日間もこの依頼を受けることになったのだけれども…」
カイナに鋭目の視線を送ると、彼はぷいっと目を背けた。
「とりあえず、よろしく」
「「よろしくお願いします」」
なんだ、貴族の子が多いって言ってたからクソガキで溢れてるのかと思ってたが、ちゃんとしてんじゃねえか。感心感心。
「よし、じゃあ自己紹介も終わったことだし早速行きましょうか」
「…ん。で、場所は?いつものギルド?」
「まぁ、ティアーシャさんの慣れている場所がいいでしょうしね」
「…難易度は?」
「初めての実習ですので、銅の下で」
「了解」
俺達は互いに目を合わせて頷いた。
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時は少し進む。
一人の吸血鬼が子供相手に奮闘している最中のこと。
一人の少女が、とある小さな村を訪れていた。
「ティアーシャ?…あー!そういやいたな!そんな子!ある日を境にいなくなっちまって。どこいったんだろうな…」
ローブを深く着込んで、口元しか見えない少女と言葉を交わす男は顎に手を当てて考え込む素振りをした。
「…ある日を境に?それはいつのことだ?」
「…なんでそんなことを?」
「お前は聞かれたことだけを答えればいい」
「う…」
少女のことを訝しげに睨みつけた男を、彼女は言葉だけで威圧した。
「…わぁったよ。言えばいいんだろ?…詳しいことはよくわかんねぇんだけどよ。だいたい一年前くらいかな。ぷっつりといなくなっちまって…。どこいったんだろうな」
「一年前…だと?ティアーシャと名乗るものが?一年前までここにいたというのか?」
「お、おう。どうしたんだよ急に」
表情は見えないが、態度からして少女は焦っているのは丸わかりだった。
「っ…。なんでもない。…時間を割かせてしまって済まなかった。感謝する」
「…?」
男が疑問符を浮かべる中、少女は踵を返してその場から歩き出した。
しかしどういうわけか、その小さな背中は男が目を逸らした瞬間に見えなくなっていた。
「一体何がどうなってんだか…。一応、あいつに知らせとくか」
ふさり。
宙に白銀の、まるで絹糸のように細く、美しく、光沢のある髪が舞った。
「…ついに…見つけました。必ずや、あなたの無念を晴らしてご覧に入れましょう。
…お母様。」
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「はぁ?ティアーシャのことを聞いてきたやつがいた?どんなやつなんだい、そいつは」
たっぷりとした橙色の髪の毛を後ろで三つ編みにして、結わえた小太りの女性。ナーサは目を見開いて、そのことを伝えてきた男に問い返した。
「いや、特徴っていう特徴はフードで顔を隠してたから分からねぇ。ただ、あの声の高さからして女だろうな。…ただ単に声の高ぇ坊主かも知んねぇけどよ。でも大分口調は大人びてたな」
「ふぅん…」
この男の名は『イオ』。ここ、ルントの料理店の常連客であり、この小さな町で数少なき水産屋の店主である。
「で?聞かれてあんたはどうしたんだい?」
「まぁ、詳しいことは俺もあんまり知らねぇしよ。一年前にぷっつりといなくなっちまったっていうことは言っておいた」
「…そうかい。…んー、その子の目的がなんなのかは分からないけど、わざわざ顔まで隠しているんだ。あまりいい話ではなさそうだね」
「俺もそう思った。これからティアーシャちゃんのこと、結構詳しいやつにそいつが来てねえか確認してくっから」
「あぁ、頼むよ。…ついでにそいつらにあまりティアーシャのことをその子に伝えないように、と忠告しておいておくれ」
「わかった」
イオはこくりと、ナーサの目を見て頷くと木製のコップに注がれた水をいっきに飲み干し、店を後にした。
「…ティアーシャ。あんた…今どこにいるんだい?…もう、故郷には帰れたかい?…
あたしのところに…帰ってきてくれるのかい?」
---
「はぁっ!」
--グニョッ。
「とりゃぁ!」
--ぶにんっ。
「てぃやああ!」
--ぼよぉぉん。
「…。ティアーシャさん」
「ん?」
「僕…、戦闘に向いてないのかも…」
剣を片手にがっくりと項垂れるラート。その足元にはやたらぶにぶにした翡翠色の物体、いやモンスターのスライムがいた。
大した攻撃性もなく、また与えてくるダメージも相当小さいため、得にこれといった害もなく教育にはうってつけだろう。
しかし、そんな究極の雑魚モンスター相手に苦戦を強いられている少年。ラート。
そういや、俺も初めてこの世界に来たばかりの時、スライムを踏み潰した記憶がある。
素足で。
「…頑張れ」
「ティアーシャさぁん!そんな!酷い!」
ラートは涙で潤んだ瞳で、俺のことを見上げてきた。
…やめろ。心が揺れる。
そもそも、スライム相手に横なぎで切っている時点でカイナの教育がどんなものかわかってしまう。
スライムはぶよぶよしている。だから、剣で戦うときただ単純に斬ってもぼよん!と跳ね返されるだけなのである。
「…スライムみたいに弾力性が高いやつにはそういう風に剣を振るうのはあんまりよくないんだ。…斬るというよりは突く、って言う感じ」
まぁ、護衛と言っても半ば教師、またはお手本のようなものだ。聞かれたことを教えない訳にはいくまい。
「突く…ですか…。わからりました、やってみます」
一瞬、ポカンとしていたラートはこくりと頷き、俺からスライムへと視線を移した。
「…。やぁっ!」
ラートは剣を両手でギュッと握り締め、勢いを付けてスライムに剣の切っ先を突き刺した。
すると、ブシュッと弾けるような音がし、スライムは体内の粘液を吐き散らしながら動かなくなった。
「…や、やりました!やりましたよおぉぉ!ティアーシャさぁぁぁん!!」
「…よ、よかった…ね」
それを見たラートは子供みたいに(子供だけど)目をキラキラさせて剣を抱きしめた。思わず俺もドン引きしてしまった。
剣を胸に突き刺さないようにな。
…まぁ、これでラートは大丈夫だろ。ちょっと他の生徒の元に…って俺、ちゃんと先生してるなぁ。
「…一応、魔眼で確認しとくか…」
俺はこの間手に入れたスキル『魔眼』を発動。
『魔眼』は魔力の流れを可視化することが出来るスキルだ。物理的なものは無理だが、魔法や魔術で作られたトラップであれば魔力の集中具合で把握できる。
本当は両目での使用も、可能なのだが片目でも運用出来るのだから必要以上に魔力を消費しないように普段は片目だけで使用している。
「…この辺りは大丈夫そうだな…」
ここら辺を見回してもそれらしき物は存在しない。魔力の反応を感じられるのは五人の生徒達とカイナ、あとはそこら辺にいる雑魚モンスターのみだ。
「…ティアーシャさん?」
「?…えっとレインだっけ」
俺がそうやって周囲を確認して歩いていると不意に紫色の髪の毛をポニーテールにまとめた少女、レインに声をかけられた。
「はい。えっと、その目…どうしたんですか?」
「目?」
レインはびしっと俺の目を指さした。今、魔眼を発動しているのだが…。目がラリってるとか…?
「いえ、ティアーシャさんの目、今まで両目とも赤い宝石みたいな色だったのに、今は左目だけ金色っていうか…」
「金色?」
普通のなら手鏡か何かで確認するのであろうが、生憎俺は鏡に写らないのである。
--【解析者】?
『はい、スキル【魔眼】を使用する際に目のレンズ部分。いわゆる水晶体の部分の上に魔力でコーティングが行われます。それが、他人からは金色に見えるのでしょう』
--魔力でコーティングしてんのか…。ん?ってことは魔力の色って金色なのか?
『いえ、必ずしもそうとは限りません、人によって様々です。それでも…金色というのは珍しいのかもしれないですね』
--ふぅん…。
「…目の色が変わったのは今、そういう魔法を使ったから。罠とかが無いかどうか確認をね」
「そうなんですか!ティアーシャさんは魔法も使えるんですね!」
「…あれ?言ってなかったっけ?自分は剣を振り回すよりも魔法を使う方が得意なんだよ」
そう言うと、彼女は目を見開いて俺に問うてきた。
「どのくらいまでまで魔法を使えるんですか?」
「中級までなら無詠唱で、上級は詠唱すれば使えるくらい」
「…」
そしてレインはぽかんと口を開いたまま固まった。
「…なんで冒険者なんてしてるんですか…。それなら魔導師になれますよ?」
彼女は半ば呆れた様子で言ってきた。俺だって人間だったら行ってるかもしれねぇよ?人間だったらな?
「まぁ…ちょっと世間からは距離を置かないといけない訳があってさ。そんな主要機関に入るなんてもってのほかだよ」
俺は苦笑してその場を離れた。
そもそも俺は強くなるために冒険者になったんだ。今回の依頼は例外だが、普段の依頼だって基本的に高難易度な依頼ばかり。
いつか、もといた世界に戻る方法を見つけて楓に会いに行くんだ。
帰る方法を見つけても魔導師みたいな国に所属するやつらなんかになったら、行動を束縛されて、自由に行動することが出来なくなりかねないからな。
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魔眼を発動させながら、生徒達の質問に受け答え、周囲を軽く警戒する作業を続けて数十分が経過した。
「…これをあと二日間もしないといけないのかよ…」
俺は洞窟の影でがくっと肩を落とした。
今日だってもう少し時間はあるはずだ。予想以上に体力使うぞ。この仕事。
「…一回休憩でも…ん?」
出っ張っている岩に腰かけようとしたところで視界の端に何かがキラリと輝いた。それも魔眼を発動している方の目だけ。
「トラップはあらたか確認したし…でもここらのモンスターにしちゃ魔力の量が多いような…?」
頭上に疑問符を浮かべながらそちらに足を向ける。その『何か』の周りにはカイナと生徒達が囲うようにして立っている。
「あ、ティアーシャはん!見てな、これ。真っ白な蛇やで!」
俺のことに気がついたテリーがブンブンとこちらに手を振る。
「…真っ白な…蛇?」
確かに彼女達の足元には一匹の真っ白な蛇がいた。魔眼で確認するとそいつに反応があった。
さっきの魔眼の反応はその蛇が原因らしい。しかし、ただの蛇にしては魔力の反応が強すぎる。だが、生徒達のことを襲っていない時点で敵対モンスターでは無さそうなのだが…。
「…まさか…?」
一度だけ経験したことがある。ある貴族の坊っちゃんを護衛した時、その坊っちゃんが不用意に辺りの物を触り回し、その内の一つがトラップだったというもの。
通常、トラップというものは対象を引っ掛ける確率を上げるために範囲を設定してあるものが多い。
そのトラップの中に足を踏み入れたら発動する。というのが例だ。
しかし、その貴族の坊っちゃんが引っ掛かったのは物にかけられたトラップだ。近づいても発動はしないが、触れた瞬間に発動する。
利点としては俺のような魔眼持ちの者に気づかれにくいというところ。微弱な魔力であれば、どんなものにでも流れているからな。
話を戻そう。そのトラップが物だけでなく、生き物に設置することが出来たとしたら?
動き回る生き物であれば、広範囲でトラップに対象を引っ掛けることが可能だ。ただ、その分そのトラップに使う魔力が多くなってしまうが。
「待て!その蛇は…!!」
トラップである可能性が高くなる。
「え?」
しかし、時は既に遅く、その時はテリーが蛇の首を掴んだ瞬間だった。
--刹那、洞窟が数多の魔法陣で埋め尽くされた。
「くっ!全員、つかまれえぇぇぇ!」
喉が張り裂けん勢いで叫び、俺は駆け出した。