第32話 吸血鬼と子供達
…それから数日が経過した。
「あ、ティアーシャさーん!個別依頼の日程が届いていますけど…」
「…ついに来たか…」
俺がギルドの掲示版とにらめっこしている最中、駆け寄ってきた受付嬢につげられた。
「で?いつ?」
「えっとですね…」
受付嬢は抱えている書類に目を通した。
「明日ですね。明日の明け方に学園に集合だそうです。あ、地図も着いていますよ?」
「明け方…うはぁ…」
「ティアーシャさん朝弱いですからねー」
俺が頭を抱えていると受付嬢はカラカラと笑った。
ぶちのめしてやろうか?
「ま、いいじゃないですか。ティアーシャさんにとってかるーく初級ダンジョンで歩くだけみたいなものでしょう?それだけで金貨一枚とか。いい仕事すぎですよ」
「…でも集合が明け方とか…殺しに来てる」
深々ため息をついた。
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「…おおぉ…」
「?おねーちゃん、このおねーちゃん誰?」
その後、何故か電話ではなく直接私の家に赴いたロリコン美人敏腕刑事の井上 新さん。
彼女は『雪』の目の前で屈んでその姿を目を輝かせて眺めている。
「…井上さん。…えっと…どうしてうちに?」
「銀髪ロリとか…この目で見られる日がくるとは思っていなかった…もう死んでいいかもしれない…」
「井上さぁーーん!!!戻って来て下さーーーい!!!」
そうして輝く瞳を天に向け、手を合わせ始めた新さんの肩をつかんで揺する。それを続けること数秒間、彼女ははっと我を取り戻した。
「おほん…。ま、まぁちょっとこの辺りで事件があってだね。そこに派遣されたついでに寄ってきたんだ」
そう言いながら新さんは視線をそらした。
なるほど、わざわざ会いに来たんだね。バレバレです。
「嘘ですね、わかります」
「ううう嘘ではない!!事件は確かにあった!…そう、正体不明の怪人が突如現れたとの情報が入ったんだ」
「で、その仕事をほっぽり出してここに来たと…」
「ちちちちちがう!!その怪人に対する注意を!!」
「じゃあなんでもう一時間もいるんですか…新さんのほうが不審者ですよ?」
「そー!私のことジロジロ見るおねぇちゃん嫌い!!」
「ぐぼうはぁぁ!!!!」
新さんに大ダメージ!
…けどなんか嬉しそうなんだよね…。
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「ごほん。では本題に入るとしようか。…では改めてこの子について教えて貰おう」
その後、新さんをリビングに通して私と向かい合わせで座っている。
新さんはわざとらしく咳払いをして話題を展開した。
「分かりました。この子は『雪』、私が仮の名前として付けさせて頂きました。今日の夕方、私が学校から帰った時に家の前で倒れていました。…全裸で」
何だか一瞬、新さんの鼻息が荒くなった気がする。
「ふむ…。一応私も捜索依頼を確認してきたのだが…この子に一致するようなものはなくてね…。雪さん、君は本当に何も覚えていないのかい?」
「何を?」
雪はこてんと首を傾げた。
「この家に来る前のこと。そうだな…今まで住んでいた場所とかは覚えていないのかい?」
「ここ!」
雪は満面の笑みで元気いっぱいに答えた。
だが、質問の答えにはなっていないのだ。
「ふむ…もしかするとここに来る前に何らかの原因で記憶を失っている可能性かあるな。…ただ、身ぐるみを剥がされていたというのか疑問に残るな…。もしかするとどこぞの誘拐犯にでも捕まっていたのかもしれないし…。…だめだ、本人の記憶かないんじゃ手がかりが掴めそうにない」
新さんは唇を噛み締めてブツブツと呟き始めた。こうやっていれば敏腕刑事なのになぁ。
「…まぁ、本人の記憶がないんじゃ仕方ない。本当ならこちらで保護するべきなのだが…だいぶ懐いているみたいだし、このままここで預かってもらえないだろうか?こちらは捜索依頼を確認しておくから」
「…雪は私の家で大丈夫?」
「私はおねーちゃんと一緒がいい!」
「うん。分かりました。大丈夫です」
「そうか、ならたのむよ。お金はちょくちょく送らせてもらうから」
本当ならここでお金を貰うことを断るのが道理なのだろうが…、あいにく私には二人分の生活費なんてないしね。ここは有難く頂戴することにしよう。
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次の日、俺は全力で早起きして日傘を片手に、朝日と格闘しながら何とか学園に向かっていた。
そう考えてみるとこの世界でここまで早く起きたのは初めてかもしれないな。
「あ、ティアーシャさん!おはようございます!!」
巨大なレンガ造りの学園につくと大きな鉄の門の前で手を振っている白髪の男、カイナがいた。
「おー…まー…」
「…今の挨拶ですか…?」
「ふぇぇ?」
カイナの顔が引きつっている。
おい、俺今「おはようございます」って言ったんだぞ?おはようございますは朝の挨拶だろうが。そんなことも知らないのか?
「…その…ティアーシャさんって朝弱い感じですか?」
「弱いどころか死にそう…」
ここに来るまでだって歩きながら寝てたんだからな。
「す、すみませんでした。そんなこととはつゆ知らず…」
「…大丈夫。気にしなくてもいい。…で、これから自分は何をすれば?」
「そうですね…。ではまず学園に入って生徒達に自己紹介でもしてもらいましょうか。生徒もぼちぼち起きてくると思いますので」
「起きてくる?」
登校してくるではないのだろうか。
「ええ、うちの学園は寮がありますからね。一応、家からの登校も認めていますが多くの生徒の保護者が自立を促すために寮に住まわすのがほとんどですね」
なるほどなるほど。貴族の親って案外しっかりしてんだな。
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それから数十分後、起床した生徒達が朝食を取り終えたらしく俺はカイナに案内され食堂の横の控え室で待機させられている。
なんでも俺はカイナの行うHRの中で自己紹介をしなければならないらしい。
なんで護衛が自己紹介を行う必要があるのだろう、と思ったが護衛の人が戦っているのを見ることも教育の一環だということで、護衛の人とのコミュニケーションを交わし、戦闘のコツなどを教えて貰うのがこの学園のセオリーらしいのだ。
…でも、自己紹介必要あんのかよ。
『はい、では今日は新しい護衛の方に来ていただきました。はい!どうぞ!入ってきてください!!』
壁越しにカイナの俺を呼ぶ声がする。
…できれば、そんなデパートのヒーローショーみたいなノリで来ないで欲しい。俺が入りにくい。
「はぁ…」
深々とため息をついて食堂へと繋がるドアのノブに手をかける。
カチャリと音がし、ドアがゆっくりと開いていく。食堂に足を踏み入れる前にその中のことを見回してみた。
「「…」」
すると皆、俺のことを凝視していた。俺もびびるくらいに。
「えっと…先日カイナから護衛の依頼を頼まれた…ティアーシャ…です。…その…一応は金ランク冒険者だから…」
そして次に俺のコミュ力が爆発した。こんな大勢の前で自己紹介なんて何年ぶりだよ…。
「「…」」
しかし、なんの反応もないためチラリと生徒達の方を見てみると、彼ら彼女たちは皆俺のことを見つめたまま硬直していた。
「…えーとだな。今、あったようにティアーシャさんだ。とっても素敵な自己紹介をありがぶふっ」
「…」
笑ってんじゃねえよ。誰が小学生並の自己紹介力だこのやろう。
「カイナ先生ー。本当にこの人が護衛なんですかー?」
そんな中、未だ沈黙を続ける生徒の中の一人の男子が挙手した。
「ケホッケホッ。…どうしてだい?ケイト君」
ふぅん。ケイトというのか。この少年。
ケイトの質問に咳き込みながら答えるカイナ。俺の中でカイナが嫌いなやつリストに追加されようとしている。
「いや、今までに来た護衛の人なんて皆ガチムチだったじゃないですか。戦い方のコツを聞いたら『筋肉をつけろ!筋肉は嘘をつかぬ!』って言ってくるような。…でも今度の人は…その…なんて言うか…綺麗…ですし…」
そのことばを聞いて生徒の半分が相槌をうち、残りはケイトを「うっわーーー!初見で告ったぜこいつー!!」という感じではやし立てていた。