第31話 吸血鬼と依頼
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「…」
「なるほど、そういうことが…。さすがはウヒョガラさんですね。自分が着せたい服を客に無理矢理着せるプロです」
あの後、他の店で服の下に装備する鎖かたびらと、予備の武器として刃渡りの短い剣…というかダガーナイフを購入し昼食を済ませ旅館に戻ってきて、今日の一件をリーコに話したらなぜかすっかり感心されている。
ちなみに俺はテーブルの上ど突っ伏して悶絶しているところだ。
「まぁ…御愁傷様です」
「そんな…他人事みたいに…」
「他人事ですから」
「…」
そんな訳で今晩は早く寝ることにした。身も、心も疲れている。明日は冒険に行くわけだから、疲れていたらそっちに支障が出かねないからな。
「ふぁぁ…」
欠伸をして布団にくるまる。
「…おやすみ、【解析者】」
『ええ、おやすみなさい』
俺はそれからゆっくりと目を閉じた。
こんなにも人間らしくなったんだからな、いつまでも【解析者】ってのもどうなのだろう。もし余裕ができたら名前でも考えてやるか。
俺はそんなことを考えながら夢に落ちた。
‐‐‐
「…一体何が?」
「…さぁ」
翌日、ギルドの保健室を訪れた。するとそこには椅子に腰かけたまま目を見開いたコエの姿があった。
「…亜人だというのは知っていましたが…。まさかこれほどまで成長が早いなんて…。なにを食べたんですか?」
「…ただのご飯(血液)です」
俺は苦笑いを浮かべながら答えた。さすがにコエに吸血鬼だということを打ち明ける勇気はないしな。
ちなみに今、背中の翼は目立たないようにしまっている。しまうといっても、翼そのものが無くなる訳ではないのだが翼を伸ばしたまま腹の方で固定している。幸いなことに翼の付け根に痛みはなく、特に違和感なく過ごせている。
「いやはや…本当にティアーシャさんは規格外の存在です。私の知識が間に合いませんよ。私も体が急成長した亜人は何度も見てきていますが…、やはりどこかしらに成長過程が見られるものであって、さすがにこの短時間でここまで成長するというのはあり得ません」
リーコは口を動かしながら俺の胸と自分の胸を見比べている。
…欲しいのならやんぞ。
「成長過程というと?」
「亜人の急成長というものは体がある一定の期間中の成長を早送りするというものなんです。ただそれは早送りしているだけであって、そこの部分を飛ばしている訳じゃないんですよ。だから、急成長の期間が長くて数年間続く方もいます。…まぁ、私が知っている中だと一番短くて三週間はかかっていましたね…。ティアーシャさんの場合は二日ですよね?」
「え?あー、その…冒険から帰って寝て、朝起きてたらこうなってました」
「…」
リーコの顔がひきつっている。目も若干だが白目になりかけている。
「それって丸一日寝ていたとか!そういうことですよね!」
「えっと…、たしか九時間くらい寝ました」
「…」
リーコが机に突っ伏した。そこに置かれていた書類やら紙やらがくしゃくしゃと音をたてる。
「大丈夫ですか?」
「…えぇ…まぁ…ぼちぼち…」
しかしリーコは起き上がることはなく、次第に小さな寝息が聞こえてくるようになったので俺はそっと保健室を後にした。
さて、今日も冒険に出掛けようとするか。
俺は腰の剣に手をかけ、力強く一歩を踏み出した。
‐‐‐
――それから、一年が経過した。
俺は毎日のようにギルドに通い詰め、着々と強くなっていた。それはギルドで俺のことを知らぬ人はいないくらいに。
ちなみにあれ以降、俺の体に大した変化は見られていない。だからそれに合わせたウヒョガラ特製の服をまだ着れている。
なお、いまだにお世話になっているシーカーの旅館では完全にワンピース姿が定着してしまっている。初めは慣れなかたったものの、次第に羞恥心などは消え去り特に気にせず着用できている。
とはいっても二着しかないからな、いつかまた作ってもらおうかな。
さて、話を戻そう。
冒険で数多のモンスターを狩り、その度に吸血を行い様々なスキルが増え、ステータスも強化された。
増えたスキルの中で特に目立つものは『魔眼』『超脚』『飛行』の三つだろう。
まずは『魔眼』。これは視力を一時的に向上させたり、魔法で作られたトラップや罠を視覚化できたり、魔法を使った痕跡を見れたりと様々なものが目で見えるようになる。
ただ連続で使用しすぎたり、長時間使用していると、短時間だが視力が低下してしまうという欠点がある。
次に『超脚』。これは文字通り“脚”の力を“超”強化するものだ。
これを使った状態で走れば、とてつもない速さで駆けることができるし、ジャンプすれば高く跳ねることができ、敵を蹴飛ばせば相当な威力の蹴りを放つことができる。
ただ、乱用すると足の筋肉が破裂する。まぁ、再生能力が元から高くここ最近さらに強化されたので数秒で元通りになるのだが、戦闘の最中で数秒動けなくなってしまうというのは大きなデメリットである。
そして『飛行』。ただそのまま、宙を舞うだけのもの。本来ならば、足元に魔力を放出しその勢いを使って空を飛ぶ、というものなのだが、俺の場合は体の急成長と共に現れた赤紫色の翼にある程度の魔力をそそぐだけで飛行可能になる。
魔力がつきない限りは飛び続けられるし、そもそもこのスキル自体にはあまり魔力が必要とされないため半永久的に飛んでいられる便利スキルだ。
まぁ、町中で翼を広げることは中々できないから少し広い空間での戦闘には役に立ちそうだな。
そんなこんなで、新しく手に入れたスキルや耐性。詠唱無しで使えるようになった中級魔法。詠唱ありで使えるようになった上級魔法などを駆使し、俺はついにこのギルド初の金ランクとなったのだ。
金ランクともなれば、色々と俺宛の依頼がくる。
村のモンスターの駆除、周囲の洞窟の安全確保、護衛などがいい例だ。
そして今まさに、俺に個別の依頼が舞い込んできていた。
「…?なにか?」
俺は目の前にいる白髪で丸眼鏡をかけ、藍色を主体としたどこかしらの正装のような服を身につけた男に促した。
「…はい。私はカイナといい、ここの町の北側に位置している『シャシュカ騎士学園』での教師をしている者です。あなたに依頼があってきました」
「どのような依頼で、その報酬は?」
俺は、カイナと名乗った男に問いかけた。
前に無理難題な依頼を押し付けられたこともあったし、異常なまでに高難易度な依頼をこなしたのにも関わらず大した報酬を得られなかったりと散々な目にあっているのでそれ以降は依頼主にそれらを確認することを心掛けている。
まぁ、俺の場合そこまで多額の報酬がほしいわけでもないのだが、やはりその依頼で消費した分の金額はいただいておきたいものなのだ。
「報酬は金貨三枚、これでいかがでしょうか?」
「金貨三枚!?…。で、依頼内容は?」
金貨三枚といえば、日本円にしておよそ三十万円だ。
それだけの金を出して俺に依頼をしているということはその依頼がよほど高難易度のものか、それとも誰もやりたがらないようなものなのだろうか。
「護衛です」
「誰の?」
「子供たちの」
「…は?」
思わずあっけにとられてしまった。
今までに二回、護衛の依頼はこなしている。
上級の洞窟で戦うところを妻に見せたい。しかし妻は戦えない。だから守ってくれっていうのと、町に重要な人物(誰かは聞かされていない)やってくるからその周辺の警戒というものだ。
どちらも、戦うことを本職としない大人の護衛であって子供の護衛なんぞ聞いたことすらない。
「…子供の護衛?」
「はい。私のところの学校では剣の才を認められ、剣士として未来有望な子供が学ぶ場なのです。そして近々、実践研修をすることになったのですが…」
「…」
「その際に子供達が安全に訓練を積めるよう、危険な魔物から守る護衛が必要とされます。…ですが、今回護衛に着く予定だった者が先日冒険に出かけて重傷を負いまして、幸い命に別状はないものの護衛に着けるほどには回復しておらず…」
「自分に護衛を依頼したいと」
「そうです」
うわぁ、なかなかややこしい依頼だこと。というか別に俺じゃなくてもいいんじゃないか?それくらいならそこら辺に溢れてる、金に飢えている冒険者達な頼めばいいじゃないか。
「…なぜ自分がそれをする必要が?別に自分は金が目当てで依頼を受けているわけではないから…金貨三枚出せとは言わないけどそこら辺でたむろってる冒険者じゃ?」
「…たしかに仰る通りですが…やはり子供が絡む依頼ですので、少しばかり威勢が良すぎる他の冒険者に頼む訳には…」
カイナは「ははは…」と苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。まあ、言う通りだな。冒険者になるのに経歴はいらない。必要なのは強さだけだ。つまり、過去に罪を犯した者でも冒険者になることができるのだ。そんな、元犯罪者であったかもしれない奴らに子供を任せるのは…そりゃ、無理だな。
…でも、俺はいいのかよ。俺だって正当防衛とはいえ、何人もの命を手にかけたことがあるんだぞ?
ま、言わんがな。
「まぁ…嫌ではないのだけど…」
正直言って悩ましいところである。確かに報酬は高い。その分、良い装備も揃えられるだろうが…、なにせ相手は子供なのだ。
「その子供はどれくらいの歳?」
「明確に分かれているわけではありませんからね…、大体八歳以上、十三歳未満といったところでしょうか?」
「…ふぅん」
八から十三くらいか…。まあ、子供に慣れてないとはいえ、そのくらいなら大丈夫だろう。
昔から楓の面倒は見てきているからな。
「ただ…」
「ただ?」
カイナが少々苦そうな表情で口を動かした。
「その子供のほとんどが貴族の子なんですよ。…貴族のほとんどが己の親の権力にしがみついていて…、はぁ…」
カイナは訝しげにため息をついた。
「…なるほど、ようするにクソガキと」
「…。まぁ、有り体に言うならそうなりますね。悪さをしてもお構い無し、私達教師が指導しようとしても私達より身分の高い彼らの親が絡んできてしまう、そんなかんじです」
「うああ…、余計やる気が失せた…」
楓はとてもいい子だったからな。俺が近くにいると「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」って寄ってきて…。
まぁ、その分ブラコン…というほどまでではないが、お兄ちゃんだいすきな妹になっちまったけど。
だが、いくらなんでもクソガキの相手はしたくない。ただでさえ子供嫌いなのに(楓は除く)あまつさえクソガキとか…。
「お願いします!!生徒達は珍しく今回の実習にやる気を出してるんです!!でも護衛がいないと実習すらできなくて…」
「む…」
カイナは頭を何回も下げた。その度にバッサバッサと白髪が揺れる。
…そんなまでして頼まれたら…断りにくいじゃねぇかよ…。
「…分かったよ。やるよ」
「ほ、本当ですか!?」
若干目が潤んでいた彼はそれを輝かせた。
「…ただし条件がある」
「条件?それはいったいどのような…」
「…報酬は金貨一枚にして。慣れない依頼を受けるに当たって気が重くなるから」
成功するか否かがはっきりとしていない今回の依頼に金貨三枚も出されたんじゃ、荷が重すぎる。そんなに期待されても困るしな。
「…いいのですか?そんなに報酬を下げて」
カイナは呆気に取られているようだ。ま、報酬の量を減らしてくれ。なんて言う奴は居ないだろうしな。
「ん。荷が重すぎるから」
「…。ありがとうございます…。ありがとうございます!!本当に…。やはりあなたに頼んで正解だったと思います!では早速学園長に伝えてきますので失礼します!!あ!依頼の日時は後ほどギルドに伝えてきますので!!」
そう言って疾風の如くカイナは走り去ってしまった。
そしてそれを見ながら自分がお人好しであることを自覚してガックリと項垂れる俺がいた。