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第30話 吸血鬼と急成長

「えぇ!?いやっ!?はぁぁっ!?」


 


重い。ただひたすらに胸が重い。今まで発展途上とすらも言えないくらいの絶壁だったのに…一日でこんなに大きくなるなんて…ありえるのか?


男はついつい女の胸のサイズを気にしてしまいがちで、俺も男だったときはそうだったが、実際にそれがあると邪魔で仕方がない。体を動かすだけで弾むように揺れるのだ。


 


「ティアーシャさぁん!!胸だけじゃないですよ!?体全部!?」


「え?」


 


俺はベッドから降りて立ち上がる。


 


「あれ?リーコさん縮みました?」


 


そしてリーコを見ると、今までよりもリーコが小さくなって見えた。というよりかは、視点を上げずにすんでいる。


 


「違いますよ!ティアーシャさんが大きくなったんです!!それに…」


「…それに?」


 


俺はぐるりと自分の体を見回した。


大きく、豊満になった胸、括れをもった腰回り、きゅっと突き出たヒップ、長くほっそりとした腕と足。


そして…


 


 


「…羽根?」


 


背中の肩甲骨のそばから一対の赤紫色の翼が生えていた。それはまるで蝙蝠のような。


 


――【解析者】ぁ?どうなってんだよこれぇ!!


 


『さぁ…私にも詳しいことはわかりませんね…。ただ、べヒモスの血液を大量摂取したことによる副作用のようなものと思います。というか、それ以外に原因が見つかりません』


 


――【解析者】?


 


『はい』


 


――いつもの機械ボイスはどこいった?


 


『あぁ、そのことですか。今までよりも今回の身体の急成長はただ単純に体の大きさが変わったのではなく、私達が成長過程をスキップしたのでしょう。いままで、あなたの魂との距離が離れていた私が時間が経過したことによってあなたの魂との親密度…まぁ、距離が縮まったといいますか…』


 


――なるほど、さっぱりわからん!!!


 


俺は頭を抱えた。魂との距離?親密度?体の急成長は成長過程をスキップしたから?


そんなの俺が理解できるわけないだろ!!


 


「ティアーシャさん…?大丈夫ですか?もしかして頭痛とか…」


そんな俺を心配そうな顔で覗き見るリーコ。


 


「え、あっはい。全然大丈夫です…ただ…」


「ただ?」


 


俺は、自分が身に着けている服を見つめた。


 


「服が…その…」


 


それは俺の体の急成長に耐え切れず破けてしまっている。


 


「…。そ、そうですね、そのまま動き回るわけにはいかないでしょうし。ちょっと待っててください、代わりになるような服を持ってきますねっ!」


 


そう言って、リーコは疾風のごとく部屋から飛び出てから数分後、代えの服を抱えて廊下に埃を舞わせながら戻ってきた。


 


「とりあえず、これを着ておいてください」


 


ポンとリーコから純白のシャツとジーパンのように見える薄藍色の長ズボン。俺のためにズボンを用意してくれたみたいだな。


 


「っと」


 


俺はそれに体を通した。


サイズ的にリーコの私服だろうか?ただ、背中から生える翼が引っかかってしまうので、それを折りたたむようにして何とか服の中に収めた。ちょっと窮屈だし、背中が膨らんでいるように見えてしまうがそこは我慢するしかないだろう。


 


 


「それと…、これじゃあ冒険に行くときの服がありませんね…。私はこれから寝てしまいますので…シーカーを連れて服屋さんにでも行ってみてはいかがでしょうか?」


「服屋…ですか?」


 


たしかに俺が外出するときに着ている服は昔、ナーサに買ってもらったもので今の俺の体のサイズには合わない。だとしたら、買いに行くしかないのか…。


「一応、まだ私の服に余りはありますけど…、どう考えても体を激しく動かす冒険者業には合ってないでしょうし…」


 


旅館の女将が冒険者用の服なんて持ってるわけないよな。まぁ、たとえあったとしてもすぐにボロボロになってしまいかねないから借りようとはしないだろう。


 


「いえ、ここまでしていただいているのにわがままは言えません。では、今日は外出用の服を買いに行くついでに装備品も調達してきます。資金も昨日のべヒモスを倒した報酬がありますから足りるでしょうし…」


 


これはいい機会なのかもしれない。生と死の境で活動する冒険者が服一枚でいるのもおかしいだろうし、簡易的な装備でも買い揃えておこう。


「そうですね、じゃあシーカーにそう伝えておきます。まだこの町の構造だとかは詳しく知らないでしょうから案内役です…ふぁぁ…っと…すみません、では私は失礼します」


 


リーコは欠伸を噛み殺して言った。夜型の吸血鬼から言えば今は人間でいう夜なのだ。


 


「いろいろとありがとうございます」


 


俺は部屋を出ていく彼女にお礼を言い、改めて自分の体を見た。


 


…一体どうして体がでかくなったのだろう。機械ボイスを捨てた【解析者】によると体の成長する時間をすっ飛ばしたとかどうのこうの。


 


「ま、前の幼女体型に未練があったわけでもねーし。なんてことはないかな」


 


腰に手を当てて、自分の言葉に頷いた。


 


‐‐‐


 


「…うわぁ…。なんとも魅力溢れる体に進化したねー」


 


しばらくして、リーコにもろもろ説明をされたであろうシーカーが部屋に足を踏み入れていた。


 


「いや、なりたくてなったわけじゃねーし。胸は重いし」


「うわー!そういうこと胸が絶壁の人の目の前で言う!?気を付けなよ?私だったからよかったけど、そういうこと外で言ってみ?路地裏に連れてかれて袋叩きにされるよ?」


「…だって重いし」


「それに翼も生えたんだねー」


 


シーカーが「おぉー」と声を出しながら、俺の背中をまさぐる。


「…吸血鬼って翼が生えるもんなのか?」


 


もし、吸血鬼が成長して翼が生えるならリーコとジャックが生えていないのは矛盾が生じてしまう。それとも相当な年月を俺の体はすっ飛ばして成長したのか…?


 


「んん?いや、それは個人差って言うかなー?ちゃんと名前は決まってないけど吸血鬼の中にも種族があってね。ほら私は翼は生えてないけど蝙蝠にはなれるし」


 


シーカーが腕を振り上げるとその体が徐々に縮んでいき、やがて手のひらサイズの赤い蝙蝠に変化した。


 


「っと…ちなみにお母さんもお父さんも蝙蝠になれるんだ」


そしてシーカーがもとの赤髪の少女に戻る。


 


そういえばシーカーのスキルに蝙蝠化ってあったよな…。それが俺も使えれば移動とかも便利そうだけど。


 


 


「まぁ、逃走とかには便利かもだけどそんなに使えるものじゃないんだよねー。今みたいな人形のときよりもさらに昼間に目が見えなくなっちゃうし、何かにぶら下がらない限り、ずっと飛んでないと駄目なんだもん」


 


「ま…蝙蝠だしな」


蝙蝠ってたしかそのまま地面に立てないんだっけな。たしかに、いちいちぶら下がる場所を見つけないといけないというのは不便極まりない。


 


「ま、そのことはいいとしてそろそろ行こっかー。あんまり遅くなるとその魅力的な体を求めて“ふちら”な輩が出てきちゃうからねー」


「心配してくれてるのは嬉しいが“ふちら”じゃなくて“不埒”な?…無理に難しい言葉を使う必要はないからなー」


「う、うるさいっ!べっ別に間違えただけだし!無理になんて使ってないもん!」


 


シーカーは顔を羞恥心で林檎のような色に染め、ぷいっとそっぽを向いた。


 


「林檎みたいな顔になってるぞー。…さて、じゃあ行くか」


「林檎ってぇ!!」


 


笑みを浮かべながら、俺は破れた前のズボンのポケットから硬貨を取り出して、今はいているズボンのポケットに移し変えた。


 


‐‐‐


 


「で?どこ行く?」


 


旅館を出て数分後、道を歩きながらシーカーが訪ねてきた。


 


「…ま、最初は服かな。できれば冒険に行くとき用のちょっと丈夫な服と、旅館の中で着る用の服を二着ずつ」


「家用の服?」


「まあ、いつまでもリーコさんに借りっぱなしにいられないだろ?」


 


俺は苦笑する。


 


「ま、遠慮はしなくていいと思うんだけどねー。まぁ、ティアーシャがそう言うならいいんじゃないかな?…えっと、それじゃあ最初は服屋さんでいいかな?丈夫な服も、普段着も揃ういいとこ、知ってるからさー」


「ん。じゃあシーカーに任せるわ」


 


そうしてシーカーの後についていくこと十数分。その時、幼女体型の時よりもいやらしい目付きをした男達(尚、既婚も含む)にじろじろと見られたので軽く腰の剣を見せつけて脅してやった。


 


「着いたよー」


「…ん?え?ここ」


そうしてシーカーが立ち止まり、ある建物を指差した。それは文字は薄れ、そのもの自体の固定が外れ大きく傾いている看板。ひび割れた窓ガラスに皹が入った壁に木製の扉。どう考えてもいい商品が置いてあるとは思えなかった。


 


「シーカー…店間違えてねえ?」


「いや?ここだよ?」


 


そう言いながら彼女はボロボロの扉を押していた。


まぁ、ここまできてシーカーが嘘をつくとも思えないので文句は言わず彼女についていこう。


 


シーカーがきしむ扉を開けるとそこの上部に取り付けられた数個の鈴がチリンチリンと心地よい音を発した。


店内はやはり質素な作りになっていて、所々に鎧やら武器やらが飾られているが今回の目的である丈夫そうな服はどこにも見当たらなかった。


 


「ウヒョガラおばちゃーん!来たよー!」


 


俺がそんな風に店内を見回していると、突然シーカーが口元に手を当てて大きな声で叫んだ。


 


「誰や誰や?おー!シーカーのお嬢!久しぶりやなぁ!元気やった?」


 


すると俺達の正面にあるカウンターの奥の藍色の暖簾を払って入ってきた…おばちゃん。


そのしゃべり方も、そのくるくるのパーマも、いかにも豹柄が似合いそうな人である。


 


「ん!元気だったよ!」


「そうかいそうかい。…ん?そっちのえらいべっぴんさんは初めて見るねぇ…まさか…あんたんとこのオカンかオトンの隠し子やったりするか!?」


 


そう言って俺の顔をまじまじと見つめてくるウヒョガラ。その形相に思わず一歩下がる。


 


「そんなわけないでしょ!もう!」


「ハッハッハッ!うちが冗談好きなのわかってんのやろ?いちいち気にしてたら心臓縮まんで!」


 


コテコテなしゃべり方でコテコテ笑っているウヒョガラ。


前世で大阪に出張に行ったときにお好み焼き屋で出会ったおばちゃんそっくりである。


 


「…で?そっちの姉ぇちゃんは?」


「あぁ、これはティアーシャ。私が前に茸取り入った時に魔物に襲われて、その時に助けてくれた人だよ。今、うちの旅館に泊まってるの!」


「ふぅん…。で、今日は何の用でここに来たんや?」


軽く顎をしゃくった後にウヒョガラが問いかける。


 


「今日はこのティアーシャの依頼だよー。ほら、ティアーシャ。自分で言って」


「…ん」


 


シーカーが話を降ってきたので俺は口を開く。


 


「…自分は今、この町で冒険者をしていまして…まぁ…いろいろあって着られる服がなくなってしまったので…」


「…?」


 


そんな俺をいぶかしげな視線で見つめるウヒョガラ。


…やはり店を間違えたんじゃないのか?


 


「なんか無理矢理口調を変えようとしてないやろか?うちの目にはあんた、喋る前にいちいち話す言葉を確かめてから喋ってる見たいやけどな…」


「…え?」


 


俺は思わず疑問符を口にした。


…どうしてそこまでわかる?今までばれたことすらなかったのに…。


 


「いや、ええんやよ?もとからそういうしゃべり方なら無理せんといてや。…まあ、なんちゅうか…しっくりきいへんなぁ思うただけやから…」


「…ティアーシャ。ウヒョガラばっちゃんもああ言ってることだし、いつもみたいな口調でいいんじゃない?」


 


シーカーが口を動かしながら俺を見上げてきた。


まぁ、正直面倒くさいわけだしここは好意?に甘えておこう。


 


「…そうだな。よくわかったな、“俺”が本当はぶっきらぼうなしゃべり方をするなんて」


「おぉおぉ。やっぱりそやったか。そっちの方が姉ぇちゃんらしくてええで?」


 


ウヒョガラは一瞬目を見開くもすぐににこやかな表情を浮かべた。


 


「どうも。で、シーカーにここの店で色々な服が揃うって聞いたんだけど…。見た感じ売ってるようには見えないんだけど」


「当たり前やろ?そんな店の人が用意した物をお客様が選ぶなんておもんないやん。うちの店ではうちがそのお客様に一番合った服を作るのがモットーやねん。そこんとこ、覚えときや」


「…なるほど…じゃあウヒョガラのお任せってことだな?」


「飲み込みが早くて助かるわ。ほな、早速採寸させてもらうでー」


 


ウヒョガラはぺたぺたと歩いてカウンターから出て、俺のそばに来た。それと同時にシーカーは俺から離れ、周りの武具を興味ありげに見つめている。


「…ん?採寸なのに定規とかはつかわないのか?」


 


ウヒョガラのことを見てみると彼女は手ぶらだ。普通ならウェストを図ったりするのに巻き尺の一個や二個持っていてもおかしくはないと思うのだが…。


 


「そないなん使ったってすぐに壊れるだけやろ?うちは生き物を近くで見ただけでそれのあらゆる情報がわかるんや。もちろんスリーサイズもなー」


 


【解析者】の解析の劣化版のようなものなのだろうか?


 


「じゃあ早速見させてもらうで。…ん?…姉ぇちゃん吸血鬼やったんか?」


「…は?」


 


しかし、そんな風に任せた俺が馬鹿だった。劣化版とは言えど【解析者】の解析と似たような効果を持っているのだ。俺の種族がバレてもおかしくはない。


 


「っ!」


 


思わず腰から剣を抜いて構えた。


…ここでウヒョガラを逃せば、あの時の二の舞になりかねない。…決して忘れることのできない、あの出来事。俺の平穏を無惨にも破き捨てたあの出来事の。


 


「…はっはっは!!」


 


しかし、ウヒョガラは剣を向けられているのにも関わらず、腹を抱えて笑い出した。


 


「そない怖い顔せんといてや。うちはな、亜人は差別しない主義やねん。吸血鬼だって同じや」


「…?」


「ティアーシャー。ウヒョガラはね、【亜人無差別化運動組合】の副会長さんなんだよー。まぁ、吸血鬼にまで優しくしてくれる人は組合の中でも珍しいんだけどね」


疑問符を浮かべる俺にシーカーが武具をしげしげと見つめながら告げた。


 


「【亜人無差別化運動組合】?」


「あぁ、せやせや。この町は亜人の差別が少ない町ではあるけど完全にないわけやない。商品を買うときは不公平な価格で売られたり、そもそも入れてくれない店だってある。それっておかしいやろ?亜人だって、うちらと同じ一人のオカンのお腹から生まれたんや。それに亜人だって何もしとらん。ただ容姿とか、食べるもんが違うだけで差別するのはおかしい思うてな」


 


「…まぁ…。けど吸血鬼は人に害を与えちまうけどな」


 


俺は苦笑する。


 


「いや、一概にそうとも言えへんで?食物連鎖の関係上、吸血鬼はやむを得なく人の血を吸うんや。それはうちら人間が罪もない動植物を採って食べるのと同じ、避けても通れない道なんや。それに殺して食べなあかんうちら人間よりも、殺さずに食べることができるあんたら吸血鬼の方がよっぽど罪は軽いと思うで?」


採寸を終えたのか、ウヒョガラは俺の傍らを離れカウンターの奥ののれんを押して出ていってしまった。


 


「…」


 


俺はあっけにとられながら、剣を鞘にしまう。けれど、目線は揺れるのれんから離れなかった。


 


「ああいう性格だもんだから、あんまし人から好かれてないんだよ。…ま、その代わりに亜人からの好意は厚いみたいだけどね」


 


シーカーは目線を武具から俺へと移した。


確かに心のどこか冷えきっていた部分が暖まった気がする。


 


「っとっと!よっしゃ、生地は持ってきたから、後は編むだけや!」


 


すると、ウヒョガラが両手一杯に糸玉を抱えて入ってきた。しかしその糸はどれも白統一である。


「…編むって…今から?」


「せやせや。やっぱり着てくれる人見るとやる気がでるわぁ…。で?ご注文は?」


「…。戦闘にも使える丈夫な服とゆったりとした部屋着、それぞれ二着ずつ」


「合計四着やな…。よっしゃ、始めんで!」


 


ウヒョガラは毛玉をカウンターのテーブルにどかっと置くと、それに両手をかざしてぶつぶつと何かを呟き始めた。


 


「【変化】!!」


 


そして急に大声を出したかと思うと、彼女の手元の毛玉の先が、まるで蛇のようにうねうねとくねり出した。


 


『おお!物質変化魔法ではないですか!これが使える人は初めて見ました初めて見ました!』


「物質変化魔法?」


 


珍しく【解析者】が食い気味だった。どうやら今ウヒョガラが糸を蛇のように動かしていることにとても興味があるようだ。


「おー、よう知ってんなぁ。せや、いかにもこれは物質変化魔法や。まぁ、長々と呪文を唱えなあかんから便利というわけやないけど…、人間でこの魔法を使えるんはそうそうおらんでー」


 


ウヒョガラは口を動かしながら、くねる糸と糸を編み込んでいき器用に生地を作っていった。


 


「で、戦闘に使うっちゅう服はスカートとズボン、どっちがええ?」


「ズボン」


 


即答である。そもそも元男である俺がスカートなんて履けるわけないし、戦闘スタイルがかなり激しく動き回るものなのでスカートだと捲れたり、動きずらかったりしてしまうだろう。「おぉぅ…即答やな…。うぅん、絶対スカートの方が似合うと思うんやけどなぁ…」


「断る」


「…。まぁ、ええわ。長さはどないする?」


「…短めで」


「ん」


 


ウヒョガラは一言言って、集中を始めた。邪魔したら悪いので俺は店に置いてある防具やら武器やらを眺めて時間を潰していた。


 


「…よし…四着できたでー!」


「…んん?…え、この短時間で四着…?」


 


しばらくして店にウヒョガラの声が響き渡った。


しかし、まだ彼女が服を作りはじめてから数十分しかたっていないのだ。どう考えても四着も服が作れるはずがない。


 


『【物質変化魔法】ですから。服一着作るのに十分もかかりませんよ』


 


「そ…そなんだ…」


 


少し【解析者】の声色が怖かった。その言葉の裏には『まさかこんな知識もないのですか?プププー』という思いが隠れていた気がする。


 


「あまり汚れが目立たんように戦闘用は黒をベースにさせてもらったで」


「…さっきの糸の中に黒なんて…」


 


『【物質変化魔法】ですから』


 


「…はい」


 


どうやら【物質変化魔法】はものの色を変えることができるようだ。詠唱がなければ結構使えそうな魔法ではあるな。


 


「これが戦闘用。…でこっちが部屋着」


 


ウヒョガラにほいほいと服が手渡される。


それを一枚一枚確認すると、戦闘用の服“は”ちゃんと注文通りにズボンだった。


戦闘用の服“は”。


 


「おいウヒョガラ」


「なんや?」


 


その声色は楽しそうなものだった。


 


「これはなんだ?」


 


俺は部屋着を作った本人に見せつける。


それはご丁寧にフリルまでつけられた桃色のワンピース。


 


「あんたは部屋着をズボンにしてくれー、とは言うてなかったで?」


 


ウヒョガラが不適な笑みを浮かべる。


 


「てめっ!!くそっ!はめられた…」


 


思わず手をあげそうになったが、それを静止させる。そもそもはめられた俺が悪いのだ。ここでウヒョガラを殴ったら俺の立場が無くなる。


 


「…ズボンのやつにしろ」


「そりゃ別料金やな~。糸もそんなにあらへんから、そうとう高くなんで~」


「いくらくらいだ?」


「ざっと金貨五枚」


「なっ…」


 


ウヒョガラがニタニタと笑みを浮かべる。悪い、悪すぎる笑顔だ。


金貨五枚。それは日本円でいう約五十万円くらいだ。


俺が昨日稼いだ分の金は銀貨十枚ほど。どう考えても足りなかった。


 


「…この四着だと…いくらだ?」


「まあせいぜい銀貨四枚っちゅーところやろな」


「…くそ…」


 


俺は四着の服を受け取り、今着ている服のポケットから十枚ある銀貨を鷲掴みにしその内の四枚を摘まんでウヒョガラに手渡す。


「はいどうも、おおきにな」


「…」


 


金を受け取り満面の笑みを浮かべるウヒョガラ。


それに対し、がっくり項垂れる俺だった。

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