第2話 サラリーマン、いきなりゲームオーバーの危険性
「…【解析者】ぁ?」
『ハイ』
「なんかやべーやつ…いるんだけど…」
『ハイ』
「はいじゃねぇよ!?あれぜってーやべえって、見た目も!」
『アレハ、【こぶなんとスパイダー】蜘蛛科です』
俺が進む道を塞いでいる、巨大な蜘蛛。【コブナントスパイダー】。腹の部分には黄色いしましまが入っていて、どっからどう見ても毒蜘蛛にしか見えない。
幸い、こちらにはまだ気がついていない様子なので逃げるのが最善だと思われる。
「さすがにワンパンはないと思うけどな…」
スライムとゴブリンを倒し、自身のステータスもかなり強化された。
名前:???
種族:吸血鬼【バンパイア】
特性:体力…5
魔力…24
攻撃力…5
俊敏…11
技能…1
耐性:『熱耐性Ⅰ』『光耐性-Ⅹ』『闇耐性Ⅹ』『水耐性-Ⅴ』『月強化』『吸血強化』『夜目』『吸血耐性強化』『空腹耐性Ⅰ』『修復能力Ⅰ』『魅惑』『近接攻撃耐性Ⅰ』
しかし、体力なんてたったの2しか増えていないのだ。あいつと戦って強くなるか、それとも引くべきか。
「ここは…引くか」
急がば回れ、欲を出さずにザコモンをチビチビ狩って強化していこう。
そう思って踵を返した…刹那…。
「ピギャーー!!!」
「…まじで?」
気づかれた、俺が迷っている間に【コブナントスパイダー】は俺を凝視していたのだ。
「ギャー!」
「おってくんなぁぁぁぁ!!」
巨大な蜘蛛と、全裸な吸血鬼の不思議な鬼ごっこが始まった。
『ソノ棍棒ハ使ワナイノデスカ?』
「あー!そうだった、サンキュウ!」
この紙体力じゃ、近距離で戦って勝てる気がしないので取り敢えず棍棒を投げつける。
「ギャッ!」
しかし、その棍棒は蜘蛛の顔面に命中するとまるで豆腐のように崩れていった。
「効いてねぇぇぇぇ!」
まさに糠に釘、ダメージは0に近いだろう。
『ココハ逃ゲタ方ガ得策ダト思ワレマス』
「いや、もう逃げてるからぁ!」
『ソウデスカ…、警告。前方ニ危険ヲ察知』
「もう十分に危険な状況だわ!」
やばいやばい!追い付かれちまう!なんとかして振り切らねえと……?
「えっと…地面が…ない…の?」
『ハイ、渓谷デス』
「渓谷を警告したってか!?ったく笑えねえな!」
後ろを振り返ると、猛烈な勢いで迫りくる【コブナントスパイダー】。もう後ろには引けない。
「もうどうにでもなれぇ!」
蜘蛛の前足が俺を掠めた。
俺は後ろにジャンプして、それを掴む。
「道連れだ!」
「ギャア!?」
予想外であろう俺の行動に蜘蛛は不思議な声を上げた。
蜘蛛の体重もあり、俺はそれもろとも渓谷に猛スピードで落ちていく。
「っ」
しばらくして、俺の意識は暗闇の中に堕ちていった。
「…く…」
全身が焼けるように痛んだ。ヒリヒリを超えてズキズキする。…確か俺は蜘蛛と一緒に渓谷に落ちて…。
「う…」
重い瞼を持ち上げると、その先には巨大蜘蛛の顔があった。
「っ!!!!」
思いの外、ビビった。しかし、よく確認してみるとその無数にある目玉は俺のことを捉えていない。それどころか、白濁している。
「蜘蛛がクッションになったか…」
その蜘蛛は気の毒に俺のクッション代わりになったようだ。なんとも運のない…。
「いっつつ…!」
取り敢えず、その場で立ち上がろうとすると全身に激痛が走る。
『多数ノ損傷ヲ確認シマシタ。今ハ安静ニスルコトヲ推奨シマス』
「安静…ねぇ…」
他に何かすることも見当たらなかったのでこのままでいることにする。
『体ガ再生ヲ開始シマシタ。後数時間程デ動ケルヨウニナリマス』
「…はいはい…こんな所に来る人なんていないだろうし…ゆっくり休んでます…」
なんかフラグが立った気がする。
【コブナントスパイダー】の死体から流れる血液を首を動かして舐めた。
やはりうまし。
『すてーたすノ強化ヲ確認。『毒耐性Ⅰ』『壁歩き』『近接攻撃耐性Ⅱ』』
…もしかしたら…この蜘蛛…激強だったんじゃねぇの?なんかスッゲー強化されたみたいだし。
「…んとだってば兄貴!あっしがこの目で見たんすってば!」
「じゃあ、間違いだったらその目ん玉引っこ抜くからな?覚悟しておけよ?」
「ひっ」
はい、見事にフラグを回収させていただきました。ありがとうございます。
ええ、人がやって来ましたお疲れ様です。
「ほれ!兄貴!あっしが言った通りでしょう?あの大蜘蛛!」
「ほお、本当だったか。よかったじゃないか、目が残って」
…取り敢えず、話し合いをして和解できるような相手ではないことが先程からの会話の内容でわかる。
「やべぇ…逃げないと…」
『警告シマス、今ノ状況デ動イテシマウト回復シテイル場所ガ再ビ損傷シマス』
「って言ったって…」
このやり取りから俺はまだ見つかっていないと推測。誰もいない深い渓谷の中で、全裸の女を見てほっておく男などそういないだろう。
「っつっても隠れる場所なんか…あったわ」
まだしっかりと動かない体に鞭を打ち、蜘蛛の死体の下へと潜り込む。これでやり過ごせればいいのだが…。
「コブナントスパイダーっすよ!運悪く滑り落ちたみたいっすね!こりゃ、ついてますわぁ!早いところ解体を…兄貴?」
「コブナントスパイダーが落下死?馬鹿言うな、この巨体でもこいつは蜘蛛だぞ?この渓谷を登り下りするのだったら、そう易々と落ちるはずがねぇ。ってことは…」
「兄貴?」
「今さっき、この蜘蛛を殺した。あるいは落としたやつがいるってことだ」
徐々に迫りくる足音。相当周囲を警戒しているようだ、みつかりませんように…。
『体ノ回復、50%ヲ確認』
「もっと早くならねぇのか?」
声でバレないように、それを出来るだけ小さくして問う。
『吸血強化ヲ使エバ多少ハ早クナルトワわレマスガ…大量ノ血液ガ必要デス』
「ならあるじゃんか…こいつが」
俺は覆い被さる蜘蛛の死体をぽんぽんと叩く。
『アア、ソウデシタネ。…チナミニ、私ニ話カケルトキハ頭ノ中デ考エルダケデモイイノデスヨ?』
おい…だったらそれ…
「早く言えやぁぁぁ!!!」
「誰かいるのか!?」
「兄貴ぃ?」
【解析者】の馬鹿ぁぁぁぁ!
「無駄な抵抗はやめて出てこい!」
警察かおめぇは。やべえな…これは万事休すってやつなんじゃねぇの?
「…」
「兄貴、さっき下から声が聞こえたような…?」
「それを早く言えや!」
ついに蜘蛛の死体に力が加わり、ごろりと回転した。…こういう時の対処法は…。
「さあ、でてこ」
「あ、ども」
「っ!!?」
そこにいたのは二人の約三十歳位の男。片方はチョビ髭を生やし、もう片方は頭にそこら辺の布切れでこしらえたような物を頭に被っている。いずれにせよ、今は二人とも言葉を失っていた。
「…なななななんだ?こいつ…蜘蛛が化けてでたか?」
「いいいいや、それにしちゃ可愛すぎるっす!この可愛さは…姫様に似て…」
「えっと…じゃあ俺はこれで…」
「「おう、そうか(っすか)」」
二人が議論を交わしている間に上司との飲み会をさりげなく抜けるために編み出した『さりげなく脱出大作戦』を行使する。
「俺は町一番の美人と同じくらいだと思う!」
「あ!お姫様のこと馬鹿にするっすか!」
よしよし、ここからはいかに気配を消して歩くかが…
「「いや、勝手に逃げんなや~!痴女がぁぁぁ!」」
「俺の必殺技が効かねぇぇぇ!!」
数々の、そろそろ頭のてっぺんが寂しくなってくる上司をも倒してきた歴戦の必殺技がっ!こうも簡単に破られるとはっ!!
「「待てぇぇぇ(っす)!!」」
「誰が待つかぁぁぁ!」
こうして再び鬼ごっこが開始されたのだった。
極限状態(笑)であったからであろうか。俺は体の痛みを感じていなかった。