第24話 吸血鬼と試験
その後も次々と現れるモンスターを倒していきながら約五十ウェーブ目。
『ではそろそろ強めのモンスターを召喚することとしようか!』
ギルドマスターの声と共に黄色の幾何学紋様の魔方陣が現れる。
『今までのモンスターとは格が違う故、気を抜くな』
「…ん」
そして魔方陣が光輝き、そこに現れたのは――
「コブナント…スパイダーっ!」
黄色と黒のシマシマ模様の巨大な腹。見ているだけで気持ち悪くなるような八つの目。その口から垂れる緑色の毒のような粘液。
俺がこの世界に来て初めて出会った強敵。
あの時はこいつの足を掴んで自分もろとも渓谷に落として殺したから正直、こいつの本当の強さはわからない。
「…けど…こっちだって強くなったんだ!【雷電】!」
左手を指鉄砲の形にして、指先から電撃弾を撃ち放つ。
「ギッ!?」
それは大蜘蛛に命中するも、それは怯む様子もなく大した効果は見られなかった。
「らっ!!」
しかし数秒の隙ができたので、その瞬間に剣を握りしめ、大蜘蛛に斬りかかる。
「【風刃】!」
「ギャッ!?」
剣が八つある内の一つの足を切り裂き、即座に発動した【風刃】によってもう一つ足が宙を舞う。
「――恵みの雨!災いの雨!今、その力を我が手に宿さん!【水砲】!」
「ギュルアァッ!?」
そして懐に潜り込み、噛まないようにできるだけ早く詠唱し大蜘蛛を水圧で吹き飛ばす。
「はあぁぁぁっ!!」
【水砲】をくらい仰向けで地面に着地し、じたばたしている大蜘蛛の腹に思いっきり剣を突き刺す。
「ギャアアァァァ!!!」
「あぐっ」
しかし、一筋縄ではいかないようで大蜘蛛の厚い表皮に刃が刺さったところで足の一撃をくらい振り落とされてしまう。
『…ふぅむ。なかなか面白い戦い方をするではないか』
「お褒めに預かりまして!」
今、ギルドマスターは顎をしゃくっているのだろうなどとどうでもいいことを考えながら体勢を整える。
「ギャアアァァァッ!!!」
しかしその間に大蜘蛛は残った六本の足を器用に使って体を起こしていた。
「【水球】!」
手から水の玉を作り出し、発射する。
「【風刃】!」
「ガァッ…ギゥルァァァ!!」
続けざまにもう一発。【水球】で怯んだ大蜘蛛の顔面に縱の大きな切り傷をつける。
「ギャッ!」
しかし致命傷にはならなかったようで大蜘蛛をさらに怒らせただけだった。
大蜘蛛の鳴き声が空間を震わせ、その口から緑色の液体が放たれる。
「うえっ…きったな…」
とっさに腕を盾にしてガードする。
どろっとした感触のそれは腕を覆うようにしてへばりつく。
「…単なる嫌がらせ…?…ぅ…?がぁぁっ!?」
軽く払って腕から落とそうとしたところで粘液の着いている部分から焼けるような痛みが走る。
「がっ…くっそ…んだよこれぇぇ!!」
やがてそれはじゅうじゅうと音を出しながら、俺の皮膚を焼いていった。
おそらく酸か、腐食効果のある粘液だろう。
「ぎぃぃ…あっ!!」
あまりの痛みに膝を着いた。その凄まじい粘着力のせいでそれは落とすことができなかった。
「ギャッギャッギャッ!!」
そんな風に苦しむ俺をまるで嘲笑うかのような声を出し、徐々に距離を詰めてくる蜘蛛。
「ぐぅぅああ…」
しかし痛みが強すぎるあまり、体がいうことを聞かない。
「ギィアアア!!」
そして大きく足を踏み出し、別の鋭い爪の生えた長い足が振り下ろされ――
る刹那、痺れる体に鞭を打って体を仰向けに倒し蜘蛛の攻撃をかわす。
大きく足を踏み出していた大蜘蛛は俺を己の体の下に入れてしまっている状況になる。
この機会を逃すわけにはいかない。
「くたばりやがれぇぇぇっ!!!!」
未だその腹に突き刺さったままの俺の剣の柄を思いっきり蹴飛ばす。
ズブリ。生々しい音と共に蜘蛛の肉を刃が貫く。
「ギュロォォォッ!?」
その痛みから蜘蛛は大きく悶え始める。
「がぁっ!?」
じたばたと動かしたその足が偶然俺を捉え吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう。
遠くなる意識をなんとか手繰り寄せ、目を開け蜘蛛の状況を見やる。
「ギュルッギィアッ…ギ…ガァ…」
腹に刺さったままの剣の根元から溢れ出る大量の血液。始めの内は苦しむように辺りをのたうち回っていたが、やがてそれも止まり動かなくなる。
「…」
しかし、俺の方も限界だった。未だ尚腐食を続ける粘液による痛み。壁に叩きつけられた痛み。いろいろなものが蓄積していて立つことすらままならなかった。
『…【コブナントスパイダー】の死亡を確認。よくやった、さあ戻ってくるがいい』
そんな中、ギルドマスターの声が耳に届いた。しかし、何を言っているかまでははっきりと聞き取れなかった。
瞼が重い…。体が痛い…。
様々な苦痛により、俺の意識は闇へと落ちていった――
‐‐‐
ようやく…手に入る
これでやっと…手に入る
手を…心を…汚してきてよかった
俺がいるのに…あいつになんか馴れ馴れしくしやがって
でも安心しろ
もうあいつはこの世にいない
もう少し心を揺るがせたら
完全に俺なしでは生きられなくなる
そうしたら…俺は…ヒヒッ…
まあいい
結果よりも計画を優先しよう
‐‐‐
「…ん」
「起きられましたか」
瞼を持ち上げるとそこは一度も見たことのない天井だった。
昔の中学校の天井のような…飾り気もそっ毛もないただの真っ白な天井。
「大丈夫ですか?どこか悪いことはありませんか?」
天井と俺の間に割り込んできた顔。
血の気の引いた真っ白な…どちらかというと真っ青な小さめの顔。藍色の瞳。その下にできたくま。縁の細い眼鏡。白衣を身につけ、薄紫色の髪の毛を後ろで結んだ女性。ナーサが若くて痩せていたらこんな感じなんじゃないかと心の中で苦笑する。
「…えぇ。とくに大丈夫だと思います…」
念のため体を確認してみる。するとさっきまで激痛を走らせていた緑色の粘液は腕に付着しておらず、さっきまでの戦いが夢だったのではないかと思うほど痛みの余韻が感じられなかった。
「そうですか。ならよかったです」
女性は軽く微笑みを浮かべると俺の背中にその細い手を当てて体を起こさしてくれた。
「先ほどの戦い、とても見事でした。お疲れ様です」
「…。あの、腕に着いていたあの緑色のネバネバは…?」
もしかするとこの女性が取ってくれたのかもしれない。だとしたらお礼を言わなくては。
「ああ、【コブナントスパイダー】の【毒唾液】ですね?安心してください、あなたが戦っていたあの空間はロイエル…いやギルドマスターが【展界】によって造り出した仮想空間です。あの空間から出れば、そこで負った傷もすべて無かったことになります」
「へぇ…」
「…あ、そうだ忘れていました。これをどうぞ」
「?」
女性が白衣のポケットから取り出したのは厚さ五ミリほどの板。それを受け取って眺めてみてもなんの変哲もないただの板だった。
「そこの表面を軽く指でなぞってみてください」
女性に言われたように表面を一撫で。
するとそこからうっすらと文字が浮き上がり始め、やがてはっきりと読めるようになった。
そこには俺の名前と『銀』の文字が。
「おめでとうございます!銀ランク冒険者に採用です!」
「銀…ランク…」
そうして俺は冒険者入りを果たしたのであった。
今話の終盤にある人物の心情が書かれています。
もし「こうなんじゃない?」と予想がついた方、是非ともメッセージやコメントで呟いてみてくださいませ