第22話 吸血鬼と友達
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「…でかい…」
「でしょー?」
狼の肉を平らげ、残る二匹の狼を引きずり、【解析者】の作ったマップを頼りに俺達は大都市【コルミヤ】にたどり着いた。
町の入り口から見てもわかる巨大さ。
俺が三年間住んでいたナーサの町とは比べ物にならないくらいの大きさだった。
「じゃ、行こっかー」
「ちょっ…引っ張るなって」
腕を掴まれて、ぐいと引っ張られる。バランスを崩して危うく転びかける。
「お!シーカーの嬢ちゃん!で…その子は誰だい?」
入り口の門を潜ろうとすると、槍を持った気さくな門番がこちらに向けて手を振ってきた。どうやらシーカーとは知り合いみたいだ。
「茸採りに行ってたら森で迷っちゃってー。で、そしたらこの子に助けてもらったのー!」
「そうなのか!…。ってか、なんでこんな夜中に茸!?」
「いまさら…?」
「しかも君!その狼はなんなんだ!?君が倒したのか!?」
急に話が俺の方に飛んできた。
「はい」
「二体も!?」
「えぇ…あ、そっか。一体は食べたんだっけ」
「えええええ!?そのくそまっじぃ肉を食べたぁ!?ってか三体も倒したのぉぉぉ!?」
「…」
やたらとテンションの高い門番だな。近所迷惑なんじゃないかな?
「君、うちのギルドに入ってみたらどうだい?ギルマス…、えっと団長には話をつけとくからさ」
「え…。…いいんですか?」
これは運が良かったのかもしれない。俺が【コルミヤ】に寄った目的は装備を整えるため。装備を整える目的は冒険者として強くなることだ。
それがこの町ですんなりと叶ってしまうというのは願っても無いことだった。
「…えっと…じゃあ一段落したら…」
「うんうん!そうしてくれ!じゃあ俺は団長に伝えてくるからぁぁぁ!!」
町を囲っている塀に槍を立て掛けて門番はどこかへ走り去ってしまった。
「いや…門番の仕事…」
「あの人いつもこうなんだよー。強そうな人見つけると、仕事ほっぽり出してすぐにギルマスのとこ行っちゃうんだ…」
「へ…へぇ…」
終始、俺は苦笑いを崩すことができなかった。
「ま、いいよ。町に入ろ」
「…いいんだ」
俺達は門を潜って【コルミヤ】の中に入る。
「ほぇぇ…」
そこの景色はいままで住んでいた町とはうってかわっていて、地面には石畳が敷き詰められていて、住居はレンガ造りのものが多い。
道の脇にはガス灯らしきものがあり、いままでの町と比べたらかなり近代化している印象だった。
「ティアーシャー!いくよー!」
「え?あ、うん」
気がついたら、シーカーはすでに進んでいた。きれいな町並みに見とれていたみたいだ。
俺は小走りで、こちらに向かって手を振っているシーカーの元に追い付く。
「いい町でしょ?」
「すごく。俺の住んでた場所とは大違いだよ」
「…。また“俺”って言った…。本当に気をつけてよねー。せめて私の家の中では男言葉は使わないようにして」
「…スミマセン…」
「…なんでそんなにかわいい外観して男言葉なんか使うのよ…」
シーカーは深々とため息をついた。
一人称くらい、俺の好きにさせてもらえないもんかねぇ。
そんなこんなで二人で話ながら夜道を歩いていると、不意にシーカーが立ち止まって一軒の大きめの建物と向かい合った。
「はい。ここが私の家。ちょっと待ってて、お母さん呼んでくるから」
そう言って彼女は木製の扉を蹴飛ばすように開けて建物の中に入っていった。
「あいつ…お嬢様なの?」
取り残された俺はボソリと呟いた。この大きさの建物は、今歩いてきた中で見かけたことはない。
もしかすると、どこかのお偉いさんの娘なのかもしれない。…でも…吸血鬼のお偉いさんなんているのだろうか?
「おーまったせー!」
そんな風に物思いに耽っていると、シーカーが扉を開けて出てきた。そしてその後ろには一人の女性が。
「ティアーシャさんですね?この度は娘がご迷惑をお掛けしまして…。本当に感謝しても感謝しきれません。私にできることならなんなりとお申し付け下さい」
黒髪を肩に届くくらいまでで切り揃えた日本人を思い出させるその女性、シーカーのお母さんはこちらに近寄ると俺の手を取って深々と頭を下げた。
「えっ…あ…その…頭を上げてください。お…私はたまたま通りがかっただけですから…。お礼など要りません」
そう、少なくとも漁夫の利を狙っていた俺がそんな大層なお礼をされる筋合いはないと思う。
「ですが、娘の命を救って頂いたことには変わりありません。お礼を受けるのを拒まれるのであれば、私達の宿に泊まっていきませんか?もちろんお代は頂きません。娘から聞いたところによると、ティアーシャさんはしばらくこの町に滞在すると…。」「…えぇ。滞在することは確かですが…よろしいのですか?私のような者が…?」
泊まるくらいなら…いいかもしれない。俺も冒険者生活をするのには拠点が必要だとは思っていたし。
「もちろんです!」
シーカーのお母さんはキラキラとした笑みを浮かべて、一層俺の手を握る力を強くした。
「…。では…お言葉に甘えさせてもらってもいいでしょうか?」
「はい!では中にどうぞ!」
俺はシーカーのお母さんに腕を引かれ、建物の中に入っていった。
狼の死体はシーカーが建物の裏に持っていってくれた。もし、ギルドで換金ができるようであればしてもらおう。
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「私の名前はリーコ。こちらが夫のジャックス。そして娘のシーカーです」
シーカーのお母さん、もといリーコは俺を客間に通してくれた。
少し高い椅子に腰掛け、シーカーの家族とテーブルを挟むような形で向かい合っている。
「この度は誠にありがとうございました。私もまさか森で迷うなど思ってもいませんで…」
シーカーよりも濃い赤髪を短発で切り、健康的な肉付きをしたシーカーのお父さん、ジャックスがお礼を言ってきた。
「いえ…本当に私は通りがかっただけですので…。それに娘さんには一度、助けていただいたので。頭を上げてください…」
「でもやはりお礼はさせてください。妻が提案したようですが、私どもの宿に泊まって頂けますか?やはり娘の命を救って頂いた方になにもお礼をしないというのは…」
「私もこの町にはしばらくお世話になる予定ですから。お言葉に甘えさせて頂きます…。えっと…、先ほどから仰られていますが、ここは宿なのですか?」
たしかに宿であれば建物のサイズが大きくなることにも説明がつく。
「ええ。ただの宿ではなく温泉宿というものです」
「温泉宿!」
「そうです、この辺りは源泉が通っていますから…。そうだ、ティアーシャさん!この後入浴されてはいかがですか?今の時間帯なら入浴している人は少ないですし…疲れたお体をお休めになっては…?」
リーコはテーブルから乗り出して、俺に進めてきた。
しかし、あなた方は大切なことを忘れてはいないかね?
「えっと…お聞きしますが、あなた方は私の種族をご存知ですか?」
「娘から聞きました。私達と同じ吸血鬼ですよね?」
「はい」
であれば吸血鬼が水に弱いのは知っているだろ?風呂なんかに入ったらどれだけの苦痛が訪れるのか。
ちなみに俺はこの世界に転生した初日、ナーサの家で痛い目を見ている。
「あぁ!もしかして水に触れた時の痛みを心配していらっしゃるのですか?安心してください!私達の温泉には、決して気づかれることの無い量の血液が混ぜてあります。これで吸血鬼が入浴をしても痛みを感じることはありません!」
「へぇ…じゃあ入ってみます」
吸血鬼のリーコが言うのだから本当なのだろう。
それにしても水に血を混ぜるだけで大丈夫なのか。もっと早くから知りたかったな…。
「わかりました!お着替えは準備しておきますので、ごゆっくりと疲れを癒してください!ご案内しますね」
「…はい、すみません」
俺は椅子から立ち上がり、リーコの後についていった。
背後から「私も行く!」と元気いっぱいのシーカーの声が聞こえた後に「シーカー、ちょっとお父さんとお話しようか」とジャックスの低い、響きのある声が聞こえた気がした。
「ティアーシャさん、行きましょう?」
「…今悲鳴が…」
「気のせいですよ。ほら」
手を握られ、リーコに引っ張られる。
シーカー、頑張れ。
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「ティアーシャさん?どうかいたしましたか?」
「いや…その…抵抗が…」
俺は旅館で言う大広間のような場所の『男湯』と『女湯』を示すのれんの前で立ち止まってしまっていた。
リーコは俺を『女湯』の方に引っ張ってくる。
「抵抗?ああ~、ですから大丈夫ですって。温泉に浸かっても痛くはなりませんよ。シーカーだってなに食わぬ顔で入っていますよ?」
違う、そうじゃない。
でもだからといって『前世では男でした~。だから男湯入ります~』なんて言うわけにはいかない。
そもそも、今の俺が男湯なんて入ったら確実に襲われる。いろんな意味で。
『アマリマゴマゴシテイルト、不審ガラレマスヨ?意ヲ決シテ入ッテシマイマショウ。一応、元男デショ?』
――元男だからまごついてんだよ!!
日に日に人間味が増していく【解析者】に軽く怒りながら…俺は『女湯』と書かれたのれんをくぐった。
これでもう俺は…誰がなんと言おうと元男だと言えなくなってしまった。
元から言う気はないのだが、元男が『女湯』に足を踏み入れてしまったと漏れれば俺は多分殺される。
…口で話すときには男言葉に気を付けるようにしよう。