第1話 サラリーマン、転生したらザコモンになってました
「…」
ぼんやりと、見慣れない物があった。見ている方向が上なのか下なのか、はたまた正面なのか上なのかもわからない。
とりあえず認識できることは…
どうやら無事に生まれ変わったようだ。
しかし生まれ変わったと言うわりには周りに誰もいない。
…なるほど、必ずしも赤ん坊からのスタートではないと言うことか。
視線の先には色白でほっそりとした、腕があった。
「あー、あー。よし、喋れる」
言葉も話せた。ここが日本という確証があるわけでもないが、声を出せるだけでかなり違うのではないだろうか。
声は今までのダンディーな声ではなく、明らかに高くなっていた。まあ、そこもまだ許容範囲だな。
「問題は…外見だよな…」
美青年か、毛むくじゃら爺か。さすがに毛むくじゃら爺はないとは思うのだが、一応確認したい。
「ってかここどこだよ」
家の中でもなく、どこかの街の中というわけでも無さそうだ。見渡す限り、岩!岩!岩!
なんだろう、洞窟の中にでも捨てられたのだろうか。
「いしょっと。とりあえず…進むか…」
ただそこにとどまっていても何か物事が進展するわけでもないだろう。ならいっそのこと、ここら一帯を探索してみるのも良いかもしれない。
「なんか寒いなって思ったら服着てねぇのかよ。ったく、サービス精神のサの字もねぇ……はぁぁぁぁ!?」
服を着ていないことに気がつき、自分の体をなんとなく見回してみると…股の間が寂しかった。
「聞いてねぇぞぉ!女になるとか!あのクソやろう!」
声に似合わない悪態を大声で叫ぶと洞窟内に反響した。
やろう…やろう…やろう…
何か捉え方によってはヤベェ言葉が木霊してきた。
「って言っても聞こえねえよな………んだこれ」
軽く苦笑していると、頭の中でいろいろな文字やら数字やらが浮かんできた。
『…アナタノすてーたすデス』
「っお!?びっくりした!誰だ!」
突如、頭の中に響くような。まるでスマホの検索機能の一部のあの声みたいなのが聞こえてきた。
『ワタシハアナタノすきるノヒトツ。【解析者】デス。ナンナリトゴ質問クダサイ』
「なるほど、いわゆるガイド的な感じか。…で…ステータスって…なんかぼやけててよくわかんねえんだけど…」
『了解、視覚化シマス』
【解析者】とやらがそう言うと、俺の目の前に小さなスクリーンのような物が現れた。
おぉ、いきなり近未来な。
「えっとなになに…俺のステータスとやらは…」
名前:???
種族:吸血鬼【バンパイア】
特性:体力…3
魔力…22
攻撃力…4
俊敏…10
技能…1
耐性:『熱耐性Ⅰ』『光耐性-Ⅹ』『闇耐性Ⅹ』『水耐性-Ⅴ』『月強化』『吸血強化』『夜目』『吸血耐性強化』『空腹耐性Ⅰ』『修復能力Ⅰ』『魅惑』
「名無しかよ」
見た感想は五文字ですんだ。???の下は種族が書かれている。
「…バンパイア…?」
『ハイ、吸血鬼デス』
「わかってるわ!」
バンパイアって何?ではなく、なぜ自分がバンパイア?っつー意味で聞いてんだよ!
「種族がバンパイアて…となると…はい、光耐性-Ⅹ…。マイナスついてるし」
こりゃあれだな、光当たったら蒸発すんな。光は避けなければ。
「あとは水が駄目なのか…、…いや待てよ。この体力ってMAX10だよな?」
『イエ、最大ハアリマセン』
「…まじかよ」
【解析者】は「それがなにか?」というような感じで返してきた。大有りじゃ。
「体力3って…スペラ○カーじゃねぇんだぞ!?」
足に石ぶっけただけで昇天するような輩に…俺はなっちまったのか?
「…この吸血強化と吸血耐性強化は何が違うんだ?」
『吸血強化ハ、吸血ヲスルコトデ一時的ニ飛躍的ナすてーたすノ強化ガデキマス。吸血耐性強化ハ、吸血シタ対象ノ能力ヲ自分ニこぴースルコトデス』
「じゃあつまり、強いやつに吸血すれば強くなれるっつーわけか」
『ソウデス』
希望が見えてきた。そうなりゃ、俺はこんなカスなスターテスから解放されるのだ。せっかく転生したんだ。いっちょやってやるか!
「よし!なら行くか!」
『?ハイ』
【解放者】はスターテスの画面を閉じて返事をした。別にペットのようにリードをつけたりすることもないので、いちいち言う必要も無いのだが…まあ、自分のやる気を引き立てる為。一応、声を出す。
「【解析者】、あれなんだ?」
『アレハすらいむデス』
しばらく歩いていると、ペチャッペチャッっと音が聞こえた。何かと見回してみると、その音源は緑色のスライムだった。
「スライム…動いてんのは初めてみ……あ……」
初めて見るものに興味を示して近寄った。なにせ究極のザコモンスターだ、挨拶くらいしておこう。そう思ったのだが…
うっかり踏み潰してしまった。
『すらいむノ死亡ヲ確認』
「なんか…ごめん」
靴も履いていない足の裏にベットリとスライムの体液がまとわりつく。
駅前の道に落ちてるガムみたいに粘っこい。
「スライム殺して、ここまで罪悪感を得たやつ…いないだろうな」
ごめんなさい、スライムさん。
『すらいむノ供養ヲスルノハ構イマセンガ、スグソコニごぶりんガイマス』
「おお!またしても王道のザコモンスター!」
少し距離が離れた場所に、緑色の背の低い二足歩行をしている生物がいる。手には今にも折れそうな棍棒を持っているし身に付けている服だってぼろ雑巾のような物だ。
「全裸の俺に言われたくないだろうな」
おっと人のこと言っている場合じゃなかったな。とりあえず…友好を…結ぶのはダルいから殺すか。
「ふんっ」
「うぎゃっ!」
ずかずかとゴブリンとの距離を詰め、一蹴。ゴブリンらしい声を上げ倒れたゴブリン。
『ごぶりんノ死亡ヲ確認』
「…順調だな」
倒れたゴブリンが持っている棍棒を取り上げる。頼りないがないよりはましだろう。
『ごぶりんニ吸血可能ヲ確認』
「吸血対象?このゴブリン?」
正直言って、嫌である。ゴブリンて…絶対不潔だよな…。その血を貰うなんて…。
「駄目だ、喉渇いてきた」
しかし、今は水筒もふらりと立ち寄れる冷暖房の効いた喫茶店もない。
…えー、まじで飲まないと駄目?
『血液ヲ飲ムノガ吸血鬼デスカラ』
「まじかー」
しっかりしろ。俺氏。今は人間じゃない、バンパイアなんだ。人間が水を飲むのと同じなんだ。そうだ…そうだ。
かぷっ
案外、すんなりと歯が入った。吸血鬼らしく、そして吸血しやすいように進化した犬歯はゴブリンの首に穴を開け、そこから滴る血液に染まっていた。
「…うまし…」
あれ?意外と美味い。ほのかな塩味に鉄臭さが妙にマッチしている。
「ごく…ごく…」
血液おいちー!!
「ぷはぁ…ごちそーさん」
結構飲んだな、軽くワイングラス二、三杯くらい飲んだかもな。
『すてーたすニ変化アリ。近接攻撃耐性Ⅰを獲得しました』
「なるほど、これが『吸血耐性強化』か」
確かに吸血によって耐性が強化されていくようだ。ただ、飲んでみないとどんな耐性かわからないから、そう考えるとちょっと不便なのかも知れない。
「近接攻撃耐性って…まあ殴られたりした時のダメージ軽減だろうな」
ただでさえ紙体力なのだ。体力を上げることも考えなければ、ゲームオーバーは免れない。
「っし、次だ次!」
棍棒を肩に担いで、足を動かした。