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第19話 吸血鬼は怒りに堕ちる

‐‐‐


「…ぅぐ…」


ついに時がやって来たようだ。ガラガラと、音がして俺は俺の体の自由を束縛しているものと共に持ち上げられる。


「…無駄にこった演出しやがって…ミュージカルの舞台じゃねぇんだから…」


しばらくすると、今までの薄暗いジメっとした場所ではなくなにやら騒がしい広い場所に出た。


「く…」


そこはいままでよりも多くの照明が設置してあるせいか、明るくなっていて薄暗い場所に慣れていた俺は一瞬目をつむった。


薄目で周りを見てみると、前世でよく見る教会のような場所だった。ところどころにステンドグラスが埋め込まれている。


なによりも、俺の正面には数えきれないほどの人がいた。

…そうか、俺は公開処刑されんのか…。


ここまで来て、もう抗う気にはなれなかった。動けば全身に激痛が走るしな…。



『さあ、ただいまより悪しき吸血鬼の処刑を開始します!!』

教会モドキの中に響き若々しい渡る声。その声はどこか浮かれているように聞こえた。


「「ワァァァァ……ァァ?」」

だが観客達は歓声を上げ…、次の瞬間困惑の表情を浮かべていた。


「…え?悪しき吸血鬼ってティアーシャちゃん?」

「はぁ?何言ってんだよ?あれがティアーシャちゃんなわけな……え?」

「おいどういうことだよ!なんでティアーシャちゃんがこんな目にあってんだよ!神父呼べ!神父!こんなのなんかの間違いだ!!」「そうだぞうだ!我らの天使が吸血鬼なわけあるか!」


「…」


よく見ると口々にそう言っているのはどれも見たことのある人だった。おそらくはルントの店に訪れたことのある、冒険者か客だろう。


『…では処刑を開始します』


「待て!何かの間違いだ!神父を出せって!!」


アナウンスの声は明らかに動揺を隠せていなかった。


これは、最後のチャンスかもしれない。


「…まだ吸血鬼だなんて証拠はない…。一回、皆の前で確認したらどうだ…?」


俺は今出せる精一杯の声で言った。


『…く…』


アナウンスの者はかなり迷っているようだ。処刑される俺が吸血鬼ではない可能性が出た以上、確かめなければ教会は確実に人々からの信頼を失う。


『しかた…ありません。…直接太陽光を当てて確認します』


「…」


だが、あちらもそう簡単に逃がしてくれるはずもなくもっとも簡単に吸血鬼か否かわかる方法をとってきやがった。





さて…どうしたものか…。





‐‐‐






「…?」


先程まで歓声で溢れかえっていた教会の中が、いつの間にかどよめきに包まれていた。


「…なるほど。あいつの客達か…」


おそらく、この観客の中にルントの店の客が混じっていたのだろう。だから、ティアーシャが処刑されようとしていることに違和感を抱いているのだ。


「…だとしたら…今しかないね」


私は立ち上がって、涙で濡れた目元を拭った。



『では、皆さんのご要望に答えてこの少女が吸血鬼であることを証明しましょう!』



そしてどこからともなく、【拡声】を使ったアナウンスが教会内に響き渡る。


そして次の瞬間、ゴゴゴゴ…。と音がし、教会の天井が真ん中から左右対称にずれ始めた。


「なっ!?」


ティアーシャの驚く声が聞こえた。吸血鬼にとって日光は大の天敵だ。いままでは室内だったから直射日光は遮られていたが、天井が開いては十字架に磔にされているティアーシャが避けることは不可能だ。


「ティアーシャァァァァァ!!!」


私は叫んでいた。私の娘に対して。


「う…ぐ…ひっ…」


徐々に広がる日向が、ついに彼女の足に差し掛かった。

すると、苦悶の表情を浮かべる彼女の右腕が灰色になってほろりと崩れ始める。


「う…が…」


必死に耐えているようだが、その表情から激痛が走っていることくらいは容易に想像できる。


「…おいおい…まじかよ…」

「本当に吸血鬼だったのか…」


再び観客達がざわめき始める。



『これが吸血鬼だとわかったようですね。…まあ、このまま太陽の光で浄化されていくのを、見守ってやりますか』


アナウンスの声はさっきとは違い、安堵が感じられた。ティアーシャが吸血鬼だと証明できてほっとしているのだろう。



…私はぐっと、剣の柄を握りしめた。このまま突っ込んで、ティアーシャを拘束している鎖を叩ききってもいい。しかし、必ず警備員達に抑えられる。そうなってしまえばもう彼女を助ける術はなくなってしまう。

彼女を助けるには、いずれにせよ相応のリスクを負わなければならない。



だけど…それは…。




「子を思う親として、あたりまえだよな」




ティアーシャを助けたのは戦友との約束があったからだ。苦しんでいる吸血鬼には手を差しのべよう。導いてやろう。始めはそう思っていた。


けれど、しばらく暮らしている内にティアーシャは本当の私の子みたいになっていた。大人っぽい一面もあればまだまだ未熟な一面もある。だから私はそんなこの子を、育ててあげないといけないんだって思うようになったんだ。


そうだ、私は決して誓いに乗っ取ってこの子を助けた訳じゃないんだ。育て、養った訳じゃないんだ。


私は…私は…。






あんたを…本当の娘だと…思ってる。







「――“ティアーシャ”。私に力を貸してくれ。“娘”をまもるための力を――」


旧友の名前を呟きながら、私は剣を鞘から抜いた。その剣の刃からは、薄紅色の光が漏れていた。


「ハァァァァァッ!!!!!」


それを後ろに構え、全力で投げつける。目標は…、ティアーシャだ。


「…っ……」


猛回転をして、進んでいく剣を挟んで私とティアーシャの目が合った。実際は一瞬のことなんだろうけど、その時間がとても長く感じられた。


「…母さん…」

「……っ!」


ティアーシャの口がゆっくりと動いた。そこから発された言葉は…私を…母として、自分を…娘として認めた証だった。


「…絶対に…また会えるから…」


そっと彼女は微笑んだ。今までに見たことにないような。日光にさらされ、全身を駆け巡っているはずの痛みを感じていないような…。まるで天使のような笑顔だった。





そして次の瞬間、彼女の体から鮮血が迸った。



‐‐‐


「…ぐっ…ああっ!!!」


ナーサの投げた剣は、俺の灰化を進めている右腕を叩ききった。骨と骨の間。つまり肘から先をぶった切られそこに焼けるような痛みが走る。


「…ナイスコントロール」


痛みで脂汗が滲んでいた。なのに、俺は自然と口角がつり上がっていた。


「…いくぜ…【吸血強化】っ!!」


肘から先が断たれ、唯一自由になり、切り口の、血があふれでる場所に口をつけ、それを飲んだ。


「…っぐ…あぁ…あぁぁぁ!!!!」


すると次の瞬間、体の中に信じられない位の力が発生し、俺の体が内から溢れるとてつもない力に体中が悲鳴を上げた。


「ぅ…が…ぐぅらぁぁぁぁっ!!!」


ただ単純に、腕に力を込めた。すると、今までびくともしなかった鎖がまるで豆腐のように崩れた。


「…がぁっ!!!」


足の鎖も同様に崩し、拘束から解放された俺はスタッと地面に着地した。


――【解析者】?聞こえるか?


『エエ!モチロン聞コエマストモ!ゴ無事デナニヨリデス』


――そっちも大丈夫みたいだな。いやはや、【解析者】と話せなくなった時はドキッとしたぜ…。全く。


『私トアナタガこみゅにけーしょんヲトレナカッタノハ、オソラクハアナタヲ拘束シテイタ物ガ原因デショウ』


――俺を拘束していた物?



俺はちらりと上に目をやった。そこには、二本の鎖で吊られ俺が飛び降りた反動で今もなお振り子のように揺れている、赤茶色の十字架があった。


――なるほど。十字架か。


『エエ、十字架ノ傍ニイル吸血鬼ハ自然トちからヲ制限サレテシマイマスカラ。ソレノセイデショウ』


――…ま、結果的に【解析者】が戻ってきたからよしとしようか。


『結果おーらいトイウヤツデスカ?今マデ生死ノ境ニイタトイウノニ…ソノ余裕ハ一体ドコカラヤッテキテイルノデショウカネ?…身体ノ損傷ヲ確認――修復ヲ開始シマス』


――おう、さんきゅ。



切られた俺の右腕の肘から先ははまるでビデオの逆再生のように再生を開始した。


『ひっ…!教会騎士団!さっさとあの吸血鬼を殺しなさい!今すぐに!!』


「お、おい!なにぼやっとしてる!?命令があったぞ!?」


教会内がどよめきで溢れるなか、教会の騎士の一人が声を張り上げた。


「「はっ!」」


彼らはガチャガチャと鎧のすれる音を出しながら、俺の周りを囲うようにして陣形を組み、槍を構えた。


俺は両手を正面に立っている騎士に向け、詠唱を開始する。


「…無駄だっつの。―恵みの雨。災いの雨。今、我が手にその力を宿さん…。【水砲】」

「なにぃ!?中級魔法だとぉ!!??」


騎士の一人が驚愕を露にして叫んだ。


「らぁぁぁぁぁ!!!」


そして次の瞬間、突き出された両手の掌に瑠璃色の魔方陣が現れその中心部分から凄まじい水圧を伴った【水砲】が発射された。


「う、うあぁぁぁぁっ!?」


俺の正面にいた騎士は【水砲】に巻き込まれ、悲鳴を上げながら弾き飛ばされた。


「っく!!横だ!横が空いてる!そこから狙えぇっ!!!」

「「オオオオ!!!」」


共に掛け声を合わせながら、槍を構えた騎士達が一斉に突っ込んできた。



「だからっ…無駄だっつってんだろうがぁぁぁぁっ!!!」



体を捻って、【水砲】もろとも角度を変える。足を縺れさせないようにグルグルと体を回転させる。


「うぎゃああああっ!?」

「だっはぁぁぁぁっ!?」


振り回された【水砲】に触れた騎士達は水浸しになりながら次々に吹き飛ばされていく。


「らああああっ…ぁっ…はぁ…はぁ…はぁ…」


徐々に掌の魔方陣が縮小を始めやがて消滅した。すると、体が急な倦怠感に襲われ思わず膝をついてしまった。


『…急激ナ魔力ノ減少ヲ確認シマシタ。少シダケくーるたいむヲトル必要ガアリマス』


「…そか…」


どうやら、一辺に大量の魔力を使ってしまうと魔力切れと同じような現象が起こるらしい。

まあ、考えてみれば当たり前っちゃ当たり前か。


「…ま、ちょっと休んで」

「…やるじゃねぇか…」

「っ!?」


日陰になっているその場所で仰向けになって寝ようとしたところで、低く憎悪に満ちた声が耳に届いた。

慌ててそちらに目をやると、全身を水浸しにしながらも槍を支えに立ってこちらを睨み付けている教会騎士がいた。


「…」


確かに【水砲】は高水圧の水を一気に放つ魔法だ。しかし、ゴミステータスである今の俺が使うこの魔法には対した殺傷能力がないのだ。

最高でも生物を気絶させる位しかできない。ステータスの上昇やさらに難易度の高い魔法であればそれなりの殺傷能力はつく、と【解析者】が言っていた。



「…はぁ。吸血鬼が反撃してくるとは思わなかったぜ…」


騎士は所々に宝石などで装飾が施された甲冑の兜を外した。するとそこから現れたのは…。


「ターミシャル…」

「おぉ、覚えていたか。薄汚い吸血鬼」

「っ…」


この騎士は、処刑前に拘束されていた俺を罵って去っていったクソ野郎だ。よりによって、こいつが耐えるなんて…。


「くっ…」


俺は観客の方に視線をやった。普通、俺みたいな少女がそれよりもはるかに大きい男、ターミシャルに武器を向けられていたら誰か一人くらい、助けに来る…そう思っていた。


「やれー!!やっちまえ!!吸血鬼を殺せぇぇ!!」

「殺せ!殺せ!」

「「殺せ!殺せ!」」


頭の中に、観客の声がガンガンと叩きつけられるようにして入ってきた。



単なる願望に過ぎなかった。俺はティアーシャという人間の少女ではなく、ティアーシャといえ吸血鬼だから。だから、殺されなければならないのか。吸血鬼というだけで。

ナーサもこの中に混じっているのだろうか。いや、そんな訳ない。きっとどこかで俺の元へ向かおうと大勢の観客を掻き分けてこっちに向かっているはずだ。


「…」


だけど…。それを待っている時間は俺にない。待っていたら、殺される。例え、吸血鬼の再生能力のお陰で即死は免れてもそれ相応の痛みや苦しみが襲ってくるのは明確だ。


じゃあどうする?



答えは簡単だ。



敵を、殺せばいい。



俺が生きることを妨げるやつを片っ端から。



半殺しなど、生易しいものじゃない。


俺の命の存在を、嘲笑い、踏みにじろうとした者の命を。



後悔させながら…


絶望の底に叩き落とした後に…






「殺してやる」








己の口から出たはずなのに、そうじゃないような…そんな気がした。







「…お前らは…この手で殺してやるっ!!」


俺は再生したばかりの右腕に、牙を立てた。血を吸うなんて表現は合わない。己の腕の皮を、肉を。引きちぎるようにして、むさぼり食っていた。


「ひっ」


ターミシャルは恐怖の声を上げ、槍を持つ手を震わせていた。しかしそんなこと俺には関係ない。


腕から迸る血液に、顔は赤く染まった。


己の腕を貪る口の周りも同様だろう。


だが俺はそれを拭うこともなく、必死に貪り続けた。



「「「…」」」



教会全体が、静寂に包まれた。いまだに状況が掴めずに、唖然とする者。目の前の惨状に、恐怖を隠せぬ者。手で口を抑え、込み上げてくる嘔吐感を必死に抑えるものなど、沢山の者がいた。


「このっ!化け物がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


そんな静寂を、破るようにしてターミシャルが絶叫しながら槍を構え俺に突進しはじめた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


おそらく彼の渾身の一撃。目の前にいる、己の腕を貪り食っている“化け物”に打ち勝とうとして溢れた火事場の馬鹿力。



――キィィィン!!!!



しかし、それは虚しくも化け物を貫くこともなかった。

槍は、矛の部分が折れただの木の棒になっていたのだから。



‐‐‐



「なっ!?」


ターミシャルは驚愕を隠せていなかった。その顔から汗が吹き出、口も開かれたまま動かず、青ざめていた。


「…残念だったな…。お前の言う“化け物”を…舐めすぎだ」


その“化け物”は血で汚れた口を三日月のように裂いて笑った。決して、『喜』の笑いでも『楽』の笑いでもない。野生の獰猛な動物が、己よりも格下の獲物を追い詰めた時のような。そんな笑いだった。


「ひっひぃっ…」

「…【魅惑】」

「ひぃああああっ!!!嫌だ!!!死にたくない!!!誰か助けてくれぇぇぇぇ!!!」


“化け物”の目が、より一層赤く輝きそれを直視してしまった彼はまるで吸い寄せられるようにして“化け物”の体へと近づいていく。


「嫌だぁぁぁぁぁぁ!!!」


彼はもがいた。絶叫し、涙で顔を汚しながら必死に逃げようとした。しかし、抵抗虚しく彼と“化け物”の距離は次々に縮まっていく。


「わかった!!!なんでもする!!!」

「…」

「じゃ、じゃあ!!お前を高い地位につけるようにしてやる!!!地位だって金だってなんだってやる!!!だから助けてくれ!!!」

「…残念だったな。俺が欲しいのは金でも地位でもない…。欲しいものは…。いや…、俺が望むのは…、俺の生だ!!」


彼女は【魅惑】の影響で身動きのとれないターミシャルの体を引き寄せ、その首筋に噛みついた。


「ひっぎゃぁぁっ!?ギャァァァァァァァァァァッ!?」


痛みに悶え、絶叫するターミシャルの横で一所懸命血をすする吸血鬼。犬が水を舐めるような音を出しながら吸血を行う。


「ギャアア…アァ…ァ………」


そして、ターミシャルの体から力が抜けた。人間が生命活動を行うのに必要とされている血液の量を失ったのだ。


「ぷはっ…。んだよ…、大口叩いてた癖して案外もろっちかったな」

吸血鬼はターミシャルの首筋から口を離した。

次にだらんと力を失った彼を吸血鬼は足でぐっと押して倒した。彼が今、息絶えたため【魅惑】の効果は切れているのだ。


「……ハハハッ!!ハハハハハハッ!!」


そして吸血鬼は、血で染まった己の手を見て、声を出して笑い始めた。

いつか、盗賊に襲われた時のように後悔の念に押し潰されるのではなく、笑っていたのだ。


「ハハハハハハッ!!!」


彼女の体からどす黒いオーラが漏れ始めた。それは彼女を包み込むようにして次々と集まり、やがて彼女の姿は見えなくなった。


「さぁ…次に殺されたいのは…」


そして次の瞬間、オーラは内から外へと四散し“成長した”吸血鬼の姿を露にした。


「俺の生きようとする思いを…妨げる奴は…」


今まで同様の銀髪の髪の毛。跳ね毛がなく、腰ほどまである美しい髪の毛。今までよりも明らかに伸びた身長。今までが小学生くらいだとすると、大体高校生くらいだろうか?

するりと長く、細く、白い手足。膨らんだ胸。より女性らしくなった体つき。腰は滑らかなカーブを描いて括れているのが、ボロボロになった衣服から見えていた。血液のような真っ赤な瞳。


そしてなによりも、背中からは二つの、漆黒の翼が覗いていた。









「…俺に殺されるのは…どいつだ?」






開かれた口からは、血で汚れた犬歯が見え隠れしていた。







‐‐‐



俺は昔から人を避けて生きてきた。

誰かに話しかけられた時だけ口を開く。それ以外では喋らない。


なぜか。その理由は俺がいじめにあっていたからだ。初めは、俺の義妹いもうとである“楓”がある日、片目を失ったことが原因だった。常に周りからそのことを指摘され、質問される。

そんな毎日を送っていた楓はついに人と接することができなくなってしまった。だから俺は楓にずっと寄り添っていた。

楓が不登校になってからは、俺も一緒に不登校になった。

人と接することができなくなってしまった楓でも俺となら、大丈夫だと言ってくれた。


気ままな話をしたり、楓の勉強を教えたりと。普通なら嫌がってくるのだろうが、楓は俺を受け入れてくれた。

楓も、“笑顔”という人間にとって大切なものを失った俺を助けてくれていた。


そんな訳で、いつの間にか俺達は兄妹という関係を超えていたのかもしれない。





ある日、楓は学校に行きたいと言った。俺はそれに対して喜んで首を縦に振った。



しかし、実際に学校に行ってみれば俺達二人は既に“忘れ去られた者”と化していた。

俺達がいた空間が…そこにはなかったのだ。入ろうにも、入ることすらを許せない空間が。


それからは、クラス中から集中的にいじめを受けた。人間は自分と違う者がいるとそれを集団の中から追い出そうとするのだ。

誰も、手をさしのべてくれる人はいなかった。助けようとした人はいたのかもしれないが、飛び火してくる危険がある中、そんなリスクを犯すやつなんでいない。


だが俺達はそれでもよかった。俺は楓が、楓は俺があればいいのだ。







互いに助け合いながら生きてきた前世。



今、楓はどこで何をしているんだろうか…?



‐‐‐‐




「う、うぁぁぁぁぁっ!ぐぇっ!?……」


またひとつ、またひとつと吸血鬼に命を刈り取られていく教会騎士団の騎士達。

ターミシャルが戦っている間に、彼らは意識を取り戻し絶命したターミシャルの死体を見て動揺を隠せずにいたが再び己の槍を取り、化け物に対して勝負を挑んだ。その精神力は流石、教会騎士団とでも言うべきか。


「…【風刃】」

「「ギャアアアアアアアっ!?」」


彼女が風魔法を使うと、吸血鬼の周りを数多の風の刃が空を、肉を切っていた。


「て、撤退するぞ!!!逃げろぉぉ!!!」


隊長であったターミシャルが息絶えてからは、副隊長が指揮をとっていた。しかし、とうとう敵わぬと自覚したのか騎士達はジリジリと吸血鬼のことを見据えながら撤退を開始した。


「…そう簡単に逃がすとでも思ったか?…【風神】」


風初級魔法【風刃】の、ワンランク上である風中級魔法【風神】。殺傷能力は【風刃】ほど高いわけではないのだが、代わりに操作性がとてつもなく高い。


彼女はふっ、とその薄紅色の小さな口から息を吹いた。普通なら、口から十センチほどではかなく消えてしまうような息だったが、今回は違った。


それはまるで嵐の時のような音を立てながらどんどんその勢力を膨らまし、やがて彼女を中心に渦巻く台風のようになった。


「全員退避ぃ退避ぃ!!」


それを見て、踵を返しながら逃げようとする騎士達。


「「う、ウワァァァっ!?」」


しかし、時すでに遅く彼らは風に飲み込まれていてその強さに体重が負け体が宙を舞った。



「…こっちへ…」


そんな風の『目』である吸血鬼が、腕をつき出して手招きをした。すると風の勢力は次第に減少を始め、それと同時に風に巻き込まれ空を掻いていた騎士達が彼女の元に引き寄せられ始める。


「…さぁ…、一番先に死にたいのは誰だ?」



やがて、風が完全に消滅した時には騎士達は彼女の下で座り込んでいた。

例え数秒であろうとも、慣れていない者が空を生身で飛ぶのは相当なエネルギーを消費する。今の騎士達はまさにそれだった。全員息を切らし、立ち上がろうにも膝が立っていなかった。


「お前か?」

「ひ…や、止めてくれ!」


そんな騎士達の一人の兜を、彼女は無理やりひっぺがし近くで、涙を流し震える顔をまじまじと見つめた。


「…頼む…俺にはもうすぐ五歳になる娘がいるんだ…女房は娘が幼いときに他界して…男手一つで育ててるんだ…俺が死んだら娘は…娘は孤児になっちまう…だから頼む…命だけは…」


それを聞いて、彼女は顔をしかめた。


「…家族…?…娘…?…そんなもの…俺にだってあんだよ。俺の帰りを待っている人がいんだよ。そんな俺のことを殺そうとしておいて自分が死にそうになったら助けてくださいだぁ?」


彼女は、ぶるぶると全身を震わせる騎士に更に顔を近づけた。すると、騎士は恐怖に怯えながらもゆっくりと口を動かした。


「吸血鬼に…家族がいるのか…?」

「いるさ。俺の命の恩人でかぞ…っ?」


家族、そう言おうとした時だった。



‐‐‐



ふと、頭の中にとある少女の顔が浮かんだ。長い黒髪をツインテールにまとめ、いつも『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と駆け寄って来ていた人を。


「…か…えで…?」


俺は騎士から顔を離し、足をふらつかせて一歩下がった。


「…楓…」


もう一度、噛み締めるようにしてその名を呟いた。

いつも俺にしがみついて、満面の笑みを浮かべていた妹、楓。そんな楓が俺が死んだことを聞いて思ったのだろう。


もし仮に、目の前で震えているこの騎士を殺してしまったら…残された子供はどう思うのだろう。



答えは言わずがままだろう。耐えきれない絶望と苦しみに晒される。自分が死ぬよりも苦しいに決まってる。

俺の実の親父が死んだと知った時、俺は何を思った?




「…楓…楓…」


この三年間、この世界で、少なくとも楽しそうに暮らしていた自分を張り倒したくなった。


妹を孤独に陥れた本人が、悠々自適に暮らしていていいのだろうか?


できた新しい家族と共に日々を過ごし、笑いあってもいいのだろうか?



そんなことをする権利が、



俺にはあるのだろうか…?



「…」


気がついたら、涙が頬を伝っていた。

大きく成長していた体が元に戻っていった。羽根も、徐々に小さくなりやがて消えていった。貪り食い、無くなった腕も再び再生を始めていた。



「…娘さんを…大事に育てて…。…絶対に…見捨てるなよ?」


俺は未だ尚震えている騎士に対して、ぼそりと言った。


「え?」


騎士は恐怖からあっけにとられた表情に変わった。

しかし、俺の言ったことの意味を理解したのだろう。数秒してニ、三度頷いていた。


「…くっ…」


俺はそれを見届け、床に膝をついた。全身から力が抜けその後、伏した。


どうやら相当な疲労が貯まっていたようだ。視界がゆっくりと暗くなってゆく。


「…か…え…」


途切れゆく意識の中、俺は妹の名前を言おうとした。




けれど、最後の一文字を言い切る前に


俺の意識は糸が切れるようにして失われた――










「…っ…?ここは…」


目が覚めると俺の視線の先には木目だらけの木の板でできた天井があった。

一瞬、牢屋のような場所だと思ったがそれが違うことにすぐに気がついた。


なぜならその天井は、何度も何度も見たことのある天井だったからだ。


目が覚めたら必ずそこにあった天井が…。




「ここは…」



帰ってきたのか…?



「ここは…」



俺の家に…?



「ここは…」



俺の家族の家に…?



「帰ってきたのか…」



涙が流れた。重力に従って耳の方へとそれは流れていく。


この世界で生きると決心した始まりの場所。


吸血鬼である俺を受け入れてくれた人の住む場所。





俺の住む場所に…。





「ティアーシャ…起きたのかい?」

「ナーサ…」


ふと、声が聞こえた。

俺を受け入れてくれた人の声だ。


「ナーサ…」


俺は起き上がって周囲を見回した。すると、すぐそこに彼女の姿はあった。


それを見て、何か心に温かいものが戻ってきた気がする。じわじわと胸の奥底に広がっていく何かが。


「ナーサ…ナーサ…ナーサぁぁぁぁぁ!!!」


無意識でその名を呼び、その元に向かって駆け出していた。


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ナーサに抱き着いて、ぬくもりを感じながらその体に顔を埋めて嗚咽をこぼして泣いていた。


「…ティアーシャ…ティアーシャ…」


ナーサも俺の名前を震えた声で呼びながら、髪をわしゃわしゃと撫でてくれた。


「…怖かった…恐ろしかった…寂しかった…苦しかった…死んじゃうんじゃないかって…思った」


抱き締める力を強くして俺は弱音を吐いた。この世界に来て、始めて他人に吐いた弱音かもしれない。


「苦しかったね…辛かったね…でも大丈夫…安心をし…あんたは生きてる…今、ここで…一人の人間として生きてる…」

「…ナーサぁぁぁぁぁ…」


泣きぐしゃりながら、必死に彼女の名前を呼んだ。二度と離れたくなかった。離したくなかった。この温もりをずっと感じていたかった。


「…ティアーシャ…」

「…ナーサ…?」






「おかえり」






「ぐすっ…た、…ただいま…」




お互いに抱き合う力が強まった。

―次回、第一章完結。

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