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第16話 吸血鬼は助けられる

「お、俺の俺の腕があああっ!?」


ナーサにより、両腕を両断された男はごろごろと転げ回り発狂していた。


「ふん、なんだいその程度で。あんたはその姿がお似合いだよ。私の子を、辛い目に合わせようとしたあんたにはね!」

「ひぃぃぃぃ!誰か!誰か来てくれ!敵が!俺の腕をぉぉぉぉ!!」


腕を失った男は這いずるようにして逃げ始め、仲間に助けを求めた。


「ったく!騒ぐんじゃないよ!」

「ごっ!?」


しかし、それを彼女は許しはしない。男の頭を踏みつけ、地面に頭を擦り付けさせた。


「…なかなか…その…ワイルドだな」

「そりゃそうさ、私は元重戦士タンカーなんだ。こんなヒョロっちいやつらなんかにやられたら一生の恥だしな」


彼女は踏みつけている頭をぐりぐりと更に痛め付ける。


おそらくナーサの強さの秘訣はここにあるのであろう。自分が強いからといって、決して慢心しない。どんなに自分よりも格下で、圧倒的有利な立場であったとしても、ほんの些細なことでその状況が変わる。とわかっているのだ。

だからどんなに弱い敵に対しても決して手を抜かない。手を抜いたら、その瞬間死と隣り合わせになってしまうから。


「さて、地獄で私の娘に手を出したこと。たっぷりと後悔しな」

「ひっ…やめ…やめろぉぉ!ぐぁぁぁぁ!!」


ナーサは己の大剣を男に向かって突き刺した。それも、頭や胸といったすぐに死ぬような場所ではなく、あえて腹という苦しみをあじあわせる場所に。


絶叫する男。吹き出る鮮血。ズブリと生々しい音を立てて引き抜かれる大剣。

俺は吸血鬼でありながら、その光景に恐怖心を抱いた。そして、ナーサに抱きつく力を強めた。


「っ…。安心をしな。あんたは私が守るから。あんたがこういう目に合うことは絶対にない」


「…っ…」


ナーサは俺の頭をぽんぽんと撫でた。それだけで、強ばった心は解れてくれる。



「おい!どうした!大丈夫か!」

「ちっ…、ったく、また面倒なことになったよ…」



先ほどの男の異変に気がついたのか、残りの盗賊が火の灯った松明をかがけて近寄ってくる。


「ティアーシャ。あんたは旦那の厨房に戻んな。あそこは冒険者達が守ってくれているから安全だよ」


ふわりと彼女は俺を地面におろした。


「…。いや…手助けくらいならできるから…」

「だから、言ったろ?あんたは足手まといに…っ!?」


しかし、彼女はまじまじと俺の体を見て驚愕を露にした。


「…。…そうかい。じゃあ、サポート程度にしてくれよ。あんたにこれ以上、こいつらの穢れた血を浴びさせたくない」

「…まぁ…、できるだけ殺さないようにする…」


俺はナーサの目を見上げて、そっと笑みを浮かべた。


「いだぞぉぉぉ!!やっちまえぇぇぇ!!」


そんな中、どかどかと近寄ってくる盗賊の足音が地を伝わってきた。


「さぁ…やるよ」

「…ん」


俺が自ら手を下す必要はない。することはナーサのサポートだ。


「はぁぁぁぁっ!!!」

「らぁぁぁぁっ!!!」



駆け出したナーサの大剣と先頭の盗賊の剣が小火花を散らしながら競り合いを始める。別にほうっておいても良いのだが敵はこいつだけではない。


――【解析者】、もう魔法は使えるか?


『イエ、後数分程カカルト思ワレマス』


――そっか。じゃあそれまでは時間稼ぎだな。



親は足元に落ちている数個の石を手に取り、走ってくる盗賊達に向かって投げつけた。


「いでででっ!!何しやがるっ!あだだだだ!!」


『吸血衝動』時の吸血行為により上昇した攻撃力。まだまだ一人前の力があるとは言えないが、少なくとも子供が投げた並の威力はあるだろうから、多少の足止めにはなろう。


「はぁっ!」

「うがっ!?」


その隙をついて、ナーサが小競り合いをしている相手の剣の勢いを、大剣の向きを巧みに操ってそらしガードも何もない相手の腹に強烈な蹴りを決める。


「ナーサ!横!」

「はいはい!」

「ぎゃあっ!!」


そのまま、彼女は大剣を横凪ぎに振るう。すると悲鳴が聞こえる。

人間のナーサよりも吸血鬼である俺の方がスキルの関係もあり『夜目』が効く。まあ実際のところ、彼女が足音や気配で先に知っていたのかもしれないが念には念を入れて指示を出した。


「助かったよ、こいつらは気配を消すのが得意らしくてね。夜に戦うのはちょっと厄介なのさ」


と言いながら、大剣で次々と倒していくナーサ。やはり歩く破壊兵器である。


「くっそぉぉ!こいつ強すぎる!お前ら!あのガキを狙え!」


ついにナーサには敵わないとわかったのか狙いを俺に向ける彼ら達。


「ティアーシャ!」


慌てて俺の前に入ろうとするナーサ。


『魔力値、回復シマシタ』


頭の中に響く【解析者】の声。


「…大丈夫」


すっと、両腕を前に突き出す俺の声。






「―恵みの雨。災いの雨。今、我が手にその力を宿さん。…。【水砲】」






そして、ここにいる全員が息を飲む音は、滝の流れるような音に掻き消された――






「…うはぁ」


第一に出た感想はそれだった。地面には数多の水溜まりができ、そこに十数人の気を失った盗賊達が横たわっているのだ。



「【水砲】…マジでヤバイな」




水中級魔法【水砲】…今まで初級魔法以外使ったことが無かったのだが、ほんの数日前【解析者】に教えてもらったのだ。初級魔法のように無詠唱でやってみたが、やはり中級ともなると詠唱が必要になるようで日常生活には必要ないと思っていたのだが…。


うん、まさかこんなに威力があるとは思わなかった。


どうせ、水鉄砲強化版みたいなのが出るくらいだと思っていたのだが…。


いやはや、中級魔法。恐ろしい。


「…えっと…?ティアーシャ?」

「…なんでしょうか…」

「…中級魔法。使えるのかい?」

「…今初めて使いました」

「…」


ナーサが口をパクパクさせて唖然としていた。

…ん?だけどナーサの友達だった方のティアーシャは中級魔法、使えなかったのか?俺と同じ吸血鬼なんだし、使えたんじゃないのか?


「…まさか…あっちのティアーシャはこれ以上の魔法が使えたんじゃないだろうね…。もし使わないで隠していたんだったら…。あいつとあたしは全然互角なんかじゃないじゃないか…。どうりであたしらが見てない時に爆音がよく聞こえた訳だよ…」


そして、ナーサがおかしくなった。顔は笑みを浮かべているのに目が死んでいるじゃないか。


「…えっと…ナーサ?」

「ぶつぶつぶつぶつ…。んぇ?…どうしたんだい?ティアーシャ」

「…」


ナーサは『今の話題に触れたら、殺すからな?』という表情で俺のことを見つめていた。


「…いや、その…。これ…」


俺は水溜まりで伏している盗賊を指差した。


「あぁ…。いやはや、あんたの魔法が凄すぎてね。すっかり忘れてたよ」


ははは、彼女は軽く笑うとその重そうな大剣を肩に担いで水溜まりの方に歩み寄った。


「こいつらがどっから来たのかもわからないしね。捕まえて、目が覚めたら話を聞こうかね」

「…尋問ってやつか」


普通の尋問であれば、ただ話を聞いたりまあ軽くほっぺた叩いたりとかその程度だと思う。けれどここにいるのは歩く破壊兵器、通称ナーサだ。ただでさえ、俺を捕まえようとした輩の腕を問答無用で切り飛ばしたのだ。

この尋問がどのようなものになるか、その未来がありありと見えた。


「…?どうしたんだい?ティアーシャ。ぼけっとして…」

「…ん。なんでもない、ただちょっと魔力値が減っただけだから」

「…そうかい?」

「…うん」


まさか本人に向かって『ん…歩く破壊兵器【ナーサ】のする尋問の光景について想像してた…』なんて言えるわけがない。いや、言えるやつがいない。


「さてさて、じゃあ紐かなんかで…。…?そういえばティアーシャ、ルントはどうしたんだい?一緒に逃げてたはずだろ?」


「…あ」


すっかり忘れていた…。




「ゴガー!ゴガー!」

「~~~っ!!!」


彼は放り込んだ干し草の中で盛大にいびきをかいて爆睡していた。

すでに『魅惑』の効果は切れているはずだから、おそらくその後に寝付いてしまったのだろう。


そんなルントを見てナーサはわなわなとこめかみに青筋を浮かべ、拳を握りしめた。その手からはギチッ!ギチッ!と得体のしれない音が漏れていた。


「このっ!バガ旦那ぁぁぁぁ!!!」

「ほうぐわぁぁぁっ!!!」


そして数秒後、顔にいくつもの手跡をつけた彼は白目を向いて眠りについたのであった。







「おぅティアーシャちゃん。もう大丈夫なの?」

「…はい。…あれからしばらく休みましたから…」


襲撃から数日後再びルントの店は開かれた。

当日ここを訪れていた冒険者達のおかげで大した損害は無くそのときの汚れなどもすぐに綺麗になった。それでも数日空いてしまったのはここの店長がノックダウンしていたからであろう。


「いや~よかったよかった。盗賊が来たって聞いた時には焦ったよ。もっとこの店でしこたま食っといて、ティアーシャちゃんを拝んどけばよかったなぁ~って。本当に、またこの店にこれて嬉しいよ」

「…そう…ですね。…それでも、わざわざこんな店に来ていただいて…ありがとうございます」


俺は軽く一礼するとそのお客さんのもとを離れた。

ちなみにその盗賊はというと、あの後、めちゃくちゃグロティックなナーサの尋問を受けていた。結局、奴らは自然と同胞同士が集まった集団だったことしかわからなかったが。


「ティアーシャちゃ~ん!豚と大根の煮物頂戴!」

「…はい。豚と大根の煮物…ですね…」


ルントから支給された紙とペンで注文をそこに書いていく。


「…少々お待ちください…」

「うん!俺はいつだって待っているよ!」


妙にニヤニヤとした変な人だと思ったらこの人、『盗人のトレイ』という二つ名を持つ『トレイアル』ではないか。

しかし、そんな二つ名を持っているとはいえあの盗賊のような小汚ない真似はしていない。

こんな二つ名がついた理由は、他のパーティーの人達が一生懸命戦って体力を削ったモンスターを横取りして殺すといった、とても性格の曲がった輩なのだ。

それでも、こうして他の冒険者達と相席までして楽しそうにご飯をパクつきながら話せているのはなんとも不思議なものだな。


「…七番さん『豚と大根の煮物』…」

「はい!『豚と大根の煮物』注文入りました~っ!」

「「う~っす!」」


厨房では面子の変わらない、相変わらず息ぴったりで元気なコック達がせっせと働いていた。


「…じゃあルント、そろそろナーサ帰ってくるから」

「ん?あぁ、いつもありがとな」

「…」


お礼を言われたから、軽く微笑んでやったらルントを数人のコックが爆発したのだった。




「…ナーサ、お帰り…」

「ただいまっと」


ナーサが近くの洞窟の入り口から帰ってきた。両手一杯のバケツには様々な鉱石が詰め込まれていて、彼女の背中には大きめのツルハシがかかっている。そして、いつもの抹茶色の服には複数の返り血による赤い染みと、大量の砂がこびりついていた。


「じゃ、さっさと終わらせようか」

「…ん」


ナーサは特に勤務時間の関係ない職であるため、俺が起きている時間に合わせてくれている。今は日本時間でいう午後六時くらい。朝に一度地下に入り、正午に帰ってきて再び地下に潜ってこの時間に出てくるのだ。


まだ戦闘面では未熟な俺は一緒に地下に潜ることはできないからその鉱石から純粋な金属を取り出すことの手伝いをしている。


鉱石によっては焼いて溶かして抽出するだけでは足りず、叩いたり、時には魔法を使ったりせねばならないものだってあるのだ。


「…っと…」


今やっているのは、その鉱石をハンマーのようなもので叩いて細かくすること。大きすぎると釜に入らないので、こうやって小さくするのだ。


「…あ~、そうえばティアーシャ。あんた何か欲しいものあるかい?」

「…欲しいもの?…なぜ?」

「んん?え、え~?いや、な、なんとなく…?」



ナーサは大振りのハンマーで(俺のものは片手で持てるサイズ、ナーサは両手で持つサイズ)鉱石を砕くのを止め後ろ髪を手で触りながら言った。


「…」


嘘である。


ナーサは馬鹿がつくほどに正直な反面、嘘をつくことが恐ろしく苦手なのだ。

まあ、昔から嘘をつくようなことがなかったのだろう。彼女が嘘をつくときは決まって目が泳ぐし、理由を問うと必ず動揺するのだ。


「そんな目で見るなって。恐いから」

「…。欲しいもの…か…」


けれど、改めて考えてみると欲しいものは特に思い当たらなかった。というのも、生活に必要なものは何かと彼女が揃えてくれているし、例えば持ち物が何かダメになった時は彼女やルントに頼めば新しい物を買ってきて貰える。

とてもいい暮らしをしているせいか『これが欲しい!』と言えるものは無かった。


「…今は特に…」

「いや、な?ほら、なんでもいいんだよ?髪飾りが欲しいだとか、剣が欲しいだとか…」


髪飾りは元男の俺にとって必要なものではない。今着けている髪止めくらいで十分だ。

それに剣だって、俺は元から近接攻撃よりも魔法攻撃の方が得意でメインだし、何よりもうちには歩く破壊兵器だっている。


「…どうしても頼まないと…だめか?」


俺が一番欲しいものはあなたの血液です。なんてこと言えるはずがない。

もし、うっかり吸血でもしてしまったらその時、ナーサが盗賊達の二の舞になりかねないしな。


自分を襲う吸血鬼を止めることくらい、彼女には赤子の手を捻るようなものだろうがそれはあくまで敵対関係にある吸血鬼の場合だ。彼女は俺を実の娘のように扱っている。そんな俺を、前世での義父おやじのように殴ったり蹴ったりすることはできないだろう。


「…じゃあ、もし何か欲しいものができたら…言う」

「じゃあそうしてくれ。別に無理にとは言わないからね」


そう言ってナーサは黙々と再び鉱石をハンマーで砕き始めた。

それ以降、彼女がこの話題に触れることは無かった。




盗賊が来て以来、俺は気ままに平和な日常を送っていた。

平穏でのんびりとした生活を。





しかし、それはこの瞬間ときまでだった。








俺の平穏な日常は突如、別れを告げることになるのだった。

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