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第15話 吸血鬼は過ちを繰り返す

※グロ注意

「ひいいいいいぃぃぃぃぃ!!ば、化け物ぉぉぉ!!」

「あむ…じゅる…」


あぁ、久しぶりに生き血を飲んだ。水とは違う少しとろりとしていて生暖かい。口に含むと、ほんのりとした塩味が舌の上に広がり、最後に鉄臭さが鼻孔をくすぐった。

今までゴブリンの血、大蜘蛛の血、食材としての魚や肉の血は飲んだことがあったが人間の血はその中でもずば抜けて美味かった。なにがどう美味いと詳しいことはわからないが、なにか感覚的にそれを『美味』と感じさせるものがあった。どこか懐かしいような人間の血液の香りと味。


「お、おい!なにぼけっとしてんだ!あいつを助けろ!」


はっ、と我に返った盗賊の一人が声を張り上げる。それを聞いて周囲の盗賊らは一斉に駆け寄ってきた。

しかし、今の俺にはそんなもの、関係ない。どす黒く、けれど宝石のように輝くこれをもっと、もっと飲みたかった。


「離れろ!この化け物がぁぁっ!!」

「がっ!!」


盗賊の一人によって引き剥がされ、地面に叩きつけられる。


「うわ…、こりゃひでぇ…」


俺が喉を食いちぎった輩は、当たり前だが喉にがっぽりと大きな穴が空いていてそこから溢れ出る血液で全身を赤に染めていた。


「おい、どうすんだよ。この化け物」

「ぐるぁぁぁっ!?」

「まるで獣だな。まあ、外見は上物だからな。猿轡でも噛ませておとなしくさせとけ」

「へ~い」


だめだ、まだ足りない。まだ、満たされない。この気持ちは、この『吸血衝動』は、この程度じゃ、収まらないっ


「…『吸血…強化』っ!!」


「あ?…なんか呟いてますけど?こいつ」

「ほっとけほっとけ、どうせ泣き言だろ?ま、そんな化け物に涙腺があるかどうかもわかんねぇけどな」

「はははははっ…ははっ…はは…?は…?」

「どうした?」

「いや、あの化け物がっ…」


刹那、男の首から先がまるでペットボトルロケットのように弾けとんだ。


「なっ!?おぃっ!?大丈夫かっ…!?」


さらにもう一つ、闇の中に首から先が宙を舞う。

初級魔法【風刃】がここまでの威力を発揮するとは。ったく、『吸血強化』は様々だな。


『自…ノ…懐ヲ確…。…復…開始…マス…』


こいつら、全員を殺してしまえばこいつらの血液は全て俺のものだ。

もっと飲んで、満たされたい。もっと飲んで、満たされたい。もっと飲んで、満たされたい。もっと殺して、血を飲みたい。もっと殺して、血を飲みたい。もっと殺して、血を飲みたい。










もっと殺して、










満たされたい。









「ひぃぃぃっ!!こっちにくるなぁぁっ!!化け物!!」

「ガッ…!?」


盗賊たちは短剣にしては短い、刃が三日月状に曲がっているナイフのようなものを腰に下げてある革製の鞘から引き抜き、振るい始めた。

しかし、彼らがいかに優れた盗賊だとしても数秒前に仲間の首が吹き飛んでいるのを目の当たりにしているのだ、

その後に平常心を保つことなど簡単なことではない。その証拠に各々の剣の切っ先は震えており、それを振るったところで精度の『せ』の字も見られなかった。


まともに武器も扱えず、平常心が保てないのであれば…、今の俺を殺すことはできないだろう、

いや、不可能だ。


「ギャアアアアアッ!?」

「ヴアアアアアアァっ!?」


闇夜に次々に体のあちこちの部位を失い、悶え、地面を血まみれになりながら転がる盗賊達の絶叫が響き渡る。


俺も体の至るところに切り傷を負い、そこから決して少なくない量の血液が流れていたが痛みはおろか、苦痛すらも感じなかった。






「た…すけ…ぎゃあああっ!!」


傷を負い、地面を這いつくばって逃げようとしている男の背中を踏みつけ、身動きが取れないようにしたあとその首筋に犬歯をたてる。


――ズブリと生々しい音と男の断末魔が折り重なり、辺りに地獄絵図が出来上がる。


「これで…最後か」


体を起こして辺りを見回すと、たくさんの手や足といった部位とそれらの持ち主であった者らのまるでミイラのようにカラカラになった死体が転がっていた。

小さく、細い俺の手には乾燥し粉のようになってこびりついている血。


『自我ノ修復ガ完了シマシタ。適応シマス』


俺がそれらを何も考えずに、ただぼんやりと眺めていると、頭に軽い衝撃があった。









「…ん?『吸血衝動』が収まって…うおっ!?なんだこれ!?」


いつの間にか、俺の吸血鬼の固有スキル『吸血衝動』は収まっていた。


そして俺の体を囲うようにしてたくさんの手や足といった部位とそれらの持ち主であった者らのまるでミイラのようにカラカラになった死体が転がっていた。地面も赤で染まっている。まさに地獄絵図である。


「…【解析者】。これ、だれがやったんだ?ナーサか?」


『…覚エテイナイノデスカ…。ソノ答エハアナタノ手ヲ見レバワカリマスヨ』


「手?手なんか見てなにが…」


それを見て、俺は絶句した。







俺の小さくて細くて白い手はどこにいった?







この真っ赤な手は一体誰のものだ?


『【吸血衝動】ノ影響デアナタノ自我ハ崩壊シ、【吸血鬼】トシテノ本能ダケデ行動シテイマシタ。ソノ結果ガソレデス』


「そんな…嘘だ…嘘に決まってる!」


『嘘デハアリマセン』


「だって俺のステータスは!」


『【吸血強化】ニヨッテ大幅ニ強化サレテイマシタ』


「…そんな…、…俺は…」


俺はまた命を奪った。この手で。


「…殺さないと…誓ったのに…」


何度見ても己の手は赤く染まったままだった。それ以外にも、口の中には鉄臭さが残っている。


「…そんな…違う…俺は…俺は…俺わああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


喉から血液が溢れてくる。


殺さぬと、あの時、あの場で約束した。


二度と、人を殺める時の恐怖を思い出したくなかった。


忘れようにも忘れられなかった。


あの時の感触を、あの時の寒気を、あの時の…



血の匂いを。


「なんで…なんで止めなかったぁぁぁ!【解析者】ぁぁぁ!」


【解析者】であれば、止められていたはずだ。俺に直接語りかけ、我を思い出させることくらい。


『アノ時、私ガ止メテイレバアナタノ命ハナカッタデショウ。モチロン、私モ。ソレニ、【吸血衝動】ニカラレテイル吸血鬼ニ、ナニヲイッテモ無駄デスカラ』


【解析者】の、冷たい声が俺に突き刺さる。


「あぁ…。はは…。結局…誓いを守るなんて…無理だったんだわ。…、ごめん。こんな…兄ちゃんで…“楓”…」


糸が切れたように、俺は意識を手放した。



‐‐‐


お兄ちゃんは昔、誓いを立てた。

『命を、むやみやたらに奪わない』と。


それは私のお父さんが離婚し、お兄ちゃんのお母さんと結婚して、しばらく経った時のことだった。


私の本当のお母さんと離婚してからお父さんは少しおかしかった。今のお母さんと結婚してからは少しましになったと思うが、それでも時々何かをぶつぶつと一人で呟いているし、夜中に家を抜け出し外を放浪したりするようになっていた。今のお母さん曰く、仕事での重労働や離婚のことでのストレスがお父さんをこんなにしてしまったということだ。



始めはその程度だったが、いつからかお父さんは私達兄妹に『虐待』という形でストレスを解消し始める。

軽い時は何もしていないのに、長時間叱りつけたり。

重い時はその腕を振り上げ、あまつさえ私達に怪我をさせた。


何度も何度も、児童相談所に相談したりしたがそういう時に限ってお父さんは何事も無かったかのように生活をする。まるで、『虐待』などしていない。こいつらが勝手にそう言っているだけだ。と、主張しているようだった。


そんな日常を来る日も来る日も私達兄妹は身を寄せあって耐え続けていた。

しかし、ついにその日がやってくる。



いつもの如く、殴られたり叩かれたりしている中、不意にお父さんは私のことを突き飛ばした。

普段、突き飛ばされることは無かったため私はバランスを崩して転倒してしまった。

そして、私が倒れたその先には背の低い箪笥の角がありそれが私の左目を潰してしまった。


お父さんを含め、皆が言葉を失った。しかし、痛みに悶え、涙を流し、絶叫する私を見てお兄ちゃんはついに行動を起こした。

兄として、妹を守ろうとしたのだろう。




近くのキッチンから果物ナイフを掴んでいまだに硬直していたお父さんの腹に向かってそれを突き刺したのだ。



「…」


今でもあの光景を思い出すだけで背筋に寒気が走る。発狂するお父さんの顔、返り血を浴び全身をそれで染めるお兄ちゃん。


幼かった私にとっては、恐怖でしかなかった。

床のフローリングに大きな血溜まりができ、お父さんは動かなくなった。

そして、お兄ちゃんは血で染まった自分の手を見つめ絶叫したのだ。



しかし、お兄ちゃんは殺人罪として逮捕されなかった。というのも、私の左目が潰れていることがお父さんが常日頃から私達に虐待を行っていたということが明るみになり、お兄ちゃんは正当防衛扱いになり大事には至らなかった。


けれど、お兄ちゃんはそこから笑顔と言葉を失ってしまった。ずっと暗い顔を浮かべ、何か話しかけられても頷くか首を振るかで対処していた。


そんなお兄ちゃんを、お母さんは目を向かい合わせた後にぎゅっと抱き締めた。

『あの人を殺したことに責任を感じなくていい。本当に罪を負わないといけないのは、あの人とそれを止められなかった私なんだから』

その言葉を聞いて彼は気が楽になったのか。少しずつ、失ったものを取り戻していった。私のこともいつも気にかけてくれ、優しいお兄ちゃん。



私の憧れで、自慢の、世界一好きなお兄ちゃんは今、どうしているのだろう。


天国で遊んでいる?地獄でお父さんを殺したことの罪を償っている?


けれど、そんなことよりも。

もう一度だけでいい。もう一度だけでいいから、お兄ちゃんと合ってお話して、一緒にご飯食べて、一緒に笑い合いたかった。


‐‐‐


「…」


またあの夢を見た。いくら忘れようと思っても、記憶から消去しようとしても消えないあの悪夢を。

夜空にもう一度、手をかざしてみるもその手は赤いままだった。


『イイ加減、受ケ入レテハイカガデスカ?』


「この手で…命を奪ったことを?」


『エェ。シカシ、ソレハ善ナルオコナイデス』


「善なる行います?人を殺すことが?」


『ハイ。アナタハ罪アル者ノ命ヲ奪イ、罪ナキ者ヲ救ッタノデス。決シテ無実トイウワケデハアリマセンガ、罪ナキ者ノ命ヲ奪オウトシテイタコノ盗賊達ヨリハ【善人】トイエルデショウ』


「…」


『例エバ、アナタノ目ノ前デナニモ悪イコトヲシテイナイヒトガ殺サレソウニナッテイルノヲ見捨テテマデアナタハソノ誓イヲ守リマスカ?』


「…いや?それはさすがに…」

『ソレト同ジコトデスヨ。アナタハコノ村ノ住民ヲ救ッタノデス』


「…俺…が?」


『アナタノ立テタ誓イニドウコウ言ウツモリハアリマセン。ケレド、誰カノ命ヲ救ウタメニナラソノ誓イヲ忘レテモイイノデハナイデスカ?』


…。そうか…、忘れていた。あの時、俺はなぜ包丁を手に取った?なぜそれを突き刺した?


俺は…、妹の。楓の。罪なき命を守ろうとしたんだ。


だから、包丁を手にした。誰かが変えないといけないとそう信じて――


「【解析者】?」


『ナンデショウ?オ気ニサワリマシタカ?』


「いや…。…ありがとう」


『…。イエ、当然ノコトヲシタマデデスカラ』


【解析者】の声からは少しだけ恥じらいの感情が感じられた。

この三年間で、初めてあの洞窟の中で話し合った時よりも【解析者】は随分と人間味を帯びた気がする。

時々、ジョークを挟んでくるし笑ったりもする。

それはまるで本物の人間と話しているようだった。


「よっと…。じゃあ、次からはできるだけ傷つけないようにするかな」


『エェ、イクラ相手ガ悪党デモムヤミヤタラニソノ命ヲ奪ッテイテハアナタノ自我ハ完全ニ壊レテシマイマスカラ』


俺はその場で立ち上がり、手と体についた土や砂を軽く払った。


俺は【解析者】の作ったマップを再確認する。

するといくつかの密集した青い丸とそれを囲うように配置されている赤い丸。

青い丸はおそらく囚われた村人だろう。


「行くか」


『ソレヲアナタガ決メタノデアレバ』


俺は拳をぎゅっと握りしめ、村の中心方向に歩を進めた。

罪なき命を、救うために。







「はっは、この村も俺たちの物になるのも違いねぇな」

「違いねぇ違いねぇ。おまけにこの村は上物だ。高値で売れそうな女は多いし、労働力として売れそうな男どもも多いしな」


縄で縛り上げた村人達を囲うようにして警備にあたる盗賊達の声が響いた。


『吸血衝動』での暴走時にしこたま吸血をしたせいで俺のステータスはかなり跳ね上がっていた。


―――――――――――



名前:ティアーシャ


種族:吸血鬼【バンパイア】


特性:体力…10→27


   魔力…27→28


   攻撃力…6→15


   俊敏…14→16


   技能…1→2


耐性・スキル:『熱耐性Ⅰ』『光耐性-Ⅹ』『闇耐性Ⅹ』『水耐性-Ⅴ』『月強化』『吸血強化』『夜目』『吸血耐性強化』『空腹耐性Ⅰ』『修復能力Ⅰ』『魅惑』『近接攻撃耐性Ⅵ』『毒耐性Ⅰ』『壁歩き』『吸血衝動』



――――――――――――



まあ、吸血した相手が人間だったからか耐性やスキルに大した変化は見られなかった。ちゃっかり『吸血衝動』というのが増えていたがな。

しかし、その代わりなのか体力や攻撃力といった基本的な面はかなり上昇していた。

これなら雑魚モンスターの攻撃を数回食らったところで死にはしないだろう。


「まぁ…油断は禁物だな」


だからといって、とても安心できるようなステータスになったわけじゃない。

うっかり油断すれば俺の命が危うくなる。


「…じゃあこれを…」


初級重力魔法【浮遊】を使い、近場に転がっている小石を宙に浮かせ盗賊から見て俺とは逆方向の位置にそれを落とす。


「ん?おい、なんか物音がしたぞ。ちょっと来てくれ」

「あぁ~?どうせねずみかなんかじゃねえのか?」


小石の音につられて数人の男がその場所を離れる。


その隙に俺は夜の闇に紛れ、こっそりと村人達の方へと駆け出す。


さらに【風刃】を使って、近くの松明の火を全て消す。直接当ててしまうと松明の木そのものが断たれてしまう可能性があったため、かすらせるようにして火だけを消した。


「おいおい!!なんだ!?」

「突風か?」


少しだけ辺りがざわめき始める。一気に松明を消したことによってその明るさに慣れていた彼らはほとんどの物が暗すぎて見えていないだろう。

しかし俺には『夜目』がある。昼間とか太陽が出ている時間帯にはかなり邪魔なスキルだが夜であればほんのわずかな光を拾って見えるようにしてくれるものだ。



光を失い、あわてふためいている盗賊の位置と向いている方向を視認し足音を消して捕らわれている村人達に向かって歩き出す。


「おいはやく火つけろ!」

「うるせぇ、今やってる最中だっつの」


急がなければ火をつけられてしまう。そうなれば俺は彼ら達に見つかり今度こそ本当に捕まってしまうかもしれない。


「っ!」


ある程度の距離まで近付いたら後は【風刃】を使ってその縄を切る。

最初は自分の手元にしか効果が無かった【風刃】だが、この三年間ちょくちょく練習していたためものすごく効果範囲が伸びたのだ、とは言ってもせいぜい10メートルくらいが限界だが。


「…うおっ!?縄が…」

「…本当だ。…じゃあ今のうちに…っ」


縄が解けたことによって各々こっそりと闇に紛れて逃げ出し始める。


「よし、火ぃ着いたぞ」


しかしここでタイミング悪く一つの松明に火が灯ってしまう。ちょうど、松明を手にしている男は村人達と反対の方向を向いているためまだバレてはいない。このままやり過ごせればいいが、他の松明も灯ってしまったらかなり危険だ。


「はっ」


だから【風刃】で再びその灯った松明の揺れる炎を消し去った。

少し強い風が吹いているようにしか見えないため俺がやったと疑われる心配はない。


「うぉっ!?また消えちまった…。んだよさっきから!!」

「お前が下手くそなんだよ」

「うるせぇ!」


仲間に煽られ、苛立ちを隠せない男は火の消えた松明を放り投げた。


「がっ!?」



俺のことは知られていないだろうか、偶然なのだろうが、それは俺の脳天に命中した。

一瞬、気の遠くなるような痛みに襲われるが歯を食いしばってなんとか耐える。

けれど、バランスを崩したことには代わりなくその場で盛大に尻餅をついてしまう。


「おい、悪い!わざとじゃねぇんだ!大丈夫か?」


どうやら男は俺を仲間だと勘違いしているらしい。これならやり過ごせるかもしれない。


「今度なんかおごるからよ。許してくれ…って、お前誰だ?」


「…つっ…」


割れるような頭の痛みに(まあ実際多少の出血はしているであろうが)耐えている俺に歩みより目を見開く男。

そろそろ松明が消えて時間がたつ。闇に目が慣れてもおかしくはない距離。おそらくばれただろう。


「へへ…俺ぁなんて運がいいんだ…。こんな子を手に入れることができるなんて…」

「近寄んな!」



手元に転がっていた松明の棒を男に向かって投げつける。しかしそれは腰から引き抜かれた彼のナイフによって防がれてしまう。


「なっ!?」


あわてて【風刃】で反撃をしようとするが、それは一向に発動しなかった。


『魔法ノ過度ノ連続使用ニヨルくーるたいむガハジマッテイマス。後数分程デ再び使エルヨウニナリマス』


「そんなっがぁっ!?」

「…かわいい顔してるねぇ」


男は俺をぐっと、片手で服の襟を掴んで宙に持ち上げると銀色の髪を手にとって触り始めた。


「くっやめろっ!!」

「そんなに怒るなって」

「っ…」


ぐっと距離が縮んだ男の目は完全に捕食者の目をしていた。欲望のままに行動する。そんなものの目を。


「ひ…」


そこで一気に恐怖心が高まった。殺されることよりも恐ろしいことを、俺はこの身をもって体験させられてしまうのかっ!?


「はなせって!?」


だから必死に抵抗する。足をバタつかせ襟を掴んでいる手を爪で引っ掻いたりした。


「だめだめ、そんなのじゃ俺には効かないぜ~」


しかし、逆に男の眼光がぐんと増した。

そしてさらに顔の距離を縮め、彼は舌なめずりをする。



――まずい…


時間が引き延ばされたような、一秒一秒がとても長く感じられた。


――誰か…


迫り来る男の顔を見て、俺は願っていた。


――助けてくれっ!!



「この子は俺のものだぁぁぁ!」








「うちの子に、手を出すなぁぁぁぁぁ!!!」






――ズガッと生々しい音がした後に、俺は温かい、ぬくもりのある何かにぎゅっと抱き締められた。

抱き締められているせいで、視界は閉ざされてしまっているが俺にはこれが誰だかすぐに理解した。


「ひっ…ひぇっ!お、俺の腕がっ!」


男が悲鳴のような声を出す。その腕からは滝のようにあふれでる大量の血液が。




「私の“娘”に手を出そうとしたんだ。それ相応の傷を負ってもらうからね」


そう、それは俺の第二の人生の母親。




ナーサだった。


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