第14話 吸血鬼は狙われる
「…ん…?」
「おい、大丈夫か?」
不安げな表情を浮かべるルントが俺を覗き込んでくる。
待てよ?何があったんだっけ…。
「急に倒れたらしくて…。働かせすぎたな…ごめん」
ルントが頭を下げる。
そうか、ぶっ倒れたんだっけ。俺。
「…大丈夫、ルントのせいじゃない。こっちが頼んだんだから」
「そう…か」
ルントは、ほっと息をついた。
彼の後ろに見えるのは節目の入った木の天井。あの後、寝室まで運ばれたらしいな。
にしても…、俺にとっちゃ前世よりも労働環境はいいんだがな。
吸血鬼だから、前世での生活と昼夜が逆転しているが、昼にしっかりと寝、夜に無理のない程度に働く。もちろん三食しっかり取ってるし睡眠時間もたっぷりある。休憩だっていつでもできる。こんな誰もが憧れるような労働環境の中でぶっ倒れるなど、とても申し訳ない気持ちになる。
「…?」
「どうした?」
…もしかしたらこれ。働き過ぎが原因じゃないかもしれないぞ?
――【解析者】?
『了解シマシタ、解析中…解析完了シマシタ。解析結果…吸血鬼ノ固有すてーたす【吸血衝動】デス』
――やっぱりな…。
【吸血衝動】。それは吸血鬼とは切っても切れない厄介なステータスの一つだ。
吸血鬼は定期的に血液を飲まなければならない。俺もたまに、魚の血や、肉の血などで抑えていたがとうとうその程度じゃ済まなくなってしまったらしい。ちなみに魚の血や肉の血を吸っても大したステータスの上昇は見られなかった。どうやら新鮮なものほどステータスの上昇が期待できるようだ。
――解決方法は?
『手ッ取リ早イノハ人カラ血ヲ分ケテ貰ウコトデショウ。一応、吸血ヲシナクテモ死ニハシマセンガ…吸血ヲスルマデノすてーたすノ低下ハ避ケラレナイデショウ』
――まじか。
どうするかな、今ここでルントやナーサに血を飲ませて貰うか?いや、でもやっぱり親しみのある人を吸血するのは抵抗がある。吸いすぎて体調を悪くさせるわけにもいかない。
まぁルント達に余計な心配をさせても悪いからな。今は体調を崩した、ということにしておこう。
「…ちょっと…寝るわ…」
「そうだな、体調が悪いなら寝ておいた方が……?」
「…どうした?」
急にルントが固まった。今までの穏やかな顔がみるみる内に青く染まっていく。腹でも痛いのだろうか?
「…やばい…」
「何が!」
「…鐘の音が…」
「鐘?」
俺は音を聞くことに専念する。すると、確かに甲高い鐘の音が町に響き渡っていた。
「緊急事態だ!ティアーシャ!逃げる準備をしろ!」
「緊急…事態?」
「盗賊が…来た…」
家の外が騒がしくなりはじめる。周りの家の人達がみんな外に溢れかえっているようだ。
「盗…賊?」「あぁ、この町には冒険者が多いから襲われる心配は無いと思ってたが…鐘がなったんだ。よほどのことがあったに違いない」
「…」
この町では鐘を鳴らすことが、前世でいう市役所や区役所でのアナウンスみたいなものだった。
集会の呼び出しや、緊急事態。お知らせなどのさまざまなことを鐘を打つ回数や、響かせ方によって住民達に伝えているのだ。
そして今回の鐘の鳴らし方は襲撃を意味していた。
「あんた!賊がやって来やがったよ!ティアーシャを連れてさっさとお逃げ!」
「おぅ!わかってる!」
ルントがてきぱきと準備を始める。
「…ナーサは?」
「私はこの店と家を守る。盗賊なんかにみすみす渡してたまるかって」
ナーサは重そうで巨大な大剣を肩に担いだ。
「…ナーサが残るなら…残る」
「いや、あんたはだめだ。あんたは盗賊に見つかったら第一に狙われる。そして捕まえられて売り払われる。その後は言わずもがなだろ?」
「…ぅ」
確かにそうだ。俺の外観は今、幼女なのだ。敵にみすみす捕まってしまったら確実に売り払われ、買われ、人生を壊されるだろう。
「…けど…ナーサは…」
「私は元重戦士だったんだよ?そこらしんじょの盗賊なんかにやられたりはしないさ」
ナーサは担いでいる大剣をぽんぽんと見せつけるようにして叩いた。
「けど…魔法なら多少力に…」
やはりナーサ一人では無茶すぎる。いくら彼女が化け物染みたステータスの持ち主だったとしてもやはり数には敵わないだろう。
「ったく、ものわかりが悪いね」
ナーサは俺のことをギュッと抱き締めた。
「あんたのことを見たら盗賊達はあんたのことを真っ先に狙うに決まってる。私自身だけならまだしも他人を守りながらとなるとさすがに厳しいからね。足手まといなのさ」
「足手まとい…」
確かに俺は弱い。体力はゴミだし、攻撃力だって低い。けれど、少しくらいなら力になれるかもしれないのに…。
「…ってのは建前でね…。私だって本当はあんたと一緒にいたいのさ」
「だったらっ」
「けどね、それはあんたを不幸にしてしまうかもしれない」
俺の発言は彼女の言葉によって掻き消されてしまった。
「あんたに人生を棒に振るってほしくない。密告され、追われる身になった私のかつて友の“ティアーシャ”のように」
「…くっ。…。わかった。…ここから生きて逃げる。そうすればいいか?」
「…そう、ようやくわかってくれたか」
俺はナーサのことを『家族』だと思って過ごしていた。
それに比べてナーサはおそらく俺のことを『娘』と思って過ごしていたのだろう。
だから、俺が傷ついたり怪我をしたりすることを恐れるのだ。
であれば、そんなナーサの気持ちを汲んでやらないと…な。
「絶対に…死ぬなよ?」
「私も見くびられたもんだね…。あぁ、約束するよ。ここを守りきってあんたらがいつでも戻ってこられるようにしておいてやんよ」
お互いに息がかかるほどの距離で見つめ合い同時に微笑を浮かべた。
「ルントは“俺”が守るから。…安心して…」
「あぁ、そこの弱っちい旦那のことは任せたよ」
「なんで俺の悪口言ってんだよ!!」
荷物をまとめるルントが声を張り上げた。俺達はそれを見て再び笑う。
「じゃあ…」
「あぁ、お互い。生きてまた会おう」
ぎゅっと力強く、しばらくお互いに抱き締めあった。
「じゃぁ、な」
「…がんばれ」
「あぁ」
三人共、素っ気ない言葉を交わし俺とルントは家を出た。ここで寝て、働いて、食べて、楽しく喋って。そんな生活をまたできることを願って…いや、絶対に…ここに帰ってくる!
そう、俺は心に決めた。
「さあ、ティアーシャ。行くぞ?」
「…わかった」
ルントに手を引かれ、俺は“俺の家”を後にした。
今頃、ナーサは布か何かであの大剣を磨いているのではないだろうか?
‐‐‐
「…っち、ルント。隠れて」
「あ、あぁ」
ルントを物陰に隠れるように催促する。というのも、盗賊達はもう既に村の中に侵入していてあちこちに松明の橙色の炎が揺れていた。
「…どうする?」
村の中心部では逃げ遅れ、捕まった村人達が縄で縛られ、身動きが取れない状況にされていた。助けに行こうにも、見張りやその他の盗賊などが辺りをうろついていて中々厳しい状況だった。
そして何よりも恐ろしかったのが、盗賊達は各々中々高価な防具を身に付けているのだ。少なくとも、ルントの店に来て一つの料理を複数人で分け合っているような冒険者達との装備の差は歴然だった。
つまりそれは、こいつらが熟練。またはこの手の襲撃をすることに手慣れていて、そのほとんどを成功させてきていることを表していた。そこらの盗賊がこれほどいい装備を着けているとは思えない。
――【解析者】。この村のマップを見せてくれ。リアルタイムでの人の動きもわかるように。
『了解シマシタ。検索中…、検索完了シマシタ。まっぷヲ表示シマス』
頭の中に【解析者】の作ってくれたマップが表示される。
――これは…、かなり厳しいな…。
敵を表す赤の丸がマップの至るところに配置されていた。所々にある青い丸はおそらく村人達のことだろう。緑色の丸は俺だ。
この配置を見る限り、脱出は困難そうだ。拘束されている村人を助けようとすれば尚更だ。
であれば、この村の中でやり過ごすのが得策かもしれない。
「ティアーシャ、どうするんだ?」
「…今、穴を探してる」
どんなに守りが固くても、必ず穴はある。そこを突けばかなり安全に移動できる。
「ん…、少しだけナーサの方に人が集まってる…」
そろそろナーサが盗賊相手に太刀を振るっている頃だろう。そうだとすればナーサの方に盗賊達が集まり始めていることも頷ける。
「…動くなら…今」
「わかった」
ルントを物陰から引っ張り出す。
「…まずあそこの家まで走って。ひとまずそれで待機」
ルントは盗賊に対しての攻撃手段がほとんどない。少しくらいなら【風刃】とか、荷物の中に入っている数本の包丁とかで応戦できるとは思うが盗賊相手にそれは心もとない。だから俺が護衛がてら一緒に逃げているのだ。幼女に護衛される大人の気分はさぞかし悪いのだろうな。
「…今!」
ルントの手を引いて、通路を挟んだ隣の家まで走る。
幸い、俺は吸血鬼のスキル『夜目』があるため暗い中でもよく目が効く。
だから暗いところを移動した方が盗賊に見つからなくてちょうどいい。そのため、家の影から影へと移り盗賊らの警戒の薄い場所へと移動しているのだ。
「…く…」
「お、おぃ…ティアーシャ大丈夫か?」
しかし、いざ走り出すと『吸血衝動』のせいで目眩に襲われる。やはりルントに血を分けてもらうべきか…。いや、俺はまだ死んだ生き物相手にしか吸血をしたことがない。だから、その場で満足するまで血を吸うことができたが生きている生き物に吸血してしまったらもののはずみで全身の血液を吸い付くしてしまう可能性だってある。そこまでひどくはなくとも、貧血にしてしまえばこの先ルントが走れなくなってしまうかもしれない。だから我慢だ。我慢。
「…大丈夫、心配するな…」
「そ、そうか?」
今倒れるわけにはいかない。倒れたら俺はおろかルントまで危険な目に逢わせてしまう。
「…ぅぁ…」
そうは言ったものの、実質かなり不味い状況だった。前世で人間だった時よりも吸血鬼になって、明らかに長く伸びた犬歯が疼いた。
今すぐにでも、生き物の喉笛にこの歯を突き刺したい。そしてそこから溢れる血液を飲みたい…。
いや、ダメだ。抑えろ…抑えろ。
…。これが『吸血衝動』、か。これに今は亡き、ナーサの旧友であった、“ティアーシャ”が耐えられなかったのも頷けるな。
空腹や、喉の渇きなどのように我慢することが難しい。ステータスを上げたりすれば抑え込みやすくなるみたいだが、これは吸血鬼として生まれた者の本能。並大抵の意思じゃあどうにもならない。
「…ぁ、が…」
「ティアーシャ!」
体の内から溢れる『吸血衝動』に、いよいよ体が耐えられなくなる。
ほんの十メートルくらいの道がこんなにも長く感じるだなんて…。
「っ…」
ついに、道の中程で膝をついた。
人に牙を向けたくなる思いを抑えるだけで精一杯。歩くことなんてできなかった。
「ティアーシャ!」
「…大、丈夫だから…先に…行け…」
「そんなこと…できるか!」
ルントが掠れる声で叫んだ。
けれど、今の俺はルントの側にいるわけにはいかない。もしも、『吸血衝動』に呑み込まれてしまったら…、彼を殺しかねない。
「…い、いから。…約束したろ?…、また、ナーサと会うって…」
「だったらっ」
「…今の“俺”は、お前を…殺しかねない…から」
「っ!?」
ルントの顔がその瞬間、恐怖に染まった。おそらく悟ったのだろう。俺が『吸血衝動』に抗っていることに。
「…お前…まさか…」
「…そ。吸血鬼なんだから仕方ない…だろ?…、だから…早く逃げ…て」
そろそろ喋ることも億劫になってきた。息が荒くなり、一瞬気が遠くなる。
…。これでいいんだ。三年前、俺がナーサに拾われる前にはこいつの側にいるのは彼女だったんだ。
俺がいなくなっても、その三年前に戻るだけ…。
「…家族なんだから。“娘”をそう簡単に、見捨てられるか」
「…っ?」
しかし、ルントは俺を捨てなかった。自分の身など省みず、俺と逃げることを選んだ。
彼は俺のことをひょいと持ち上げると再び走りだした。
「…馬鹿…やめろ…って。死ぬぞ…?」
「こんな可愛い娘に殺されて、嬉しいことは無いよ」
その顔には、いまだに恐怖の色が浮かんでいた。
「なら…、尚更だな」
俺のことを娘と思っているのであれば、ルント。お前は親父だ。
俺は、人よりも身内を殺すことの方が辛く、重いことを知っている。
ルントは殺したくはない。俺に、美味い飯を作ってくれ吸血鬼であることを受け入れてくれたんだ。
――『魅惑』を。
『イイノデスカ?【魅惑】ヲ使エバアナタノ父親ハ動ケナクナリマスヨ?』
――ああ、大丈夫だ。この辺りは盗賊の数が少ない。藁の中にでも突っ込んでおけば安心だろ。
『了解シマシタ。【魅惑】デ、近クノ藁ノ中ニ入ッテイクヨウニシマス』
――頼む。家の影に入ったら発動だ。
『ハイ』
ルントが息を切らし、俺を抱えたまま家の影に入る。
その瞬間に彼の瞳を見つめ、『魅惑』を使用する。
「っーー!!」
「…ぐっ」
刹那、ルントが硬直しまるでロボットのようにかくかくとした動きで移動を開始する。
その間に俺は彼の腕から脱出。背中から地面に叩きつけられる。
「…生きて…会おうな?…“親父”」
そんなルントの背中を見つめ、俺はまた『吸血衝動』に耐え続ける。
「…あ…が…ぅ…」
体が、中からはち切れそうだった。【解析者】は『吸血衝動』で死なないと言っていたが、それを疑うほど全身に苦痛が走っていた。
「…ぅ…がぁ…が…ぅ………。があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そして、喉が張り裂けるくらいに叫んだ。星の輝く夜空に、それはまるで獣のような叫びが響き渡った。
「おぃ!なんだ!今の!」
「あっちだ!行くぞ!」
「「おう!」」
それを聞き付けた盗賊らが一斉にこちらに駆け寄ってくる。【解析者】の作ったマップにも緑色の丸を囲うようにして赤色の丸が距離を詰めてきている。
『警告。【吸血衝動】ニヨル理性ノ崩壊ヲ確認。気ヲツケテクダサイ』
もはや、【解析者】の声など俺の耳には届いていなかった。迫り来る灯火をなす術なく見届けていた。
「いたぞっ…て、おい何だ?あのガキ」
「逃げ遅れて腰でも抜かしたんじゃねえのか?」
「…だとしても、相当な上物だ。売り捌けば高値で売れるぞ?」
「ま、売るのは俺達でたっぷり楽しんだ後だけどな」
どうする…?身動きの取れない俺に対して女に飢えた盗賊達が群がってくる。こうなっては奴らの餌食になるのも時間の問題だ。
「…お?怖くて動けないってか?ハハッ」
「…ぅ…が…」
盗賊の一人に首をわしづかみにされ、持ち上げられる。上手く呼吸ができなくなり、意識が途切れそうになる。
けれど、今。『吸血衝動』に駆られている俺の目の前には盗賊の首があるのだ。
「…こいつなら…いいよな」
「あ?なんだぁ?聞こえな…」
―グシャリ
嫌に生々しい音に周囲の盗賊は目を見開き、俺を掴んでいる男も言葉を失った。
いや、話せなくなったと言った方が良いだろうか?
「……っっっ!!!」
男は恐怖に顔を染めた。
なぜならば、その喉笛を
俺が食いちぎったのだから。
‐‐‐
「あ、荒幡先輩。お疲れ様でーす」
「うん、お疲れ様ー」
お兄ちゃんが亡くなって一年がたった。私は高校二年生へとなり、部活での後輩ができた。
「…」
けれどなんだろう。
この胸の中からぽっかりと、何かが抜けてしまったような。そんな気がする。
お兄ちゃんを殺した可能性がある、お兄ちゃんの後輩の『新橋』さん。
警察が全力で捜査し、指名手配までしてくれているみたいだけど一向に見つからないらしい。
「はぁ…」
私は深いため息をついた。
私の唯一の理解者であるお兄ちゃんを殺した犯人がまさか彼の後輩だったなんて。
「…」
お兄ちゃんはどんな気持ちになるだろう。自分の後輩に、殺されたと知ったら。
お兄ちゃんと私は完全に血が繋がっていない。お兄ちゃんの本当のお父さんが死に、お母さんは再び結婚した。そして再婚相手の父の連れ子が私こと『荒幡 楓』。
しかし、お父さんは私達のことが嫌いだったのか何かある度に手を上げた。何度も何度もお母さんは止めようとしたが、お父さんは止めなかった。むしろどんどんとエスカレートしていった気がする。
「…」
そっと、白濁した左目に触れる。この目はそのお父さんに奪われたもの。
そして、お兄ちゃんに一生の重い枷を持たせることになってしまったものでもある。




