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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
外伝第2章 美しきにも毒はある
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外伝2-6 剛腕、再び


「……っ」


『吸血強化』により、体内の吸血鬼の遺伝子が活性化を起こし、莫大な身体能力の向上と共に吸血鬼としての弱点もより顕著となる。

ジリジリと太陽が照りつけ、日陰の無いこの場所では、体のあちこちが灰となって消えていっている。再生能力も強化されている為、それによって死ぬ、ということはないもののやはり痛いものは痛い。

それに『吸血強化』を最後に使ったのも、もう何十年の前の事だ。そのタイムリミットがどれくらいなのか、感覚的にしか理解していない。


「おやおやぁ?……随分と苦しそうだけどぉ、そんなので戦えるのかなぁ?」

「……ぬかせよ。そう余裕こいてられるのも今のうちだっつの」


ティールは短剣を己の傍に並べ、併走するようにしてギベルとの距離を一気に詰める。同時にヘイゼルが駆け出しているのを確認すると、それの注意を引かせるように短剣を飛ばし、肉弾戦を仕掛ける。

が、案の定その拳はギベルの体を突き抜け、その後ワンテンポ送れて槍を振るったヘイゼルの攻撃もまるで効かず、勢い余って体のバランスを崩していた。


「意味が無いって、分からないのかねぇ!?」

「……っが」


彼女の拳がティールの頬を捉え、咄嗟にその勢いを殺すように体を回転させる。そしてその勢いに乗って更に連撃を畳み掛けていく。

しかし、その攻撃のどれもが体を突き抜け、まるで霧か雲にでも殴りかかっているような気分であった。口内を切って溢れた血を反射的に吐き出そうとして、ティールは一呼吸置いて飲み込んだ。


「…………っ?」

「ティールさんっ!」


ヘイゼルは体内の魔力を槍の石突きの方へと流し、ティールとギベルの間に割り込ませるように槍を投擲する。石突きより流れる魔力が推進力として働き、まるで重力の影響を受けていないかのように直線的に飛ぶ。

それを視界の端に入れたティールは体を一歩後ろに下げて回避、ギベルは勿論避けずともその体を槍が透過し通り抜ける。間髪入れず短剣を操りその頭部を狙うが、案の定それは空を切る。

ここまで攻撃を無効化されてしまえば最早ティールらに勝ち目は無いのではないか。そう思うかもしれない。

が、ギベルには大きな誤算があった。槍を避けた後、再びティールの方に意識を向けていた為、()()()()()()()()急接近しているヘイゼルの存在に気が付かなかったのだ。


「っらぁぁぁあぁあ!!!」


ヘイゼルは槍の石突きから伸びる鎖を己の腕に巻き付けており、それを槍に巻き取らせながら投擲した為、その体も槍の軌跡にそって宙を突き進むこととなる。


「っ……!」


ティールはタイミングを見計らって地に伏せ、ヘイゼルの体当たりを避けつつ、ギベルに向かって足払いをかける。無論、その攻撃はそれの足をすり抜ける。だが、槍の後に続いて突進してくるヘイゼルの体はギベルにぶつかり、双方の体が大きく吹き飛ばされる。


「良くやった!ヘイゼル!」

「……ぬっ、くぅ!?」


ギベルの体は言わば塵の集合体。小さな粒子が集まって構成されており、故にこちらの攻撃も殆どがすり抜けてしまう。だが、ティールはそれに大して思う節があった。攻撃がすり抜けるのは分かるが、何故向こうの打撃はこちらに当たるのか。雲が己を通り抜ける時、こちらは物理的な影響を受けるのか?

その答えが、これだ。ギベルの体には一部粒子が濃い部分がある。その位置を一時的に変更することによって攻撃を与えることが出来るし、逆に攻撃を受けそうなら安全な位置にそれを動かしてしまえば良い。だが、今回のヘイゼルの攻撃に大してギベルは()()()()()()()()()というよりは対応できなかった。

まずは腹部への槍の攻撃を回避するために粒子の濃い場所を頭部、または脚部に逃がすと予想。槍が通過した後、ティールは頭部と脚部に攻撃することでその位置を胴体に移動させ、ヘイゼルの体当たりを受けさせた、という訳である。


「な、っ!?」


ギベルは驚きを隠せない様子で、バランスの崩れた体の軸を戻していた。もし仮にその弱点を全身に分散させることにより体の塵の濃度を一定にしたとしても、こちらの攻撃がすり抜けるのであればギベルの攻撃もこちらに当たらない。つまりは、向こうが攻撃を行うには、嫌にでもどこかしら一部その弱点を作り出す必要があるということ。

それ以外の遠距離攻撃を行ってくるのであれば、先と同じように『風陣』を用いて空中へとそれを四散させれば良い。


「カラクリがバレちまった訳だ。……さあ、どうするよ」

「……よく回る口だねぇ、まだ決着は着いていないだろう?」


ギベルは立ち上がり、ヘイゼルの方へ一目散に駆けていく。が、やはり次の瞬間にはその姿は消滅し、ティールの数メートル上部にへと移動していた。

初見であれば絶対に避けられない攻撃。だが、今の彼女は吸血強化で増強された身体能力と動体視力がある。


「分かってるか!?同じ攻撃は戦闘においてご法度だって!」


その行動を読んでいたティールは手の中で圧縮していた魔力を散弾のように真上に向かって解き放つ。一つ一つが光の矢のようになってギベルの体に突き刺さる。


「タネがバレた所でぇ、的が小さいんじゃ狙えないでしょぅ!?」


だが、闇雲に狙って当たる程彼女も馬鹿じゃない。散弾のような攻撃をされるのなら、瞬間的にその弱点の位置を変えてしまえばいい。


「バーカ。……んなこたぁ分かってるよ。俺の攻撃はタダの撹乱さ」

「……………………がはっ!?」


再び槍に引かれて体当たりを行うヘイゼルの攻撃が見事に命中し、ギベルの体は空中で撃墜される。その体に有効なのは剣や槍を用いた局所的な攻撃ではなく、広範囲を一度に攻撃出来る攻撃。ティールの攻撃はヘイゼルに意識を向けさせない為のブラフ。ヘイゼルの全身を叩き付ける攻撃は一度目は不意打ちだったから通じたものの、二回目以降はほぼ確実に防がれるだろうとふみ、既に攻撃の準備を整えていたヘイゼルを見てティールが合わせたのだ。

限りある強化時間を無駄にしない為にも、ティールは追撃の手を止めない。空中で体勢を崩しているギベルに向けて地を蹴って、地上から空中へときりもみ回転をするようにして蹴りを放つ。

今の角度であればギベルの全身を捉えることが出来るため、確実にダメージを与えることが出来る。

が、流石に攻撃方法が全身に対して同時に攻撃を与えんとする突進技だけでは読まれてしまうようで、彼女は一瞬の内に瞬間移動を行い、ティールから離れ、ヘイゼルの背後へとその姿を移動させた。


「っ、ヘイゼル!」


ヘイゼルの攻撃範囲は近寄りの中距離。絶妙な距離感を活かして相手にプレッシャーを与えつつ、豊富な選択肢を活かして相手を追い詰める戦闘スタイル。故に突然超至近距離に攻め込まれてしまうと殆ど為す術が無い。短槍も普段はリーチで他の武器に有利を得ることができるが、この場合その長さが邪魔になってしまう。


「『悠久』……!ならば君を先にぃ!」



――



『繁茂』の狙いは己の心臓である。逆に言えば、心臓以外の場所を攻撃された所で、大した致命傷になり得ないのである。

下手に胞子を植え付けて体を塵にさせてしまえば、ギベルの望んでいる『悠久』の心臓は手に入らなくなる。だから、彼女の狙いはこの心臓、ただ一点。


「広範囲を、一度に」


ヘイゼルは短槍を手から離し、両手に魔力を蓄えながら静かに振り返った。そこには狂気に顔を染めたギベルが、心臓に向けて手刀を繰り出そうとしていた。


「空気を、捉える」


魔法は、無から物を生み出すよりも有を応用して物を生み出した方が効率が良い。言うなれば、乾麺を茹でるのと小麦粉から麺を作るのを比較するようなものである。

全くそこに存在しない物を作るのには、その構造や仕組みを頭に入れなければならないのに対して、そこにあるものを応用すれば後は適当に()()()()()()()()()()()()


「『空隙』っ!」


ヘイゼルは振り返りざまに『空気』を魔力を用いて捉え、己とギベルとの間に壁を築くようにして空気の盾を作り出す。そしてそれにギベルの体が触れた瞬間弾き飛ばし、彼女の全身に同時に衝撃を与える。


「っ!マジかよヘイゼル!」


一瞬の内に形勢逆転したこの隙を逃さない。『吸血強化』のタイムリミットは近い、それは何となく感覚で理解していた。であればその残された短い時間で一気にカタを付ける。

ティールは短剣と共にヘイゼルの横を通り過ぎ、更なる追撃を掛けようとする。彼女のように魔力を空気で操る、という芸当は出来ないが、決定打になるような攻撃が、今なら出来る。そうしてティールが短剣を手に取ってその切っ先に神聖力を注いだ刹那――――――――。



「――――――――魔だ邪魔だ邪魔だ!!!!!!!!!死にやがれぇぇぇぇ!!!!!!!!」

「ぐっ!?」


刹那、天空から聞き覚えのある怒声が響き渡り、ティールは咄嗟に重心を逸らし、横に転げるようにしてその場から距離を取る。そして次の瞬間、ギベルの立っていた場所を中心に振動と土煙が発生し、そのあまりの勢いに彼女は体を浮かせて吹き飛ばされてしまう。

先程までティールのいた場所は巨大なクレーターが出来上がり、綺麗に舗装されていた石畳は跡形も無く粉砕されてしまっていた。


「なっ、何が……」

「ハッ、んだよ味気ねェ。流石は『繁茂』、あたしらの中でも最弱なだけあるね」


クレーターの中心で仁王立ちするその者の影が、腰に両手を当てるとその勢いで辺りに立ち込めていた土煙が一斉に晴れる。

風に揺れる、癖のある真紅色の長い髪の毛。満月状に割れ、端から鋭い牙が覗いている口。手には人の背ほどある巨大な鎚が握られ、その腕は金属製の義手となっていた。


「っ……!ウゥルカーナ!」

「久しぶりだねェ、『悠久』。その様子だと『変化』も『傀儡』も食われたか」


彼女はヘイゼルに向かい直ると、カラカラと笑い声を上げながら一歩ずつ近付いてくる。

ヘイゼルは唇を噛み締め、イヤリングに収納されていた短槍を取り出すと、脇に抱え、重心を低くし何時でも戦闘に入れるように呼吸を整えた。

が、そんな彼女の行動が意中に反していたのか、ウゥルカーナは鎚を肩に抱えながら目を丸くし、数秒硬直してから吹き出した。


「プッ……、何だい。アタシとやり合おってか?安心しな、アタシの狙いは()()アンタじゃない。……アタシの狙いは、この素敵な腕をプレゼントしてくれた――――」


刹那、彼女の姿が消えた。と思った瞬間、激しい金属音が鳴り響き、音の出処に目を向けると少し離れた場所で、土と血に塗れたティールが短剣を手にウゥルカーナと鍔迫り合いを行っていた。


「っぐ、ぅうう……!?」

「アンタの事は色々と調べさせて貰ったよ、ティアーシャ。……かつて世界を破滅から救い、今では小さな村で教師生活。吸血鬼として亜人差別主義を完全撤廃させた……」

「へ、へえ。てっきり脳まで筋肉たっぷりの馬鹿かと思ったが、人の事を調べたり出来るのな」

「ご生憎、力と知能は結び付いているからね」


ウゥルカーナがティールの短剣を弾き飛ばすと、その勢いで鎚を己の背後に大きく振りかぶった。咄嗟に宙に放り出された短剣を操り、その項に目掛けて攻撃を行うが、背中に目でも着いているのかと疑う程の反射神経で攻撃をいなされ、甲高い金属音と共に短剣が大きく軌道を逸らされる。


「気張れよ!ティアーシャ!!」

「くっ!」


ウゥルカーナの鎚が振り下ろされる。ティールはあえて体を一歩踏み込み、その柄を手で掴む。鎚のその重さと破壊力が乗るのは頭の部分。柄にはほとんど力が乗らず、行動も制限しやすい。

だが、力の入らないティールの手ではそれにも限界がある。振り下ろされた鎚の柄を手で受け止めただけで手から腕に駆けて激痛が走り、顔が歪む。

だが、その瞬間。ウゥルカーナの腹部はガラ空きとなり、なんの防御も行われていない状態になる。ティールは左足で地面を蹴って体を回転させながらそこへ蹴りを叩き込む。鉄のように硬い筋肉を超え、その内部へと響いた感触があった。彼女は飛来してきた短剣を掴み、それに引かれるようにして距離を取って体勢を整える。


「がはっ、良い。良いよ、ティアーシャ!アタシはずっとこの痛みを待ってたんだ!」

「っち、逆にギアを上げちまったみたいだ…」


地面に突き刺さった鎚を引き抜きながら、その燃える眼差しでウゥルカーナはティールを睨みつけた。しかし、その口には笑みが宿っており、彼女が本当にこの戦闘を待ち望んでいた事が分かる。


「ウゥル……カーナっ!!!」

「おっと、アンタはお呼びじゃないぜ」

「……っ!?」


背後から短槍を突きに迫って来たヘイゼルを、彼女は振り返りもせず柄を掴んで動きを止める。槍を掴まれ、頭が真っ白になったヘイゼルに対し、彼女は興味が無さそうに溜息を吐くと、槍ごとヘイゼルを遠くで三人を見守る観衆の方へと放り投げてしまった。


「……っ、くそっ!」

「アンタとのタイマンに『悠久』は要らない。それに、アタシはもうお前にしか用が無いのさ」


ティールは『繁茂』との戦いで体にかなりガタが出ている。酸素が頭に回っていないのか、ろくに思考も回らない上、膝に力が入らない。全身から立ち上る煙が徐々に濃くなっている。日光に焼かれ消えていく肉体に対して再生が間に合っていないのだろう。

これ以上戦いを長引かせる訳にはいかない。付かず離れずの状況を保ち続ければ先に倒れるのは時間制限のあるティールだ。


「さっさとカタ、付けねぇとなあ」

「……、その顔さ。アタシが見たかったのは」


ティールは短剣を呼び寄せ、逆手でそれを握り締めた。そしてそれを空中に文字を書くかのように振るい、空間そのものを切り開いた。その先に続く『無』、そこへ短剣を放り投げる。


「……?」

「こいつァ俺のとっておきだぜ?」


ウゥルカーナが困惑した表情を浮かべていると、血に濡れたティールの顔がニヤリと笑みを浮かべた。

刹那、ウゥルカーナの背後の空間が裂け、そこから一本の短剣が顔を出す。一体何の気配を感じたのか、ウゥルカーナは間一髪でそれを躱すも、その短剣はまるで巣に帰るかのように再び空間の裂け目を通ってその姿を消してしまった。と、思えば今度は彼女の立つ足元から短剣が現れ、ウゥルカーナは苦い表情を浮かべながら鎚でそれをはじき飛ばした。

大きく軌道を逸らされたそれも、再び空間の裂け目を作っては消え、また別の場所から現れていた。


「ンだい、短剣をあちこちから飛ばそうってかい?それじゃあアタシは倒せな――――」「さて、それはどうかな?」


ウゥルカーナの目の下、頬に一本の赤い筋が走る。


「っ……!?」


今、脇の傍から現れてきた短剣を弾いたばかりだというのに、何故目元を攻撃されたのだ?

ウゥルカーナの頭の中に疑念が浮かび上がる。


「なっ」


まただ。

項を狙った短剣を躱した刹那、足の腱を狙った短剣が現れた。それだけに留まらず首、腹、腕、手首、顔にへと攻撃が繰り返される。止まらない猛攻、とても短剣一本で出来る芸当では無い。


「短剣は、一本じゃないのかい……!?」

「んふ、性能は劣るけどどれも俺の短剣と同じような性能だよ。……本数は両手両足の指じゃ数えらんないぜ!?」


ティールは全ての短剣を己の背後に引き寄せ、ずらりとそれを並べてみせた。その一本一本が普段ティールが使っている短剣と殆ど違いの無いもので、強いて挙げるとするならば素材に特殊な木材を用いていない事くらいだろうか。


「良い、良い!!来い!!ティアーシャ!!」

「『剣雨』!!!」


ティールが腕を前に突き出すと、それに押されたかのように無数の短剣が一斉に動き始め、真っ直ぐウゥルカーナに向かって行く。

だが無論、ウゥルカーナもその程度で殺られはせず、大きく鎚を振るい、その衝撃と風圧で大半の短剣が宙へと巻き上げられる。

巻き上げられた短剣は空中で勢いを失な――――うことは無く、命を注がれたかのように四方八方から無数の斬撃を浴びせる。


「…………くっ!!だがティアーシャ!アンタも限界だろう!?」

「……っ」


攻撃は当たっているが、どれも致命傷にはなり得ないもの。急所へ向かった短剣はあと一歩届かずという所で彼女の鎚や鋼鉄製の義手に弾かれてしまう。

それでもウゥルカーナは窮地であることに変わりないのだが、一方でティールもこめかみから血を吹き出させながら顔を顰めていた。

一本の短剣を操る程度であれば大した問題は無いが、こうもそれが多いと話が変わってくる。それぞれに魔力を流し、間髪入れずに操作するのには莫大な集中力を有する。今は『吸血強化』により繊細な魔力操作が行えているが、そうでなかったこの半数の剣でも厳しかったかもしれない。言うなれば、右手で箸を持ち、左手でペンを握っているようなものである。剣に単調な動きをさせた所で負担は減るがウゥルカーナには有効打にならないだろうし、複雑な動きにすれば脳の魔力回路が焼き切れるだろう。


「……よくも俺らの前にしゃしゃり出やがって……。お前はここで倒す!!」

「あぁ殺してくれ!!あの日から腕が疼いて疼いて仕方が無いんだ」


ティールは更に短剣の速度を上げ、猛攻をウゥルカーナに浴びせ続ける。血管が弾け、血がダラダラと頭から流れてくる。更に、更に速度を上昇させ、最早短剣の姿が見えなくなり始める。

この速度にウゥルカーナの重い鎚では対応が遅れ始め、その身体中に赤い線が走り始める。


「――っ、ここだ……!」


そしてその一瞬の隙を着いて、ティールは手に握り締めていた短剣をウゥルカーナの胸元目掛けて投げ付ける。魔力による短剣の操作も相まって、その短剣は凄まじい速度でウゥルカーナの胸元に到達する。


刹那。


全ての短剣が糸が切れたかのようにバラバラと宙から地へと崩れ落ち、切っ先がウゥルカーナの胸部へと到達したティールの短剣も同時に甲高い音を立てて地面へと横たわった。


「……は?」


歯を食いしばってこれから襲いかかるであろう痛みを堪えようとしていたウゥルカーナは、突然勢いを失った短剣を何度も見直した。


「何だい何だい?アタシに情でも掛けたつもりかい?……アタシは死なない限りアンタを――」


そう言って鎚を握り締めながら視線を持ち上げた瞬間、ウゥルカーナは息を飲み、言葉を失った。

そこには体のあちこちから血を吹き出し、腕を突き出したまま固まっているティールの姿があった。辛うじて肩で息をしており、まだ生きている様子ではあったが、瞳が揺れ、血に濡れた髪の毛は真紅色に染まっていた。体は太陽光を受けて徐々に徐々に塵となっている。

それでも未だ生気の宿る目でウゥルカーナを睨み付けており、一瞬でも目を離せば喉笛に食らいついてきそうな気迫をも感じた。


「……く、そっ、あと、少し……………………なん、だけど……」


指先を動かしてもウゥルカーナの足元に転がっている短剣はピクリとも動かない。ここに来て『吸血強化』が切れたのだ。加えて魔力も完全に枯れ、ジワジワと生命力を削られている状態である。

立っていることすら難しい状態であろう。

そんな彼女を見てウゥルカーナは表情一つ変えず、一歩、一歩、足を進めて近づいて行く。ウゥルカーナも致命傷を負ってはいないとはいえ、ティールの『剣雨』により満身創痍。全身を血に塗れながら双方の距離は縮まっていく。


「…………んだよ……」


彼女の目の前で足を止めたウゥルカーナを見上げ、ティールは頬を吊り上げた。ウゥルカーナはそんなティールを一瞥すると、肩に背負っていた鎚を下ろして大きく振りかぶった。


「じゃあな、ティアーシャ」

「…………っ!!」


振り下ろされる鎚と空に昇り輝く太陽が重なり、彼女は目を細めた。


今度ばかりは逃げられない。抵抗どころか、全身に力が入らない。


(ああ……クソ。……ンなことになるならもっとソウカと話したい事が……)


時間の流れが嫌に遅く感じられる。

光が遮られ、鎚で視界が覆われた刹那。




「お止めなさい!!!!!!!!!」




どこからとも無くつんざくような怒声が響き渡り、次の瞬間には辺り一面巻あがった土煙によって覆われてしまった。










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