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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
外伝第2章 美しきにも毒はある
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外伝2-5『繁茂』


「はい、お待たせ。お嬢さん」

「ありがとうございます」


一方、少し前のヘイゼルは。ティールから渡された金を握り締め、街の屋台でじゅうじゅうと匂いを立てている串焼きを買い、それの入った袋を手に抱えて店の前を後にした。メニューの文字を読むのに若干手こずったが、店側もこちらが異国からの観光客であると察したのか、丁寧に接客してくれた。列にはそこそこの時間並ぶ羽目になったが、値段も差程高く無かったため、ヘイゼルはホクホクとした気持ちでティーの待つ石門の方へ足を動かしていた。

袋から盛れる香ばしい匂いに胃袋が刺激されるが、ティールを待たせて一人食べる訳にも行かないので、胃を押さえ付けながら必死に我慢する。

そうやって人混みを縫って歩いていると、視界の端にちらりと見覚えのある人の姿が映る。十歳程の容姿で、黒髪、その髪を後ろに流して結んでいる――。


「ベルモントさん……っ?」

「ふぇ、っ、!?」


人混みに流されるようにして思うように身動きの取れていない彼女の手を咄嗟に掴み、抱え込むようにして自分の傍に引っ張ると、彼女は目を丸く見開いて驚いた様子でこちらの顔を見た。

そして幾度か瞬きと匂いを嗅ぐ動作を行い、やっとそれがヘイゼルであることを認識したようである。


「あれ、君確かティールさんの連れの…………ヘイゼルちゃんだよね?」

「そうですそうです。大丈夫ですか?人混みに流されてたみたいですが……」

「ははは、体がちっこいからどんどんどんどん流されちゃってね。……それとごめんね!?急に仕事が立て込んじゃってさ!?」


昨日はこんなはずじゃなかったのに、と悔いるように手を合わせて言うベルモント。彼女は自分が約束の時間に二人の元へ来れなかったことを謝罪しているのだろう。

ヘイゼルはそんな彼女に対して首を横に振った。


「いえ、私達はベルモントさんがお医者さんである事くらい分かっていましたから。きっとお仕事で忙しいんだろうと」

「ごめんね~?ボクから誘ったのにボクが大遅刻するなんて、面目が立たないよ」

「ティールさんも気にしないと思いますし、大丈夫ですよ。さ、石門でティールさんが待ってますから、一緒に行きましょう」


ヘイゼルがベルモントに手を伸ばすと、彼女は小さく礼を言ってその手を掴んだ。これで彼女が人混みに飲まれて動けなるような事は無いだろう。


刹那。

ゾッと背筋が凍るような感覚に襲われ、ヘイゼルはピクリと体の動きを止めた。世界の色が白と黒の二色になり、時間が止まったような錯覚。心臓が爆発するかのように鼓動を鳴り響かせ、彼女の耳はその音でいっぱいになっていた。

プルやオースティン、ウゥルカーナと会った時に近い。キュッと、胸の内の心臓が締め付けられるような感覚。


「――――っ」

「どうしたの?」


急に足を止めたのを不審がられたのか、ベルモントが手を引き顔を覗き込む。だが、彼女の表情を見る余裕すら今の彼女には無く、その顔は口だけのまっさらなもののように見えた。今はただ、高鳴る心臓を押さえ付けるので必死だった。

やがて少し鼓動が収まり、パクパクと水面の金魚のように食う気を肺に取り込むと、徐々に冷静さが戻って来た。すると往来する人々の頭の上から垣間見える石門の方から、ただならぬ空気が流れて来ており、その寒気の元凶が少し離れた所にあることが直感的に分かった。


「もしかして……ティールさん!」

「うわっと、なになにどうしたのさ!」


ベルモントがいる事など忘れたように、ヘイゼルは彼女の手を引いて駆け出した。人混みを縫って、その気配のする方向へがむしゃらに足を動かす。

プルやオースティンの仲間なのであれば、どのような能力を持っているのか分からない。自分がどれだけ力になれるか分からないが、少なくとも肉壁くらいにはなれるだろう。


(だとしたら何故、私では無くティールさんの方へ?)


ヘイゼルの頭の中に、そんな疑問が浮かび上がる。彼女らがヘイゼルを狙って襲ってくるのならば分かるが、ティールが狙われる理由は無い。


(ウゥルカーナ、なのか?)


だとすれば、ティールとヘイゼルの関係を知っているウゥルカーナが関わっている可能性が高い。彼女がティールに復讐の為に襲っているのかもしれない。


「ベルモントさん!掴まって!」

「うぇへ?な、何をっ!?」


このまま人混みを掻き分けて進んでいたら間に合わない。ヘイゼルはベルモントに昼食の入った紙袋を無理矢理預けると、左耳に取り付けてある月のイヤリングを指で軽く弾いた。

すると、手の内に翠色の短槍が収まり、彼女はその石突きに取り付けてあるキャップを捻って取り外した。

そこから顔を出したのは小さなアンカーと槍内部に収められている伸縮性の高いロープ。彼女はアンカーを近くの街灯に投げ、掛けると柄に取り付けてあるスイッチを押した。次の瞬間、ぐん、と勢いよくロープが巻き込まれ、二人の体は人混みの頭上を抜ける。ヘイゼルはその勢いに乗ったまま、アンカーを次の街灯に引っ掛け、猿のように街を抜けていく。


「あはっ、何その槍!面白いね!」

「ティールさんの友達の特別製です!」


この他にも、トコルの謎の拘りにより幾つかの機構が槍と弓には備え付けられている。まさかこんなにも早く使う事になるとは。

……彼女には頭が上がらない。


「見えてきた……!っ、ティールさん!」


空中から石門の方に目をやると、陽の光が反射してチラチラと光るティールの髪が視界に入った。ヘイゼルがホッと胸を撫で下ろすのも束の間、彼女の周りをぐるりと人型の何かが囲っているのを見て、ヘイゼルは息を飲んだ。


「ティールさん!!!」

「え、ええ!?ボクも行くの……!?!?」


ヘイゼルは槍を構え、小脇にベルモントを抱えてティールの傍の地面に突っ込んだ。土煙が舞い上がり、衝撃でティールに迫っていた何者かが大きく宙に投げ飛ばされる。


「っ、……ヘイゼル!!無事か!?」

「ティールさんこそ、何ですか!?これは……」


それは明らかにウゥルカーナとは違う何か。ヘイゼルが吹き飛ばした男の体は、地面に倒れたものの、不気味な動きをしながら立ち上がった。そして、その頭頂部には白色のキノコが生えている。


「分からん。……ただ気を付けろ、アイツらの攻撃には極力当たらない方がいい。菌の苗床にされるぞ」


ティールが左手を見せると、それは徐々に皮や骨が再生されている最中だった。ヘイゼルが目を細め、ベルモントが小さく喉を鳴らした。


「手、貸して」

「ん?俺に回復魔法は……」


するとベルモントはつま先を立ててティールの手を掴み、そこへ自分の魔力を媒体とした治療を行う。

するとどういうことか、魔力由来の回復魔法を受け付けにくい吸血鬼の体であるにも関わらず、彼女の治癒を受けた途端、治りかけであったティールの手は瞬く間に修復され、まるで初めから傷など無かったかのように痛みも感じなくなった。


「………………っ、こりゃあ……」

「これでも医者だからね。企業秘密的な治療法をボクも持ってるのさ」


ティールが驚いた様子で手を閉じたり開いたりしていると、ベルモントは自慢げに()()胸を張って、鼻を鳴らして見せた。

だが、悠長に彼女の治療技術に感心している暇は無い。至近距離の敵はヘイゼルが着地時に蹴散らしてくれたものの、未だ数は減っていない。それに奴らの頭には何らダメージが入っていないため、転がっていた肉体もウネウネと芋虫のように動きながら起き上がって、こうしている間にもジリジリと彼らはこちらを囲い、迫って来ている。


「――アイツらの弱点は頭のキノコだ。それを潰せば動けなくなる」

「分かりました。……っ、ベルモントさんは……」


ヘイゼルは己の傍に突っ立っていたベルモントに目を向けた。すると彼女は完全に気を抜いていたようで、自分の名前が挙げられたことに驚いて「ボクかい!?」と素っ頓狂な声を上げていた。


「ああ、俺の後ろに。俺は剣で遠距離から戦えるし、いざとなれば守りながら戦うくらい造作でも無いさ」


慌てふためいているベルモントの腕をティールが引き、己の背後でその身を庇う。槍を振るうヘイゼルの傍にいるよりは、短剣を操って遠距離で戦う彼女の傍らにいた方が巻き添えの心配も少ないだろう。ティールも接近戦が出来ない訳では無いが、現状頭のキノコを切り落とすのに近接攻撃が必要とされている訳では無い。


「俺がお前に合わせる。……ヘイゼル、好きに動きな」

「……っ、はい!」


ヘイゼルは大きく首を縦に振ると、短槍の柄を握り締めて敵の前に躍り出て、全身を使って槍をしならせながら頭部のキノコを切り払っていく。

四方から囲まれているため、ティールは短剣を操り自分の正面にいる敵の対処を行う。と、同時に時折ヘイゼルの方へそれを飛ばし、視界外からの攻撃をカバーする。


「いやはや、自在に空を飛ぶ剣なんておとぎ話でしか聞いた事ないよ.……。ヘイゼルちゃんも大振りだけど繊細さがあって……」


ヘイゼルも、ティールも、流石師弟と言う事あってか息がピッタリあっている。ベルモントが二人の連携に感心している合間にも、次々に頭部のキノコが切り落とされ、残った肉体が崩れて塵になって霧散していく。


「だが、数が減らねぇな。面倒くさい」


しかし、倒しても倒しても敵は地面から湧いてくる。ティールは面倒臭そうに小さく溜息をついた。

今はまだ処理出来る程度の量だが、これがいっぺんに出てきたら流石に二人では対応しきれないかもしれない。

敵のコマが切れるのを待つか、ティール達が力尽きるのが先か、はたまたこの敵の突き止め、これ以上の出現を抑えるべきか。

ティールは魔力で動かす短剣に意識を集中させながら、思考を巡らせていた。これだけの数が、半ば本能だけで攻撃をティールらに集中させるのは難しいだろう。自我が無く、単純な命令でこちらに矛先を向けていると考えて間違えないだろう。彼らが無差別に攻撃を行うとするならば、少し離れた観衆の元へ行き、胞子を植え付ける個体が存在していないのは些か違和感を感じる。

であれば、何者かが操作を行っている可能性が必然と高くなる。


「ヘイゼルっ、こっちへ!」

「はいっ!」


ティールは声を張り、ヘイゼルが戦闘を切り上げてこちらへ寄ってくるのを確認すると地面に手を着き、芝の生い茂る大地に魔力を注いだ。


「『大地の恩恵』……っ!」


『大地の恩恵』は地中の植物の生命力を底上げさせ、本来では至らぬ大きさにまで成長させることが出来る魔法。彼女は足先から伝わってくる木の根の微弱な魔力を感じ取り、そこへ魔力を注いだ。地中の根は異常な速度で成長を遂げ、石造りのタイルを引き剥がしながら進み、やがて寄生された死体が産み出されている地面をひっくり返すようにして根が跳ね上がった。

タイルが剥がれ、根によって地面が隆起し、その隠れていた地面が日の元に晒される。しかしそこに広がる光景は一国の地下とは思えぬものであり、数え切れぬ程の死体が地中に粗雑に埋められ、その全ての頭部に冬虫夏草のキノコが植え付けられていた。ティールは思わず顔を歪め、ヘイゼルは眉を潜めていた。ベルモントは医者ということもあって死体には見慣れているのか得な反応を見せず、目を細める程度に収まっていた。

そんな死体の数々が、電源を入れられたかのように動き出し、地面を突き破って地表に出てくる。今これだけの範囲にこの量がいるのならば、その総量は計り知れず、殲滅は難しいだろう。かといってこんな街中で『業火』などの広範囲の魔法を放ってしまえばどのような惨事になるか分からない。


「やあ、悠久ぅ。久しぶりぃ」


ティールが唇を引き結び、ヘイゼルが絶句して目の前の光景に釘付けにされている中、気だるげな、語尾の伸びた声が囁かれ、彼女はビクンと体を震わせた。


「っ…………!!」


咄嗟に耳を塞ぐも、そこには何も無い。


「君は悠久のお友達ぃ?二つ名は無いのぉ?」

「っ、おちょくりやがって」


ティールの耳にもその声が届き、彼女は苛立ちを隠せない様子で舌を鳴らした。


「あはは、うちの子だけじゃ倒せそうにないねぇ。きみたち、中々やるねぇ」

「……お前、『繁茂』か?」


ティールの頭の中にウゥルカーナの言葉が蘇る。


――この国には今、『剛腕』『業障』『寛解』『繁茂』がいる。


『変化』のプルは変身能力、『剛腕』のウゥルカーナはその馬鹿力、『傀儡』のオースティンは魂を人形に入れ替える能力、というように彼女らの名前は彼女らが有する能力と関係があることにティールは気が付いていた。

この国にいるという四人の中で『剛腕』のウゥルカーナを除いて『業障』『寛解』『繁茂』の三人のどれか。その中から選ぶとしたら一番近いものは『繁茂』だろうか。


「そうだよぉ、正解ぃ。良く知ってるねぇ。()()()()『繁茂』ギベル。君たちもぉ、()()()の仲間にならなぃ?」


どこから聞こえているのか分からないギベルの声が耳をくすぶる。


「馬鹿言え、そんなダサいキノコを頭に生やしてみろよ。恥ずかしくって外も歩けないぜ」


へんっ、とティールが鼻を鳴らし、口角を吊り上げた。


「えぇ、これ、結構可愛いと思ってるんだけどなぁ。ま、いっかぁ。……数で押せば勝てるよねぇ」


残念そうに口を尖らせるような言い方で深々と溜息をつくギベル。しかし、すぐに笑み混じりの声に戻ると、地面を突き破って大量の冬虫夏草が姿を現した。

しかし、ヘイゼルもティールも、その顔に焦りは見られない。何故なら、既にこの軍勢への対処に慣れてしまっているから。


「数で押すってのは、ある程度の戦力が無いと出来ないんだよ。確かに数はあるかもしれねえが別に処理に手間もかかんねえ。どうすんだ?このまま俺達がこいつらと戦い続けても、お前に勝利はやって来ないぜ?」


言葉の通り、ティールの操る短剣は彼らが地面から頭を出した瞬間にそのキノコを刈り取ってしまっている。言わば、リスキル状態。取り逃したものも、ヘイゼルが颯爽と駆けて処理している。


「むぐぐ……、中々やるみたいだねぇ。何だか上手く口車に乗せられてるような気もするけどぉ。……こうするしか無さそうだねぇ」


そう言うと、地面に降り積もった死体の塵が磁石に引っ張られるかのように一箇所に集まり始め、徐々に徐々に人の形を形成していく。

ヘイゼルが右耳に取り付けてあるイヤリングを弾き、翠色の弓を取り出し、それに魔力を流し込む。すると弧から流れた魔力が糸となって弦を作る。更にヘイゼルは髪の毛を一本引き抜くとそれを()として魔力を注ぎ、矢を作って弦にあてがう。ここまで約数十秒、未だ練度が足りず弦の生成速度が遅いが、それだけ経っても尚ギベルは塵を集めて体の構築を行っている。


「ヘイゼル、お前の好きなタイミングで撃て!俺は何時でも合わせられる!」

「分かりました!」


そう言ってヘイゼルは頬にあてがっていた弓を引く手を離した。弦がしなり、魔力で作られた矢が空気抵抗を受けて徐々に崩壊しながら塵の山の方へ向かっていく。

同時にティールは指先に魔力を収束させ、ヘイゼルの矢が着弾すると同時に人型の塵の頭部目掛けて魔力を放つ。彼女が使ったのはオースティンが使っていた魔力光線。威力も高く高精度であり、かつほぼ即着。彼女から体を取り戻した時から()()()()体が使い方を覚えていたものである。

そんな二人の攻撃を受け、その形は揺らいだものの、まるで煙に矢を射ったかのような手応えのなさ。一瞬それに大きな穴が空いたと思ったが、すぐに他の塵が集まってその穴を修復されてしまった。


「クソ、どうやら何か出来るわけでも無いらしい」


ティールが悪態を着きながら短剣を飛ばすも、同様にそれは塵の塊の中を通り抜けてしまい、大したダメージも与えられていない様子である。

弓をしまい、再びティールの隣に戻ってくるヘイゼル。彼女は若干息を切らしながら槍を手に持ってティールの方へ振り返った。


「どうしますか?何か方法が……」

「分からん。俺の『業火』で燃やしてもいいが、周りに被害が出かねない。……国に招待されて早々放火魔にされるのは勘弁だぜ」

「しばらく様子を見ますか?」

「うん、そうしよう。下手に刺激して何か起きてもやだし。ベルモント、今のうちに少し離れとけ。何かヤバそうだ」

「ほい了解。ボクは戦力外だろうから遠くから見物させて貰うよ」


周りを囲っていた冬虫夏草に寄生された死体たちは、ギベルに吸収されしまったのか、既に跡形も無く消えてしまった。

ベルモントはそそくさと二人の傍を離れ、少し離れた所からこちらを見守っている群衆の方へ行き、その中に混じって行った。


「さ、これで俺たち二人とお前だけだ。心おぎなく戦えるな」

「別にぃ、『悠久』と二人で戦わせてくれてもいいんだよぉ?君は誰だか知らないし」

「先に手出してきたのはお前だろうが。……お前の自業自得だよ」


一箇所に集まる塵が濃くなり、やがて完全な人型を形成する。髪はカビのような煤けた灰色で、目は白目と黒目の境が分からぬ程に真っ黒で、口から耳にかけて大きなヒビ割れが見えた。服もボロボロの外套を身にまとっており、その隙間から垣間見える肌にもあちこちに亀裂が走っていた。

ぱっと見た時には人間だが、まじまじと見ると到底それからはかけ離れており、まるで紙粘土で作った人形のような容姿であった。


「この姿になるなは久しぶりかなぁ。君たちが精一杯数を減らしてくれたからぁ、完璧には体を作れなかったけどぉ。……君たちを苗床にしたらぁ、どんな優秀な部下になるのか楽しみだよぉ」


「ぬかせ、そう簡単にお前の部下になってたまるかってんだ。残業代全支給、土日祝全休、家賃補助有り、直帰可、最低でもこの条件が付かねえと俺は働かねえぞ」


「ティールさん……?」


ティールが指を折って「後飲み会強制参加は無し!」と高らかに叫んでいるのを見て、ヘイゼルはがっくりと項垂れていた。


「俺はもう休日返上で働くのは勘弁なんだよ……!!!」


ギベルの背後で静かに浮遊して指示を待っていた短剣の切っ先が少し動いたかと思った途端、ティールが指を引いたのと同時に彼女の(うなじ)目掛けて短剣が刃を振るう。


「…………っ、流石にそんなに甘くは無い、か」


確かに手応えはあった。

短剣が切り裂いた彼女の首はバックリと口のように割れて見えたが、すぐに傷の周りの塵がそれを塞ぐようにして集まり、やがて何事も無かったように首を回して見せた。


「この体に痛覚は無いしぃ、臓器も無いから素直に諦めた方がいいと思うよぉ。『悠久』の心臓さえくれれば白い君には別に用は無いしぃ」

「んなこと言われて、はいどうぞ、なんて渡せる程軽々しいモンじゃねぇだろうが。……ヘイゼル、合わせられるか?」

「……っ」


ティールが横に目をやると、ヘイゼルは言葉を発さずに小さく頷いた。少々荒い戦い方になる為、彼女には無理をさせてしまうかも知れないが、今はどうこう言っている暇は無いだろう。


「何か作戦が……?」

「ああ。……少し試してみたいことがあってね」


ティールはそう言うと、ギベルとの距離を保ちながらゆっくりと体を横に進ませ、指先からオースティンより学んだ魔力の光線を放つ。


「……っ、何のつもりかなぁ」

「お前、その姿になってから一回も攻撃してきてないだろ。そんな相手に策も無しに突っ込むなんてアホなことはしねぇ」


いくらティールが吸血鬼として高い治癒能力を持っていたとして、ヘイゼルが高い再生能力を持っていたとして。こちらの手の内が知られている以上、むやみやたらに突っ込めばしっぺ返しを食らうことくらい目に見えている。


だから、とにかく敵から距離を取ってひたすら攻撃を続ける。短剣の操作と魔法の同時使用は頭が焼き切れそうになるが、今はそうも言っていられない。


この戦闘でのティールの役割は、ギベルからのヘイトを稼ぎ攻撃を捌き切ることと、手の内を明かさせること。故に、こちらも攻撃の手を休めず、意識を常にこちらに向けさせなければならない。


「鬱陶しいねぇ、その攻撃」

「そう思ってくれて何よりだよ」


ギベルの今まで浮かべていた余裕そうな笑みが止み、したたかに殺意の籠る表情に変わった。そして()()が掌を天に向け、その上をふっと口からの息で吹払った。

何も見えない、が、何もしていない訳も無い。

ティールは片目を魔眼に切り替えて視界内の魔力の流れを視覚情報として読み取る。すると思った通り、ギベルの放った空気の流れに乗って無数の小さな粒子がこちらに飛来して来ていた。その能力からして、胞子か何かの類の物か。どちらにせよ、直接受ける訳には行かない。


「『風陣』」


それは『風刃』の派生技。『風刃』が手中の空気を塊として魔力で捉えて刃のように形成して放つ魔法なのに対して、『風陣』は魔力で捉えることはせず、手から先の周囲の空気を乱れさせ、小型の気流を発生させるものである。

本来であれば全く攻撃力の無い、使い所の無い技。しかし、此度は空気の流れに乗って迫ってくる胞子を防ぎ、更に上空に発散させることでその攻撃を防ぐ防御技として機能したのである。


「……見えてるんだねぇ?」

「ご明察、少々特殊な目でね」


魔眼を発動している時の瞳は魔力の流れによって元の紅玉色から琥珀色に変化して輝く。従来であれば魔力の流れ以外のものは認識が不可能になる為、戦闘中に使うことはまずないのだが、これだけ距離が離れていれば問題はないだろう。加えて『風陣』により発生した気流もまだ残っている。これであれば、ギベルが同様の攻撃をしようともこの風がその攻撃を防いでくれるであろう。


「……むーん……」


ギベルは目を細め、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる。そんな顔もヘイゼルの放った魔力の矢が通過したことによって四散し、もぞもぞと周りの塵が集まって再構築される。


「じゃあ『悠久』!狙うのは君にぃ……!」

「させるかよっ!」


無論、ギベルがヘイゼルを狙うことくらい思考に置いている。ヘイゼルの方に胞子を放ったのを確認すると、ティールは足元に魔力を流して『大地の恩恵』を発動。地伝いに魔力が流れ、地中の木の根を活性化させてヘイゼルの前に根の盾が作り上げられる。

盾は胞子に触れると一瞬の内に朽ちてしまい、崩れて散ってしまう。しかしヘイゼルはその間に場所を移すことができ、ギベルの攻撃を躱すことができていた。


「そんなに『悠久』の心配ばかりしてて大丈夫かなぁ!?」

「……っ!?」


刹那、己の頭上からギベルの甲高い声が聞こえ、ティールは半ば己の耳を疑うようにして首を上に持ち上げた。


「まずは君からこの手下にしてあげよう!いい駒になってくれよぅ!?」


そこには両腕を広げてティールに向けて落下して来ているギベルの姿が。今の今までヘイゼルに向かってその矛先を向けていたというのに、いつの間に移動をしていたのか。

そんなカラクリを考える前に回避を、と思ったがその動作に移る前にギベルの攻撃は必ず受けてしまうだろう。

先程はたまたま手に胞子を受けたから、その部分のみを切り落として治癒能力にて再生することが可能だった。しかし、それをもし頭にでも受けてしまえば首を切ることなど不可能。完全な詰みだ。


――『風陣』を起こすか?

しかしそれにはある程度魔力のタメが必要だ。

――短剣を呼び戻す?

それも間に合わないだろう。


ティールは短時間で思考を巡らせる。自身の中で独り言のように物事を考えるのは、エルティナが彼女の中に存在していた名残だろうか。

今この状況に対処出来る方法。それが霧がかっていたティールの頭の中に一つ浮かび上がる。


――……あんまり使いたくは無かったんだけど、仕方ないか。


「『吸血…………強化』!!」


瞬時に腕にかぶりつき、血管より滴る血液を牙を伝わらせて喉の奥に流し込む。同時に、体の中から多量の魔力が湧き上がり、動体視力が向上し、時の流れがゆっくりになっているかのように感じる。

足の筋肉にも即時に力が伝わり、殆ど反射で地面を蹴る。


「っ…………!」


その衝撃で地面が陥没し、辺りに濃い土煙が舞い上がる。咄嗟に槍を手に駆け寄ろうとしていたヘイゼルはその煙に呑まれ、視界が効かなくなると同時に激しく咳き込んだ。


「へえ……。自身の血を取り込んで自分の力を強化したのかぁ」


ヘイゼルが風魔法で土煙を晴らすと、そこには陥没した地面に手を着いて乾いた笑いを浮かべるギベルの姿があった。そしてそれが視線を向ける先には、全身から黒い煙を立ち上らせながら己の腕の肉を食らうティールの姿が。

彼女の白銀の髪はより一層輝き、魔眼を発動している方の琥珀色の目からは一筋の光が零れていた。口の端から零れた彼女の血液が、その真っ白な肌と服を赤黒く染め上げていく。


「ヘイゼル!合わせられるか!?」


その彼女の叫びに答えるように、彼女は短槍を構え、全身を流れる魔力の感覚に集中する。ギベルを挟むようしてティールの対面に立つヘイゼルは、稽古を付けてもらっていたお陰か、案外落ち着いて状況の把握が出来ていた。

ギベルの攻撃は現状、相手に胞子を植え付けることしか割れていない。しかし、先程見せたノーモーションでの瞬間移動には全くもって対応が出来なかった。それはティールも然り。あの瞬間移動のタネを明かさなければこちらが一方的に不利になる。戦闘中に頭上にでも飛ばれて、頭に胞子を植え付けられれば一発でゲームオーバーだ。

そしてティールは現在『吸血強化』にて全身の身体能力の底上げを行っている。その技は、以前オースティン相手にソウカが使っているのを見たことがあるが、正直コスパのいい技とは言えないだろう。自身の血を吸って発動する『吸血強化』はタイムリミットが存在する。一時的に強力なバフを得られる代わりに、タイムリミットを過ぎればその反動として重いデバフが待っているという訳だ。ソウカの場合、身体能力が極限まで低下し、動くことすらままならないような状態になっていた。果たしてティールの場合、それがどの程度のものになるのか、実際その時になってみたいと分からない。

つまりは、ティールの『吸血強化』がタイムリミットに達するまでにギベルを倒しきる、または戦意を喪失させなければならない。出来るだけ素早く、尚且つ攻撃を喰らわぬよう繊細な動きが求められるという訳だ。


「『槍身解放』……!」


全身を流れる魔力を腕から槍に収束させ、その槍身に注ぎ込む。すると翠色の柄が淡く光り輝き始め、光に包まれたその槍は槍先の形が大きく変形しており、槍先は刃が長く伸び、鋭利になってカエシのように柄の方にまで及んでいた。


トコルによって作られ、そして与えられたこの槍の名は、『(つい)』。ヘイゼルの魔力に呼応し、彼女が望んだようにその形を変える、トコルの最高傑作。







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