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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
外伝第2章 美しきにも毒はある
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外伝2-4 冬に虫と成り、夏に草と化す。

すぅすぅと寝息を立てて枕を抱えて眠るヘイゼルの顔が月夜に照らされている。

内密に頼んでいたトコルによるヘイゼルの調査は結局失敗に終わった。まあ、髪の毛一本でどこまで分かるかはしれたものでは無かったが、それにしてもそれが塵となって消えてしまうとは思ってもいなかった。まるで、彼女の意識外でそれを拒絶されているかのように。


「……おやすみ」


それでも内心ほっとしている自分がいる事も拒絶できないものである。自分の子のように接して来た彼女の正体が想像も絶する極悪人であったとしたら、次から彼女をこんな目で見る事は叶わないかもしれない。

何も分からず、されど何も無ければ一番良いのに。ティールは軽く鼻を鳴らして己の我儘に嘲笑を浮かべた。

その目にかかった髪の毛を手で流し、避けながらティールも大きく欠伸をして床に着いた。幸いトコルの家にはいくつか寝具が余っており、彼女の好意に甘えて今夜は泊めさせて貰える事となった。

明日はやらなければならない事が幾つかある為、悠長に昼まで寝ている時間は無いだろう。


「……っ、久しぶりに」


ヘイゼルは布団を身に被せ、その温もりに包まれながら目を閉じ、意識を魂の奥底へ落としていく。それはまるで深海の奥深くに静かに沈んでいくかのような――――



――



「…………っ」


しばらくすると瞼の裏に柔らかな光が浮かび、数多の鳥のさえずりが耳を通り抜ける。

視界いっぱいに色彩豊かな花畑が広がり、その中央にはぽつんと小麦色の壁を持つ小さな一軒家が建っているではないか。


「いつの間にか豪華になってやがる」


ティールは花畑の中の小道に足を踏み入れ、苦笑を浮かべた。これまで殺風景な景色であった()()()()が、いつの間にかどこか田舎の立派な家のようになっているでは無いか。

彼女が小道を進んでいくと、庭先の木製のテーブルにピクニックのようなランチを広げ、ベンチに腰掛けながら優雅な昼食を楽しむ、よく見なれた二人の姿が見えた。


「あら、久しぶり。ここ最近来てなかったわね」

「久しぶりー!」


二人はこちらの存在に気づくと、手に持っていたサンドイッチを皿の上に置き、ひらひらと手を振った。


()()()の中で優雅なお昼ご飯だね」

「あら、それは皮肉?でも貴方の魂は()()()()の魂でもあるのだから、好きにしようと勝手でしょう?」


()()()()()()が隣にいる少女に目をくばせると、その少女はサンドイッチをパンパンに詰まらせた頬を必死に動かしながら大きく頷いた。


「お花畑でお母さんと一緒にピクニックして見たいって言ったのは私!ほら、花の冠も作ったよ」


その少女、テンシアはベンチから飛び降り小走りでこちらに駆け寄ると、手に抱えていた色とりどりの花の冠をティールの頭に被せようと必死に体を伸ばしていた。

ティールは微笑を浮かべ、彼女の腕が届くようにした。

するとテンシアはパァと手に持つ花冠にも負けない笑顔を咲かせ、嬉しそうにそれをティールの頭の上に乗せるとそそっかしく足を動かしてティアーシャの膝の上に腰を乗せた。

ティアーシャ。彼女はティールの体の母親であり、既に肉体は死んでいるのだが、とある事からその魂がティールの魂の中に住まう事になった。

そしてテンシア。彼女はティールに今の人格が宿る前の本来の人格であり、ティアーシャの娘。ティールが体の主導権を握ったことでその存在を魂の奥底に潜めていたが、ひょんな事から魂の位置がティールと入れ替わって表の人格として出てきていたことがある。

現在二人はティールの魂の中で親子として静かに生活しており、ティールも時折眠りがてら魂に意識を落とし、遊びに来ることがあった。


「とりあえず座りなさい。今紅茶入れてあげるから」

「あ、俺コーヒーで」

「寝ながらコーヒー飲むの?体に障るわよ」

「紅茶は苦手なんだよ」


クスクスと笑みを浮かべながら空間からコーヒーカップとコーヒーポットを取り出して静かに焦げ茶色の液体を中に注ぎ始めた。

頬を撫でる柔らかな風と共に、コーヒーの香ばしい匂いが鼻腔を擽った。あくまで魂の中でも産物、ティアーシャの想像の物に過ぎないのだが、まるで本物のように眠気をキリリと覚ましてくれる香りだった。

本来この魂の中でこのように建物を()()出来るのはティールのみなのだが、自分よりもティアーシャやテンシアの方がこの空間を使うだろう、という事でその権限は譲渡した。初めは机やティーカップを出せる程度だったが、今ではこのように家や花畑まで建てられるようになってしまったようである。


ティールがティアーシャの向かいになるように座ると、テンシアが彼女の膝から飛び降り、今度はティールの脇にちょこんと座り、体をぎゅっと押し付けた。


「おうおう、ちょっと来ない間にちっこい犬みたいになっちまって」

「あなたが中々来ないから寂しかったのよ。ここに来れる人なんて貴方とエルティナちゃんくらいでしょう」

「んまあ……、少し()が忙しくてね」

「ええ、分かってるわ。別に無理にとは言ってないわ、こうしてたまにでも顔を出してくれるだけで私達は充分よ」


ティアーシャから渡されたカップを受け取り、湯気の立つコーヒーをそっと口端で啜り飲む。

暖かな湯気が頬を撫でるように通り過ぎ、柔らかな苦味と酸味、そして香ばしさが口に広がる。


「時折ここから表の様子を覗き見てはいるけど、何やら大変そうじゃない。……ヘイゼル、だっけ?あの子は普通じゃないわ」

「俺も分かってるよ。だからコソコソ調べてはいるんだけどな。……大した事は掴めない」


ティールはカップを置き口を尖らせた。

ほとんど量の減っていないコーヒーが、カップの内側で波を立てる。


「私が言えたことじゃないけれど、気を付けなさい。久しぶりの冒険で血が滾るのは咎めないけれど、タダでさえ貴方の魂は不安定なんだから」

「ああ、分かってる」


ティールは手を閉じたり開けたりして、その感触を確かめた。オースティンによる魂の入れ替えによってそれに異常が生じなかったのは殆ど奇跡と言っても良いだろう。

これに関しては、オースティンの魂を入れ替える練度が高かったが故なのたが。

手元のカップに注がれたコーヒーが正常の魂の形とすれば、ティールの魂はそこへ砂糖やミルクを注がれた状態。同じコーヒーであるが、その量によってはコーヒーと言えるかどうか怪しくなってしまう。これがティールの、魂の形が不安定となっている状態。

もしそのカップの中へ、更に水や茶、はたまた泥水を注いでしまえばもうそれはコーヒーとは言えない。

つまり、これ以上過度に魂に負担をかければ、コーヒーはコーヒーとして存在出来ず、中の液体が零れ始めたりするかもしれない。そうなれば、ティールは今のティールとして存在を保っていられないだろう。


「いえ、あの子を自分の娘のように思う気持ち。そして自分の命に変えてでも守りたい、その気持ちはよく分かるわ。それは私がこの子を守ろうとしたのとよく似ている」


ティアーシャはティールの隣で彼女の髪の毛を勝手に編み込んでいるテンシアの方へ視線を向け、小さく息を零した。


「だけどね、ティール。ヘイゼルはきっと何かとてつもない物を抱えてる。彼女を支えたい気持ちは分かるけど、自分の命が危うくなったのなら、手を引きなさい」

「……」

「……これが、貴方の親として言わなければならないこと。私だけじゃない、貴方の事を大切に、かけがえのない人として見ている人は沢山いる。ソウカちゃんも、トコルも、トゥルナも、そして……ヘイゼルも」

「……ああ」

「できた!お母さん、見て!」


そんな重苦しい雰囲気をぶち壊すかのように、甲高い音が耳元で発せられ、頭を鉛玉でぶち抜かれたように仰け反らせるティール。


「んんー?あ、三つ編みにしたのね。可愛いじゃない」

「でしょー」


ティールとティアーシャが二人話している隙にティールの髪をよじって様々な髪型にして遊んでいたようである。

ティール自身、髪型に得なこだわりは無いため手先で二三度それを撫でると満足そうな笑みを浮かべてテンシアに微笑みかけた。


「昔はそういう事されると嫌がってたのに、珍しい」

「俺がこの体で何年過ごしたと思ってるんだよ。元の体の何倍も長いんだから、そりゃ多少の変化はあるて」

「じゃあその馬鹿の一つ覚えみたいな自己犠牲の精神も改めなさい」

「……むぐ」


タチが悪くなって、ティールは口を噤んだ。そんな彼女を見て楽しそうに口元を綻ばせながらサンドイッチを頬張るティアーシャが目につき、それの入っていた編みかごに手を突っ込むものの、その中は既に空っぽで、手は無をまさぐっていた。



「もちろん貴方の体と魂なんだから、それで何をしようと私達は受け入れるけれど。……貴方が死ねば、よりやっかいな事が待っている。例えば…………『天道』の事とかね」

「……」


ティールはそれに答えず、既にカップの内側に黒い縁を作り始めていたコーヒーを一気に飲み干した。冷えて温くなった液体が喉の奥を通って胃に落とし込まれる感触、しかし不思議とその苦みは口の中に広がることは無かった。

何気なく視線を逸らし、いつの間にか花畑の中で大きく足を広げて髪の上に別の花冠を乗せているテンシアの方に目をやった。彼女は花畑に舞い降りる何種類もの鳥達と戯れながら、花に負けないほどの笑顔を咲かせていた。


そうやって過ごしているうちに、長い夜は開けていく――。


――




「じゃあ、また式典が終わったら顔出すよ」

「うん、何時でもおいで。ここ数日、得な予定も無いから」


トコルに扉の外まで見送られ、ティールは軽く手を振りながら、ヘイゼルは深々と頭を下げ、彼女の視線を背中に感じながら店を後にした。戸に付けられた鈴の音が、街の音に同化し、流れて行った。


「ふぁ……」

「眠れなかったですか?」

「……いんや……」


ティールは欠伸を噛み殺し、目元に浮かんだ涙を手の甲で拭った。

魂に意識を落としている間、体は眠りについているが、意識は半分起きているような状態になる。体は軽く、疲れも無いのに頭だけがぼんやりと、動くのが遅いような感覚になる為、彼女は寝起きにコーヒーを二杯胃に流し込んでいたりする。

時間の針は既に昼に近付き、日も丁度空の直角九十度の角度まで登ろうとしていた。


「今日はベルモントさんと会う予定ですよね」


本当はもう少し早く工房を出る予定だったのだが、ティールの寝起きが中々悪かった故、少々時間が遅れてしまった。が、ベルモントとの約束の時間に遅れる程では無いので、そこまで気に病むことでは無いのだが。


「うん。彼女も色々と修羅場を潜ってきてそうな感じだったし、色々と面白い話を聞けそうだ」


国を跨いでまで依頼される医者という事は、余程その腕を買われているのだろう。治癒魔法が得手では無いティールは、そのコツの一つや二つくらい聞いてやろうかと内心ほくそ笑んでいた。

人の往来の激しい石門の横で二人は壁に寄りかかりながら適当に話をして時間を潰す。ジリジリと日が照り付け、いくら日照耐性がつこうとも流石に気分が悪くなった為、木陰に移動してその周りで時間が過ぎ去るのを待つ。

幸い、木陰の更に芝生を敷き詰めた場所であった為に、舗装された道の上よりも比較的涼しく、苦なく過ごす事が出来た。


「あっ、そういえば式典用の服も用意しないとな」

「式典って特別な格好しないといけないんですか?」

「そりゃまあ……、一応公的な催しだし?流石に招待客が普段着で参加したらヤバいだろ」

「服を着たままお風呂に入るようなものですか」

「?????」


だが、既に半刻程経過したであろうか。

いつまで経ってもベルモントの姿はそこへ現れることは無く、ティールがヘイゼルと話しながら人混みに注意を向けていても、彼女の姿が見える事は無かった。


「来ねえな」

「来ませんねえ」


ティールが腰に下げた懐中時計を遠目に時間を確認し、小さく溜息を着いて髪の毛を掻き上げた。

するとほぼ同時にキュルキュルと二人の腹の虫が音を上げ、しばらくの間目を合わせて硬直し、揃って吹き出した。


「軽く食べちゃうか。向こうも医者だから、急に予定が狂う事だってあるかも知れん」

「お医者さんが患者さんを捨ててまでこっちに来られても困りますしね」


ほんの数分話しただけの為、それだけで彼女の性格を決めつけるのはいかがなものかと思うが、それでも自分から言い出した約束を故意に破るような人間には到底思えない。

だとすれば彼女にどうしても手放せない用事が入ったり、ここへ来れない理由があったりするのかもしれない。


「ほら、これくらいあれば足りるだろ。好きなの買っておいで」

「え、ええ?私がですか?」


ティールは革製の財布から取り出した紙幣(入国の際に換金してもらったもの)をヘイゼルの手に握らせた。

ヘイゼルは困惑して金とティールの顔を交互に見つめていたが、やがてその意図に気が付くと「分かりました!」と元気よくその場を離れていった。

幸い近くには様々な露店が並んでいる為、迷うことはあるかもしれないが、何も買えないということは無いだろう。


「ベルモントが来た時、誰も居なくても困らせちまうからな。……それに」


一人で買い物くらい出来るようになって貰わなければ。少し厳しいかもしれないが、短期の学園での生活も合わせて彼女のコミュニケーション能力は格段に向上している。本人も特段嫌がる様子は無いし、出来る限り自分の力で生きていけるようにしてあげなければ。


――何時まで、隣に居られるか分からないのだから。


ティールは喉まで込み上げてきたその言葉をぐっと抑えつけて腹の中に押し戻した。それを口にしてしまえば、言霊となってしまいそうだったから。


そうして人の往来を特に何も考えず、ぼうっと眺めていると、その中の一人の眼鏡をかけた女性とばったりと目が合う。流石に気まずいのでたまたま目が合ったのを装うように視線をウロウロとさせていると、なんと彼女は人混みの波を抜けてこちらに寄ってくるではないか。

目を合わせただけで突っかかってくるタイプか……、と内心面倒くさそうに思いながらも、表の面では何も考えず惚けている様に装う。


「人違いだったらすみません。もしかしてティール先生でしょうか……?」

「……およよ?そうだけど……」


が、どうやら違うようだ。肯定すると、その眼鏡の女性はレンズ越しに目をキラキラと輝かせ、半ば無理矢理にティールの手を取って大縄跳びでもするかの如く大きく腕を振った。


「わ、私!先生の大ファンで……!前にも講義を取らせて頂いて……げほっ!げほっ!」

「おーおー、俺は逃げないから、ゆっくりゆっくり」

「は、はい。……私、先生の講義を取ったのをキッカケに魔法使いとしての国家試験に合格したんです!」

「え!スゲーじゃん!」


この世界の魔法文化という物は酷く衰退しており、多くの者が水や炎を出したりする初級魔法を扱えるのみでティールのように魔法を攻撃として転用したりそれを教育したり出来るものは極わずかしかいない。

その為、魔法を用いた職に着きたいのであれば魔法使いの国家資格という物が欠かせず、その難易度は指折りだろう。

無論、教師として魔法を教えているティールは国家資格を有しており、特な苦労も無く突破しているのだが、それは本人の魔力量が規格外だからであって一般の魔法使いに取ってみれば無理難題な課題ばかりを出される。

だから、この女性がティールの教え子だったとしても、それで国家資格を取れるというのはそうそう簡単な事では無いはずだ。


「あー、思い出したぞ。さては君、何度か国家試験の過去問の質問しに来てた……。確か、セツナさんだよね」

「そうですそうです!覚えて頂いて恐縮です!お陰で夢が叶います……!本当にありがとうございます!」

「いやいや……、俺の授業を取ったからってそう簡単に取れるもんじゃないよ。それは君の努力の賜物さ」


ティールは空いている方の手で彼女の頭を軽く撫でた。


「……私、そんな小さな子じゃないんですけど……」

「俺からしたら大人も子供も大して変わんないよ」


嫌がるかと思ったが、満更でも無いのか彼女は目を細めて猫のように背を丸めていた。


「国家資格を取ったなら――――――っつ、何か?」


二人で向かいあって話している中、外套を深く被って顔を見えないようにしながら近付いてくる者が一人。

石門を通って来たのだろうか、それにしては雰囲気が怪しすぎる。

外套を被ったその人物はティールとセツナのすぐ側まで近付くと、まるで電池の切れた人形のようにピタリと足を止めた。


「……なんだ、悪いけど用がないならどっかに行ってくれないか?」


「…………」


「な、何なんでしょうか……」


眼鏡の女性は不安げにティールとその外套を交互に見る。ティールも気味の悪さに思わず一歩足を引いた。

それに、匂いも酷い。まるで床を拭いた雑巾を何日も雨ざらしにして放置したような、何年も使っていない埃の積もった倉庫のような、そんな匂いが鼻を刺激する。


「あんまりしつこいと門番に突き出すぞ?俺もあんまり問題は起こしたくないんだ」


「………………」


ティールは短剣を鞘ごと魔力で浮かび上がらせ、それでさの外套の肩の部分を軽く着いた。すると、まるでそれをスイッチとしたかのようにピクリと体を震わせると、その外套から一本ゆっくりと腕が持ち上げられる。

外套の布地を掻き分けて伸びるその手は酷く荒れていて、まるで枯れた木の幹のように乾いていた。

そしてその指先はティールの胸元を狙い定めたかのようにゆっくりと進んでいく。


「っ、危ない……っ!」

「ふぇ、え、えぇ!?」


その瞬間、ティールの幾年にも及ぶ戦いの経験からなる第六感が危険を察知し、咄嗟にその伸びる腕を叩き落とした。

そしてセツナの体を抱え、一歩、二歩、更に三歩後ろに引いて距離を取る。


「な、どうしたんですか……!?」

「分からん。……ただ、俺にはあの外套の中身が人間にはとても思えねえ」


ティールが片目に魔力を注ぎ、『魔眼』を発動。これにより視界は半分遮られる事となるが、代わりに魔力の流れが目に映ることになる。

そしてその目で外套の人間を見ると、やはりどういうことか。その体には人間のような魔力の流れというものは存在せず、植物や虫のような弱々しい魔力の流れしか流れていない。


「少し下がってな。最悪目を瞑るくらいの用意をしておく必要があるかもしれん」


ティールはセツナを下ろすと再び短剣を操り、その外套を剥がすように振るった。厚い木の皮を剥がすかのようにメキメキと音を立てながら、その外套が地面に落ち、その姿が顕になる。


「……っ」

「っ、きゃ」


瞬間、辺りの視線が一斉に()()にへと向けられ、その大半が悲鳴を上げたり、ティールのように思わず息を飲んだりしていた。

その容姿は、形こそ人の形を保っているものの、朽ちた枯れ木のようにボロボロであり、その体が男の物なのか女の物なのかの判別もつかない。ただ分かるのはその男の頭頂部から一本、花のように天に向かって伸びる白い何かが伸びているということである。


「先生……、あれって……」

「分からん。……俺の目にも大した情報が映らない。ただ分かるのは、ロクなもんでは無いって事だな」


その死体は静かにこちらに向けて足を進めている。その周囲の人間は数メートル程距離を取って困惑をした様子で様子を見守っている。


「おい、敵意があるんなら言えよ。後から助けて下さいっつっても効かねえからな」


(頭のキノコみたいなのに寄生されてんのか……?昔本で見た冬虫夏草みたいなモンか。……だとすればあのキノコを叩き切ってしまえば事は済むだろう)


冬虫夏草、地中に生息する虫に寄生して成長するキノコの一種のようなもの。その類が人に寄生したものなのだろうか。

ティールは呆れたように息を吐きながら『魔眼』を切った。これ以上魔力流れを見た所で、せいぜい分かるのは頭の冬虫夏草が発している極微妙の魔力のみ。


「…………」

「何も言わないなら敵として見るからな、ん?」

「…………」


短剣を操り、幾度かその首筋に刃を当てがっているものの、その死体が何か反応する様子は無い。

何か大きな事態になる前にさっさと終わらせてしまうのが得策だろうか。


刹那。その死体の口がガコンと顎が外れんばかりの勢いで開いたかと思うと、そこから唾のような液体を吐き出したのである。思った以上に速度のあるそれはティールの体目掛けて飛来する。

だが言うまでも無く、この程度の弾速、ティールが見切れないはずも無い。幾年も戦いの経験を積んできた彼女に取ってみれば、短剣を抜いた段階で、どのような不意打ちも思考の内に置いている。

しかしその液体を避けようとした時、ティールはしまったと心の中で悪態を着いた。そう、彼女の背後にはセツナがいるのである。ティールが躱せば、この液体は彼女に当たってしまう。ティールと違い、ろくな戦闘経験も詰んでいないであろう彼女はこれを避ける事は難しいはずである。

ティールは回避する事を辞め、空いていた左手を盾にしてその攻撃を受ける。着弾したそれは手の甲に当たると、呆気なくそれは弾けて辺りへ白濁色の液体を撒きながら散っていった。


「うわっ……なんか気持ち悪」


それは高い粘性を持っており、当たった手の甲がベタベタとして気持ち悪い。幾度か宙に手を払い、ティールは再びその死体の方へ視線を向けた。


「――――っ!!先生!!手が!!」

「……?っ、」


が、背後から甲高い悲鳴が聞こえ咄嗟に左手に目を落とすと、なんということか、着弾した液体はまるで蜘蛛の巣のように左手全体に広がり、ものの数秒で手首にまで達しようとしていた。


「っち、面倒な……!」


彼女は短剣を引き寄せ、左手を軽く前に突き出すと、何の躊躇いも無く糸の貼る手首から先を切り落とした。


「きゃっ」

「……っつ」


生の手がゴロンと大衆の面前に転がり落ち、大量の出血が辺りの青々とした芝生を紅に染める。セツナの押し殺したような悲鳴と、辺りの集まっている群衆にざわめきが起こる。

流石のティールも、腕の切断程度で気を失う事は無いものの、痛いものは痛い。ぐっと唇を噛み締め、こめかみより滲み出た汗が目尻に流れ落ちる。


「この野郎、俺に菌か何かを植え付けようとしやがった。舐めやがって……」


彼女は吸血鬼特有の再生能力を用いて左手を修復していく。骨ごととなると少々時間を要するが、それでも出血が止まっているだけマシだろう。

尻目で切り落とされた左手を確認すると、それは淡く煙を立てながら根を張り切り、やがて屑となって消えてしまった。


「キノコ切り落として漢方にしてやる」


もはや敵に打つ手無し。ティールの操る短剣は舞うように宙を進み、頭部に生えているキノコのようなものを根元から切り落とした。すると死体は電源が切れたかのように前のめりに崩れ落ち、地面との衝突でバラバラに崩れて無くなってしまった。


「っ……、なんだ、呆気ない……」


あまりの手応えの無さに思わず拍子抜けしてしまった。が、周りの群衆はワッと場を沸かせており、何とも胸の内が歯痒い気分である。

ティールは頬を掻きながら、地面に転がったキノコのようなものの傍に足を運び、その場で屈んでしげしげと観察を始めた。

これが寄生していた肉体は切り離された途端、瞬く間に消滅してしまった。しかし、このキノコのようなものがまだ残っているということは、これがあの死体を操っていたとみてまず良いだろう。


(問題は、何故こんなのが普通に石門を越えて国に入れたか、だよな)


ティールは尻目で石門の方を見やると、あちらでは幾人かの警備員が国への入国を一時的に停止させてくれているようで、二人の警備員がこちらに向かって小走りで向かって来ている所であった。


「ティールさん、ですよね。我々スレニア国境警備隊の 者です。……一体何が……?」

「っと、ストップ。あんまり近寄らん方が良いぜ。変な菌に感染するかもしれん」


青を基調とした、皺も無くきっちりと丈のあった制服に身を包んだ二人が、ティールの傍に近寄って来た。が、このキノコに何かある可能性も捨てきれない為、ティールは手を伸ばして少し離れた所で静止させた。


「分からん。俺がここでこのセツナさんと話してたらいきなり襲われたんだよ。……それもこんな変なキノコを頭に拵えてな」


つま先で軽く、近くで風にたなびいていた外套を突くと、二人は眉間に皺を寄せ、なるべく近寄らないように身を乗り出して、それをしっと見詰めた。


「こんな外套を被って来たんだが……、見覚えは無い?」

「……外套を被って入国に来る者はいますが、入国の際顔の確認が出来ないため外しています。それにこんなボロボロの物を着ている奴がいれば、間違い無く覚えているとは思いますが…………。私は見覚えがありません」

「俺もです」


隣にいた警備員が頷いた。


「だとすれば始めから内部にそのような者がおり、たまたま石門の傍に現れたのかも知れません。人混みにでも紛れていたら、分からないでしょうから」

「……うむ」


であれば国内でこのような気色の悪い寄生体が生きていたと言う事なのだろうか。だとすれば、国外から入って来たと考えていた時よりも事は深刻なように思える。


「応急策として、国外からの今まで以上の立ち入り検査の強化を行いましょう。加えて、この付近での聞き込み調査も並行して行わせて頂きます」

「んえぇっと…………俺の事はもっと疑わなくていいのか?事情聴取とかさあ」


ティール的には有難いのだが、いささか部外者で、さらに国外から訪れている彼女を多少なりとも疑わないのは如何なものなのだろうか。


「まあ……そうですが。ティールさんが悪事を働いたとすればこの周りの方々が証明して下さるでしょうし、今のところそのような話は聞いていません。それに、ティールさんはわざわざ国外から招待されてお越しくださっている訳ですから、疑う事そのものが無礼という訳で……」

「……ええ……」


(というか、俺が招待された事って知らされてたんだ……。もしかしてセツナがここにやって来たのって……)


ティールが振り返ってセツナの方へ目をやろうとしたその時。

生温く、重々しい空気が、肌の上を舐め回すようにゆっくりと通り過ぎる。まるで、銃口を後頭部に押し付けられているような、そんな感覚にティールは思わず身震いした。


「…………っ。…………視線、か?」


それは何者からかの視線である。そうティールの直感が告げ、彼女は腰の短剣に静かに手を伸ばした。

まるで自分以外の時が止まったかのような感覚。警備員の二人がこちらに何か話し掛けているようだが、パクパクと人形のように口を動かすだけで、何を話しているのか全く聞き取る事が出来ない。


「…………あれぇ?『悠久』じゃないんだぁ。ざぁんねん」

「……っっ!!」


気だるげで惚けたような声が耳元で囁かれ、そっと数本の指で首筋を撫でられる。まるで体温を感じさせないその指はひんやりと首から胸元にまで及び、その間体の神経が途絶えたかのように、ティールは指先一つ動かす事すら出来なかった。


「でもぉ、『悠久』の匂いはするんだよねぇ。さては、君、『悠久』の友達ぃ?」

「……だとしたら、何だ……?」


ティールは首を動かさず胸元をまさぐるその長い爪を持つその指を、睨み付けながら吐き捨てるようにして言った。


「……あはっ、君中々に面白いねぇ。いいよぉ、少し一緒に遊ぼうっか」

「生憎、ちと忙しいんだがね……っ!!」


その手首を両手で握り締め、体をしならせて背後の声の持ち主を地面に叩き付けようとする。

が、その腕は言葉の通り『腕のみ』であり、ティールが体重を掛けて投げたそれは軽快な音を立てて地面に衝突し、枯れ木が割れるかのように粉々になって霧散していった。


「……なっ……!?」


幻覚か、はたまたそれ以外の何かなのか。

だが、これが只事ではない事くらい、ものの数秒で頭は理解した。


「お前ら、離れろ!!!…………わぶっ…………!?」


刹那、石造りの地面が激しく隆起し、ティールを含め辺りの数人が空中へとその身を投げ出される。

ティールは背中に仕舞っていた翼を広げ、大空でその勢いを殺す。そして今まさに重力に体を引かれ、地面に向かって落下しているセツナ、二人の警備員の体を掴み、不時着するような形で三人を庇いながら地面に全身を打ち付ける。


「がっ……っつ……!」

「ティ、ティールさん!?」


どうやらセツナは、何が起こったのかすら理解出来ていない様子だ。二人の警備員も同様に。


「三人とも早くこの場を離れろ!死ぬぞ!!」


痛む体に鞭を打って立ち上がり、三人を引っ張り起こしながら声を張る。騒ぎを駆け付けて寄ってきた警備員や他の一般人にその三人を任せると、ティールは短剣を引き抜き、隆起して割れた卵のような形になった地面と向かいあった。


「でもぉ、まあ、悠久の仲間なら、殺しておいて良いでしょぉ」


そして割れた地面から、虫の幼虫が孵化するが如く、頭に白色のキノコを生やした死体が数え切れない程溢れ出て、ティールの方へ流れ込んで来る。

彼女は額から垂れる血を手の甲で拭って舌で舐めとると、不敵な笑みを浮かべて口端から白い犬歯を輝かせた。


「……しばらくキノコは食べれそうにないな」











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