第13話 吸血鬼は感謝する
「う…あ…」
ティアーシャを寝室まで運んで布団をかけてやると、彼女は全身に汗をかきながらうなされている。
あの後、ティアーシャがいきなりぶっ倒れた。まぁ、いささか仕方のないことだろう。この辺りでの吸血鬼の待遇はひどすぎるのだ。それを彼女が知っているのかはわからないが少なくとも吸血鬼が人間から好印象を持たれていないことくらいは理解しているだろう。
私が彼女のことを吸血鬼だと知っているということを知って、よほどショックだったのだろうな。
「まぁ、安心しな。私はあんたを見捨てたりしない…あの時のように…」
過去に誓ったあの約束を、このティアーシャと出会った時果たせると確信した。あの時の過ちを、償うためにも…。
「あんたのようなのを、助けて守るって誓ったんだ。あいつとね」
ティアーシャの銀の。まるで宝石のように輝いているその髪の毛をそっと撫で私は部屋を後にした。
‐‐‐
「うぁっ!!??…はぁ…はぁ…なんだ…夢か…」
『目ガ覚メマシタカ?』
「んん…?あぁ…まぁな…。あれ?俺ってなんで寝てたんだ?」
しかも丁寧にベッドにまで寝かされている。
寝た直前の記憶がかなりあやふやだ。えっと…たしか…。
「…そうか…。吸血鬼だってバレたんだったけな…」
『ハイ、ソウデス。ばれテシマイマシタネ』
「はぁ…」
こんなにあっさりとバレるとは思ってもいなかったし、なによりその程度で意識を失った俺がバカらしい。
「こりゃあ、この家から追い出されること覚悟だな…」
『イエ、ソウトハ限リマセン』
「え?」
その理由を【解析者】に尋ねようとしたとき、部屋にゆっくりとナーサが足を踏み入れてきた。
「ティアーシャ…起きたかい」
「…ナーサ…」
俺は思わず身構えた。ナーサは俺のことを殺そうとしているのかもしれない。
「っ」
しかし、ナーサは俺の目に写らない速度で急接近していた。
「まずっ!?」
あわてて防御体制をとる。しかし、それをナーサは意味なきものにしてしまった。
「え…」
「私はティアーシャが吸血鬼だからといって見捨てたりしないから。安心しろ」
感じる人の暖かみ。体も、そして心も温かくなる。
俺はナーサに抱き締められていた。
「そっか…なんで気がつかなかったんだろ…」
俺は馬鹿だった。俺が吸血鬼だとわかっているのにも関わらず、大事にしてくれたナーサのことを疑ってしまった。
あの時、俺を問いただしたのだって決して俺のことを追い出そうとしていた訳じゃなかったのだ。俺のことをただ単に知ろうとして聞いただけだったのだろう。
「ごめん…ナーサ…」
前世でのあいつとは違うんだ。皆が同じように俺を捨てようとはしないんだ。
つまずいたら、信頼できる人を頼っていいんだ。例え、俺が人間ではない吸血鬼だとしても。
「ごめん…」
ナーサに抱えられた状態で俺は涙していた。元24歳のサラリーマンとしての羞恥心など微塵もなく、ただ一人の“ティアーシャ”という吸血鬼として泣いていた。
「いや、私こそすまなかったね。なんの気遣いもなく単刀直入に聞いちまって」
ナーサは嗚咽をこぼす俺の背中をぽんぼんと叩いた。
泣きつかれたからだろうか。今さっきまで寝ていたというのに俺は再び夢の世界へと堕ちていった…。
『お前のせいで!お前のせいで!』
『ちょっとあなた!やめてって!』
『うるさい!こいつがいるから…俺は不幸な目に合うんだ!』
『…やめて…お、お父さん…』
『黙れ黙れ黙れぇぇ!お前らを養っている俺に、指図するなぁぁぁっ!!』
「…」
気がついたら温もりの残る布団の中で目を覚ましていた。
体も性別も、生きる世界も変わったというのに。またこの夢を見てしまう。
思い出したくはない思い出。けれど皮肉なことに記憶には深く、深く刻み込まれている。
俺は間違ったことはしなかった。間違っていなかった、だから今まで“俺たち”は生きていたんだ。
そうだ…間違ってなんか…
「ティアーシャ?大丈夫か?」
「間違ってなんか…んん?え?あ、大丈夫…」
「さっきからうなされてたけど…?」
そう言って俺の顔を除き込んできたナーサの旦那、ルント。そしてその隣に待機しているナーサ。
どうやら口に出してたみたいだな。失態失態。
「ルントにはもう話してある。もちろん、こいつもティアーシャのことを受け入れたよ」
「最初から不思議な子だとは思ってたけど…まさか吸血鬼だとはね。改めてよろしく」
「…」
エプロン姿のルントがゆっくりと手を差し伸べてきた。しかし、その手はどこか震えているように見える。
「本心?」
「えっ?」
「本当は…嫌なんじゃないのか?」
「…」
彼は俺の言葉を聞いてしばらくうつむいた。
「…まあ、本当は少し怖い。けど、悪いやつにあんな美味い飯は作れないよ」
「なるほど、料理人的解釈か…」
「なんか毒がないか?」
こちらも、大丈夫だ。俺のことを受け入れてくれた。本当は内心は怖いのだろう。けれど、そんな恐怖対象である俺に対して打ち解けようとしている。
やはりいいやつだったみたいだな。
「それとティアーシャ、私達以外にこのことは言うなよ?」
「…それは分かってる。吸血鬼だとバレたら命が危ういし、そんな吸血鬼をかくまったナーサ達も危険だから」
「別に私達のことは気にしなくていいよ。あんたは自分自身のことを大切にすればいいんだから」
ナーサは俺の頭を撫でてきた。前世の俺だったら当たり前のように振り払っていただろうが今は不思議と嫌な気持ちにならなかった。
「…あんたがあの時、どうしてあの渓谷にいたのかは知らない。別に知ろうとは思わない。…だけどね、あんたを見つけて思ったんだ。この子を助けないといけないって。あの時の約束を守るために…」
「…やく…そく?」
それがどんな約束で、誰とのものなのか。俺は知らなかったが、彼女が心の中でずっと大切にしてきたことはなんとなくだがわかった。
「そう、約束。言ってなかったっけね。私は昔冒険者だったんだよ」
「…初耳」
なるほど、だからそんなに化け物じみたステータスをしているわけか。納得納得。
「その時、同じパーティーにいた攻撃主とはね、互いにその腕を競い合うライバルみたいな存在だったんだ。しかも、私の親友でもあったのさ」
「…ライバル…か」
少なくとも、人と接することを可能な限り避けていた俺にとってはそういう存在はいなかったと思う。
「私は前衛で敵の攻撃を捌きながら戦う重戦士だったからね。まあ戦い方の違いもあったんだろうけど、そいつには全く刃がたたなかったのさ」
ナーサは軽く鼻で笑うと、そっと微笑んで俺のことを見た。
「“そいつ”の名前は“ティアーシャ”。吸血鬼だったのさ」
「なるほど…?」
どうりで俺の名前をろくに考えもせずつけたわけだ。
「…しかし…吸血鬼が冒険者など…できるのか?」
「そう、私もそう思っていた。あいつは日の下を堂々と歩くし…っつってもずっと炎天下の中にいると顔色悪くしてたけどね。まあその程度だった」
『ソレハ恐ラク【光耐性】ガ相当高イ域ニ達シテイタノデショウ。マア並ノ者ニハ到底不可能デスガ』
――いやはや、まさかナーサ以上の化け物が存在したとはな。
「けど…、まあ吸血鬼としての本能…。なんつったかな…えっと…」
『【吸血衝動】デスネ』
「…吸血衝動?」
『オイ』
【解析者】の言葉を奪ったら、嫌に人間味のある声でキレられた。
「そう、それだ。モンスターを倒してる時に我慢できずに…な?ついついその…血を飲んじまったんだよ」
「…」
――『吸血衝動』って俺にもあんの?
『…』
――【解析者】ぁ?
『…』
――すみませんでした。
『【吸血衝動】ハ吸血鬼デアレバ誰モガ持ッテイマス。アナタモ例外デハアリマセン。マア、耐性ヤすきるナドヲ強化スレバ抑エラレマスガ、完璧デハアリマセン』
――お、おう…。
【解析者】はキレさせるとかなり面倒くさいようだ。覚えておこう。
「で、ついに私達に吸血鬼だということがバレちまったわけだ。まぁそいつが私達に何か害あることをしたことはほとんどなかったからな。すぐ突っ走って大量のモンスターを連れてくることはよくあったけど。なんか可愛げがあるだろ?」
「…そこは聞くな」
「で、私達はそいつを受け入れたんだよ。人種が違っても関係ない。私達はこれからもずっと同じ一つのパーティーだっ、ってね」
しかし、その後ナーサはふぅ…と深くため息をついた。
「あの馬鹿弓兵がねそのことを外部に漏らしちまったんだよ。金でね」
「…金で…」
「そんでもって、あいつはそこら中の冒険者や騎士から追われる身になった。なにせ、生け捕りにしたら金貨300枚だって。そんな美味しい獲物を逃すはずもなくしつこく皆、追ってきた。私達は弓兵をボコった後、しばらく隠れて過ごしたよ。けれど金に飢えた冒険者達はそこをすぐに見つけた。そいつらを殺したりしたら余計厄介なことになりかねないからね。致命傷にならない程度にして戦った。…戦ったけどね…」
ナーサは苦虫を噛み締めるような表情を浮かべた。
「ついには教会までもが吸血鬼討伐に乗り出してね。まぁ知ってると思うけど吸血鬼ってのは教会沙汰に弱いだろ?」
「…十字架とか…そういうことか」
「あぁ…、そんでもってあいつは捕まっちまってね。数日後、処刑された。で、処刑される直前あいつに言われたんだよ。『吸血鬼として生まれたやつを助けてやれ。生きているだけで罪になる吸血鬼を』ってね。けれど…私はそんなあいつを救ってやれなかった…」
ナーサは己の拳を力強く握り締めた。
「それで救われたのが…自分…」
「そう、“昔”のティアーシャが死んで皆、冒険者を辞めて適当に稼げる職に就いたんだ。私は元冒険者の力を生かしてこの職に就いたのさ。そしたら数年して本当に吸血鬼が現れたのさ。そしてそいつを過去の私のライバルであり友達でもあった“ティアーシャ”の名前をつけたのさ。いや、まあ驚いたよ。実際にティアーシャの生まれ変わりなんじゃないかと思ったからな」
「…吸血鬼の友達…か」
残念、あいにく俺は24歳サラリーマンの生まれ変わりなんだ。悪いな。
『ソノてぃあーしゃガ亡クナッタノハ悲シイコトデスガ、ソレニ至ルマデノ友情関係ハ素晴ラシイモノデス。同ジ名ヲ持ツ“吸血鬼”トシテソノ意思ハ受ケ継イデクダサイ』
――おう。
「…ナーサ…ルント」
「ん?」
「…これからも…よろしく。“俺”として出来る限りのことはやっていくよ…」
「そうかい、ならやってもらうことは沢山あるね。な、あんた」
「そうそう、また美味い料理。教えてくれよな」
改めて実感した。
車に引かれて命を落とした元24歳サラリーマンの生まれ変わりであり、ナーサの古き友である者の名を受け継いだ俺、『ティアーシャ』の居場所はここなんだと。
それから俺はナーサ達に、本当の子供のように育てられた。吸血鬼ではなく、一人の人間として。日中の日が出ている内は休み、日が沈んでからルントの店やナーサの採掘してきた鉱石の洗浄作業を手伝ったりしながら毎日を送っていた。
‐‐‐
俺がこの世界に転生して早三年が経過した。ナーサとルントはほんの少しだけ小じわが増えた程度で大した変化も無く元気だった。
俺は身長がほんの一、二センチ伸びた程度だった。成長が遅いというのはやはり吸血鬼だからであろうか。
「おーい…ティアーシャ?これ、三番席まで運んでくれ」
「っ…、ちょっとボーっとしてた…。三年前のことを思い出してた…」
純白のコックの格好に身を包み、片手にハンバーグのような物が盛られた皿を持ったルントに肩をつつかれて、我に返る。
「三年前…、もうそんなになるのか。ティアーシャがうちにやって来てから」
ルントは懐かしいな、と頬杖をついて俺のことを見た。
「今ではすっかりとうちの店の看板娘だからなぁ~」
彼はデレ~っとした顔で俺の頬をちょんちょんとつついてきた。まあ、普段余計なことを口にするとナーサにボコされているルントのことだ。このくらい許してやろう。
「…三番席だったか?」
「そうだよ、じゃ頼むわ」
と、ルントは踵を返して厨房に戻っていった。
ちなみにさっきルントが言ったように俺はこの店の看板娘となっていた。なにやら、『幼女なのに気品が高くて、カワイイ』とのこと。こういうことを言われることに慣れてしまっている俺を三年前の俺が見たらどう反応するだろうか。
それと、ルントには俺の知っている料理のほとんどを教え込んだ。この人気料理であるハンバーグもどきもそうだ。おでんは寒くなる時期に人気が出たりする。
俺はハンバーグもどきを手にとって、歩き出す。
「…ハンバーグ、お待ちどう様です」
指定された三番席の前まで歩みより防具を身に付けている冒険者であろう者の前にことりとそれを置く。
「おぉ!いい臭いだ!うまそぉ!!」
「だろ!?こんなにいい店はめったに無いからな!」
二人組の冒険者は歓喜の声を上げる。見たところ、上位層の冒険者でも無いみたいだしな。稼ぎの少ない彼らはこれを半分っこして食べるのだろう。
「…ごゆっくりどうぞ」
そんな二人を数秒間見届けてから、俺は厨房の方へと歩きだした。
これが今や日常になっている。俺を目当てにやって来る輩もいるようで、冒険者はもちろんのこと一般の村人もやってくるようになったし、ナーサの手伝いをして作業効率が上昇したため少しだけお金に余裕ができ始めた。
そのお金でナーサ達は俺のための服や靴などを時々買ってきてくれる。俺は遠慮しているのだけどな…。
そんなこんなで、自分が吸血鬼だということを忘れてしまうほど俺は幸せな日々を送っていた。
その幸せを受け継ぐようにしてこの店の客達は美味しそうに料理を食べて、酒を飲んで、笑って、喋っている。
メニューを提案したりした俺としては嬉しい限りである。
「ふぅ…、寝起きだからか…?」
そんな風に働き過ぎたためか、最近体の調子が悪い。たまに頭がクラッと来たりする程度だが今日は一段と悪かった。
「ルントに言って…ちょっと休ませてもらうか…」
全身が熱かった。少し手先が震え、冷や汗のようなものが吹き出る。辛いと思った時には休む、俺がサラリーマンの時に学んだ働き方だ。
「あ…やば…」
しかし、ルントのいる厨房につく前に世界が回転した。頭の中から血液が抜けていくような、そんな感覚。
――ドサッ…
そんな音を最後に耳にし、俺は意識を手離した。
‐‐‐
「おい!ルントの旦那ぁ!ティアーシャちゃん倒れちまったぞ!?」
ティアーシャが倒れたことに目を見開き、彼女の周囲を囲っている客の一人が喉を張り上げた。
「ティアーシャが!?」
するとこの店の店主、ルントが厨房を飛び出し電光石火の速さでティアーシャのもとに客を掻き分けながら駆け寄る。
「おい!ティアーシャ!大丈夫か!?」
「う…ぅ…」
「最近働きすぎだったんだよ…、休むっつっても聞かなかったし…」
ルントが言ったことは事実だった。彼女は毎日休むことなく働いていた。彼らが休め、と言ったときには、『ルント達が働いているのに一人で休むわけにはいかない。…ってかルント達こそ休まないのか?』と言っていた。
「ひでぇ熱だ…、おい!シュイ!しばらく厨房は任せたぞ!!」
「え、あ、はぃ!」
厨房から顔を覗かせていたルントの弟子であるシュイは頼りない返事をした。
「おいティアーシャ!しっかりしろぉぉっ!」
ルントはティアーシャのことをお姫様抱っこし、店を出て家へと向かった。
夜の街明かりが、風に揺られる彼女の銀髪を照らしていた。




