外伝2-1 出会い、そして再会
案外日が過ぎるというのは早いものであり、ティールとヘイゼルがスレニア王国に招待されてから既に一週間と数日が経過していた。
即位式まではまだ数日あるが、それまでの準備とその他諸々の為に少し早く国に向かう事にしたのである。
「馬車に一日乗っているっていうのも、中々大変なものですね」
「……オマケに俺は馬車にいい思い出が無いしな」
別の手段で国に向かう事も出来たが、馬車で向かうのが一番自然だろうと言うことで、貸し切って二人で乗る事にした。
流石に丸一日も他の誰かと同じ空間にいるというのは、気疲れで疲弊してしまいそうだ。
「そういえば、即位式の前に行きたい所があるって言ってましたけど……どこに行くんですか?」
「んん?ああ、昔の友人の店にね。ヘイゼルに武器を作って貰おうと思ってさ」
「……わ、私にですか?」
そう、とティールが首を縦に振ると、ヘイゼルは一瞬きょとんとした顔をみせたが、直ぐに申し訳無さそうに首を左右に振った。
「そ、そんな悪いですよ。……私は家の倉庫の武器で十分ですから……」
無論、ティールの家の武器の質が悪いかと言う訳では無い。どれもティールによってキチンと手入れされているし、定期的なメンテナンスも行われている。しかし、それらはあくまで普及品や、ナーサが集めていた物であり、やはりオーダーメイドで作った武器よりも体に馴染みにくいというのがある。その方が体や形にあった武器を作れるし、まだ武器を手に取って長く無いヘイゼルに体に合わぬ武器を使わせても、変な癖が付きかねない。
だがオーダーメイドの武器を作るとなると、言うまでもなくコストは跳ね上がる。持ち手を合わせたり、体格に合わせて長さを調整したりとその分の手間が生じるからである。
ヘイゼルは、ただでさえ居候させて貰っている身だというのにそこまでして貰う訳にはいかないと、必死に断っていた。
「俺のこの短剣も少し刃がぐらついて来たから直してもらおうと思ってて、ついでにだよ。遠慮しなくていいから」
「は、はあ……」
「ちなみに、この短剣を作ったのもそいつな」
「えっ……、その空中で操れる短剣をですか!?」
ヘイゼルは身を乗り出して、その短剣を凝視した。
先程まで腰の引けた様子だった彼女がいきなり積極的になるものだから、ティールは馬車の揺れもあってひっくり返った。
「お、おう。……びっくりしたぁ」
「あ、すみません……。ずっとどんな仕組みなのか気になってたものですから」
ヘイゼルはこの世の事についてかなり疎い。しかし、流石の彼女でも剣は持って使う物だとは知っている。
ティールは魔力を込めて浮かせていると言っていたが、ヘイゼルが試しに魔力を注いでも短剣はピクリともしなかった。
「俺もメカニズムは詳しく知らないから会った時に聞いてみるといい。……スレニアに着いたらそいつに会って、即位式の準備をして……。結構ドタバタだな、忙しいぞ」
「即位式って具体的にどんな事するんですかね?」
「うーん、その辺俺も疎いから何ともいえないな。……んまあ色んなお偉いさんが来るだろうから礼儀には気をつけるんだぞ。……俺も気をつけねぇと……」
ティールが目を逸らし、苦笑いを浮かべた。
これまで街の住人との長い付き合いで黙認されて来たが、『俺は~』などと軽い口調で話してしまえば、招待されている立場の高い人達に反感を買う可能性がある。
ある程度意識して立ち振る舞わなければ。
「おれ…………わ、私はティアーシャ。ティールと呼んでくれ…………下さい…………。かあ~っ!締まらねぇ」
予行演習として真面目な顔をしてヘイゼルに向かって丁寧な口調で自己紹介を試みる。が、聞いている内に恥ずかしくなり顔を手で覆い、ヘイゼルもそんなティールの様子を見てケラケラと笑っていた。
――
そして時間は流れ、馬の足が静かに止まる。
「ほら、着いたぞ」
御者の男が客車の小窓から顔を覗かせ、二人の様子を確認する。
「あぁああぁああ………………」
「こ、腰が……」
しかし、案の定二人はグロッキーであり、客車のドアが開くやいなや転がり落ちるように外に出て新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んでいた。
途中寝たり、食事を取るのに馬車を止めてもらったりしたが、それでも丸一日乗っていたのだ。体への負担は計り知れない。
「二人ともいい根性してるじゃねえか」
「それを言うならずっと馬を操ってるあんたもだろ……。ほい、運賃」
馬車の荷台に寄りかかりながら御者の男は蓄えた髭を撫で、葉巻から煙を立てながら差し出された金を一枚一枚丁寧に数えていく。
「うん、丁度だな」
「……不服そうだね?」
「そりゃそうよ、俺だって丸一日乗ってた訳だからなあ。疲れたなあ」
「……労働者はそうでなくちゃあ」
ティールが悪戯な笑みを浮かべながらコインを指で弾いて男に渡す。
男もそれを片手で受け取ると受け取った反対の手を軽く上げ、何も言わずに馬車の御者席に飛び乗った。
「……さ、行こうか」
「あれが、チップ?というやつですか?」
「そ。流石に丸一日働かせておいて、はいさようなら!じゃ働きがいってんが無いだろ」
とは言え多くも少なくも無い額だが。
事故も無く、大きな遅延も無く、安全にスレニアに着かせてもらった分は労わなければ。
二人は軽く手を振りながら馬を操り去っていく御者の後ろ姿を見送ると、踵を返し目の前にそびえ立つ巨大な石造りの門を見上げた。
「何と言うか……壮大ですね」
「ああ……。門だけでも格の違いっていうのがよく分かるよ全く」
スレニア王国は都市部と郊外に分けられており、ここは郊外の入口の門である。この門の元で、外国人は入念な入国審査を経て国内に足を踏み入れる事が出来るようになっている。二人は招待客である為、他の入国者よりは気軽に門を潜る事ができそうだが。
国の外周は気の遠くなる程の距離を石の壁で囲われており、その高さも相まって容易に侵入が出来ないようにされている。
ふと辺りを見回せば、自分達の他にもチラホラと石門を通って入国を行おうとしている者達の姿が見える。巨大な荷物を荷車に乗せて引く者、馬車に乗る者、家族を連れてゆっくりとした足取りで向かう旅行者など、その容姿も目的も様々である。
「さ、俺達も行こうか」
「はい!」
ティールが歩き出したのを見て、ヘイゼルもその傍を離れずに歩いて行く。
門に向かうまでは数える程だった人も、石門の元まで来ると長蛇の列を形成し始める。多くの人が律儀に列を守っているが、中には体を押したり、身を捻りこませるようにして列に割り込む者もいる。
ティールはヘイゼルを体の傍に引き寄せ、離れ離れにならないように細心の注意を払った。
「す、凄い人ですね……」
「入国審査ともなりゃこうなるさ。……なんてったって何処の馬の骨かも分からないような奴を国に入れるの何て危なっかしくてありゃしないものな」
そう言いながら、ティールは自分の村のセキュリティの甘さを思い顔を顰めた。無論小さな村の為、そこまで厳重な警備は必要無いのだが、プルに侵入されたような事もあるし、警備や警戒を少しは強めた方が良いのかもしれない。
「ティールさん、進めますよ」
「んん、ああ」
そうやって物思いに耽っていると、少しずつ列が進み始めていた。彼女はヘイゼルに引かれるようにして、じわりじわりと前に進んで行く。
着替えや、かさ張る物の入った大きな荷物は予めホテルに送っている為、これだけの人がいる中でも比較的楽に並ぶ事が出来ている。周りの苦しそうな顔をしている面々を見るに、事前に荷物を運んでおいてもらって正解だったようだ。
「っ、ティールさん」
「ん?」
不意に袖を引かれ、ヘイゼルが必死に背伸びをして何かを言おうとしていので、ティールは少し腰を下げて彼女に耳打ちを受ける。
「……前の人、なんか動きが怪しくないですか?」
「……んんぅ?」
ヘイゼルが小さく指差す方向をティールが目を細めて見ると、列の数人先で何やらコソコソと辺りを見回しながら近くを歩く者の手荷物に手を伸ばす男がいた。
見た目こそ普通の旅行者ではあるが、手際から見て手馴れの可能性が高い。ティールは剣の鞘の着いているベルトを腰から外し、左手で履いているショートパンツを抑えながら短剣を静かに空中に浮遊させた。
「まさか、切るんですか……!?」
「馬鹿言え。そんな事したら俺はわざわざ招待を受けながら入国審査前に人を殺した愉快な殺人犯だよ」
それに気がついたヘイゼルが驚いた様子で顔を覗き込ませてきたが、ティールは視線を動かすこと無く人混みと人混みの間を塗って剣を操る。
無論、剣は鞘に納められているため、余程の事が無い限りその刃が人の視界に晒される事は無いだろう。
「俺が狙うのはスる瞬間。そこが一番警戒が薄れるし、指先に集中力が増すだろうからな」
とはいえこの人混みの中、人に当たらぬようにしてミリ単位で剣を操り、その機会を伺うというのは中々骨の折れる作業である。ただでさえ長時間の移動で疲れているというのに、これ程神経を張り巡らせる作業を要求されるとは。
ティールは内心唇を噛んで深々と溜息を着いた。
「っ、今っ」
そして遂にその時は来る。男の手がその傍にいる女の手荷物に伸びる。ティールがその瞬間指先を曲げ捻るように力を入れると、短剣がそれに呼応し、男の脇腹に鋭い一撃を叩き込む。
もちろん刃を出しての攻撃では無いから致命傷にはならないだろう。しかし、全くの意識外からの攻撃をもろに喰らえば流石の大の男と言えどその身は大きくたじろぎ、苦悶の声が口から漏れる。
そうなってしまえば、自分の鞄へ伸びていた男の手に気付かぬほど女は鈍化ではなく、男の腕を振り払い自分の身から押し退ける。
男が逆行して攻撃を行うものなら、とティールは再び短剣の操作に意識を集中させようとしたが、男が慌てふためいてこちらへ逃げてくるのを見て彼女はほっと肩の力を抜いた。
「……追わないんですか?」
「別に俺は警察じゃないしな。これから入国だってのにここでいざこざは起こしたくは無い」
紐が一本切れた操り人形のように、ドタバタと手足を振りながら逃げて行く男を尻目にティールは肩を竦めた。
「だからと言って盗みを傍観してるだけってのは頂けないんでね」
ティールは操っていた短剣を自分の元へと戻し、再びベルトを腰に巻き付けた。
「にしても良く盗みに気づいたな、観察眼は俺を越したんじゃねーの?」
「……いえ、ただ他の国に来る人はどんなものかと眺めていただけで……」
ティールがヘイゼルの頭を掻きむしるように乱暴に撫でると、彼女はむず痒そうに目を細めた。
「んで?何か気付いたことはあるのか?」
「……そうですね。商売を目的としてこの国を訪れている人は基本的にマナーが良いように思えます。やはり仕事に影響が出るからでしょうか」
「んまああんまり騒ぎを起こすと入国は出来てもろくに国を歩く事すら出来なくなることもあるしな。ほら、ああやって…………」
そう言ってティールが視線を横に向けた瞬間、何かが足元でちらりと光り、彼女は自然と口を止めた。
「……ティールさん?」
「……こいつあ……」
彼女が屈み、それを手に取るのを見てヘイゼルは不思議そうな顔付きで膝に手を着いて小さく腰を提げ覗き込んだ。
ティールが訝しげな目で見つめる先にあるのは、一枚の書類のような紙。地面から取り上げて見てみると、そこには名前や住居地、職業や来国目的などが記されており、一目でそれが入国許可証だということが分かった。
あまりジロジロと人の入国許可証を見るのもどうかと思ったが、この際仕方の無いものだろう。
「……ベル、モント。ベルモントって奴のものか。……それにこれは……」
「あっ、この人って……!」
添付されてある写真を見てティールとヘイゼルは同時に息を飲んだ。そしてそれが誰であるか、人目で理解した。
「さっきの泥棒に狙われてた……」
「ああ……。きっと服のどっかにでも引っかかって落ちたんだろ」
写真に映る女は、艶のある黒髪を眉辺りで切り揃え、子供かと見間違う程小さな顔に着いている双眸はパッチリと大きく見開いており、髪は後ろで結んで流しているようであった。
見た目は十歳にも満たない子の様にも見えるが、生年月日を見てティールは思わず己の目を疑った。そもそも生年月日という概念自体この世界では曖昧なものであり、大体の年齢を確認するようなものなのだが、それにしても見た目と年齢がかけ離れている。
まあ、ティールも大概人の事を言える立場では無いのだが。
「もう見失っちゃいましたね」
ヘイゼルが背伸びをして先程まで数人程前にいたベルモントを探そうとするが、既に多くの人が入り交じり、その姿は見えなくなってしまっていた。
「……仕方ない。審査の場所で手渡すとしよう。どうせ書類が無くて入れないんだからそこに居るだろうし」
「……ですね」
ベルモントには悪いが、しばしそこで待っていてくれとしか言い様がないのである。下手に列を抜かせば、また一から並び直しという羽目にもなりかねない。
「はぁ……。せっかく招待するなら審査の優先権でも付けといてくれよな……」
入国許可前からこんな面倒事に巻き込まれるとは、まあ最初に手を出したのは彼女自身なのだが、この先が思いやられるものである。
ティールは手に握る他人の許可証に視線を落とし、深々とため息をついたのであった。
――
「ほら、いただろ?」
「いましたね……」
ティールは肘で軽くヘイゼルを小突いた。
二人の前にいるのは、手に持っている入国許可証に添付されている写真と同じ顔の持主。許可証が無く入国出来ず、絶望した顔でトボトボと帰ろうとしている所であった。
「ベルモントさんかい?」
彼女が己の隣を過ぎ去ろうとしたタイミングでティールは彼女の腕を掴み、その体を引き止めた。
「……何だい?今ボクは虫の居所が悪いんだ」
その言葉の通りベルモントは苛立ちを隠せない様子で、ティールの顔を一瞥するも直ぐに視線を逸らして腕を振り払おうとする。
「……ん?待って、君は何でボクの名前を知っているんだい?」
「気がついたか?……ほら、これが必要だろ?」
ティールが彼女にその紙を手渡すと、一瞬首を傾げるもそれが自分の探している入国許可だと分かった途端、血相を変えてそれに視線を落とし流し読んでいく。
「……これ、ボクのだ。さっき盗られて……?もしかして、拾ってくれたのかい?」
ワナワナと手を震わせながら見上げてくる彼女を見て、ティールは小さく鼻を鳴らした。
「おや、もしかしたら俺達が盗んだかも知れないぜ?疑わなくていいのか?」
「いや、わざわざ盗んで届けに来るほど彼も馬鹿じゃないだろう。それにあの盗人は男だ。キミみたいに真っ白な髪の女の子だったら顔を見ていなくても分かるよ」
「そっか」
「こんな見た目だけどボクだってそこそこ生きてるんだ。年齢だって……………………、あ、ボクの名前を知ってるって事は年齢も見てるんだよね」
ベルモントが苦笑を浮かべ少し俯いて小さく息を吐くと、再び顔を上げた時にはその顔は真剣な面構えに変化していた。
「知っているかもしれないけど改めて自己紹介を。ボクはベルモント。フラフラと色んな国を旅しながら医者をしててね。今回もちょこっと呼ばれたんだ」
「俺はティアーシャ、ティールって呼んでくれ。外れの街で学園の教授をやってる。宜しく」
「ヘイゼルです」
差し出された小さな手をティールが握る。そしてその横にいるヘイゼルにもその手は向けられ、彼女は優しくその手を握った。
「二人とも宜しく。……これも何かの縁だし、国の中に入ったら食事でもどうかな?書類を拾ってくれたお礼って事で」
「別に拾っただけだから、気にしなくてもいいぞ?」
「そうでもしないと気が済まないんだよ。少なくとも寝付きが悪くなる。……医者が寝不足の顔で患者に顔を出してみなよ、ヤブかと思われるじゃないか」
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな。ただ今日は中にいる友達と会う予定でね。明日でもいいか?」
その友達とも既に約束を済ませてしまっている上に、ヘイゼルにも武器を作って貰おうと言ってしまった。
明日であれば元より国の観光に一日を費やそうと考えていた為、そのついでに食事を共にするくらいであれば問題無いだろう。
「構わないよ。じゃあ昼時になったらこの門の前に集合って事でいいかな?」
「ああ、それで」
「了解。……じゃ、明日また会おう!」
そう言ってベルモントは軽く手を振りながら審査官の元へと走って行った。少し遠くから眺めていると、数分何やら話している様子ではあったが、入国許可が降りたようでそのまま石門を通って人混みの中に消えていった。
「……なんか、距離が近いようで近くもない。不思議な人ですね」
「……うん。ざっと経歴を流し見たけど別に変わった物でも無かったし……。悪いヤツじゃないと思うけど」
あくまで勘に過ぎないのだが。
そうやって二人で談笑に耽っている内に列は進んで行き、二人は無事何事も無く審査を終え、入国する事が出来た。
無事と言っても、ヘイゼルが審査中にあがってしまい、パクパクと餌をねだる金魚のようになってしまっていたので、頼み込んで一緒に審査を受ける事にした。
「……うう、恥ずかしい……」
「まあ初対面の人と話すのはまだ慣れてないだろうから。しゃーないさ」
ティールは頭の上で腕を組みながら、あっけらかんとした表情で進んで行く。その少し後ろを少し涙目になり腰を曲げながらトボトボとついて行くヘイゼル。
「ほら、顔上げて見てみろよ。街中すげー装飾だ」
そう言われてヘイゼルが顔を上げると、そこには色鮮やかな華があちこちに飾られた街並みが広がっており、家と家の間に架かる旗の数々や、風船など、元いた街では見られなかったような豪華な装飾が視界いっぱいに広がっていた。
「……わあ」
ヘイゼルはその光景を見て、思わず感嘆の声を漏らした。
「前に仕事で来た時はこんな装飾無かったからな。即位式が近いからなのかな」
ティールに連れられ、しばらく街中を歩き回る。ティール達が元住んでいた街は殆どの建物が木造の平屋であったのに対し、スレニアは石煉瓦を積み上げて作った二、三階建ての建物がずらりと均等に並んでいる。
地面も石のタイルで埋め尽くされており、その脇には所々に魔力石で夜になると自動的に火の灯る街灯が配置されていた。
「国が違うと、こんなに変わるんですね」
「俺らの街は質素な方だけどな。スレニアは街並みの美しさを売りにしていて、それを見に来るだけの為に訪れる観光客もいるくらいだ」
ティールの生前いた世界である地球にも探せば似たような街並みは存在するのだろうが、ここまで人々の活気が溢れ、あちらこちらから元気の良い声が聞こえる街というのはそうそう無いのではないだろうか。
「確かここら辺のはず…………。あ、ここだここだ」
ティールが人を塗って辺りを見回し、何かを指さしてヘイゼルの方に顔を向ける。
ヘイゼルがその指先の方へ視線を向けると、そこには一件の寂れた小さな店があった。
周りの建物が石造りであるのに対して、その店は木造であり、その材質の違いから嫌に目に付く上に異様な雰囲気を放っていた。
正面には幾つかガラスが取り付けられているが、その奥は真っ暗で中の様子が見えることは無い。
どの街中であったとしても、何の店か気になりはするものの、その外観から決して入ろうとは思わないような店構えである。
「……ここは?」
「ここが俺の旧友の店。言ってたヤツ」
「え、ええーー!ここですか!?」
「……そんなに驚く?」
ティールが目を細めると、ヘイゼルは慌てて首を振りながら否定した。
「いえいえ!ティールさんの知り合いですから、もっとこう………………凄いお店なのかと」
「見た目はボロいけど、それは観光客避けだよ。あんまり多くの客に入られても困るからな」
「……そうなんですか……」
国の入り口の近くということもあり、この付近の店はどれも観光客相手に商売をする店も多い。無論、そうすればある程度売る商品の内容に関係無く利益を出す事が出来るだろう。
だが、大量に物を作るとなると言わずもがなその品質は落ちるものである。勿論、客が悪い訳でも店が悪いわけでも無い。だが、商品の質を落としたくないと考えるその旧友は敢えて店の外見を古くし、その店を知っている者しか店に訪れないような場所にしたのだという。
「へえ……。お客さんを減らす……」
「ま、論より証拠だ。中に入ろう」
ティールが錆び付いたドアノブを回すと、木の軋みの音と共に数個の鈴の音が耳を通り抜ける。ヘイゼルもその後に続き、店の中へ足を踏み入れる。
「っ、これは……」
黒色の双眸が店内をぐるりと見回す。そこは店の寂れた店の外観とは打って変わって小綺麗であり、美しく磨かれた石畳の床は埃一つ無いかのように光沢を放っており、天井にはティールの街では到底見た事も無いような最新式の照明が吊り下げられていて、その白色の明るさは思わず目を背けたくなる程であった。
部屋中に配置されている機材や工具は粗雑に置かれているものの、錆や汚れは無く、丁寧に整備されている事が見て分かった。
「お、ティール。来たね」
そうやってジロジロの店の内部を観察していると、どこからか少し舌っ足らずな少女のような声が聞こえ、思わずヘイゼルは身を震わせた。
「……久しぶり」
ティールの赤い眼が向く方向に目をやると、煤汚れた革製のエプロンを身にまとい、頭部に耐火性のゴーグルを取り付けたティールの腰程の身長の少女が扉を開けてやって来ていた。
彼女の灰色の髪の毛には所々に純白の髪の毛が混じっており、その大きな瞳は仄かな紅色を含んでいた。
特徴的なのはその耳で、普通の人間の耳よりも横に長く先端が尖っており、音を耳で受け止める度にピクリピクリと小さく動いていた。
「久しぶり。二十年ぶりくらいかな?」
ティールは少し言葉を詰まらせ、続けた。
「…………っ、……また色々買い込んだんじゃねーの?トコル」
ヘイゼルには、その紅玉のような瞳が細かに震え、滲んでいるように見えた。