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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
外伝第1章 悠久の時を生きる者
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外伝13 吸血鬼であるが故


――

廊下を進むと、その壁には以前無かった巨大な横穴が生まれていた。大きさ的に蛇化したソウカが開けた穴だろうか。

と、思った矢先暗闇で見えにくくなっていた穴の脇に、一つの人影が。


「……な」


慌てて駆け寄るとそれは髪を真っ白に染め上げ、全身傷だらけで血に塗れた満身創痍のソウカの姿であった。

思わずティールは息を飲み、彼女の胸元に耳を当てる。すると小さくだが、鼓動の音が聞こえティールはほっと胸を撫で下ろした。


「吸血……強化か……」


彼女の髪は真っ白に染まっており、それは彼女が吸血強化を行い、体の中の吸血鬼の力を引き出したことを意味する。

にも関わらず全身の傷は癒えておらず、それは彼女の消耗の激しさを表している。一体どれだけの傷を負えば、これだけの傷が残るというのか。


「……ティ、ァ……」

「っ、ソウカ?」


一瞬己の名を彼女が口にしティールは目を見開いたが、ソウカが意識を取り戻した様子は無い。うわ言のようなものだろうか。

ティールは再び彼女の体に目を落とし、その傷をチェックしていく。しかし幸いな事に、致命傷になり得るような傷は無い。これであれば、体力が戻りさえすれば自然に治癒されるだろう。


「あの野郎……タダじゃ置かねぇ」


指の欠けた手で、ヴィオラの短剣を握り締めた。

今のこの体で何処までやれるかは定かでは無いが、例え刺し違えてでもその息を止めてやる。

ティールは唇を噛み締め、横たわるソウカの頭をそっと撫で立ち上がった。

体の向きを変え、チラチラと炎の明かりが煌めく店の裏庭へ躍り出る。


「……っ、エルティナ!?」


地面を青く染めていた芝は、火によって大半が黒く焦げ、今も尚所々で小さな炎の塊となって燃えていた。

そしてその中心で、一定の距離を保ちつつオースティンの放つ攻撃を手に持つ錫杖で弾き飛ばしているエルティナの姿があった。


「ヘイゼル……!」


その後方で膝を着き、息を切らしながら二人の戦いの様子を眺めているヘイゼルの姿が。すかさず彼女の元へと歩み寄り、その傍で膝を下ろした。


「大丈夫か?ヘイゼル」

「っ…………、ティールさん、ですか?」


そういえば姿が違うんだっけか、とティールはバツの悪そうな顔を浮かべたが小さくため息を漏らし起きた事を簡潔に説明した。


「じゃあその体がオースティンの?」

「そういう事。こんなボロっちい体にされたせいでろくに動く事すらままらなねぇ。転んだら四肢バラバラだ」


嘲るように鼻を鳴らしてティールは戦いの火を散らすエルティナの方へ目を向ける、


「いつ頃からこんな具合だ?」

「……十分、十五分は膠着しています。何度か私やソウカさんに手を出そうとしてきましたが、どの攻撃もエルティナさんが防いでくれるので、彼女も私達への攻撃を諦めたみたいです」

「……ひゅ、さすが現俺の上司」


ティールは口笛を鳴らし、ヘイゼルと目を合わせた。


「ティールさん?」

「……お前はここで休んでろ。元はと言えば体を取られた俺の失態だ。俺が片をつける」

「でもその体じゃ……」


ヘイゼルの体もあちこちに血が飛び散り、うっすらとだが全身に傷が残っている。本人の意識もあるし傷の状態も良さそうな為、今何かをしてやる必要は無いだろう。それよりも今は、己の体を取り戻すこと、それがティールに与えられた最優先の目標である。


「無理かも知れないが……、やらなきゃ、な」


エルティナはその気になれば、オースティン程度秒で塵に出来てしまうだろう。しかし、それが出来ないということは彼女はティールの体を気遣っていると見て良いだろう。

エルティナが全力を出すにはティールが体を取り戻し、この傀儡の体にオースティンの魂を閉じ込めた後、撃破しなくてはならない。


「エルティナ!!隙を作ってくれ!」


ティールが声を張って叫ぶと、エルティナは首だけを動かしてこちらを見て小さく頷いた。

すると防戦一方だったエルティナがオースティンの放つ光弾を弾き返し、彼女の足元に着弾させた。着弾した光弾は土や小石を飛び上がらせ、それらが彼女の体を一瞬硬直させた。


「今です!」

「『魂魄操作』…………!!」


両手の親指と人差し指を使って窓を作り、その中にオースティンを入れるようにして覗き込む。そして能力を発動すると、二人の魂が引っ張られ意識が段々と薄れて――――――――。


「…………ごふっ!?!?」


来なかった。

まるで引っ張った輪ゴムを離したかのように、体という器から出かかった魂がその肉体に引き戻され、全身に衝撃が走る。


「ティールさん!?」

「……ぅお……ぇえ…………」


魂に掛かる負担は肉体のものとはまた別。魂に異常をきたせばその肉体にも大きな負荷を与える。

想定外の状態に流石のティールも膝を着き、込み上げてくる吐き気を何とか口の中で押しとどめていた(傀儡に消化器官は無いのだが)。


「っ、ティール?」

「戦闘中によそ見とは、中々余裕では無いか」

「っ……!?」


エルティナが尻目でティールを見た隙にオースティンはその隣を駆け抜け、地面で這いつくばっているティールの首根っこを捕まえて近くの壁に叩き付けた。


「がぅ………………ぐふっ!?」

「貴様、我の魂に干渉しようとしたな?……我に魂の術で勝負を挑むとは何と愚かな……!!」

「っ……………………!!!」


オースティンは腰に刺していたティールの短剣を手に取り、それを彼女の首にへと突きつける。咄嗟にその柄を掴み、必死に抵抗をするが切っ先が首の表面を貫きティールは苦悶の表情を見せる。


「離れなさい!」


エルティナが錫杖を振ると、その先から神聖力で形作られた鞭が畝り、ティールを追い詰めるオースティンの胴体にぐるぐると巻き付く。

そのまま錫杖を振るうと、オースティンを拘束した鞭は大きく円を描いて周り、近くの地面へとその身を叩き付けた。


「ティールさん!」


自由になったティールを見てすかさずヘイゼルが飛び込み、その身を抱えて走り、エルティナの方へと足を動かす。


「げほっ……、う、悪い。助かった」

「彼女の得意分野が魂の操作であるということを失念していました。その手に特化した彼女であれば、当然対策もしてきますよね」


エルティナは息絶え絶えなティールを横目に口を引き結んだ。


「じゃあ俺の体事吹き飛ばすか?……畜生、一緒人形生活かよ」


大きなため息を着きながらティールは頭を抱えた。だが、その言葉に対してエルティナは何か策がありげに片方の口端を吊り上げた。


「私が解析を行うと、彼女の肉体……つまりは()()()()の肉体の情報の多さのあまりその魂まで見る事が出来ません」

「……あれ?エルティナって意外と不器用?」


ティールが茶々を入れると、軽く錫杖の石突きで叩かれ、ヘイゼルは苦笑を浮かべた。


「今朝の朝食の消化状況まで情報が出るんですから、キャパオーバーになるのも必然です。あなたはズボンのポケットに入れた物を外から見て判断出来ますか?」

「……ごめんって」

「しかし、その細やかな情報が出てくれたお陰で一つ勝機が出来ました。…………ティール。最近、ヘイゼルの面倒を見たり、忙しいかったりとで、ソウカと()()()()()いなかったですよね?」


エルティナが目を細め、不敵な笑みを浮かべる。ヘイゼルはなんのこっちゃと首を傾げているが、ティールの顔はみるみる内に赤くなっていった(何度も言うが傀儡であるため血は通っていない)。


「ば、ばっかじゃねぇの!?今その話をするぅ!?普通!!」

「大事な事だから話してるんですよ」

「な、ななな…………。そもそも!!もう百何年も一緒にいるんだ!!今更そんな事しなくたって……俺たちは…………」


ティールの頭が爆発した。どうやら羞恥心に耐えきれなかったようである。


「私は長い事あなたの魂に同居していましたから分かっています。()()()、あなたはソウカの血を飲んで吸血鬼としての欲を満たしていると」

「………………そんな時くらい目を瞑っててくれよ…………。魂の同居人とはいえ、情事を盗み見るなんてよ…………」

「つまりここ最近あなたは吸血を行っていない。故にあの体は吸血本能がせり上がってきています。そこを突きます」

「……ふぅん?……何か策が?」


エルティナがニヤリと笑みを浮かべ、そして言った。


「言わずとも、あなたは分かるでしょう?」

「…………流石、元俺の中にいただけはある」


ティールは肩を竦め、ご明察、と零した。





――




「っつ――」


そうこうしている内に、地面に叩き付けられていたオースティンが土煙の中から姿を現した。無論、大したダメージは入っているように見えず、その余裕気な表情も崩れてはいなかった。


「では、手筈通りに」

「おうよ」

「ヘイゼルも、頼むぜ」

「全力を尽くします」


それぞれが策を持ち、向かい来るオースティンに立ちはだかる。そしてヘイゼルが地面を蹴って凄まじい勢いで彼女との距離を詰める。


「はは、『悠久』を盾にする気か!?」


オースティンは指先に魔力を収束させ、圧縮した魔力をヘイゼルの眉間に目掛けて放つ。

ほぼロスタイム無く目標にへとその光弾は即着する。しかし、その光弾は先程までのように頭を貫く事は無く、命中した瞬間に弾き飛ばされ、見当違いな方向へと飛んでいってしまう。


「っ、馬鹿な」


確かに光弾はヘイゼルに命中している。むしろ、威力に関しては今の方が絶対に高いはずだ。

にも関わらず彼女の頭を貫通する事は無く、ヘイゼル自身も痛みを感じている様子は無い。

オースティンは歯をギリギリと鳴らし、次から次へと光弾を発射する。だが、その全ても彼女に弾かれてしまいオースティンの顔が歪む。


「何かタネが……」


だが、オースティンもバカではない。何か仕掛けがあると悟って思考を巡らせる。そして僅か数秒の間に結論を導き出し、その指先を彼女らの後方で佇むエルティナにへと向けた。


「小癪な真似を......っ」

「っぐ!?」


オースティンの放った光弾はヘイゼルの真横を通ってエルティナの右肩を貫通する。今まで全ての攻撃を防ぎきられていたオースティンが、彼女に与えた最初の一撃である。

それ故だろうか、彼女の心に慢心が宿りすぐ傍にまで接近していたヘイゼルに意識が外れていたのは。


「しまっ……」


咄嗟に短剣を引き抜き、ヘイゼルに対して薙ぎ払うように剣を振るう。

――が、その手には上手く力が入らず彼女は短剣を取りこぼしてしまった。


ティールの手は長年の無茶な戦闘により、上手く力が入らなくなっている。日常生活を送る分に大きな支障はないのだが、咄嗟に何かを握ったり力を入れたりすると手の力が抜けてしまうのである。その体を奪ったオースティンにも同じ症状が現れており、それは大きな隙を晒すことになる。


「魂に精通していても、体の詳細までは見切れないみてぇだなあ!」


そしてヘイゼルの背後で姿を隠していたヘイゼルがヴィオラの剣を持ってオースティンの首を切りつける。傀儡では無い今のオースティンの首からは大量の血液が滝のごとく溢れだし、彼女は苦悶の表情を浮かべてその首を抑える。


「つっ………………」


だが、流石は吸血鬼の体と言った所か。ばっくりと開いた首の傷も見る間に修復されていくではないか。

ヘイゼルはその間にオースティンが落としたティールの刀を拾い上げ、ティールの方へと放り投げる。それを見たティールはその短剣に魔力を流して己の身の脇に漂わせて、今まで持っていたヴィオラの短剣をヘイゼルに手渡した。


「これでやっとこさ本気を出せる」


傀儡の体であるティールは、その慣れぬ体が故に肉弾戦にあまり自信がなかった。しかし、この短剣は魔力さえ流してしまえば体が違ったとしても元の体と遜色の無い戦いができるだろう。


「ティールさん!」

「ああ、修行の成果。見せてくれよ!」


ティールが短剣を操り、オースティンの視界を正面にへと誘導する。その隙にヘイゼルは視界外からその懐に潜り込み、首筋や手首を素早く切りつける。


「……このっ」

「させねーよ」


ほぼ密着状態となっているヘイゼルを振り払おうと腕を振り上げたオースティン。しかしそうのうのうと攻撃をさせる訳もなく、ティールの操った短剣が空中で弧を描き肩から腰に掛けて深々と傷を付ける。


「っつぅ……」

「生身の体だと痛えだろ?」

「ぬかせ、その体よりはマシよ」


オースティンはニヤリと苦悶の表情ながらも口角を吊り上げた。


「『業火』」


そしてヘイゼルが短剣を構え直した隙を着いて自身の周りに円柱状の火の柱を燃え上がらせる。

立ち上る火によって二人の姿は一瞬で見えなくなり、オースティンは大きく息を着いた。

流石に二人相手ともなると、力の分散に労力を裂く。オースティンの攻撃は基本的に敵単体を狩ることに特化している。だが複数人の、更には至近距離特化の敵を相手にするのは骨が折れるのである。

しかしこうして距離さえ取ってしまえば、ヘイゼルも傀儡に閉じ込められたティールも相手では無い。


炎の熱で額に滲んだ汗を拭った。

傀儡の身では決して出ることの無い汗。たかが汗でこれだけ人間である事を実感できるとは――――。


そうして己の掌を見た、その瞬間。


オースティンの心臓が大きく跳ね上がったのを感じた。


「…………っぅく!?」


その手は己の体から吹き出た血によって赤黒く染まり、既に乾き始めていた血がハラハラと地面に落ちていく。

一度目にしてしまえば身体中から吹き出ている血が、嫌に目に留まる。

まるで蜂が花のように色鮮やかな物以外に対して視力を得ないように。

血の赤以外が見えなくなり、その他が灰色一色に染まる。


「……な、なんだ、……これは、……?」


視界が大きく畝り、平衡感覚も保てなくなる。膝から力が抜け、呼吸が浅く早くなる。

喉の奥が必死に何かを求めている。乾き?否、飢えだろうか。


「ティール!!今です!!」

「応!!」


エルティナの声により、ティールはバックステップで距離を取り、人差し指と親指で窓を作ってその中にオースティンを捉え覗き込んだ。


「ヘイゼル!やれ!」

「はい!!」

「『魂魄操作』…………っ!!」


そして立つことすらままならなくなっているオースティンの正面で待機していたティールがその手でその胸を貫いた。

刹那、ティール、そしてオースティンの体から糸が切れたかのように力が抜け、二人の体が同時に地面に突っ伏した。


「……っ、エルティナさん」

「ヘイゼル、無事ですか?」

「私は大丈夫です。……これで、上手くいったんでしょうか?」


ヘイゼルは返り血で汚れた顔を手の甲で拭い、地面で倒れる二人の体を心配そうな目つきで見やった。


「……なんとも言えません。が、今の我々に出来ることは信じ、そして身を休める事です。それにヘイゼルさん、あなたにはまだ大事な役目がありますから」

「……っ、そうですね……」


神妙な顔つきのヘイゼルは手に握り締めた心臓に、林檎にかぶりつくかのように歯を突き立てた。









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