外伝10 悠久・傀儡
「がふっ……!?」
背中に伝わる激しい衝撃に思わず息が漏れる。やっとの思いで坂を下りきり、街の外壁に体を打ち付けてようやく止まる。
「……いっつつ、くそっ、片腕がどっか行った」
壁に手を付き立ち上がろうとした所で、その腕は空を切る。というか、そもそもそこにあるはずの腕が肩から先にかけてすっかり無くなってしまっているのだ。
どうやら坂を転げ落ちている時に外れてしまったらしい。ティールは悪態を着きながら、何とか体を動かし壁伝いに進んでいく。
「……くっそ、何だこの体。魔力が……」
その過程で自身の魔力を練ろうと試みるが、掻き集めてきた魔力が手に集まる途中で四散し、消滅してしまう。
魔力とは魂を核として生成されるもの。そして血液のように全身を循環し、集めて使えば火にもなるし武器のようにもなる。
しかし、体が突然入れ替わりその循環が上手く機能しなくなってしまった。言うなれば、空になったシャンプーのボトルに新しいものを詰め替えても、最初の数回ノズルを押し込んでも出てこない状況に近い。
魔力が練れないからといって死に至るわけでは無いが、それまで魔力を糧として使っていた力は全て使えなくなってしまう。
世界をも超える力『天道』や、エルティナとの交信もろくに出来ない状態である。
「……この体で行くしかない、か」
やっと思いで辿り着いたのは、この街の大門。以前プルが現れ、門番が一人亡くなった場所である。
当然、そのような事があったからにはこの街の門も厳重に警備される。門番の数は増えているし、その顔付きも前までのものとは違う。
「……悪い。俺なんだけど、入れてくれるか」
だが、ティールの顔をこの街の中で知らぬ者はいない。国宝と言っても差し支えないほどの有名人である。門番如き、顔パスで通れる。そう思い、彼らを押し分けて街の中に入ろうとする。
刹那、目の前に二対の短槍が交差し行く手を阻む。
「……え」
ティールが困惑した表情で顔を持ち上げると、そこには厳重な面構えをした門番達が彼女の前に立ち並び、槍を構える。
「悪いが以前ここに侵入者が現れてな。身分証を見せて貰えない限り、この街には入れることは出来ない」
「……は、はあ?お、俺だぜ?」
「貴様など知らん」
目をぱちくりさせ、ティールは呆気に取られている。が、門番は一向に道を開けようとしない。
「分からない?……そこの外れに住んでるティールっつーンだけど」
名前を出しての顔パス、というのは何だか自尊心を削るものがあった為避けたかったが、この際仕方ない。さっさとここを通ってヘイゼルの元へ向かわな蹴れば。
「……この小娘。よくもそんな堂々とティールさんの事を愚弄するような真似を……」
「……へ?」
が、門番は怒りを露わにしてワナワナと拳を握り締めるだけ。
「……ティールを愚弄するって、俺が……ティール、で…………。………………あ」
視界に揺れるブロンド色の髪を見て、ティールはしまったと顔を顰めた。体が人形になっているだけでそれにさえ注意すればいいと思っていたが誤算。体そのものが傀儡の体と入れ替わっていることがすっかり頭から抜けていた。
「……いや、そのーー、何とか……信じて貰えないっすかね」
「不審者として拘束する」
刹那、振り下ろされた短槍の柄が彼女の項を殴打する。幸い首の部分は強く作ってあるのか、その程度で頭が飛ぶことは無かったが、その一撃で視界が真っ白になり半分意識を飛ばされる。
「……が、はっ……!」
「こちとら仲間が殺されて気が立ってんだ。それをのうのうと良くも……」
「ちがっ、俺、は……」
「仲間の死を愚弄したな……!!!」
血気盛んで結構、普段からその熱気で仕事をしてくれよ。今以外は。と胸の内で吐き捨て、ティールはダランと吊り下がる腕を見て意識を朦朧とさせていた。
数分間、彼らからの猛攻は止まらなかった。しかし、今のティールにはそれに対抗する方法すら、力すら無い。ここは耐え忍ぶ時。反撃をしたい気持ちをぐっと堪え、無心で槍に打たれる。
「………………」
やがて両肩を掴まれ、地面に引き摺られるような形で街の中へと運ばれる。なんでも街の拘置所へ運ぶのだとか。
門番を二人残し、そして他二人でティールを運ぶ。
ティールは時折目を開けながら、細かく場所の把握をしていた。長年住んでいる街故、一瞬見ただけでも自分の居場所くらいは理解出来る。
魔力も段々と練れるようになってきた事だし、この二人ぐらいだったら全力で走れば撒けるのではないだろうか?それにこの体が着いてこられるかどうかは半ば賭けのようなものだが。
(そろそろだな)
ティールは手の中にこっそりと魔力を集める。どちらか片方の顔面に魔力の塊をぶつけ、怯んだ隙に一気に駆け抜ける。ほんの数秒しか時間は稼げないだろうが、狭い路地に入って身を隠せばある程度の時間は稼げるだろう。
「あ、ヴィオラ長官」
しかしここで問題が発生。何故かヴィオラがたまたま彼女らの前を通りがかったのだ。
(あのっ、馬鹿っ)
ティールは心の中で悪態を着いた。ヴィオラは少なくともこの衛兵二人より俊敏に動くだろう。このタイミングでもし衛兵を攻撃して逃れようものならヴィオラは必ず追跡をしてくるだろう。彼もこの街の細かな道は把握している故、それから逃れるのは容易な事では無い。
「もう上官じゃねえ。今はぶらり老後生活よ」
「俺たちはいつまでも上官だと思ってますよ」
「けっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」
ヴィオラは豪快に笑い、バシバシと門番の二人の背中を叩いた。そして、ふとその二人が抱えている一人の少女の存在に気が付き、彼はそれについて訪ねる。
「こいつは?随分とぐったりしてるみたいだが」
「ああ、こいつはですね。街の外から来てるのにも関わらず『俺はティールだ~』なんてほざきやがりまして。全く無礼な奴ですよ」
「……ふむ……?」
ヴィオラは腰を屈め、しげしげとティールの傀儡の体を眺めた後、顎を手で持ち上げ、至近距離でその顔を観察する。
「おい、馬鹿弟子。……さっさと解放してくれねぇか?」
「!?!?!?!?」
痺れを切らしたティールは深々と溜息をつきながら目を見開き、気だるそうな表情でヴィオラに言った。
当然気絶しているものだと思っていた門番二人は体をビクンと飛びあがらせる。
「……お前、何者だ?」
「俺はティールだ。……刺客に襲われて魂をこの体に入れられちまったんだよ。今俺のガワを被った偽物がヘイゼルの命を狙ってる」
ティールは簡潔に今の状況を彼に伝える。この際、もう門番から無理矢理逃げるのは念頭から外し、ヴィオラを味方に付けるプランにへと変更する。ヴィオラの言葉には説得力もあるし、門番二人をここから離れさせる事だって可能だろう。
「……お前がティールさんのフリをしていないという証拠は?そんな話を、はいそうですか、と鵜呑みにするわけないだろう」
ヴィオラの言うことは最もである。こんな事を言ったところで、それを頭ごなしに信じるほど彼は馬鹿では無い。
であるからして、何か彼にこの傀儡の体の中身がティールであるということを伝えなければならない。
「……初恋は七歳の時」
「……?」
「告白は風呂の中だっけ。俺がお前の頭を洗ってやってる時だったよな」
「………………!!!!!」
「ちょ、長官?」
初めは何の話をしているのか分からないといった様子だったが、彼女が口を動かせば動かすほど、ヴィオラの顔が真っ赤に染まる。
「なんて言ってたっけ。『俺のお嫁さんにし』」「なんてけしからんやつだ!なあ!!」「んごっ……!?」
ティールが不敵な笑みを浮かべてツラツラと言葉を重ねていると、ヴィオラが無理矢理割り込むようにして話を遮り、がっしりとティールの首根っこを掴んで門番二人からその身を奪い取る。
「こんな奴は許せん。ティールさんの一番弟子として、俺が責任を持って拘置所まで送り届けよう。お前たちは持ち場に戻ってもいいぞ」
「ヴィオラになら安心して任せられます」
「すみません、よろしくお願いします」
「気にすんな気にすんな。元上官としてお前たちの役に少しでも経ちたいからな。では!!!!」
ヴィオラは再び豪快な笑い声を上げつつ、踵を返して足早にその場を去っていく。残された門番二人は槍を体の横に構え、整った礼をしてヴィオラの後ろ姿を眺めていた。
「……なんか、ヴィオラ長官。様子が変だったな?」
「師匠の事を愚弄されたんだ。きっと怒りを抑えていたんだろ」
「そうかそうか」
勿論、彼らは知る由もないだろう。先程ティールが口にしていたのはヴィオラ一生涯の黒歴史。幼き頃、ティールに告白を繰り返していたという、その二人しか知らない秘密の話だということを。
――
「馬鹿弟子、俺がティールだって分かったか」
ティールはヴィオラの肩に担がれながらニヤニヤとその広い背中をぺちぺちと叩く。
「んなもん、俺とティールさんしか知らないでしょう。止めてくださいよ、元部下にそんなんバレたらメンツが立たなくなる」
ヴィオラは顔を真っ赤にし、片手で顔面を覆った。やっと忘れかけていた黒歴史を掘り返され、その光景が脳裏にありありと映し出される。その度に首を激しく左右に振り、映像を掻き消さんとする。
「そうでもしないとお前信じてくれなかっただろ。……それより急いでくれ。ヘイゼルが危ない」
「……一体何があったんですか?」
「さっき言った通りだ。……『変化』のプルの仲間か分からんが『傀儡』のオースティンとかいうのに襲われてな。油断した瞬間、魂をこの体に入れ替えられちまった」
「で、そのティールさんの体が今ヘイゼルを襲っていると?」
「確証は無いが、二文字組の狙いはヘイゼルだ。……恐らく俺を襲ったのも、ヘイゼルに容易に近づくためだろう」
この街でティールの体を奪うのは、ジョーカーを手に入れたも同然。ほぼ全てで顔パスが通るし、不審な動きをしてもまず疑われない。
「……そう考えると俺って有名人だな」
ティールが遠い目をして息を吐いた。
「敵は今、最高のカードを手に入れたも同義って事ですか」
「……そうとも言える。……けど、そのカードは穴まみれ。裏を返せばジョーカーであることが筒抜けなくらいには、スッカスカのカードだよ」
「………………?」
――
「……」
ヘイゼルは窮地に立たされていた。今家にいるティールの中身はティールじゃない。確実に自分の命を狙いに来た、ウゥルカーナやプルと同じ刺客だろう。
ソウカも、まさかティールの中身が別人であるなんて思ってもないだろう。だが、それを伝えてしまえばソウカにも危険が及ぶだろう。
出来れば穏便に、誰にも伝えること無く済ませたいが。
ヘイゼルはティールの居る風呂場へと足を運んだ。台所で夕食の支度をしているソウカを尻目に、なるべく足音を立てないように忍び寄る。
あの体は本物のティールなのか。プルの変化のようにそういうように見せているだけなのかもしれない。
推測でしか考えられぬ以上、確かめる他無い。時間を引き伸ばしても、こちらが有利になることは無いだろう。
ヘイゼルが垂れ下がるひと房の青色の髪の毛を撫でると、その体の形状が徐々に変化を始める。
『変化』、プルの心臓を食らった時この身に宿った力。影で時折練習し、短時間であれば頭で思い浮かべた相手の姿になる事ができる。しかし、それをする為には相手の姿を事細かに知る必要があり、人目見た程度では『変化』の力を使う事は出来ない。
数秒たって『変化』を終えると、その姿はガラリと変わり、翠色のミドルヘアにギロリと光る細い瞳孔。身長も少し伸びただろうか。そう、この姿は紛れも無くソウカのものである。
元の姿で今のティールと接触するのはかなりリスキーであるが、ソウカの姿であればより効果的にその実態を探れるだろう。
脱衣所に向かうと、鏡を前にじっと己の姿を見つめているティールの姿がそこにはあった。
「……。ティール?どうしたの?お風呂入らないの?」
ヘイゼルは軽く咳払いをし、できるだけソウカの声色を真似するようにして言った。『変化』の能力は声帯にも影響を及ぼすようで、声自体もソウカのものになっている。しかし、声は同じだとして口調やら話し方の癖を真似なければ怪しまれる可能性だってあるだろう。
「ん、ああ。少し、ね」
彼女は脱衣所にいるにも関わらず、洗面台の鏡を見てそこに映る己の姿を眺め、惚けていた。
ソウカに扮したヘイゼルが声をかけると、彼女は我に返り静かにこちらを振り返る。
「君は魂が体という外殻に納められているのか、それとも外殻を魂が操っているのか。どちらだと思う?」
ゆったりとした足取りで、ヘイゼルのすぐ側にまで近寄るティール。緊張のあまり彼女は固唾を飲み込み、震える唇を動かして答えた。
「魂、が体の中に入っている……」
そう言うと、彼女はニンマリと笑顔を花咲かせ、ヘイゼルの頭の上に己の手を置いた。
「素晴らしい、素晴らしい。その通り、体などただの入れ物に過ぎないのだよ。魂さえあれば思考も出来るし、ものを知覚することだってできる。しかしそれを他の臓器を介して行う場合に、脳という機関が必要になる訳だ」
「……」
ヘイゼルは彼女の言っていることが分からなかった。が、今分かるのは彼女が自分をヘイゼルだと認識出来ていない事だ。これは好機、今は探りをいれるべきだろう。
「体の中に、複数の魂を入れることは?」
「特殊な条件がそろえばな。二重人格がいい例だ。あれは元は一部屋だった魂の部屋の中に、扉付きのもう一つの部屋ができ、そこへ魂が出入りしている状態だ。まあ、稀なケースだが」
「……では、魂そのものを入れ替える事は?」
「……ほう?」
ティールは何か含んだような笑みを浮かべ、ぐいと顔をヘイゼルに近づける。
「多くの場合不可能だ。片方の入れ替えに成功したとて、もう片方の魂がそれを拒絶する。故に入れ替えには双方の魂の器となる体が必要でな。…………それは我のように魂のあり方を認識している者にしか出来ない」
「……」
「そして魂をというものへの理解があるからこそ、この異様さに気が付くのだ。……貴様、匂いも見た目も全てあの蛇女と同じなのだが。……魂だけは良く見覚えのある形をしている」
「――がっ」
しまった、と思った時には既に遅く、その手で喉笛を鷲掴みにされてしまった。
「その魂の香り、さては『悠久』だな?」
「……そ、うだとしたら?」
「はっはっはっ、『変化』を食ったか。面白い」
首を絞める手に更に力が籠り、気道が締め付けられる。空気が肺に入らず、視界が一気に狭まる。
「のこのこと自分から近付いてくるとは!大方この体の持ち主の安否を確認しに来たのだろう!」
「……ティ、ルさ、ん」
「安心しろ。あいつはろくに体も動かせぬ人形の中に閉じ込めてある。ここへ辿り着く時には既に四肢諸共粉々になっているだろうよ」
ティールの高らかな笑い声が響く。
だがヘイゼルはその間にも冷静に思考を巡らせ、両手で首を掴む彼女の手を握り締めた。
「……っ!?」
刹那、彼女の顔に驚いたような表情が浮かび、首を掴んでいた手が離される。突然手を離されたヘイゼルの体は地面に叩き付けられ、前身を打ち付けられるも、転がるようにしてヘイゼルは距離を取り息をおちつける。
「……この体……」
集中が途切れたせいか、ソウカに扮していたヘイゼルの体が揺らぎ、やがて元の姿に戻る。
一か八かで、ヴィオラがティールにやっていた手への攻撃をしてみたが、予想以上に効果があった。そしてそれに対して彼女本人も驚きを隠せないようだった。
ヘイゼルは確信した。魂は別であろうとも、体はティールそのものなのだと。手に力が入りにくいという点や、体が吸血鬼であるという点も共通しているはずだ。
だが、その体の持ち主はその状態でもヴィオラに圧勝していたし、そもそもそのヴィオラに対してもヘイゼルは一本も取れていない。
果たしてそれだけの事が分かった事で、彼女に勝つことが出来るだろうか。
「ゲホッゲホッ、どうやらティールさんは別にいるらしい、ね?」
「……なるほど、それが狙いか」
ティール、もとい『傀儡』オースティンは少し考えた後、バツの悪そうな表情を浮かべると顔に手を当ててカラカラと笑った。
先程零した彼女の一言により、ティールとオースティンの体は別々。今どこかでティールは別の体でどこかをさ迷っている、という訳だ。
勝てるかどうかは別として、その情報が手に入ったのはこちらにとって大きい。例え、目の前にいるティールの体を殺したとて本物のティールが死ぬ訳では無いのだから。
「……ふぅ――」
ヘイゼルは目を瞑り、呼吸と体勢を整える。今、愛用している短槍は手元に無い。故に体術と、魔法のみでこの場をいなさなければならない。
だが、体術はよいとして魔法に関してはまだモノに出来ていないのが現実である。ゆっくり、意識を集中させれば安定して使う事が出来るが、戦闘中体の動きに絡めて魔力を練り上げるのは安定しない。
だからといって、目の前の敵から逃げる訳にはいかないのだ。ここで逃げたら、ティールやヴィオラに教わったことの意味が無い。
そして『傀儡』を倒し、『聡明』と接触しなければならないのだ。
「……良い。随分と昔の顔に戻って来た」
「昔の……顔?――っ!!」
刹那、オースティンが一歩踏み出したかと思うと、彼女は目と鼻ほどの距離まで接近しており、振り上げられた拳が空を切ってヘイゼルの喉笛へと向かう。
が、ヘイゼルも伊達に訓練を行っていない。大きく体を反らし、その攻撃を避け、更には膝のバネで体勢を整えると共にその勢いに乗って左手の拳を叩き付ける。
が、そう簡単に当たるはずも無く、軽い手刀を手に当てられ力を返され、横にへと拳を逸らされてしまう。前に体の重心のズレたヘイゼルの首に腕を回し、肘でその首を締め上げる。
「……かっ……はっ……」
気道が圧迫され、喉が潰れそうになる。
ヘイゼルは咄嗟に手に圧縮した魔力を彼女の腹部で解き放ち、その勢いで拘束から逃れる。
「……」
「良い、昔を思い出す。……だからこそ、ここからは手加減無しで行かせてもらうとしよう」
「……それは、弓……?」
彼女の手元が光に包まれたかと思えば、その手には金色に輝く短弓が握られていた。
そしてオースティンが矢を番えるような動きを見せ、ヘイゼルは脳裏にとある映像が映し出される。
(……あの弓……、見た事がある……?)
脳裏に浮かぶ映像は、見た事が無いもの。どこか開けた場所で、二人の少女が向き合っている様子。
片方は今オースティンが持つ短弓を携え、もう片方は武器を持たずに広げた手を前に突き出して佇んでいる。一瞬、武器を持たぬ少女が体を動かした瞬間、オースティンが弓を引き、張り詰めた弦から光の矢が放たれる。
その矢は光の速さと言っても過言では無い速さで空を突き進み、少女の頭をはじき飛ばした。しかし矢の勢いはそれだけに留まらず、その背後にある山を、木々をも消し飛ばし、その通った後には巨大な跡のみが残っていた。
「っ!!!」
半ば直感で、脇に飛び込むようにして身を動かした。
刹那、天地がひっくり返るような衝撃波が彼女の傍を通り抜け、ヘイゼルの背後にあった木の壁諸共を破壊しながらその矢は突き進んで行った。
「ふむ、躱せるのか。まあ山勘だろうがな。……次は仕留める」
魔力が彼女の手に集まっていく。眩しい程に濃縮された魔力は弓にあてがわれると、一本の矢のような形に変形し、張り詰められた弦がキリキリと音を立てる。
先の攻撃は、脳裏に浮かんだ映像を見て直感的に躱すことが出来たが、それはもう通用しないだろう。下手に勘で躱そうとして隙を晒せば、彼女は絶対にその隙を着いてくる。逆に今度彼女が攻撃を外せば、ほんの一瞬だが隙が生じる。
左右に避けるのはもう無理だ。それは二番煎じになりうる。
であれば、どうすればいいのか。
ヘイゼルは足に力を込め、地面を蹴り、目にも止まらぬ速さで駆け出した。左右に避けるのでは二択で攻撃をいなせたとして、この状況は変わらない。後ろに逃げるのは論外。故に、正面から突っ込みオースティンの戦意を喪失させるしかない。
彼女の矢は、彼女の魔力から構築されている。観察した限り、それが発射されるまで魔力の充填が行われているというわけである。つまりはその魔力の充填を妨害することが出来れば、その矢が放たれることは無い。
「そう……詰めてくる。……君は詰めてくるんだ」
オースティンのティールの顔が歪んだ笑みを浮かべる。
「素晴らしい!まるでこれはあの時の……!!!」
ヘイゼルの手が矢を引き絞る彼女の手にへと伸びる。
流石にこの速度には着いて来れなかったか、彼女の矢の先は先程までヘイゼルのいた場所を狙っている。今から反撃を行うことは不可能。
「…………っつ!?」
刹那、オースティンの姿が蜃気楼のように歪み、触れた瞬間に四散する。
「『幻惑』、我の力は『傀儡』だけでは無い」
先程までの高揚した声では無い、嫌に冷ややかで無常な声。
静かに額に矢の先端を突きつけられ、オースティンは小さく鼻を鳴らした。
「ではな、『悠久』。次の世界で会おう」
次の瞬間、轟音と共に家の壁が崩れ多量の土煙が立ち上った。
・何故オースティンは洗面所にいたの?
→自分の容姿を確認していた。久しぶりの生身の体なのでわりかし感動してたりするよ。