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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
外伝第1章 悠久の時を生きる者
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外伝9 人形



「戻りました~」

「お帰り、ヘイゼル」


先端を毛皮製の鞘で包んだ短槍を玄関先に立てかけ、ヘイゼルはソウカからタオルを受け取り一言礼を言うと肌に浮かび上がった汗を拭き取った。


「お店はいいんですか?」

「今は休憩時間よ。丁度客足も減ってきた所だったし。汗かいてるみたいだし、先にお風呂入っちゃう?その後ご飯にしましょうか」

「ティールさんは?」

「ティアは……、少し出かけてるわ。少し遅い気もするけど、寄り道してるのかもね」


まあティアなら大丈夫でしょう、とソウカが呟く。






「……」

「……遅い、ね」

「……うん、何も連絡も無いし何かあったのかしら」


夕食の準備を手伝い、リビングのテーブルについて二人して待つこと一時間弱。段々とソウカの顔に焦りが見えてくる。


「私見てこようかな……?」

「何処にいるかも分からないのに闇雲に探したって入れ違いになるだけよ。……今私の蛇に探させてるから」

「蛇?」

「ん、ほら」


ソウカが腕を捲るとそこには薄らと透明な鱗のようなものが肌に並んでいた。それの一つが立ち上がったかと思うと、徐々に変形していきやがて一匹の白色の蛇になった。


「そういえばソウカさんは蛇女でしたっけ」

「そうよ、今も十数匹程街にこの子たちを放ってティアを探してもらってるわ」

「ほえー、便利ですね」

「その分視界も意識も蛇の数と同数に別れてしまうからね。集中力の維持が大変なのよ」


そう言っている合間にもソウカは顔を歪めていた。それまで表情に出ぬよう必死に堪えていたのだろうか。


「……ん、あの銀髪……」

「ティールさんですか!?」


ソウカがそう呟くと、ヘイゼルは食い気味に机に身を乗り出し彼女の顔を覗きんだ。


「ええ、多分。けど慌てないで。私の見間違えかもしれないから」


ソウカの視点には数多の数の蛇の視点が複眼を持つ虫のように映り、その中の一つに銀色の髪を持つ者が路地裏に消えていくのを捉えたものがあった。

人混みの中を掻き分けて進むその影を必死に追いかける。時々人の頭の隙間から垣間見える白銀の髪を目印にして蛇は地面を這い進んでいく。

人々が往来する道



彼女は路地裏に消えた影を追い、蛇をその方向へと向かわせる。


「……?消え、た?」


その路地裏は一直線。人一人がギリギリ通れるかくらいの細さで他に通れる道は無い。そもそもこんな所を道として活用する人の方が少ないくらいの道だ。何故だってそんな場所に彼女は入っていったのだろうか。

しかし、ソウカの蛇が首を振ってもその路地裏に彼女の姿が見えることは無い。確かにティールらしき姿がこの路地裏に消えていったはずなのに……。


「集中力が切れて幻覚でも見たのかしら……」


ソウカは乾燥で充血し始めた瞳を手の甲で擦り、一度蛇との繋がりを切ろうとした。

刹那。


「っ!?」


急に全身が持ち上げられる感覚に、ソウカがバランスを崩し椅子から崩れ落ちた。


「ソウカさんっ!?」


それを見て慌てて彼女の元へ駆け寄るヘイゼル。ソウカは体の平衡感覚を失い、床に手を付きながらグルグルと回る視界を何とか保とうとしている。

しかしヘイゼルの体が止まろうとも、彼女と感覚を共有している蛇の体が激しい動きを行う為段々と酔いが回ってくる。

流石に耐えられないと判断したのか、彼女は蛇との接続を切り床に大の字になって横たわった。


「うええ、気持ち悪……」

「だ、大丈夫ですか……?」


目元に腕を被せ、呼吸を整えているとヘイゼルがコップに水を汲んで持って来てくれた。


「私の使役していた蛇が誰かに振り回されたのよ。目が回っちゃって……。ありがと」


ソウカは若干震える手でコップを受け取り、水を喉の奥に流し込んだ。


「完全に酔ったわ……。しばらく蛇は使えなさそう……」


蛇は彼女の鱗の細胞を変化させることによって生まれている。新しい蛇を生み出そうと思えばできるのだが、それ以上に全身を振り回された感覚が重いらしい。

これではティールの捜索も続行は出来ないだろう。


「どこぞのガキンチョかしら。私の蛇はアルビノみたいな色だから目に付いちゃうのよね」

「もう少し待ってみますか。ただ道草食ってるだけかもですし」

「そうね」


刹那、ヘイゼルの耳がピクリと反応した。本人は意識していないが、空気を伝わる震度が彼女の鼓膜を刺激したのだ。

この音は、家の扉が開いた音。若干の木の軋む音はここ数日間で耳に染み付いていた。


「噂をしたらティールさん、帰ってましたよ」

「ほんと?なんだ、心配して損した」


若干ぐらつく足に鞭を打ち、ソウカが立ち上がってリビングの扉を開ける。ヘイゼルもその後に続き、彼女の脇から顔を覗かせる。


「……ティア、遅かったじゃない。心配したのよ」


玄関に立っていたのは銀髪を揺らす、他の誰でもないティール本人であった。

彼女はこちらに気がつくと「や」と軽く手を上げ、悪い悪いと苦笑を浮かべた。


「少し人と話しててさ。中々帰してくれなくて、困ったもんだよ」

「寒かったでしょ。先にお風呂入ったら?」

「うん、そうする」


ティールは靴を脱ぎ、それを揃えるとヘイゼルとソウカの傍を通って廊下を進んで行った。彼女の服は心做しか汚れていて、服の所々が解れていた。


「……ティールさん、怪我とかしてない?」

「ん?どうした?別に平気だけど」


ティールがヘイゼルと目線を合わせるために少し屈み、深紅色の瞳と目が合う。何時も見ているはずの彼女の目のはずなのに、ヘイゼルにはそれが別の色であるかのように見えた。


「ね、………………悠久」


耳元でそう囁かれ、彼女の全身が凍り付いた。その単語は、ヘイゼルを恐怖に陥れるには充分なものだった。


「お風呂沸いてるよ、ティア」

「うん、ありがと」


ソウカにそう言われ、さも当然であるかのように彼女は奥の洗面所に向かって行く。彼女が歩き発生する木の軋む壱音壱音が心に突き刺さるようであった。


「……ティ、ルさん……」


確証は無い。憶測で思考が埋め尽くされる。

彼女の見た目は、どこをどう見てもティールなのに。






本能が、魂が、それを嘘であると否定している。






――――







「っつ……」


体が重い。まるで重りでも括り付けられたかのように。

体中がメキメキと音を上げ、ろくに起き上がることも出来ない。


「……そういえば」


記憶が混濁している。絵を描き上げる寸前のパレットのように、頭の中が色々な言葉で埋め尽くされ思考が纏まらない。

ぼんやりと覚えているのは、何かに負けたという事。


「っ、そうだ。ヘイゼルっ」


やっとパレットの色が一つに纏まった。

そうだ……一瞬の気の隙を許し、『傀儡』に負けたのだ。


「まさか楓の幻影を見させられるとは……」


楓、彼女にとっての最愛の妹である。彼女を見つける為、昔世界と世界を超えたこともあった。


「っ、ヘイゼルが危ない。行かないと……」


おそらくヘイゼルはもう家に帰っているだろう。家にはソウカもいるだろうからそう簡単に殺られる事は無いだろうが、それでも『傀儡』がそちらへ向えばかなりの身の危険であることには変わりないだろう。

立ち上がろうとして両手で地面を押すと、軽い音と共に右腕が()()()


「……!?」


思わず二度見し、数センチ先に転がっている自分の腕を拾い上げる。その肩の関節部はマネキンのようになっており、再び肩にあてがい力を入れると元のようにハマり、動かせるようになった。


「んだよ……、これ」


よくよく見ると、肩や肘、膝などの関節部には切れ込みのような筋が入っていて、そのどれもが軽い衝撃で外れるようになっていた。


「………………っ」


慌てて立ち上がろうとした刹那、膝が文字通り折れ全身を地面に打ち付ける。


「いっつ――」


膝が折れ、全身を殴打したのだ。本来なら絶叫は免れないほどの激痛だろう。しかし、その感覚は発砲スチロールで殴られたような。どこか力の抜けた不思議な感覚。


「……この体、痛みが……?」


完全に折れた膝を手に取り、元あった関節部へと無理矢理捩じ込む。すると、軽い音と共に関節がはまり再び足が動くようになる。


「なるほどね、こいつあ人形か」


何となく種は分かってきた。ティールは少し呼吸を落ち着けて自分の全身を観察してみると、その体は先程まで戦っていた『傀儡』のものであるということが分かった。


「魂を無理矢理引っこ抜いてこの人形にぶち込んだのか?……だったら俺の体は……」


と、当たりを見回して数秒。は、と最悪の事態が頭をよぎった。


「……まさか、人形の魂と俺の魂を入れ、変えた?」


そう考えれば幾つかの不可解な事にも説明が着く。ティールの魂を人形に閉じ込めたとして、そのまま意識の無い内に破壊してしまえば良いというのに、何故それをせず放置したのか。

そして彼女の目的は恐らくヘイゼル、そこへ近づく為にティールの体が必要だったとすれば。


「糞が……、あの野郎俺の体で白昼堂々ヘイゼルに接近するつもりだな?」


こうはしてられない、とティールは両足の関節を取り付け、地を蹴って街に帰ろうとする。

が。


「――がっ」


再び盛大に転け、足と指の幾つかの関節が外れ宙に高々と舞う。

駄目だ、そもそも体を動かす事すらままならない。地面でのたうち回っている内にヘイゼルに毒牙向けられているというのに。


「……クソっ、しくった」


彼女の肉体であれば、この街のどこにでも出入りする事は出来るし顔も効く。身振りや素振りが違っても大半の人は気づかないであろうし、このままでは本当に彼女が()()()()という存在に成り代わってしまう。

握り拳を作り、悪態を着きながら地面に叩き付ける。


……手首がその負荷に耐えられず、軽やかな音を立てながらポッキリと折れてしまった。



時は経過し数分後。何とかコツを掴み、歩く・手を動かすなどの初歩的な動作は出来るようになった。それでも気を抜けば力の入れ方を間違え、関節がぶっ飛んでいく始末なのだが。

このまま街に向かおうとすればまず大きな問題がある。それはここが少し傾斜のある高台に位置していると言う事だ。


「……こいつぁ……」


ティールは思わず固唾を飲み飲んだ。傀儡の体に唾が分泌されるのかどうかは不明だが。

普段だったら何事も無い坂道。しかし今、慣れぬ体でのこの傾斜は空前絶後の断崖絶壁に見えてしまう。


「……これを降りるのぉ……?」


思わず顔が引き攣った。もちろん迂回ルートも無くはないが、かなりの大回りになる。大回りになるということは当然時間もかかるし、何より移動する距離が単純に増える。この体で安定してしばらくの間歩ける自信は無いし、長時間歩いて体が四散する可能性だってある。


「……はぁ。こいつあ神聖力を使えるようにする特訓よりハードだぜ」


だがここでいつまでもウジウジとしている余裕はない。今は一分一秒を争う事態なのだ。『傀儡』がティールの体で何かをしでかす前に、街に戻って体を取り返さなければならない。

ティールは深々と空気を吐き出し、ぐっと目を見開いて口を結んだ。


「行くぜえええええええええええええええええっ!!!」


総年齢百数十歳はあるであろう彼女の、過去の多種多様な人生の中でも一番死をすぐそばに感じた滑走。

各関節が外れぬように最新の注意を払いつつ、野草の生い茂る大地を滑る、滑る。


「――――――っ!!!」


が、アクシデント発生。自然のいたずらか神の気まぐれか。程よく絡まった雑草に足が引っ掛かり、案の定右の膝から先が一瞬の内に消滅する。

あ、と思った時にはすでに遅く前進のバランスを崩し、体を激しく回転させ、全身を地面に叩きつけながら斜面を下る。













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