外伝8 『傀儡』
――
「……ぐっ」
「へばってる場合じゃないぜ!?」
呼吸する間も無いほど襲い来る間髪の無い猛攻。ヘイゼルは手に持った武器で捌き切るのがいっぱいいっぱいで攻勢に転じる事が出来ない。
ヴィオラからしてみれば、自分の短剣の腕などティールの足元に及ばないという認識なのだろうが、だてに何のコネも無く長官に登り詰めただけあり、その腕は人間の中であればトップクラスだろう。
それに加え、ヘイゼルの持つ武器は短槍。長槍と違い、槍をいっぱいに使ってより近距離の相手を有利な距離間で攻め続けるのが得意な武器なのだが、ヴィオラがそれよりも更に近距離型の戦いを強いてくる為、中々攻めに転じれないというのもある。
「ぬぅっ!」
ヘイゼルは体を捻るようにして短槍を振り上げ、短剣を弾き更に石突きの部分で追撃を狙う。
が、間一髪の所で避けられヴィオラにバックステップで距離を取られる。
「今のは良かった」
「……それは……どうも……」
体力的にも肉体的にも限界である。未だ軽くステップを踏み、体力が有り余っているヴィオラに対して、こちらは槍を地面に着き、荒らげる呼吸を何とか整えようとする。
「ふむ……、ティールさんの教え子だけあって中々筋がいい。ただ初回だからあまりハードにならないようにな。よし、あと三回!」
「……ひ、ひぇ、今のって終わる流れじゃ……!」
すかさずヴィオラが短剣を握り締め距離を詰めてきたので、短槍を脇に挟み構える。
武器を持つのは今日が初めてだった故、彼は様々な武器を選ばせてくれた。短剣、長剣、弓もあれば火縄銃のような単発の小銃もあった。もちろん、近距離での戦闘を得意としているヴィオラに合わせて武器を選んでも良かったのだが、短槍の柄を握った時初めて握ったとは思えぬ親近感を感じたのだ。手に吸い付くような、ずっと昔から握っていたかのような馴染み深さがそこにあったのだ。
「はぁぁ!!」
鞘に収められた刃がヴィオラの胸へ目掛けて突き進んでいく。リーチの分は短槍とはいえこちらにある。これで彼には防御という絶対的な選択肢が出来た。
年齢を感じさせぬ身のこなしで簡単に短槍の先端は弾かれ、持ち手を中心として弧を描くように回転する。その回転を利用して石突きを下から振り上げる。それもいとも簡単に躱され、右足を軸に体を回転。両手で柄を支え、体の回転のエネルギーを槍に移して切っ先で彼の喉笛を狙う。
否動きを読まれていたのか、彼は頭を後ろに下げすんでの所でその攻撃を回避する。
「『水刃』……わぶっ……!?」
その隙をつき、手先から水魔法を固め刃状にしたものを放とうとしたが、凝固が甘かったか。手から離れる寸前に水が弾け、自分の顔に水が帰ってくる。
「おぉ~、狙いはよかったな。まだ魔法もちゃんと練習してないから仕方ない仕方ない」
目に入った水に悶えのたうち回っていると、入口の方からパチパチと数回の拍手が聞こえ、そちらに目を向けると扉に寄りかかりながら手をヒラヒラとさせているティールの姿があった。
「ティールさん!」
「お久しぶりです、ティールさん」
「んな畏まらなくて良いよ、知った泣だろうて。……んで、今の手合わせだけどヘイゼルの魔法が上手く使えてたらヴィオラ、お前負けてたかもしんねーぜ?」
ティールが不敵な笑みを浮かべて言うと、すぐさまヴィオラは肩を竦めそれを批判した。
「まさか、何年戦ってると思ってるんですか。歳を取ったとはいえ、武器を持って初日の小娘に負ける筋合いはありませんよ」
「……ふぅん?、じゃあ……」
彼女は腰から鞘ごと短剣を引き抜き、それをヴィオラの方へと向けた。
「俺と手合わせするかい?ホントに衰えてないのなら剣を握った俺といい勝負だろ」
「剣を握る……?しかし……」
手が、と言おうとした所でヴィオラは口を噤んだ。ティールは懐から取り出した手ぬぐいで短剣の柄を手にぐるぐると巻き固定し、まるで剣を握っているかのようにした。
「無理はしてないでしょうね」
「お前は俺を老後のババアかなんかだと思ってんのか。この位なんて事ないさ。……んな事よりも」
ぐ、とティールが体勢を下げ、口角を吊り上げた。
「来いよ、青二才」
「……っ」
刹那、脳内に古い記憶が溢れかえる。幼少期の、よくしごかれた毎日の記憶が。
「青いどころか、歳いって皺まみれになりましたがねぇ……!!」
ヴィオラは力強く踏み込み、ティールとの距離を一気に詰める。正直な所、短剣を浮遊させて戦うティールとは数え切れぬ程手合わせしてきたが、それを手に握った彼女とな手合わせの経験は無い。
しかし噂によれば、彼女は短剣を握り締め世界を救ったとされているし、一体どちらの方が強いのか、長年付き添った身だがヴィオラにもそれは分からない。
ティールは逆手に持った短剣を構え、距離を詰めてくるヴィオラを迎え撃つ、かと思えば糸が切れたかのように体を落とし潜り込むようにして彼の足を引っ掛ける。
「……っ」
意識を短剣に集中させていたヴィオラはそのティールの行動を読み切れず、軸を崩して大きく体勢を崩してしまう。が、ずっと剣を握って生きていただけあり、流石にこの転倒したりはしない。
だがこの隙を逃すほど、彼の元師であるティールは甘くは無い。
振り返ってきたヴィオラの左肩に掌底を叩き込み、さらに喉笛にも一撃。一瞬意識が飛びそうになるが、歯を食いしばり繋ぎ止める。
「……終わりだ」
そしてティールが首の皮に鞘を押し付け、ヴィオラがピタリと動きを止める。
「……短剣どころか、体術だけじゃないですか」
「剣の小競り合いには勝てねぇよ。こんな布切れ一枚で固定してるだけじゃあな」
勝利は決した。傍から見ていたヘイゼルもそう確信した。
刹那、目にも止まらぬ速さでヴィオラが短剣を捨てティールの短剣を持つ手をぐっと握りしめる。長年の戦闘で鍛えられたその握力は、並の人間であれば万力のように感じるだろう。
それに加えて彼女は指先の自由が効きにくい。
ティールは顔を歪め、体が大きく揺らぐ。
「――っ!?」
「最後まで油断するな、と教えたのはあなたですからね!?」
「んなろ……」
その隙に大きくバックステップを取られ、距離を離されてしまう。普段の浮遊する短剣であればこの程度の距離なんてこと無いのだろうが、今はその短剣が手に固定されてしまっている。
「はぁ……、今のは油断したな。イジ汚ぇジジイになりやがって。昔はクリクリしててあんなに可愛かったのになあ」
「ジジイは失う恥も何も無いんですよ。歳食って死ぬ前に出来ることはやらなきゃあ」
「死ぬ前に出来ることって俺をたおすことか?……長生きようここで負けるわけにゃいかないな」
ティールが不敵な笑みを浮かべ、先程とは違う構えを取る。剣を握る手に加え、魔力を流し仄かな白色の気が立っている手を構える。
「現役時代、の構えですか」
「ばーか、俺は今でも現役だよ」
べ、とティールは舌を出し言った。そして、ぐ、と身をかがめると次の瞬間にはヴィオラとの距離は目と鼻の先程。
半ば本能で構えた腕に振り下ろされた短剣がかち合い、重い痛みが走る。
更に猛攻、猛攻。しなやかに全身を動かし、目で追えぬ程の斬撃を繰り出す。
剣舞、などという言葉では表せない程の速さ。舞い、というにはあまりにも一挙一動が殺意に満ち溢れている。
しかしそれを武器も無しに腕のみで捌いているヴィオラも人間としてどうなのだろうか。それもいっぱしに歳を取っている者として。
「――っ!」
攻撃の隙を付き、防戦一方だったヴィオラが攻めに転じようとした刹那、ずっと拳を握り締めていた左手をパッと彼の目前で広げる。
「お前はこういう誘いに弱いよな」
手の中で高圧圧縮した魔力の塊を、手を開くと同時に解き放つ荒業。圧力が急に無くなり、形を留めていられなくなった魔力の塊は四方に散弾のように弾け飛んでいく。
魔法と呼べるかどうかも怪しいこの技を、至近距離でもろに浴びヴィオラの体は駒のように回転して吹き飛んでいく。
「……ガッぁっ……」
やがて彼の体は壁に激突し、肺から息が零れ視界が一瞬真っ白になる。
「審判、判定頼むよ」
「……え、あ。ティ、ティールさんの勝ちです!」
ヘイゼルはティールから視線を向けられながらそう言われ、たとたどしい様子で二人の決着を認めた。
「……いってぇ……。骨が軽く逝きかけましたよ……?」
背中を擦りながら、息を荒らげたヴィオラが壁に手を付き立ち上がり、とぼとぼこちらへ歩いて来た彼が不服そうに言う。
「それを言うなら壊れてる師匠の手を掴むバカ弟子が何処にいるか。お返しだよ」
ティールは手に巻き付けてある手拭いを取り懐にしまうと、少し痛そうにプラプラと手を振った。
「にしても至近距離であれは無いでしょう。なあ、ヘイゼル、あれはやりすぎだよなぁ」
「さ、さあ……」
ぐい、とヴィオラに睨まれヘイゼルは困ったような表情を浮かべながら苦笑を浮かべた。
「せっかく弟子が二人も揃ってるんだ。師匠にカッコつけさせておくれよ」
ティールは乾いた笑いと共に短剣を腰のベルトに刺し、遠くどこかを見るような笑みを浮かべた。
その笑みは、どこか他の誰かに向けられているのでは。ヘイゼルは心の端でそう思った。
――
「じゃ、行ってきます」
「ん、気を付けて」
ティールに見送られ、ヘイゼルは布に包んだ槍を片手に店を出て行った。今日はヴィオラに稽古を付けてもらう日だという。ヴィオラの稽古の腕は先日の手合わせで良いものだと分かったし、しばらくの間は彼に任せても問題は無いだろう。程々にと念も押しておいたし、何かあったらヘイゼルの口から直接聞くことにしよう。
そしてあれから数日が経ち、ヘイゼルもティール無しで街を歩くことが出来る程度になった。店の場所もしっかり覚えたようで迷うこと無くまっすぐ帰ってくる。
「今日は?何か仕事?」
扉を閉めると、背後から声がかけられる。眠そうに目元を擦り、寝巻き姿のまま起きてきたソウカである。
「お、おはよ。今日は特に予定も無いよ。店手伝おうか?」
今日は久しぶりの休日。ヘイゼルは稽古に出たが、ティールは今日得な授業も無い。別にヘイゼルの稽古の様子を見に行っても良いのだが、しばらく放っておいたらどれくらい力が着くのだろつ、と半ば彼女を試しているような状態である。
後々ヘイゼルとも手合わせはする約束をしているし、彼女自身もふつふつとそれが楽しみになっていった。
「ううん、こっちは大丈夫。何も無いようなら少しゆっくりしたら?ここ最近、ヘイゼルに付き合ったり、仕事だったりで忙しかったでしょ?」
ソウカは優しく首を振る。
「……そだな」
ティールは少し視線を下げ、何か考える素振りを見せた。
「じゃあ軽く墓参りでも」
ティールは花屋で拵えた花を片手に、手製の線香に火を付け静かに佇む墓の前に供えた。
街を少し外れた位置に作った小さな墓。そこには彼女が家族として暮らしていた三人が静かに眠っている。
「ご無沙汰、三人とも」
この場所からは街が一望できる。三人が生きていた時とは比べ物にならない程大きくなった街を見て、彼女らは一体何を思うのだろうか。
ティールは墓標に向けて静かに手を合わせ、目を閉じた。
この世界でこのように故人を扱う事は無い。けれど、ティールは三人が生きた証をこの世に残そうと墓を建てたのだ。元は店の裏に作っていたのだが、しばらくしてティールが見晴らしの良いこの場所に墓を移した。
しばらくそうしていた後彼女は瞳を開き、持って来ていた手拭いで汚れた部分を掃除していく。
「……うん、しばらく来てなかったけど綺麗だね。汚れを寄せ付けない程の覇気でもあるのかね」
ティールは自分の言った独り言にクスリと笑い、静かに腰の短剣へ手を伸ばした。
「面倒な客は寄ってくるみてーだけど」
「……気付いているとはな」
ティールが振り向くと、そこには木陰から彼女をじっと見詰めている人影があった。
その人影はそう呟きながら彼女の前に躍り出ると、その容姿を晒した。
カールのかかったブロンド色の髪に引っかかった木の葉を手で叩き落とし、彼女はティールを睨み付けた。見かけは十代前半ほどの少女にしか見えないが、その口調と雰囲気からそうではない事が想像できる。
「人が墓参りしてる時くらいそっとしておいてくれよ。感傷にも浸れねえ」
「……」
「また、二文字組か?残念ながらヘイゼル……いんや、『悠久』ならここにゃいないぜ?」
ティールがニヤリと口角を持ち上げると、その少女は眉をピクリと動かし目を細めた。
「ほう……、気づいていたのか。我々の存在に」
「そりゃな、この短期間にあれだけ立て続けに来られちゃ関係性を疑うよね。……で、てめーは何なんだ? 」
少女は顔を持ち上げ、目を見開いて口を動かした。
「『傀儡』。……『傀儡』のオーステン」
「ご丁寧にどうも。……念の為聞いておくけど、俺たちの仲間っつー訳では無いんだろ?」
「無論、我は君たちの敵だ」
そう言うと、オーステンは右腕を持ち上げ人差し指をティールの方へと向けた。
刹那、一閃の光が空間を切り裂き彼女の左肩を貫いた。
「……っ!?」
反応できなかった、というより気づくことができなかった。手を動かしていたから何か仕掛けて来るのだろうと身構えていたが、それでも何をされたのか認識できなかった。
「おや、心の臓を貫こうとしたのだが。上手く避けたようだね」
「……何かしてくる予感はしてたからな。流石に棒立ちはしねえよ」
ほんの少し体を動かしていたのが幸いし、大きな怪我になる事は避けることが出来た。しかし同じ攻撃を何度もされるようなら不利なのは明らかにこちらだろう。
「やるっきゃねえって訳だ。丁度いい、最近体がウズウズしてたんだ」
ティールは鞘から短剣を抜き、魔力を流して宙に浮かせる。彼女が短剣を手に持たないのは、昔に受けた傷によって手に入る力が不安定だから。故に握っていた短剣を取り落とす事だってあるし、戦闘中にそんな事が起きれば最悪命は無い。
現在の浮く短剣は彼女の友人が作った特別製のもの。魔力を流すと自由自在に操る事ができる。
「浮く短剣、珍しい武器を使っているのだな」
「俺の友人の特別感さ」
ティールが大地を蹴り、オーステンとの距離を一気に詰める。
「っ」
彼女が咄嗟に指先から打ち出した攻撃は、構えから発射までのディレイがほぼ無かったにも関わらずティールに躱されてしまった。
既に、彼女の目は慣れている。最初の一撃はどのような攻撃かすら知らなかったが故にむざむざ被弾してしまったが、指から放たれる即着の光線ということさえ分かってしまえば、あとはそれ以上でもそれ以下でも無い。
「指の向きを見れば避けるくらい訳無いさ」
「……ちっ」
オーステンは舌を打ちつつ背後に生える木の枝に猿の如く飛び移り、別の木、別の枝と瞬く間に位置を変えていく。
「猿か」
ティールはそんな彼女の移動先を目で追い、短剣を向かわせる。魔力を推進力として進むそれはオーステンが次に掴もうとしている枝を叩き折り、彼女の動きを一瞬止めることに成功する。
すかさず太腿に巻き付けているベルトから数本のダガーナイフを手に取り、投げナイフの容量で投げ付ける。
しかし彼女の指先から放たれる攻撃によりそのナイフは全て撃ち落とされ、軌道を変えられ力なく地面に落下していった。
だが追い打ちとして『風刃』を放つと、流石に行き場を無くしたのか躱しながらふわりと地面に着地する。
その隙を逃すはずも無く、ティールは己の魔力を背後に放ちその反動で体を前方に吹き飛ばし、空中で短剣を掴み切りかかる。
「浮遊する剣、思ったよりも面倒な……」
オーステンはティールの脳天目掛けて指先から攻撃を放つ。しかしそれも読まれていたようで最低限の首の動きだけで回避され、目前にまで迫った彼女は短剣を振るう。
「ちっ」
腕を盾にして攻撃を防ぎ何とか距離を取ろうと画策するも、次々と斬撃を放ち近付いてくるティールからは逃れる事は出来そうに無い。
「がっ……」
「はあ……、終わりだよ。諦めて投降しろ」
オーステンが反撃しようと指を突き出した所にティールはすかさず短剣を振るい、指先を切り飛ばす。
軽やかな音ともに、指が幾本も飛び彼女の顔が痛みに歪む。
喉元に短剣を押し付け、少しでも動いたら殺すという意志を突き付ける。
「ヘイゼル……いや、悠久を狙うヤツらの目的は何だ?二文字組は何故そこまでしてアイツを狙う?」
オーステンがしらばっくれようとしたのを見て、ティールは短剣を持つ手に力を込める。
「答えろ、さもないと殺す」
「……君は、そうするだろうね。人を殺す事に躊躇いを感じない」
「……」
「その墓は、君の家族か?敵は殺せても、家族は守れないんだね」
「その事とは関係ない。答えろ」
「動揺してるのかい?あの戦いぶりはどうしたんだい?君は戦いに生きがいを感じている。久しぶりに力を出した感覚はどうだい?さぞ気持ちが良いだろう?自分の中で凝り固まっていた物が溶けていくだろう?」
「……黙れ」
「血肉に塗れて生きればいい!それが君の歩む道だ!邪魔をするものは全員殺してしまえばいい!その剣で、その力で、その腕で!君にはそれをできる力があるだろう!」
「っ、首ごと吹っ飛ばすぞ……っ……!?」
短剣を押し、首の皮に刃を押し付ける。
刹那、ティールはオーステンの顔を見た。見てしまった。
「……な、んで?」
『「……どうして、私に、剣を向けるの?」』
「……っ、卑怯だぞ……」
目の前にいるのは、自分が剣を突きつけているのは。
ずっと昔にこの世を去っている、最愛の妹。くりりとした丸い瞳に艶のある栗色の髪の毛を後ろで二つに纏めている。
ティールの中でまるで時が止まってしまったかのようだった。呼吸もろくに出来ず、心臓の動悸が止まらない。
違う、目の前にいるのはオーステンだ。妹じゃない。
胸の奥で幾重にも鎖で雁字搦めにし、無数の南京錠で固めていた感情が、記憶が。いとも簡単に解き放たれる。
彼女の脳内に溢れる青い青い記憶。仲間と共に生を共にした一分一秒を。
頭では違うと分かっているのに、それを視界に入れてしまった瞬間に思考が停止した。
「……やっぱり、君のような力はあるけど過去に縛られているような人物は簡単だ。容易く利用出来る」
「っ……」
手首を握られ、ティールは短剣を取り落とす。
「君も、今日から我の駒だ」
視界いっぱいに、彼女の手が迫る。
ティールはその最中、彼女の名前が『傀儡』である事を思い出す。
(魂、だけは)
「ようこそ、こちらへ」
「……っぁ…………………………」
視界が閉ざされ、意識が深い深い闇の中に堕ちていく。
疲れきった日に、布団に入ったような感覚。沼の中へ体が沈んでいく。
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やがてブラウン管のテレビが消えるかのように。ノイズと共に映像は消え、真っ暗な画面のみが残る。
久しぶりのまともな戦闘描写で鈍りまくっております。多分ご飯食べてる描写の方が上手い。