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第12話 吸血鬼は焦る

「…」

「…」


俺達は互いに硬直した。


『…ドウシマスカ?』


――どうって…、完全に見られたよな?


「…見た?」

「見た」


『タノビ』は俺のことを見つめて首を縦に振る。その目はまるでお化けを見たかのように硬直していた。まぁ、俺は吸血鬼だし…お化けに近いんだけどさ。

はぁ…、マジでどうしよう。早速、俺はボロを出してしまった。もしも『タノビ』が周りの人に俺のことを教えたらかなりヤバい。であればどうする?この場で『タノビ』を殺す?いや、それもさっきの『アンジャイ』や『オスネ』が俺が犯人だと打ち明けるだろう。


『アノ、マダアナタガ吸血鬼トばれタ訳ジャアリマセンヨ?潰レタ瞳ガ再生シタダケデスカラ。マダナントカナルハズデス』


――あぁ、そうか。まだ俺が吸血鬼だとバレた訳じゃねぇのか。

…危ねえ危ねえ。『タノビ』を殺さなくってよかった。


『イヤ、殺スコトヲ選択肢ニ入レテイタンデスカ…』


――まあ、金も権力も無いしっておい!へんなこと考えさせんなよ!俺は人を殺さないって誓ったんだよ!


『冗談デス』


――はぁ…。


冗談が通ずることの無かった【解析者】がいつの間にか冗談を言う側になっている。【解析者】なだけあって新しいことへの飲み込みが早いのかもしれない。


「その…目が…」

「…」


震える手で『タノビ』は俺のことを指差す。


「えっと…」


ものの見事に言い訳が見つからない。自分が吸血鬼だと明かす訳にもいかないしな…。


ん?いや待てよ?

こいつ、さっき俺が地面を引っこ抜いたことを知ってるよな?

だとしたらそれを利用する手しか無いな?


「…魔法だよ」

「えっ?魔法?」


『タノビ』は、あっと声を上げた。おそらく俺が地面を引っこ抜いたことを思い出したのだろう。


「君って…あの地面をくりぬい「…それ以上言わないでくれ。…傷つく…」」


『タノビ』の発言を俺は断つ。何せ人生初の魔法が、あんな風に失敗したのだ。それを言われると傷をえぐられるような感じがする。


「…魔法を使うのが得意だから…このくらいであればすぐに治せる」

「へぇ…」


傷だらけの『タノビ』は尊敬の眼差しでこちらを見つめてくる。


…何かイヤな予感がするんだが?


「じゃあこの傷も治せる?」

「…」


墓穴を掘った…。やらかした…。何自分で自分の立場を悪くしてんだよ俺氏…。


「?どうかした?」

「…む、むぐ…」


その純粋無垢な瞳で見つめないでくれ。灰になりそうだ。


…というのは冗談だが、どうするか…。


――【解析者】?今の俺に治癒魔法は使えるのか?


『ハイ、可能デス。治癒魔法ニモ初級、中級ナドトイッタ難易度ハ存在シマスガ、ソノ程度ノ傷デアレバ初級デ十分デショウ』


――そうか。じゃあ使い方は?


『簡単デス。一概ニ治癒魔法トイッテモ基本的ニハ己ノ魔力ヲ相手ニ少シダケ移スダケデスカラ。特ニ高度ナ技術ハイリマセンシ、マア頑張ッテクダサイ』


――雑じゃね?


俺はふぅ…。とため息をついて『タノビ』の元に歩み寄る。

そしてその華奢な手を取り、軽く握る。

一瞬、彼の鼻息が荒くなったことは気にしないでおこう。


「…ん…」


体の中を駆け巡る魔力を、彼に触れている場所に集めるイメージ。一点集中…。


「…あれ?怪我が治ってる…」


そんな『タノビ』の声で我に返った。どうやら成功したらしいな。


「…これで魔法が得意って分かってくれたか?」

「うん」


彼はゆっくりと首を縦に振る。これならば俺が吸血鬼だと疑われることは無いだろうな。

そっと『タノビ』から手を離し、地面に横たわったままの日傘を拾う。


「…くれぐれも、今日のことは皆に言うなよ?…後で面倒なことになりかねない」

「わかった、約束する」


振り向き様に彼に目をやり、一応注意を促す。吸血鬼だとバレなくても魔力量が多いとバレたら意味がない。もしかすると、悪用しようとするやつだっているかもしれないからな。


「…もう虐められないようにしろよ?」

「…」


彼は視線を地面に写した。今まで驚きと興奮で光に満ちていたその瞳が一瞬、暗くなった気がした。


「…、…名前は?」

「え?」

「名前はって聞いてんだ」


『タノビ』が放つ暗い雰囲気を見ているとそれに繋がる発言をした俺が罪悪感を負う。だからとりあえず話題を転換させてこいつに明るさを取り戻そうとしてやったのだ。

それにいつまでも『タノビ』じゃ悪いからな。頭が悪いとは限らねぇし。


「…シャ」

「…ん?」


『タノビ』は何かをモゴモゴと口にするが、声が小さすぎて俺の耳に届くことは無かった。


「…イシャ。僕の名前はルイシャ」


ルイシャ、か。意外と綺麗な名前だな。


「…ティアーシャだ。今はナーサの家に居候してるから…困ったり、また虐められたら訪ねてくれ。…少しなら力になってやれるかもしれないからな。……。じゃあ…今日は帰るから」

「あ、あの!」

「ん?」

踵を帰して家に帰ろうとした時、ルイシャから声をかけられた。


「どうして、僕にそんなに優しくしてくれるの?」

「…どうしてって、言われてもな…」


なぜだろう、正直俺もしっかりとはわかっていなかった。正義感から来たものか、単なる気紛れか。それとも別の何かか。しかし、どれも今の俺の気持ちに当てはまるものは無かった。


まあ強いて言うなら…


「…似てるからだろうな」

「え?」

「…いや、何でもない。気にしないでくれ…」


ルイシャの頭の上には『?』が浮かんでいた。それを尻目に俺は日傘を持って歩き出した。決して振り返る無く。

まっすぐに【解析者】の作ったここら一体のマップを頭の中で眺め、ナーサの家に向かった。




「…ただいま」

「おうティアーシャ、お帰……り……」


限界に日傘をたたんで置き、靴を脱いで部屋に向かう途中にナーサに会った。しかし、彼女は俺のことを見るとまるで言葉を失ったかのようにして固まった。


「…ナーサ?」

「…」

「…ナーサ!?」

「っ、んん?あぁ…」


少し声を張り上げるとナーサは我に返って辺りをキョロキョロと見回した。


「…どうした…の?」

「…その目…どうした?」


ナーサが俺の潰れた方の瞳を、血相を変えて。睨み付けてきた。その恐ろしさに思わず悲鳴が漏れそうになるが、何とか抑える。

しかし、何があるというのだろう?目は修復したし…しっかりと見えている。何かそれを伝えるようなことだってしていないし…。


「血が…」

「っつ!?」


その言葉を聞いて俺は慌ててその目元を擦った。しまった、完全にやらかした。

潰れた目が治ってもその時に起こった出血は無かったことにはならない。

その証拠に、俺の手のひらには乾燥した血液の粉がこびりついていた。


「何が有ったんだい?」

「…」


俺が視線をそらすと、ナーサはその両手で俺の顔を元の向きに無理やり戻した。


「隠さないでくれ。私は隠し事が嫌いだ」

「…」


互いに見つめ合うこと数秒間。俺はようやく口を開いて先ほどのことを彼女に伝えた。もちろん、俺が吸血鬼であることは伏せて。


「はぁ…。やっぱりあいつらは馬鹿だね。目を潰すなんて、相手がティアーシャじゃなければその人は人生を棒に振るうところだった」


ナーサは深々とため息をついて、俺のことを再び睨み付ける。


「で?まだ隠してることがあるだろう?」

「…なんのこと?」


嫌な予感がした。とっさに嘘をついてはぐらかす。

しかし、彼女の眼光はさらに鋭さを増す一方だった。


「その傷は、魔法で治したんじゃないんだろ?」

「っ!?」

「その様子だと図星らしいな」


どういうことだ?なぜ俺が初級魔法を使わずに傷を『修復』したと知っているんだ?


「そこらのやつらとか、旦那だったら騙せただろうね。だけど…私には通じない。え?吸血鬼さん」

「な…」


嘘…だろ?なんであっさりバレた?俺がいつ、ナーサの前でボロを出した?日傘を借りたときか?それともルント達と料理した時か?

だめだ。原因が見つからない。


「いつ、わかったのかって?」

「っ」

「この私が気がついていないとでも思ったかい?私があんたを吸血鬼だと知ったのは、あんたと会った時からさ」

「…」

「ただの少女とは思えない位の魔力の量。そして傷の治りの早さ。その年からしたら、あり得ない位の知識。なによりもミリリを『魅惑』させたところで確信になった」

「あぁ…」


こんなにも早く、バレてしまった。

もうここにはいられないだろう。

もうルントの美味しいご飯を食べられないのだろう。

もうナーサと笑い合うことはできないのだろう。


世界が崩壊を始めた。目の縁から溢れ始めた涙が、視界を歪めた。


あぁ…。まただ、またこうなった。

俺の何がいけなかった?あの時もこの時も。何か俺に失態はあったのだろうか…。



視界がグニャリと曲がり、世界が闇に染まった。




‐‐‐




「お兄ちゃんが…殺され…た?」

「…」


警察の方は静かに頷いた。


いや、嘘に決まってる。人に好かれることも恨まれることも無い、私の知っているお兄ちゃんはそうだ。


そうだよ、お兄ちゃんはお酒を飲んで車に引かれたんだって。この警察さんは嘘言ってるんだよ。そうに決まってる。


「嘘…ですよね?」

「いえ、真実です。お兄さんの体から大量の睡眠薬成分の含まれた血液が検出されました。さらに決定的なのが…」


警察の方は顔を歪めた。


「同じタイヤの跡が無数についていました。これは明らかな殺意が感じられます」

「そんな…そんな…」


確かにお兄ちゃんが死んだと聞いて、辛くて、悲しくて、胸が締め付けられるようで泣きに泣いた。

でもお兄ちゃんらしいな、と思った。大好きなお酒を飲んで死んじゃうだなんて…、今頃天国でも私を見守りながらお酒を飲んでるんだよねって。ずっと思ってた。


けど…それは妄想に過ぎなかったんだ…。


「お兄ちゃん…お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


目から滝のように涙が溢れた。今になって、その顔をもう一度見たくなった。一緒に話をしたくなった。一緒に笑い合いたかった。

けど、それがもう二度と叶わないものだと。


現実と真実を突き付けられてしまった。


「そして…、お兄さんと居酒屋でお酒を飲んでいたこの方が現在行方不明となっています」


警察の方はすっと一枚の写真を取りだし、私に差し出した。それを受け取って、眺めて。

驚愕した。


その写真には…、私もよく知る名前が書かれていたのだから。

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