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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
第7章 絡み合う二つの世界
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未来へ


「おはよう、ティール」

「おはよ、ソウカ」

ぼやけた視界の中に、最愛の恋人が映る。お互いに目を合わせて見詰めあっていると、小っ恥ずかしくなって双方苦笑を漏らした。

「私達もいつまでこんな事やってんのかしらね」

ため息混じりにソウカが呟いた。

「いいんだよ、俺達はこんなんで」

ソウカの頭を寄せ、額を合わせ無邪気に頭を擦り付け合う。

「さ、起きましょう。今日は用事があるでしょう?」

「ん、そうだな。きょーは忙しいぞお!」

二人はベッドから身を起こし、ひんやりと冷えたフローリングに足を付ける。ティールはぐいと体を伸ばし、ソウカは欠伸を噛み殺しながら部屋のカーテンを開ける。

そこから射す日光をその身に受け、軽く体のストレッチを行う。

「日光を浴びながらストレッチする吸血鬼がどこにおるね……」

「ティールもこれくらい大丈夫でしょ」

「ん……、まあ」

二人の上がった日光耐性であれば、日の光を浴びた程度でその身が灰となり朽ちることも無い。ただ種族しての本能か、ティールは今だなお日光に直接当たることは嫌っているが。

二人は軽く着替えを済ませ、手早く朝食を済ませ店の裏手に顔を出した。

「おはよ、三人とも」

並べられた三つの石は、その声に反応する事は無い。ティールは少し間を開けてその石を撫で、軽く手から生み出した水で石の表面を洗い、踵を返して店の外に躍り出た。

「今日は?訓練だっけ?」

「そう、夕方くらいには戻るかな。新人のヴィオラって言う奴が結構筋が良くてさ。俺も教えがいがあるんだよ」

「気をつけてね」

「おう、ソウカも店頑張って」

店先で軽く唇を合わせ、ティールは短剣を腰に刺して簡易的に舗装された道を歩いて行く。

「よし、今日も頑張るかなあ」

ソウカも振り返り、店の看板に目をやる。こちらの世界の文字で『ルンティア』と書かれたその店は、今彼女が切り盛りしている。

安価で味もよく、居心地の良い飲食店としてここら辺じゃ名の知れた名店である。

「仕込みやって清掃して……、よーし」

己の頬を軽く叩き、気合いを入れ店の中に足を踏み入れるソウカ。


彼女らのとある一日は、こうやって始まる。


―――


「お、ティール。おはよ」

「おう、おはよ。トコル」

店の隣、鍛冶屋を営む小人族のトコルが窓から顔を出し手を振ってきた。

「最近どうだ?」

「ぼちぼちだよ。でも隣の国から武器の発注があってね。全然食べては行けてるよ」

なんて軽い会話を交わし、ティールは「じゃ」と一言行って道を歩いて行く。彼女の背中を見届けた後、トコルはご自慢の発明品で釜の中に火を起こし、ゆらゆらと揺れるその炎を何となく眺めていた。

「早いよね、時が流れるのは」

釜の中の火が揺らぐ。脇に置いた炭を鉄製のトングで火に焚べ、中の様子を伺いつつ息を吹き込む。

「あと何年、鎚を触れるのかな」

失笑が口から零れた。どれだけ強い者だろうと、時の流れには逆らえない。それは、先を行く者の背中をずっと見てきたトコルだからこそ分かるのだろう。

ここ数年、自分の中でポッカリと穴が空いてしまったような感覚に苛まれていた。あれだけ趣味としていた発明も、これといってアイデアが降りてこないし、降りてきたとしても今ある仕事の質を落とさないのに精一杯で手をつける余裕が全くない。

「たまには、アイデアでも書き殴ろうかな」

トコルは腰に備え付けているポーチの中から一冊のボロボロになったメモ帳を取り出した。開いてみると、中には数多のアイデアが書き記され、そこには実際に完成して世に多く広まった物もあれば、没となりそのままノートの中でひっそりと息を殺して横たわっている物もあった。

「っ、これ……」

パラパラと中を流し見ていると、中間程のページに短剣を描いたメモがあった。

目に馴染みのある、特徴的な形をした短剣。

この型は、魔力を流せば意のままに操れるという機能を付け、ティールにプレゼントしたものだった。

「……懐かしいね」

そのページを見て、トコルは呟いた。

あの時は、まだ騒がしかったっけ。

定期的に集まって酒を交わし、なんだかんだ理由を付けて真っ先に良い潰されるティールを見て皆で笑ってたっけ。

トコルは深く息を吐いて、一番新しいページまでメモ帳を捲った。そして深く考えた物から、頭の隅にチラリと浮かんだ事まで、片っ端から書き殴っていく。

こうしていると、昔を思い出す。やはり自分は物を作るのが好きなのだと再確認させてくれる。


釜に焚べた炭が火花を立て、ゴロリと崩れる。トコルはそんなものに目もくれず、ひたすらにメモ帳に己のアイデアを書き記していた。



――



「っ」

ティールが大きく体を動かし、肌の上を伝っていた汗が宙を舞う。

「今日こそは勝たせて貰うぜ……っ!」

そしてそんな彼女に対して目にも止まらぬ斬撃を放つ一人の少年。少年は木製の短剣を持ち、回避に専念するティールに対して次々と距離を詰めていく。

しかし、その斬撃をものともせず全て体の動きだけで躱しきってしまうティールの動きに周りから歓声が上がる。

「くっそ、何で当たんないんだよ!」

悪態をつきながらも、その手は止まらない。

「強いて言うなら太刀筋が甘いかな。視線、体の動かし方で剣を振るう前から剣の軌道が読めてる」

ティールはひらりと飛ぶようにして一本距離を取り、額に滲んだ汗を拭って一言付け加えた。

「後は俺が強い」

「……ぬぐっ」

少年はバツの悪そうな顔を浮かべ、再び彼女との距離を詰めようとした。

「当たらない攻撃をいくら繰り返しても当たんねーよ。改善してかなきゃ」

「っ」

突き出された短剣を躱し、それを持つ手首を片手で掴んで甲の方へ軽く返す。

すると少年は苦い表情を浮かべ、手から短剣を取りこぼす。

「くっ、くそっ……」

「でも動きは早くなってるし、前に言った自分の得意な距離を押し付けるっていうのもできるようになってた。ちゃんと成長してるよ」

悔しそうに手に拳を作り、唇を噛み締める少年の髪の毛をくしゃくしゃと雑に撫で、地面に横たわった短剣を彼の手に持たせた。

「やっぱヴィオラは頭一つ抜けてるな。……あー、別にお前らの事悪く言ってる訳じゃねーからな?」

周りを囲う、ヴィオラより幾分歳上の男達に目をやり、言った。

「よっし、今日はここまで。全員お疲れさん」

「「「ありがとうございました!」」」

彼らはティールに対し規律の取れたロボットのように同時に礼をし、直後からばらばらと各々で解散を始めた。

ティールも一息着いてから、訓練所を後にした。



「おっ、ティールさん。ご苦労さまです」

「ああー、どもども。別に大したこともしてないっすけど」

ティールが更衣室に赴き、ロッカー中に入れてあった所持品の中から一枚のバスタオルを取り出していると、スライド式の扉が開かれそこから一人女性が姿を現した。

ティールは尻目で彼女の姿を確認すると、軽く挨拶を躱しテキパキと衣服を脱いでいく。

彼女はシャル。この世界では珍しい黒髪を長く蓄えた女性で、その凛とした面立ちからは男にも負けない威圧感を感じる。

実はこの訓練所、隣の温泉と直結しているのだ。汗をかくだろうから、という理由で温泉宿の主が快く開放してくれている。もちろん善意での行動なのでそこに賃金は発生しないのだが、流石にかなりの人数が利用することになったのでこの街の税金から幾らかこちらに回してもらえる事になった。

訓練後男子風呂はいつも溢れかえっているが、そもそも衛兵の男女比では圧倒的に女が少なく、こうやって訓練後ものんびりと風呂に向かう事が出来る(ヴィオラの話では男子風呂は訓練後、いかに早く湯船に飛び込めるかの勝負のようになっているらしい)。

「部署が違うんで羨ましいです。私もティールさんの手ほどき受けてみたいなー」

この街の衛兵を教育しているティールに対し、シャルは遠征部隊。部署が異なるため、お互いに直接関わる事は少ないが、こうして風呂の時間が被ることが多かったからか時折会話を交わす程度の仲にはなっていた。

「なにも、良いもんじゃ無いっすよ。俺は剣を持てないから斬られる相手にしかなれないし」

かなり昔に魂をこねくり回した結果、彼女の手は思ったように力が入らないようになってしまった。

日常生活に支障は無いのだが、短剣を握ったりする等のある程度の握力が必要な行為は不得手になってしまっている。その分、トコルに作って貰った特徴の短剣は魔力を使って自在に操作が出来るので戦闘面で弱体化されたという訳でもない。

「手が悪いんでしたっけ?」

「ん。結構昔からだから慣れちまったすけどね」

服を脱ぎ終えたティールはタオルを片手にお先、と言って浴場への扉を開け放った。

ふわっと湯気と共に香る檜の柔らかな匂い。それを鼻いっぱいに吸い込んで、足を滑らさぬように丁寧な足取りで歩く。

水魔法と炎魔法を混ぜて湯を作り頭からざっと掛けて軽く汗を流し、長く伸びた髪を軽く結わえて湯船に深々と浸かる。

「ふぅぅぅ……」

体の芯から解れていく感覚、口から思わず空気が溢れ出す。肩まで浸かり、一呼吸着いた所で頭の上に畳んだタオルを乗せる。

「ティールさん早いですね。ちゃんと流しました?」

「俺がそんなザルそうに見えるか?俺はしっかりと浸かって毛穴を開かせてからちゃんと洗うタイプなの」

遅れてやってきたシャルも同様に体を流し、一瞬ティールの方を見て何か思い立ったような表情を浮かべて湯船にざぶんと浸かった。

「何だ、結局入るんじゃないっすか」

「せっかく一緒に入れる人がいるんだからいいじゃないですか」

湯が体に染み入り、喉の奥から低い音を出しながらシャルはティールの隣に湯をかき分けてやって来た。

「と、いうか吸血鬼ってお風呂に入って良いんです?水はダメなんじゃ?」

「何年何十年生きてると思ってるんですか……。流石に慣れますよ」

「何年生きてるんです?」

「……」

そう問われてティールは顔を歪めた。

「もう数えて無いかな……」

「へえ……、まあ深く詮索するのは辞めておきますね」

何時からだろう、時が過ぎ去るのを気にしなくなったのは。流石に百年は生きていないと思うけれど、その間数多の出来事があったっけ、とティールは昔の事を思い出していた。

しばらくの間、二人の間に沈黙が走る。湯の表面が揺れ、浴槽の縁から溢れる音だけが浴場内に嫌に大きく響き渡る。

「俺は後何年生きるのかなあ」

「少なくとも私たちよりは長生きですよね」

「さあ?いきなり襲われて死ぬかもしれないし」

ティールはカラカラと笑った。今まで何度も死にかけたから、今度こそ本当に死ぬ時が来るかもしれない。


ただ、今は別に死というものは恐ろしくない。と、いうか一度死んだ身であるから、別に生に執着していない。

人が死を恐れるのはその先に何があるか知らないから、彼女はそれを身をもって知っている。

それに、死の先には……。




いや、それを考えるのはまだ早い。




―――




「ただいま」

「あ、おかえり。ご飯食べた?何か食べる?」

「うん、じゃあお願い」

店に戻れば、ソウカが仕込みを行っている。軽く二人で昼食を済ませ、ティールは崩れるようにして己のベッドに倒れ込んだ。

起きて、働いて食って寝る。そんな毎日を繰り返して、周りの時だけが進んでいく。


「……眠」


何故だろう。いつもよりも体が重い。

瞼も段々と落ちてきている。


睡魔に抗う事無く、それに身を委ねる。

深い深い闇に、意識そのものが落ちていく。


その先にある光に、懐かしい面影を見た気がする。

過去には、戻れない。それは神の力を持ってしても。


それでも、まあ。

思い出に浸るくらいならば。


――バチは、当たんねぇか。



――




ティール。その名を知らない者はいない、誰もが耳にしたことのある人物。

吸血鬼でありながら、人間と種族的な隔てなく接し、多くの吸血鬼が人々に受け入れられるきっかけを作った者でもある。

はるか昔に冒険者からは身を引いていたが、それでもその強さは健在であり、浮遊する短剣による唯一無二の攻撃は多くの戦士たちが舌を巻いていた。

崩壊しかけた二つの世界を救い、神の使いとして世の異変を納める。彼女がこの世界に残した功績は数え切れないだろう。

彼女が、冒険者を引退して数十年の月日が流れた。吸血鬼である彼女は、これといって見た目も変わっていない。まるで時が止まったままのようであった。







しかし、それは吸血鬼である彼女の場合だが。









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